奇術師、這い出る
向かってくるパラヘルバへ向かいアリスリーエルが魔法を放つ。小さな光の球が巨大なパラヘルバへ目掛け飛んでいった。それに気づいた巨大なパラヘルバは、付近にいたパラヘルバを掴むと自分へと向かってくる光の球目掛け投げつける。投げられたパラヘルバはアリスリーエルの魔法により爆散した。
「ほほう、賢いじゃないか。一体どこで思考してるのか興味が湧くな」
そんな様子を眺めながら呟くエスへと巨大なパラヘルバは至近距離まで接近し、その片方二本の腕を振り下ろした。エスは素早く後ろへと飛び退くと、振り下ろされた腕へと魔導投剣を投げる。しかし、投げた魔導投剣は腕の骨を切断することなく骨へと突き刺さる。骨が太いため魔導投剣では切断できなかった。刺さったままの魔導投剣をものともせず、巨大なパラヘルバは再びエスへと向かい走り出した。
「やれやれ、骨の熊に好かれても嬉しくないな。さて、どうしたものか…」
エスは連続で振り抜かれる腕を躱しつつ花の位置を探す。しかし、見た限りでは花を見つけることができなかった。
「花が見つからないな…」
「背中にもないぞ」
エスの呟きに答えるように、背後から観察していたターニャが声をあげる。
「ふむ、他に隠せるとしたらあそこか。アリス、爆発の魔法で頭を吹っ飛ばせるか?」
「先程みたいに防がれなければ大丈夫だと思います。注意を引き付けてもらえますか?」
他のパラヘルバたちの相手をしつつ答えるアリスリーエルの元へ、サリアが飛び込みつつ周囲のパラヘルバたちを蹴散らしていた。
「いいだろう。だが、そちらも忙しそうだな」
「アリスは私が守るわ」
サリアに向かいエスは頷くと、巨大なパラヘルバに向かい腕を広げる。
「さあ、遊んでやろう骨熊君。かかってきたまえ」
エスの言葉が終わるのを待たず、巨大なパラヘルバはその腕を振り下ろす。振り下ろされた腕は地面を砕き止まった。しかし、巨大なパラヘルバは辺りを見渡すように首を動かしていた。
「フハハハハ、こっちだ。さあ、本物はどれかな?」
エスは幻惑魔法を使い、周囲に多数の自分を模った幻影を作り出していた。巨大なパラヘルバは、近い位置にいるエス目掛け腕を振り下ろす。それが幻影だとわかると、周囲のエスに次々に殴りかかっていた。時折、幻影ごと他のパラヘルバたちも薙ぎ払っている。その間、アリスリーエルはいつでも魔法を放てるように杖の先へと魔力を集中させていた。
アリスリーエルの魔法の準備が整うと、先程巨大なパラヘルバが砕いた地面から魔導投剣が六本飛び出してくる。それらは、巨大なパラヘルバの周囲の木へ深々と突き刺さった。その瞬間、巨大なパラヘルバの動きは止まった。
「よっと。さあ、アリスよ。動きを止めたぞ」
魔導投剣が飛び出してきた地面から、今度はエスが這い出てくる。予想外の出来事にアリスリーエルたちは言葉を失った。
「フハハハハ、いい表情しているところ悪いが、早く魔法を撃ってくれないか?」
「は、はい!」
エスの言葉に正気に戻ったアリスリーエルは、何故か動かない巨大なパラヘルバの二つの頭部に向け準備していた魔法を放つ。一直線に飛ぶ光の球だったが、巨大なパラヘルバは避けることなくその頭部へ魔法を受けた。光の球は弾け爆発を起こす。その爆発により、巨大なパラヘルバの頭部は二つとも消し飛んでいた。
「お見事!跡形もなくなって花があったのかもわからんが、さてどうなったかな?」
エスは前方に手を伸ばすと、手を握り締め何かを引っ張るような動きをする。すると魔導投剣が、木から勢いよく抜けエスの元へと飛んでくる。それと同時に、頭部を失った巨大なパラヘルバは崩れ落ちた。
「どうやら再生はしないようだな」
エスの言葉の通り、巨大なパラヘルバは再生することはなく、その体に絡みつく蔦の様なものは変色し枯れていた。エスの手には三本ずつの魔導投剣を握っており、それを振り一本ずつに変化させると、そのままポケットへとしまった。
エスが巨大なパラヘルバと対峙している間、周囲のパラヘルバを倒していたリーナとターニャがエスへと近づいてくる。すでに他のパラヘルバたちは退治されていた。
「全く、どうやってあんなのの動きを止めたの?」
「触れてすらいなかったな」
傍に来るなり質問してくる二人に対し、エスは笑いながら答える。
