奇術師、冒険者を始める
領主の館から盗賊ギルドへと戻り、エスは報酬を受け取った。その後宿屋の部屋へと戻ると、夜明けまでまだ時間があるので眠ることとした。
エスが目を覚ますと、既に昼近くになっていた。宿屋一階のカウンターへ行き、店番へ今日分の宿代を払っておく。宿代は盗賊ギルドのターニャから報酬としてもらっていた銀貨を使った。昨日の今日で宿代を用意したせいか店番には不審がられたが、出掛けてくると店番に告げ街中へと向かう。
「とりあえず、冒険者ギルドとやらに行ってみるか。金を稼がねばな」
フラフラとあちらこちらを見つつ道を歩いていくと一際大きな建物が見えてきた。いかにもな人たちが出入りしているところから、ここが冒険者ギルドだとわかった。ギルド前にはそれなりに開けた場所があり、入口に近付き看板を見ると思った通り冒険者ギルドと書かれていた。
「ふぅむ、証文もそうだったが言葉だけじゃなく字も読めるな。どんな不思議パワーが働いてるんだ?まあいい、入るか」
扉の無い入口から中へと入ると、冒険者たちがあちらこちらで話をしているのが見える。受付のようなカウンターとその横の壁にはたくさんの紙が貼られていた。
「あれは依頼の類か?まずは受付っぽいところにいってみよう」
受付らしき場所へ行くと、職員と思しき女性が話しかけてくる。
「なにか御用でしょうか?」
「冒険者になりたいんだが、ここで登録してもらえるのか?」
「冒険者としての登録ですね。まずは…」
女性は一つの水晶玉をカウンター下から取り出した。
「この水晶に触れてください。触れることでこちらのカードに生体反応が登録されます。このカードが冒険者としての証明となりますので失くさないように注意してくださいね。それではどうぞ」
「うむ」
エスは水晶玉に手を置く。すると水晶玉が淡く光った後、その光がカードに流れ込んでいく。そんなファンタジーな光景にエスは見入っていた。
一体どんな仕組みなんだ?奇術のネタになりそうだな、おや?
カードへの光の流れが終わったと思うと、だんだんと水晶玉が黒く暗く淀み始めた。異様な光景に周囲にいた冒険者たちも水晶玉を見ている。
「え!?ええ!!」
「ん?黒くなったぞ?」
エスが首を傾げ女性が動揺していると、カウンター奥から女性の上司と思われる人物が現れる。昔、冒険者だったことを思わせる体型をし、髭を蓄えた男性だ。
「何があった?これは!?」
男性は黒くなった水晶玉を見ると、すぐさま腰の剣を抜きエスへと突きつける。
「何者だ、人じゃないな?」
「ん?元人だ。今は何故か悪魔をやっている」
エスが正直に答えると、背後から様子を窺っていた冒険者たちの声が聞こえてきた。
「悪魔だって?」
「いや、どう見ても人にしか見えんぞ?」
「悪魔風情が冒険者だと!?ふざけるな、俺様が退治してやらぁ!」
振り返るとそこには巨大な斧を持った大男が歩み寄ってきていた。エスより頭二つ分程背が高く体型も相まって圧迫感がある。
「おっと、それ以上近付かないでくれないか?暑苦しい」
「んだと!」
エスは周囲を見渡す。
ここで相手をしては周りに迷惑がかかりそうだ。下手に何か壊すと私のせいにされそうだしな。見逃してくれそうにはないし、外で相手するべきか。
「ほら、脳みそまで筋肉みたいなマッチョ君。遊んであげるからこっちに来なさい」
エスはそれだけ言って堂々と歩きギルド前の広場へと向かう。男はエスの後をついて外に出てきた。男もギルド内で喧嘩をする気はなかったようだ。
おや、ギルド内の何かを壊すとペナルティでもあるのかな?
「ヘッヘッヘッ、これで俺様も悪魔殺しだぜ!」
男の台詞に続き周りを囲む他の冒険者の声も聞こえてきた。
「あんな弱そうな悪魔で悪魔殺しにはなれんだろ」
「大斧のゲーリーか。あいつ馬鹿だからなぁ」
「とりあえずどっちが勝つか賭けようぜ」
どうやら悪魔という種族も強さはピンキリなのか?それよりも、このマッチョはどうしたものか…
エスが悩んでいるとゲーリーと呼ばれた男は苛立ったように怒鳴っていた。
「悪魔野郎!さっさと殺されてこの俺様のランク上げに貢献しろ!」
なおも何か言ってくるゲーリーを無視していると、ギルド内から先程剣を突き付けてきた男性が出てきていた。それを見て何かを思いついたエスはポンッと手を打つ。
丁度いい、私が良い悪魔だとここで証明するとしよう。ん?悪魔なのに良いとはこれ如何に?
