奇術師、研究所に泊まる
自分の作った魔道具の効果を確認したエスは、近くの机の上に他とは違う未使用の魔結晶を一つ見つけ手に取る。よく見ると作成に使った魔結晶よりも品質が高いように見えた。エスは誰にも気づかれることなく、その魔結晶をそっとポケットへとしまう。そんなエスの側へターニャが近づいてきた。その手には先程渡されたペンダントがあった。
「エス、ほらよ」
「なんだ?それはターニャにやるぞ。ターニャが使うことを考えて作ったのだからな」
「そ、そうなのか?」
戸惑った様子でターニャはペンダントを見る。そこへ、二人のやり取りを聞いていたアリスリーエルとサリアがエスへと近づいてきた。その表情は笑顔であるが目は笑っていない。
「エス様、わたくしには何もないのですか?」
「ターニャだけずるいわ。私も何か欲しいわねぇ」
そんな二人にエスは笑いながら答える。
「なんだ、おまえたちも魔道具が欲しかったのか?おまえたちは眷属として力をつけているではないか。ターニャは弱っちいからな、少しでも手札を増やしてやろうと作ってやったのだけだぞ」
「誰が弱っちいって?」
アリスリーエルとサリアに混ざりターニャもエスに詰め寄る。その様子をため息交じりにドレルが眺めていた。エスが三人にしか聞こえないように話していたため、口にした眷属という言葉にドレルは気づかなかった。
「なんだ、儂と違って楽しそうな人生だな」
「やれやれ、わかったわかった、二人にも何か作ろう。ターニャも一応盗賊ギルドの頭だったな。すまなかった」
「一応ってなんだよ!」
頭を抱えながらリーナは四人を見ていたが、その表情には僅かに笑みが浮かんでいた。
エスは、アリスリーエルとサリアの分の魔道具を作る。アリスリーエルには牽制用に幻影の短剣を生成し射出するリングを、サリアには幻影で手に持つ槍の長さを相手に誤認させるペンダントを渡した。
「これで良いかな?」
「はい!」
「ええ」
アリスリーエルとサリアは渡された魔道具を嬉しそうに、そして満足気に眺めていた。エスは魔道具作成に満足したように伸びをする。そこへ、一人のドワーフに連れられたグアルディアが部屋へと入ってきた。
「皆さま探しました。もう夕方ですし今日は泊まらせていただきますよドレル」
「もうそんな時間か。ならいつも通り空いてる部屋でも使ってくれ。飯は用意させる」
「では行きましょう皆さん」
グアルディアに連れられ、エスたちは研究所に用意されている空き部屋へと向かう。数はそんなに多くはないが、二人部屋でいくつかの空き部屋があった。エスとグアルディア、アリスリーエルとリーナ、サリアとターニャという組み合わせで部屋を使うこととなった。その後、研究所のドワーフたちと食堂のような場所で食事をとった。
夜も更け研究所内も静かになったころ、ドレルは車庫と思われる場所で真鍮色のバイクのような物を整備していた。そんなドレルの背後に立つ者がいた。
「見れば見る程、バイクみたいだな」
「うぉ!なんだ、エスか」
唐突にかけられた声に驚いたドレルが振り向くと、そこには整備していたバイクのような物を覗き込んでいるエスがいた。
「だが、改めてよく見るとやはりバイクとは全く違うのだな」
「当然だ…」
ドレルは立ち上がるとバイクのような物に腰掛け、エスと向かい合う。
「儂はバイクの仕組みなんぞ知らんからな。この世界の技術で似てる物を作ってみただけだ」
「ドレル、おまえはこの世界についてどの程度知っている?できれば色々教えて欲しいのだよ、何せ私は生まれてまだ一年も経ってないからな」
「そうなのか。ん、一年経ってない?お前人間じゃないのか?見た感じ20代といったところだが…」
「おや、言ってなかったか。私は悪魔らしいぞ」
「おまえ、悪魔だったのか。七大罪の手のもんか!」
ドレルは腰に掲げた銃のような物を片手で構えると、同じく腰にあるビンの一つに空いている手を伸ばす。
「そう慌てるな。私は奴らとは別らしい。七大罪の連中からは目の敵にされ、七聖教会の最高司祭からは招待を受ける程のイイ悪魔だぞ」
「なに訳の分からんことを…」
エスの言葉にドレルは肩の力を抜くと、だらりと腕を降ろす。ドレルは、エスが七大罪の仲間であれば今頃研究所は大変なことになっていたはずだと、そしてグアルディアから聞いたフォルトゥーナ王家がエスを英雄として認めているということを思い出し警戒を解いた。そんな様子を愉快そうに眺めるエスは再び話し始める。
「まあいい。で、何が知りたい?」
「この世界自体のことはそこまで必要ない。知らない方が楽しめるものだしな。知りたいのは他の転生者についてだ」
「他か…」
ドレルは腕を組み黙ってしまった。
「ふむ、言いにくいか?では、私の予想を踏まえたうえで聞こう。『傲慢』のギルガメッシュ、奴は転生者だな?」