「タネは秘密だ。もう動いているのはいないようだな」
「周囲にパラヘルバはいませんね」
同じように周囲を警戒しながらエスへと近づいてきたアリスリーエルが肯定する。その傍にはサリアが立っていた。
「そういえば、サリアはパラヘルバの寄生した骨に躓いていたな。大丈夫なのか?」
「ええ、素肌で触れた訳ではないから大丈夫」
サリアは足に革製のブーツの様なものを履いている。それにより、パラヘルバの寄生を防ぐことができていた。
「無事なら結構。では、一息ついたら先に進むとしよう」
エスの言葉に皆は頷き、休憩をとることにした。
皆が休憩している間、エスは仲間たちが見える範囲で周囲を観察していた。
「植物系のモンスターが大量にいる、というのはわかったが。木々全てがモンスターというわけではないのか」
目の前の木の幹に触れながら、エスは独り呟く。その言葉の通りに周囲に生える木々や草花は普通の植物であった。その後、エスは近くに転がるパラヘルバの残骸を興味深げに見ていた。
「しかし、流石は異世界。こんな植物もいるのだな。ああ、これはモンスターか。動物、植物とモンスターの線引きはどこなのだろうな」
僅かに浮かんだ疑問を抱え、エスは仲間たちの元へと向かった。
休憩を終え、エスたちは村を目指し歩き始める。森の中は薄暗く、今がどのくらいの時間なのかわからなかった。ただ、空腹感が今は食事時に近いことを教えてくれる。
「お腹空いたわね…」
「入った時間から考えて、もう夕方かな?」
「こう薄暗いと時間もわからないわねぇ」
「少し休憩にしましょうか」
仲間たちがそんな会話をしているのを聞きながら、エスは近くの木の枝を見ていた。そこには、握り拳大の赤い果実が生っていた。見た目だけで言えば林檎のようだった。
「何か果実があるようだぞ?」
エスは仲間たちに告げると、ポケットから魔導投剣を一本取り出し果実目掛けて投げる。魔導投剣は弧を描くように飛び果実を落とすと、そのままエスの手元へと戻ってきた。落ちてくる果実を、魔導投剣を取った手とは逆の手で受け止める。
「リーナ」
エスはリーナを呼びながら果実を投げて渡した。
「何?」
「毒見だ。リーナなら毒は問題ないだろう?」
「あんたもでしょ!」
怒りながらもリーナは果実を口にする。毒はなく、なかなかに美味な果実だった。
「大丈夫、毒はないわ。それに結構おいしいわよ」
「なら、全員分採るとしよう」
エスは再び魔導投剣を投げると、人数分の果実を用意した。それらを皆に手渡すと、エスも一口食べてみる。味は林檎に近いが、前世の世界では味わったことのない味であった。
ふむ、これはなかなか。見た目は林檎のようだが、味は少し違うのだな。
エスは、咀嚼しながらそんなことを考えていた。
果実を食べながらエスたちは、さらに奥地を目指す。僅かに開いた木々の隙間から空を見ると、既に夜になっていることがわかった。
「どうやら、夜のようだな。どこかで野営するか?」
「この森の中で?危険すぎない」
「私やリーナは寝る必要がないが…」
エスがアリスリーエルやサリア、ターニャへと視線を移す。それにつられリーナも三人を見た。三人とも疲労が見て取れる。特に、眷属になっていないターニャはかなり辛そうだった。幸いなことに、パラヘルバたちの襲撃以降、特にモンスターが現れることはなかった。
「このまま進む方が危険だろう。私とリーナが見張りをするから、三人は少し寝るといい」
近くの大きな木の根元にもたれつつ、三人は仮眠を取る。聞こえるのは木々が風に揺れる音だけ。虫の音も鳥の囀りのも一切聞こえない。周囲を警戒しつつエスとリーナも体を休めていた。
木々の隙間から僅かに差し込む光で、眠っていた三人は目を覚ます。近くで見張りをしているリーナは見えるが、エスの姿が見当たらなかった。
「おはようございます。エス様は?」
「おはよう、エスなら気になることがあるって言って少し奥に行ったわ。そのうち戻ってくるでしょ」
アリスリーエルに答えたリーナは起きてきた姉妹と共に出発の準備を始めた。そこへ、エスが歩いて森の奥から姿を現した。
「起きたようだな。すぐ準備をして進むぞ。何かがここに近付いてきてるようだ」
エスの言葉を聞き、仲間たちは準備を急いだ。