首を傾げ唸っていると、痺れを切らしたゲーリーが斧を振りかぶり走ってくる。
「死ね!」
「断る!」
走り寄り斧を振り下ろそうとするゲーリーを、先程対峙していた距離まで蹴り飛ばす。笑っていた周りの冒険者は一瞬にして静まり返ってしまった。
「ん?やり過ぎたか?まあいいか」
ハンカチを取り出し、その中央を摘まみ目の前に持つ。ハンカチの下から一本の棒が現れエスはそれを手に持った。奇術でよく使われる形のステッキだ。
「さて、ステッキの強度はどのくらいかな?」
起き上がったゲーリーが再び振り下ろす斧を手に持つステッキでいなす。数回繰り返すがステッキ自体に損傷は見られなかった。
「うむ!素晴らしい強度。これなら武器としても使えそうだ」
「そんな棒きれで俺が殺れるか!」
「私は悪魔である前に奇術師だ。奇術は人を殺さんよ」
ステッキのこともある程度わかったし、どうやってこの喧嘩を終わらせようか…
ステッキで斧をさばきつつ考える。
「ハァハァハァ、クソッ!チョロチョロと…」
「おや?私は殆ど動いてないぞ?それよりマッチョ君は何をそんなに疲れているんだ?」
「ふっざけんな!」
肩で息をしつつもゲーリーは斧を振り回す。その動きは最初の頃のキレは無く、ただ振り回しているだけの状態だった。エスは一つ頷くと背後へと飛び退き距離をとる。それを追うためゲーリーは斧を振り上げこちらへと向かってきた。
「予想通りでつまらんやつだ」
エスはウンザリした表情でステッキを投げる。横回転しつつ飛ぶステッキはゲーリーの斧を弾き、ブーメランのようにエスの手元に戻ってきた。弾かれた斧はゲーリーの背後へ石畳を砕きながら突き刺さる。
「あっぶなぁ、斧が見物人のところまで飛ばなくてよかった。見物人に当たりでもしたら大事故だぞ」
エスは胸を撫で下ろす。気を取り直しステッキを片手にゲーリーへと歩く。ゆっくりと優雅にステッキを浮かし、回し、自由自在に自分の周囲で動かしながらゲーリーの元へと辿り着く。周囲で見守る冒険者たちもそのスティック捌きに見入っていた。ゲーリーの前まで来たエスは、カツンとステッキで床を突き彼を見据える。
「さあ、これで最後だ。何か言い残すことはあるかな?」
「や、やめてくれ。俺様が悪かった」
ゲーリーはエスから離れようとゆっくりと後退りしていた。エスはステッキを振り上げると、それを目にも止まらぬ速さで振り下ろす。
「ヒィ!!」
振り下ろされたステッキはゲーリーの鼻先で止まった。そして次の瞬間、ポンッという音と共にステッキは花束に変わった。殺されると思っていたゲーリーは涙を流しながらも唖然とした表情をしていた。
「クックックッ、いい顔が見れたよ。さて、これで私が悪い悪魔ではないと理解してもらえたかな?」
エスは振り向き、先程剣を突き付けてきた男性を見る。腕組みしこちらを見据える男性はエスの言葉を聞き口を開いた。
「仕方がない。特別に登録を許可しよう。しかし、少しでもおかしな真似をしたら即座に討伐対象とする」
「結構、結構。では登録をお願いしようか」
男性がギルドに入っていくのを追うようにエスもギルドへと入っていく。背後ではへたり込むゲーリーが放置されていた。その膝には先程の花束が置かれている。
再び先程の受付で登録作業を行う。相変わらず水晶玉は黒くなるが気にしない。担当した女性が恐る恐るカードを渡してくるので、受け取る際に手の中から花を一輪出しカードと交換で手渡した。警戒はしていたが、嫌そうな表情ではなかったので良しとする。
「ようやくこれで冒険者か。ついでに依頼でも見てみるか」
エスはカードを懐へとしまい依頼が貼られた壁へと向かった。
「ふむふむ。討伐関連の依頼が多いのだな。こっちは採取か。モンスターが出る場所での採取な時点で討伐よりも面倒な感じがするが、報酬が安いな。おや?これは…」
手に取った依頼を詳しく見ているエスの背後へと近付く人影があった。