奇術師、合流する
エスの仲間たちが村側から来た植物たちを全滅させると、その奥の茂みから何かが三体飛び出してきた。それは、エスが違和感を感じていた音の正体だった。
「「「ヒャッハ…」」」
飛び出しつつ声をあげる乗り物に乗った何者かが三人現れたが、飛び出したところを何かに下から押し上げられバランスを崩す。そのまま、糸で身動きが取れない植物たちとエスたちの間に転がり落ちた。その姿は人の子ども程度の背丈に髭を蓄え、ゴーグルをつけた小太りの男たちだった。三人がバランスを崩す原因となったのは、エスが短杖により出現させた結界だった。
「いってぇ!」
「何だってんだ?」
「あぁぁぁ!儂の愛車がぁぁぁ!」
男たちは自分たちが乗ってきた物へと駆け寄る。それは、真鍮のような色をした金属でできた二輪の乗り物、所謂バイクの様な物だった。所々、歯車の様なものが動いている様子が見えており、エスが元いた世界のバイクとは造りが全く違っていた。
エスは頭上に掲げた短杖をおろし結界を解くと、それをポケットへとしまう。そして、慌てている男たちの背後へと立った。
「君たちは何者かな?見てわかる通り、私たちは忙しいのだ。騒ぐなら余所に行ってくれないか?」
突然、声をかけられ男たちは驚いた表情で振り向く。そして、目の前に立つエスを見ながら固まってしまった。
「エス様、恐らくその方たちは私たちが向かおうとしてる村の魔道具職人であるドワーフたちです」
「ドワーフだと!?なるほどなるほど…」
アリスリーエルの説明に興味を持ったエスは、固まっているドワーフたちをマジマジと見ていた。自分たちを観察するように見るエスにドワーフたちは恐怖を感じへたり込む。
「その辺にしておいていただけますか?一応、その方たちは我が国の重要人物ですので」
突如かけられた声にエスたちは振り向く。すると、そこには先に村に向かったはずのグアルディアが立っていた。
「ご無事で何よりです皆様」
そう言って頭を下げたグアルディアは、ドワーフたちの元へと近づく。そして、微笑みを浮かべたままドワーフたちを見下ろした。
「この状況を何とかしなさい。あと、知らないうちにまたこのような物を作って…」
「はぁ、やれやれうるさい出資者様だ」
ドワーフの一人が立ち上がると、もがいている植物たちを一瞥し他のドワーフに向けて声をあげる。
「アンブラヘルバどもか。てめぇら、二番のだ!さっさと準備しろ!」
ドワーフたちは腰にぶら下げていた一本のビンを取り外し蓋を取ると、同じく腰から外した銃の様な形をした物へと嵌める。そして全員が一斉に植物たちへ狙いを定めた。
「撃てぇ!」
先程声をあげたドワーフの号令と共に、銃の様な物の先から液体の玉が飛び出す。その液体が触れた植物たちはみるみる変色し枯れていく。だが、飛び散った液体がかかった周囲の木や草は全く変色する様子はない。
「ほう、除草剤のような物か。しかし、周囲の植物は枯れないのだな」
その様子を腕を組み眺めていたエスが呟く。それを聞いたドワーフの一人がエスの元へと歩いてきた。その背後では糸で身動きが取れなかった植物たちが、全て枯れてしまっていた。
「開発中の試液だったがな。あんたの言った通り除草剤だ、アンブラヘルバ専用のな。ハッハッハッ!完璧な効果、流石は儂だな」
そう言って笑うドワーフを見てグアルディアが頭を抱えていた。
「本当に、勝手に次から次へと色々作ってくれますね。研究予算は誰が出してると思ってるのですか?」
「小言は後で聞いてやらぁ、たぶん。とにかくさっさと移動するぞ。ここに居たら、またすぐにモンスターどもが集まってくるかんな」
そう言って、倒れているバイクの様な物を起こしまたがった。
「んじゃ、先に行っとるぞ!」
「「イヤッハー!!」」
ドワーフたちはバイクの様な物を走らせ森の奥へと消えていった。
「フハハハハ、騒がしいが面白いやつらだ。ドワーフとはあんなのばかりなのか?」
「いいえ、あの方たちが特殊なのです」
ため息をつきながらグアルディアはエスに答えた。
「とにかく村に向かいましょう。モンスターたちは森の木々を利用してこちらを見つけてきます。それに日中はモンスターたちが活発に行動しますので、急ぎましょう」
「それを森に入る前に言ってくれればいいのに…」
