奇術師、完成させる
扉から白い壁の廊下が奥へと続く。その両側の壁はガラス張りになっており、廊下に面した部屋が見えるようになっていた。そんな廊下を横向きに設置されたガラスの筒に入った見慣れない結晶が照らしている。両側の部屋を見ると数人のドワーフと思しき人物たちが忙しそうに歩き回っている。
「まるで前世で見た研究所だな」
「そりゃ、儂が設計したからなぁ」
エスの呟きに、ドレルが笑いながら答える。
「私はファンタジーなものを見たくてここまで来たんだが…」
項垂れるエスを他所に、仲間たちは見慣れない風景を興味深げに見ていた。その様子に苦笑いを浮かべつつエスはガラスの奥の部屋を見ると、そこには机の上に並べられたいくつもの武器やガラス細工、アクセサリー類が置かれ、その横には見慣れない結晶体が置かれている。
「あの置いてあるのがさっき言っていた魔結晶とやらか?」
エスはガラスの奥、机の上を指差しドレルに問いかける。
「その通りだ。製造方法は秘密だが、あれが魔道具の心臓部になるもんだ」
頷き答えるドレルは、さらに奥へと進んでいく。ガラス越しに見える部屋の様子を眺めつつエスたちがついていくと、ドレルは一つの扉の前で止まった。他とは違いガラス張りの部屋ではなく、中の様子は見えない。ドレルは扉の側、壁に付いている黒いパネルの様な物に手をかざし扉を開けた。
「さあ入れ。ここが儂の研究室だ」
中へ入ると、途中見た研究室よりも狭い部屋ながら、見たこともない道具がたくさん並べられていた。そして、一つの机の上に置かれたガラス容器の様な物と魔結晶が目に入る。
「あれは?」
「あぁ、あれは国王直々の依頼で作ってる魔道具だ。ちょっと行き詰っててなぁ」
「まだ完成していないのですか?急ぎでと言ってあったはずですが」
「仕方ねぇだろ!」
グアルディアとドレルが机の上に置かれた魔道具に関することで口論を始めたため、エスは二人を無視し机へと近づく。ガラス容器を見ると、網入りガラスの網のようにガラスの中に紋様が描かれていた。それは何かの術式を意味しているように規則的な紋様を描いている。容器を手に持ってみると、中は空洞になっているようだが、何かを中に入れられるような穴は見当たらなかった。今度は隣に置かれた魔結晶を手に取ってみる。薄っすらと透き通る魔結晶の中心にも容器と同じように紋様が描かれていた。エスがふと仲間たちを見ると、周りに置いてある物を興味深げに見ており、グアルディアは未だドレルと話していた。
「だから言ってるだろ!容器の術式と魔結晶の術式が反発してるんだよ!原因がわからねぇから対処のしようがねぇんだ!」
「それを調べ可能にするのがあなた方の仕事でしょう?これ以上、城を無防備にはできないのですよ。早急に結界が必要なのです」
聞こえてきた話から、容器と魔結晶が城の新しい結界を構築するための魔道具のようだった。しかし、問題があって未完成らしく、その完成をグアルディアが急かしているようだった。
「なるほど、これが入らなくて困っていると。ふむ…」
エスは机に置かれた容器と、手に持った魔結晶を交互に見る。そして、容器を机に置くと魔結晶を容器に近付け躊躇うことなく押し付けた。もちろん、【奇術師】の力を発動させて。押し付けられた魔結晶は、抵抗なく容器の中へと入っていき、カランという音を立て容器の中で転がった。
「あっ…」
エスのあげた声、そして音に驚きドレルとグアルディアがエスを見る。エスは自分の体で二人の視線から容器を隠しつつ何でもないといった体を装っていた。その背後、容器の中では魔結晶がゆっくりと浮き上がり、容器の中心部に浮遊していた。
「おい、今の音は何だ?」
「エス様、何をしたんですか?」
エスは二人に詰め寄られ、ドレルにその場から押し退けられる。他の仲間たちは騒ぎに驚き、様子を見守っていた。机の上にある容器を見て二人は驚く。そこには、完成した結界の魔道具があった。
「テメェ、何しやがった!」
驚愕の表情を浮かべながらドレルはエスへと掴みかかった。ドレルの問いにエスは笑みを浮かべ答える。
「やれやれ、髭面のおっさんに迫られても嬉しくないな」
「うるせぇ!いいから答えやがれ!」
「私は奇術師だ。逆さにしたコップにコインを入れる奇術、マジックがあるだろう?アレのつもりで押し込んだら入ってしまったのだよ。フハハハハ、よかったな完成したぞ」
「やかましいわ!儂が必死に調べてたことをあっさりとクリアしおって。まあいい、それよりも…」
ドレルは、容器を手に持つと観察し始める。そして、近くにあったマイクの様な物を持つと話し始めた。
「テメェら、今すぐ魔法使って作業してる奴は一時中断しろ!いいと言うまで待機だ」
