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奇術師、人食いの森に入る

 ルイナイの街を出て数日、エスたちは広い草原を馬車で走っていた。僅かに整えられた道を馬車に揺られつつ、人食いの森と呼ばれる森を目指す。目の前に広がる草原、その先に生い茂る木々が見えてきた。そこは人食いの森と呼ばれる、立ち入ることを禁止された森だった。その森から木々の根が、まるで草原を侵食するかのように伸びている。


「あの森が人食いの森です」


 そう告げたのは、御者台に座るグアルディアだった。


「いかにも何か出ます的な場所だな」


 わくわくした様子でエスは森を見つめている。そして、一つの懸念を口にする。


「見る限り馬車は通れそうにないな。どうしたものか…」


 眼前の森には所々に獣道の様な細く人ひとりが通れる程度の道は見えるが、馬車が通れるほどの道は見当たらなかった。


「そうですね、どうしましょう?」


 そこまで予想していなかったのか、アリスリーエルも考え込んでいた。


「やはり、村に行くには回り込むしかないですかな」


 グアルディアは森を回避することを提案する。アリスリーエルを危険にさらすような道を避けたいという思惑があった。そして、馬車が通れないということを知れば、エスたちも諦めるのではないかとも考えていた。


「二手に分かれるか。このまま森を通る者と遠回りで馬車で向かう者とに。もちろん、私は森の中を行くがな」


 グアルディアの思惑を無視するように、エスは馬車から飛び降りると笑いながらそう言い放つ。アリスリーエルもエスの提案に賛成した。


「そうですね。私も森の中を見てみたいので歩きます。グアルディアは馬車をお願いしますね」

「アリスリーエル様、それではいざという時に…」


 アリスリーエルは馬車から降りると、エスの隣で森の中を見つめていた。心配するグアルディアだったが、それに気づき渋々といった表情で頷く。


「大丈夫、私たちも行くから馬車をお願いね」

「仕方ない…」

「さぁ、何がでるかしら?」


 アリスリーエルに続き、リーナ、ターニャ、サリアの順に馬車から降りる。エスたちが馬車から降りると、御者台からグアルディアが獣道の様な細い道を指差し意外なことを話し始めた。


「森の中にはそこの道のようになっている場所がいくつかあります。それを辿れば村もしくは森の外へと抜けられるはずです。どうかお気をつけて」


 それだけ言うとグアルディアは馬車を走らせ去っていった。


「ふむ、何故グアルディアは森のことを知っているのだ?」

「さあ?わかりませんが、恐らく嘘ではないでしょう。道を辿って行きましょう」


 エスの疑問にアリスリーエルも答えることが出来なかった。疑問は浮かんだが、今は人食いの森へと意識を向ける。鬱蒼と生い茂る木々で、日中だというのに森の中は薄暗く異様な雰囲気を醸し出していた。エスたちは、僅かに見える道を辿りつつ森へと入っていった。

 一方、馬車を走らせるグアルディアは急いでいた。


「エス様たちが強いと言っても、この森は少々危険。急いで村に行き、私も森へと向かうことにしましょう。この森に入るのもあの時以来ですね…」


 遠い過去を思うように空を見上げつつも、グアルディアは目的地の村を目指し馬車を走らせた。

 森に入ったエスたちがしばらく歩くと辺りは薄暗くなり、見通しの悪さから周囲を強く警戒していた。数本の木が切られたような場所を見つけ、切り株に腰を下ろし一息つくこととした。


「この森は異様だな…」


 周囲の様子を眺めながらエスが呟く。


「そうね。人食いの森って言われている割にはモンスターの一匹もここまで見てないわ」


 リーナも森に入ってからの感想を口にする。しかし、エスは首を横に振った。


「違う。これほどの森だというのに鳥の声ひとつしない」


 エスの言葉に全員がハッとした表情を浮かべる。


「そうだ、森に入ってから動物の痕跡が一切なかった。これほどの森の中で、ありえない…」


 ターニャも違和感に気づき周囲を見渡していた。それにつられるようにサリアとアリスリーエルも周囲を見る。


「鳥もいない、動物もいない、モンスターすらいない」

「そして、この暗さでアンデッドの姿もないとなると…」


 エスの言葉に続きリーナも森の秘密を予想する。その言葉を遮るようにエスたちがいる場所の地面が揺れる。エスは、近くにいたターニャを脇に抱え後方へ飛び退く。それと同時に、アリスリーエルとサリア、リーナがその場から飛び退いた。その瞬間、エスたちが座っていた切り株を突き上げ、何かが地面から現れた。それは、エスの背丈の三倍程の高さまで伸びていく。