ルイナイで出会った『傲慢』の悪魔、ギルガメッシュ。その名前、そして立体映像という言葉を知っていたことから、エスはギルガメッシュが転生者だろうと予想していた。
「な!やつにあったのか?」
「ルイナイでな。あいつの手駒を潰してしまったせいで一悶着あったのだ。まあ、こちらの被害は無し、あちらさんは部下が全滅だったが」
「よく、あいつ相手に無事だったな。確かに奴は転生者だ。他には儂が知る限り、『強欲』の公爵級も転生者だ」
「ほう、そうなのか。よく知っているな」
「以前、会ったことがあるからな…」
ドレルはそう言って顔を曇らせる。ドレルとの悪魔たちの間に何があったのか少し気になったエスだったが今は聞かなかったことにした。そして話しを聞き、エスは七大罪の悪魔のうち二柱が転生者であることから、残りの五柱も転生者なのかもしれないと予想する。
「他の七大罪の悪魔はどうなのだ?」
「わからん。他の奴らは基本的に表に出てこないからな」
「そうか。もう一人怪しいやつがいるんだが」
「誰だ?」
エスは笑みを浮かべながら告げる。
「七聖教会、最高司祭チサト。こいつも転生者ではないのか?」
「最高司祭がか?…わからん。だが代替わりしてないとしたら、奴は儂なんかより遥かに長く生きてることになるな」
「ほう、そうなのか?ところでドレルは何歳なのだ?」
「ん?だいたい200歳といったところか。面倒で数えてないからあやふやだがな」
「ドワーフは長生きなのだな」
そう言ってエスは笑うが、ドレルはエスから聞いた七聖教会、最高司祭が転生者ではという予想に得体の知れない恐怖を感じていた。
「エス、七聖教会が掲げる七聖教は世界各国に根付いておる。奴らと敵対するのはやめておけ」
「ふむ、そうは言っても奴らが滅ぼすべきとする悪魔である私には無理な相談だな。他には転生者について知らんのか?」
「いくつか聞いたが確証はない。ああ、一人だけ確定してるやつがいるぞ」
「ほう」
「勇者と呼ばれてる小僧だ。最近では水晶窟のドラゴンを倒したと噂になってるな。水晶窟に確認しに行った奴がいないから噂でしかねぇが」
「ほほう、そいつが私の楽しみを奪ったかもしれないのだな」
突然、エスから漂いだした殺気にドレルは身震いする。それに気づいたエスは、すぐさまその殺気を消した。
「すまない。いやぁ、楽しみを奪われるというのが許せなくてな」
「お、おう」
ドレルはこの時、エスが公爵級の悪魔に匹敵するほどの危険な存在であると実感した。
「とりあえず、その勇者君に会ってみたいな。レマルギア、七聖教会を周ったら探してみるか」
「なんだ、レマルギアに行くのか。その勇者もレマルギアから七聖教皇国へ入ったらしいぞ。何か足取りが掴めるかもな」
「七聖教皇国?」
「なんだ、知らんのか?」
ドレルは車庫内にある棚から一枚の紙を取り出し広げる。エスが覗き込み見てみると、それは世界地図のようだった。
「ここが七聖教皇国、七聖教を掲げて今では世界中に影響力を持っている国だ。おまえを招待したという最高司祭はこの国にいるぞ。そしてこっちがフォルトゥーナ王国」
「お隣さんなのだな」
「んで、ここが中立都市レマルギア、通称カジノ都市だな」
「中立都市?」
「よく見ろ。フォルトゥーナ王国と七聖教皇国、そして隣のマキナマガファス魔工国、この三国の国境が重なる場所、ここにあるのがレマルギアだ」
ドレルは三国の国境が重なる部分にある少し大きめの都市を指差していた。
「ほう、利権が面倒そうな立地だな」
「レマルギアは自由に出入り可能な代わりに三国は不干渉ということになってるが、まあ裏では各国の工作員が走り回ってるな」
「それはそうだろう。愉快そうな都市だ。ますます楽しみになったぞ」
「…そうかよ」
本当に楽しそうにしているエスを見てドレルは呆れていた。
「そうだ、魔工国には気をつけろ」
「何故だ?」
「あそこは儂の故郷を焼き払った国だ」
「ほほう、なら元同郷のよしみだ。魔工国の王をぶん殴ってきてやろう。フハハハハ」
「アホが!王女様を連れてそんなことしたら外交問題になるだろうが。この国の王家には恩があるんだ。面倒は起こさんでくれ」
「そうか、なら仕方がない。魔工国に関しては保留だな」
「ほんとにわかってるのか…。用はそれだけか?ならさっさと部屋へ戻って寝やがれ」
ある程度、知りたいことを知る事ができ満足気なエスを見て、ドレルはさっさと行けと手を払う。しかし、エスは動こうとしなかった。
「まだなんか知りたいことがあるのか?」
「こっちがメインの要件だ。それに乗らせてくれないか?」
バイクのような物を指差すエスを見て、ドレルは苦笑いを浮かべていた。
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