そう言って結界の魔道具を手に持つと魔力を流し起動させる。すると魔結晶が光り始め、魔道具を中心に膜の様な物が円形に広がっていく。それは研究所を覆い、僅かに周囲の森まで達する程の広さだった。
「おい、誰でもいい、魔法を使ってみろ」
突然そう言われ戸惑うエスの仲間たちだったが、エスは徐に幻惑魔法で自分の幻影を作ろうとする。しかし、魔法は発動することはなかった。その結果を、魔力の流れから察したドレルは満足気に頷いていた。結界の発動と効果を確認したドレルは、魔道具を動かしている魔力を霧散させ結界を消滅させた。
「よしテメェら、作業を再開しろ!」
ドレルは再びマイクを使い研究所内へと連絡し、グアルディアに向け完成した魔道具を放り投げて渡す。慌ててグアルディアは魔道具を受け取った。
「危ないですね。もう少し大事に扱えませんか?」
「フンッ!いいから持ってけ。完成だ」
「はあ、城への通信用魔道具を借りますよ」
ため息をつき、受け取った魔道具を片手にグアルディアは部屋を出ていった。グアルディアが出ていったところで、ドレルがエスたちに話し始める。
「うるせぇやつもいなくなったし、他に見たいものはあるか?」
「そうだな。外で見たバイクもどきも見たいところだが、魔道具は私たちでも作れるのか?」
「ん?作ってみたいのか?」
「ああ、面白そうだ」
エスの言葉に仲間たちも頷く。ドレルは少し考えた後、部屋の入口まで行くとエスたちに手招きした。
「作れるかどうかはそいつしだいだが、試すだけならできるぞ。ついてこい」
ドレルは、エスたちを伴い他の部屋へと向かう。ドレルの研究室同様に、黒いパネルの様なものに手をかざし扉を開けた。扉を通る際、エスもパネルに手をかざしてみたが、予想していた通りに変化は起こらなかった。
「やはり無反応か。つまらんな」
部屋の中を見渡すと、いくつかある机の上に魔結晶や、リングやネックレスなどのアクセサリー類が置かれている。置かれているアクセサリー類は、本来宝石がはまっているであろう部分に何もはまってはいなかった。全員が部屋に入るとドレルが説明を始めた。
「ここは新入りの教育用の部屋だ。そこらへんにある素材は自由に使っていいぞ」
「ほうほう、ところで作り方はどうやったらいいのだ?」
「まずはだな…」
ドレルは近くにあるテーブルから魔結晶とリングを一つずつ手に取ると、それをエスたちに見せながら続ける。
「ここの魔結晶とアクセサリーのベースには、それぞれ一つの術式が付与できる。本体と結晶で二つの術式が付与可能だ」
「それぞれ一つか。これも二つ程度の術式で動かせているのか?」
説明の途中、エスはポケットから一本の魔導投剣を取り出し見せる。それを一目見て、ドレルの表情は険しくなった。
「おまえ、それを何処で手に入れやがった?」
「王都で売っていたのでな。買ってみたのだが、なかなか使い勝手がいいのだよ」
ドレルはエスから魔導投剣を受け取り、じっくりと眺める。そして、さらに表情を険しくする。
「やっぱり魔国製じゃねぇか!なんでこんなもんが王都に売ってやがる!」
「魔国?」
首を傾げるエスの側にアリスリーエルが近づき説明する。
「魔国プルガゲヘナ、魔導技術に長けている以外は詳しいことがわからない正体不明な国です。魔国製の魔道具が他の国に出回っていることから誰かしら行き来していると言われてはいますが」
「ふむ、面白そうな話だな。その国は遠いのか?」
「はい、少々行きにくい場所にあります」
「そうか、なら機会があればだな」
魔国という響きに興味を持ったが、行きにくい場所と聞きエスは見たい場所の候補として覚えておくだけにした。エスとアリスリーエルの会話が終わったところで、ドレルが魔導投剣を振りながら、再び説明を始めた。
「まあ、これみたいな複雑なやつは無理だ。ここにある魔結晶もアクセサリーの素材も低品質だからな、複雑な術式は付与できん。無理に付与しようとすると砕けちまうぞ」
「なるほど。では、改めて作り方を教えてくれたまえ」
ドレルから魔導投剣を受け取りしまいつつ、エスは魔結晶を一つ手に取った。それを眺めると、先程の研究室で見た魔結晶とは違い、中には紋様は描かれていなかった。
「なに、魔結晶に付与するのは簡単だ。魔結晶を持って付与したい効果の魔法を使う感覚で魔力を込めればいい。魔結晶に術式が浮かべば完成だ。ベースとなるアクセサリー側にはコレを使って同じように付与を行う。もう一度言うが、付与できるのは一つずつだからな」
机の上から見慣れない棒状の器具を手に取りながらドレルは説明する。それを聞きながら、エスはどのような魔道具を作ろうか考えていた。