奇術師、目的地を決める
大理石を思わせるマーブル模様の石材で作られた教会に似た建物、その中庭に光の球体が現れる。光が霧散するとアエナと数人の聖騎士が現れた。
「ご苦労様でした。皆は休んでください」
アエナがそう言うと、他の聖騎士たちは一礼し去っていく。アエナは兜を脇に抱えたまま建物の奥へと進んでいった。ステンドグラスが並ぶ廊下を歩いていくと、前方からアエナと同様の金の装飾が施された鎧を纏い、同じように兜を脇に抱えた男が歩いてくる。
「アエナか、奴には会えたのか?」
「ええ、猊下の言った通りでした」
「ならば、奴はここに来るということか。フッ、会うのを楽しみにしておこう」
不敵な笑みを浮かべ男は去っていった。アエナはそのまま先へと進むと扉を開く。その先は広い部屋となっており、一際大きなステンドグラスが眼前に見える。その下には祭壇が置かれており、祭壇の前には黒い長髪の女性が立っていた。
「お帰りなさい、アエナ」
「ただいま戻りました。『傲慢』の悪魔の撃退、そして猊下のお言葉を、奇術師に伝えてまいりました」
跪き床に兜を置いたアエナが、頭を下げながら報告する。祭壇の前に立っていたのは七聖教会、最高司祭であるチサトであった。チサトは微笑みながら頷く。
「レマルギアの話もしてくれたのですね。興味を持ってくれたようでよかった。あとは歓迎の用意をしなければなりませんね」
わくわくした様子で話すチサトを見て、アエナは疑問に思っていたことを問いかける。
「何故、彼にレマルギアを教えたのでしょう?あそこは今…」
「ふふふ、そのうちわかりますよ。それでは、準備を手伝ってくれますか?」
「はい」
チサトはアエナを伴い別室へと移動した。
ルイナイの街、聖騎士たちがいなくなったパーウェル邸ではエスが仲間たちに詰め寄られていた。
「何勝手に私たちを目の敵にしているような連中の本拠地に行くって言うの?」
「姉さんとアリスは眷属になってるんだぞ!あいつらにとっては排除対象だろ!」
エスは両耳を手で塞ぎリーナとターニャの苦情に聞こえないふりをしていた。
「やれやれ、うるさいお嬢さんたちだ。嫌ならついてこなければいいだろうに。だいたい、眷属に関しては私から強制などしていないぞ?」
それでもと詰め寄るリーナの手がエスの肩に触れると、僅かに表情を歪めエスが後ろに一歩さがる。その様子にリーナが不思議がっていると、エスの肩の部分に血が滲み始める。よく見ると脇腹も同じように血が滲んできていた。
「流石に無傷ではないのだ。街を移動させる方に力を割いていたからな。何より、布の穴はなかったことにできるが、体に空いた穴まではなかったことにはできないのだよ」
「今、治療を!」
素早くエスに近づいたアリスリーエルが手をかざすと淡い緑色の光がエスを包む。エスはゆっくりと肩と脇腹の傷口が塞がっていくのを感じていた。
「ほう、魔法で治せるのか。傷が塞がる感覚が今まで感じたことのないような感覚で面白い。素晴らしい、ファンタジーだ!」
「そんな状態で何を喜んでいるのよ…」
エスの様子を見てため息をつくリーナだった。少しして、エスの傷は完全に塞がった。
エスの治療が終わったその時、部屋の扉が開く。部屋に入ってきたのはパーウェルだった。片手には一本のビンが握られていた。
「どうした?なにかあったのか?」
「なんでもありませんよ、パーウェル」
不思議がるパーウェルだったが、アリスリーエルに促されソファーへと座った。エスもアリスリーエルと共に座る。
「ところで、聖騎士様はなんのようだったんだ?」
「七聖教会への観光を許可する旨を伝えに来たようです。あとはレマルギアの話を聞いたくらいですね」
パーウェルの質問に答えたアリスリーエルに続き、エスも答える。
「水晶窟へ行くつもりだったのだが目的地変更だ。レマルギア経由で七聖教会を目指すことにした」
「そうか…」
そう言ってパーウェルは、持っていた一本のビンをテーブルの上に置く。それはいかにも高級そうな造りをしており、相当な値段であることを感じさせる。