「リーナ様、すみません。言い忘れていました」
グアルディアの案内でエスたちは奥へと進む。周囲にモンスターの気配はなく、合流したグアルディアと歩きながら話をしていた。
「それで、先回りして援護に来たというわけか?」
「左様です。エス様ならここのモンスター程度なら問題にならないと思ってはいましたが、万が一もありますから」
「まあ、おかげで助かったがな。流石にあの数は対処できん」
「何故あのような…」
言いかけたグアルディアが、ハッとした表情でエスを見た。
「蔦の塊のようなモンスターを殺しませんでしたか?このくらいの」
そう言って、両手で円を描くグアルディア。それを見てサリアが声をあげた。
「ああ、あの気持ち悪いやつねぇ」
「姉さんが倒したやつか」
「あの後も大量に出てきて倒したわね」
続くターニャ、リーナの言葉を聞きグアルディアが説明する。
「蔦の塊のようなモンスターは、いわば斥候です。あれを殺すと周囲のモンスターを活性化、そして呼び寄せます」
「ほほう、だからあんな事になったのだな。納得納得」
エスは頷きながら、前を見据え先頭を歩く。その視線の先には木々が少なくなってきているのが見えていた。木々を抜けると森に囲まれた平原へと出る。その中心には明らかに異質な建物が建っていた。それを見てエスは頭を抱えた。
「何故、ここだけファンタジーではなくなっているのだ!?」
目の前の建物はコンクリートの様なもので造られた、言わば研究所の様なものだった。その見た目は、エスの前世の記憶にある建物のそれとほぼ同じであった。建物へと近づき壁に触れてみると、僅かに湿っているような感触を受けるが、触れた手に何かが付くようなことはなかった。触れた壁の近くに扉らしき物を見つける。それは金属製の自動ドアといった造りをしていた。その扉が開くと、中から先程見たドワーフが現れた。
「やっときおったか。さっさと中に…」
「この建物はあなたが作ったのかな?」
ドワーフの言葉を切って、エスが問いかける。一瞬、驚いた表情をしたドワーフだったが、笑みを浮かべエスに答える。
「ハッハッハッ、その通り!儂が設計して造った研究所だ!」
豪快に笑うドワーフを横目に、エスは先程から感じていた疑問をグアルディアへとぶつける。
「もしかして、この者も転生者なのか?」
「その通りです。よくわかりましたね」
そのやり取りを聞いて目の前のドワーフは驚き声をあげる。
「も、ってことはあんた、他に転生者を知ってんのか?」
「ん?知ってるも何も、私も転生者だが?」
「なんだって!?」
エスの答えを聞き、さらに驚く。その表情を見てエスは満足気な笑みを浮かべると、自動ドアへと歩いていった。
「さあ、中も見せてもらおうか。当然、中にはファンタジーな物はあるのだろう?」
そのままエスは中へと入っていく。扉を抜けると少し広い部屋となっており、壁際には棚が置かれていた。棚の上には様々な物が置かれている。それらを見て、エスは目を輝かせた。
「フハハハハ、面白そうな物が沢山あるな!」
仲間たちが入ってくるまでの間、エスは棚にある物を物色していた。そこにはただの球であったり、剣や手斧などの武器であったりと様々な形をしたものが置かれている。その中の一つを手に持ってみるが、特に変わった感じを受けることはなかった。
「勝手に触るな。まあ、ここのは魔結晶が入ってないから動かないがな」
エスが振り向くと、視線の先には仲間たちが見える。しかし、声の主であるはずのドワーフが見えなかった。エスは探すように左右を見渡す。
「こっちじゃ!こっち!」
視線を下に向けると、先程のドワーフがいた。
「すまない。小さくて視界に入らなかったよ」
「んだと!わざとだろテメェ!」
怒鳴ったあと、ため息をつきながらドワーフは移動し皆の前に立つ。背後には自動ドアの様な扉があり、その傍にはドワーフの腰くらいの高さの斜めに切り取られた柱の様な物があった。太さはドワーフの腕くらいある。
「そういえば自己紹介がまだだったな。儂はこの研究所の所長、ドレルだ。グアルディアから話は聞いてる。中を案内してやるぞ」
そう言って、傍にある柱の切断面部分に手をかざすと、かざした場所に僅かに緑色の光が灯り扉が開いた。そして開いた扉から見える範囲の風景を見て、エスは再び頭を抱えることとなった。