「やはり、植物か」

「何だよアレ!」


 エスたちの目の前に現れたのは巨大な植物、その伸びた先には花弁に細かい歯がびっしりと生えた花の様な頭がついていた。花はゆっくりと開きながらエスの方へと向く。開いた花はまるで動物の口のように見えた。その植物が出てきた地面からは、蔦のようなものが地面を這い円形に広がると、周囲の木々へと絡みつく。


「いやはや、異世界の植物はアグレッシブだな」


 笑いながらターニャを降ろすと、エスは目の前で蠢く巨大な植物を観察していた。


「アリス、こいつは何だ?」

「…わかりません。元々、人がほとんど踏み入っていない場所なので記録がありません」

「なるほど、それはそうだな。つまり、未知との遭遇というわけか!フハハハハ、植物君、名は何というのかね?」


 エスは腕を広げながら植物に近づく。蔦が広がる範囲へと踏み入った瞬間、持ち上がった数本の蔦のようなものが束ねられ振り下ろされた。それをエスは僅かに身を反らして避ける。叩きつけられた蔦はバラバラになると近くにいたエスを絡めとり持ち上げた。


「おや?植物のわりになかなか賢いじゃないか。よっと…」


 エスは縄抜けの要領で蔦から脱出すると地面へと降り立つ。花の化物はエスの行動に動じることは無く、今度はエスを喰らおうと迫る。迫りくる巨大な花を避け後方へと高く飛び、周囲の木の枝へと飛び乗った。それを追うように伸びてくる無数の蔦を、ポケットから取り出した魔導投剣を使い切り落しつつ避けていた。


「やれやれ、人などが相手なら先程の縄抜けで多少は警戒してくれるのだろうが、植物相手では牽制にもならないか…」


 エスは、木々を飛び移りながら花の化物の攻撃を避け続ける。その間も地面を這う蔦は浸食範囲を広げていく。すでに蔦は仲間たちの足元まで迫っていた。エスを見ていたリーナが曲刀を手に持ちエスの元へ向かおうと一歩踏み出そうとした瞬間、何かに気づいたアリスリーエルが声をあげる。


「リーナさん、動いてはダメです!」

「え!?」


 警告は遅くリーナは上げた足を地面へと下す。次の瞬間、周囲の蔦がリーナへと向かい伸びてきた。両手の曲刀を使い迫りくる蔦を切り落し対処する。アリスリーエルはエスへと声をかける。


「エス様、この植物は地面の振動で私たちの場所を感知しているようです!」

「ほほう、なるほど!」


 アリスリーエルは、動物やモンスターが存在しない、自分たちの居場所を的確に判断し襲撃してきた事実、そして動いているエスだけを狙う様子から花の化物の性質を直感的に感じ取っていた。アリスリーエルの言葉が正しいと言わんばかりに、動いていないサリアとターニャは一切攻撃されずにいた。エスは木の枝へと降りず、何もない空中に立つ。エスの周囲には魔導投剣が浮いている。動きを止めたが、蔦が自分に向かってくる様子がないのを確認し、エスは頷いた。


「地面の振動でターゲットを決めていたわけか。動物やモンスターがいないわけだ。始めに狙われたのが近づいた私だけだとすると、蔦が怪しいな。さて、索敵範囲を確かめてみようか」


 ポケットから二本のステッキを取り出すと、エスは蔦が伸びていない地面へ一本投げる。ステッキが地面に突き刺さるが、蔦がそれに反応することはなかった。もう一本は、蔦が伸びている範囲へと投げる。地面に突き刺さると、無数の蔦がステッキを締め上げた。


「アリスの見立てで間違いないようだな。空中にいる私に気づかなところをみると、やはり空気の振動は感知できないか。会話には気づかないから間違いないだろう」


 エスは笑みを浮かべ花の化物を見る。目標を見失った花の化物は動くことなくその場にとどまっていた。


「あとはこいつの倒し方だが…」

「燃やしたらどうかしら?」


 サリアが焼却を提案するが、エスは首を横に振る。


「森自体が燃えかねん。流石に森が燃えたら我々も危険だな」


 腕を組み考えるエス。そこへ、アリスリーエルが思いついた対応策を話し始めた。


「凍らせましょう。この辺りの植物と同様であれば寒さに弱いはずです」


 アリスリーエルはフォルトゥーナ王国の気候から対応策を考えていた。温暖なこの国の植物であれば冷気に弱いのではないかという予想のもと、凍らせるという手段を思いついたのだった。


「ふむ、それでいってみよう。アリス、できるか?」

「はい!それでは、私を花の近くまで連れて行ってもらえませんか?この距離では効果的に凍らせられないと思います」


 エスは頷くと、空中を歩くようにアリスリーエルの元へと向かった。


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