「それは?」
「約束の酒だ。私の持っている中で最も美味いと思えるものを持ってきた」
「ほほう!素晴らしい!」
エスはビンを手に取ると、じっくりと眺め始めた。
「しかし面白い場所か、困ったな。カジノ都市であるレマルギアを紹介するつもりだったのだが先に知られてしまうとは。となると、レマルギアや七聖教会の方面で面白い場所ということになるか…」
パーウェルは少し考え込んだのちエスを見た。エスは未だにビンを眺めていた。
「面白いかどうかはわからんが、この国の魔道具生産を一手に請け負っている名も無い村があるが、興味はあるか?」
「魔道具だと!?」
エスは手に持ったビンをテーブルへと置くと声をあげる。
「興味があるみたいだな。私からの紹介状を持って、アリスリーエル様が同行すれば色々と見てまわれるだろう」
「そうですね。我が国の機密ではありますが、行ってみますか?」
アリスリーエルはエスの表情を窺う。エスは、話を聞き目を輝かせていた。
「いいな、面白そうだ。是非行ってみよう」
パーウェルとアリスリーエルからの提案に頷くエスだったが、背後に立つグアルディアがアリスリーエルに耳打ちする。
「アリスリーエル様、ここからですと…」
「わかっています」
「おや、なにかあるのか?」
会話を聞いていたエスの問いかけに対し、顔をあげたグアルディアが説明を始める。
「その村を囲むように深い森が広がっています。ただ一ヶ所、森を避けて近付ける場所があるのですが、ルイナイからだと大きく回り込まないといけません」
「つまり、行くとなると遠回りするか、その森を通るしかないというわけか」
「ただ森を通るのはかなり危険かと…」
「危険?」
グアルディアの言葉に疑問を持ったエスに、アリスリーエルが説明する。
「その森は、人食いの森と言われています」
「あら、ギルドが立入禁止としてる森と同じ名前ねぇ」
「ギルドが人食いの森と呼んでる森もこの近くだな」
人食いの森という名前にサリアとターニャが反応を示し、それを肯定するようにグアルディアが話を続けた。
「お二人が仰るように、冒険者ギルドが立入禁止にしている森です。国家機密となる村がある、という理由もありますが入った者が誰一人帰らないことからそう呼ばれております。故に、国王命令で森の立入を禁止させています」
「その森には何がいるのかね?」
エスの興味はすでに森へと向いていた。
「不明です。ただ、近辺に凶悪なモンスターが出没するという報告は多数あがっております」
「ほう、それはまた楽しそうな場所だな。見たことない生き物がたくさんいそうだ!」
話を聞き楽しそうにするエスに対し、リーナが頭を抱えてみせた。
「エス、あなたねぇ、アリスを危険な場所に連れて行く気?」
「ふむ、危険、なのか?」
「あったりまえじゃない!」
怒りを露わにしエスに掴みかかるリーナに対しエスは笑みを浮かべ、パーウェルに聞こえない程度の小さな声で囁いた。
「よく考えてみろ。アリスとサリアは私の眷属となっているのだぞ?モンスター程度ならどうということはあるまい。私が知る限り、最上位の聖騎士と悪魔どものリーダー格が相手でなければ問題なさそうだがな」
リーナは、はっと何かを思い出したかのような表情を浮かべる。アリスリーエルとサリアがエスと契約し、眷属となっていたことを思い出し再び頭を抱えた。エスは襟元を正しながらパーウェルへと話しかける。
「では、今日一日ゆっくりして明日出発するとしよう」
「グアルディア、準備できますか?」
「問題ありません。それでは明日出発ということで準備をしておきます」
エスの言葉を受け、アリスリーエルがグアルディアへと準備を頼む。それをグアルディアは快く引き受け、一礼すると部屋を出ていった。
「さぁ、飲むとしようか!」
そう宣言してテーブルの上に置かれていたビンを手に取るエス。パーウェルも苦笑いを浮かべながらメイドたちに食事の準備をさせていた。その後、パーウェルに連れられエスたちは食堂へと向かった。