奇術師、招待される
「ようこそ、ルイナイの街へ。聖騎士諸君」
平地を背にエスは歓迎の意味を込め両手を広げる。目の前には数人の聖騎士、それを率いていると思われる聖騎士は白地に金で装飾が施された他の者とは違う鎧を着て、顔を全て覆う造りの兜を被っていた。その後ろにはファスキナ遺跡の入口で見た顔があった。突如、ひとりの聖騎士が剣を抜き斬りかかってくる。振り下ろされる剣をエスは指で挟み受け止めた。
「おや?リンド君。君も来たのか。ゆっくりしていきたまえ」
斬りかかったのは『正義』二十三位のリンドだった。エスは剣を受け止めたまま続ける。
「ただ、一ついいことを教えてあげよう」
「何!?」
「いきなり斬りかかるのは挨拶とは言わないぞ」
そのまま動かないリンドの肩に、装飾された鎧の聖騎士が手を置く。
「下がりなさい。猊下の命に背くつもりですか?」
「しかし…」
「もう一度言います。下がりなさい」
声からしてその聖騎士が女性だとわかった。リンドは渋々といった様子で剣を鞘へとおさめつつ後ろへと下がる。それを確認した装飾された鎧の聖騎士は、自分の兜へと手を添え兜を外し端整な顔立ちと緋色の髪を露わにする。
「私はアエナ。『愛』一位の聖騎士です」
「ほう、最上位の聖騎士様か。それはそれは、初めまして。奇術師のエスだ」
そう言ってエスは礼をする。その姿を見つめていたアエナと名乗る聖騎士は微笑みを浮かべた。
「報告では悪魔と聞いていましたが、人間と変わらないのですね」
「ほう、悪魔と知っていて君は斬りかかってこないのだな」
「猊下よりあなたに伝言があります。ところで…」
アエナはエスの背後へと視線を巡らせる。
「ルイナイの街はどこに?」
「おっと忘れていた」
エスはアエナに背を向けしゃがむと地面へと手を置く。置いた手を何かを掴むように握ると、立ち上がりながら何かを引き上げた。すると、街があった平地を囲むように布が地面より現れる。
「これは…」
アエナの驚きを他所に、エスは握った布を上方へと放り投げた。周囲の布も並行に上がり視界を遮る。その後、布が落ちると隠されていた平地に街が現れ、落ちた布はいつの間にか消えてしまっていた。
「街が!」
「どうなっているんだ!?」
驚き声をあげる聖騎士たち。アエナの顔にも驚愕の表情が浮かんでいた。それを見たエスは再び両手を広げる。
「改めて、ルイナイの街へようこそ。フハハハハ、その表情、楽しんでもらえたようでなによりだ!」
言葉を失う聖騎士たちを気にも留めず、エスはさらに続けた。
「さて、話をするならルイナイ領主、パーウェル殿の館を使わせてもらうとしよう。聖騎士が相手なら拒否しないだろう。ついてきたまえ」
エスは聖騎士たちを連れパーウェル邸へと歩く。元の場所へ戻った家々から住人たちが外に出て周囲の様子を窺っている。子ども達は経験したことのない出来事にはしゃいでいた。そんな様子を満足気に眺めつつ歩いていると、パーウェル邸の方からグアルディアが歩いてくるのが見えた。
「グアルディアか。ふむ、おっさんの出迎えは少々がっかりだな」
「それは申し訳ありませんでした。アリス様もサリア様もお疲れの様子だったので、リーナ様、ターニャ様に任せてきました。そちらは、聖騎士様たちですか?」
「『愛』一位のアエナです。あなたはどこかで…」
「さあ、初対面だと思いますが」
「どうやら私に話があるようだ。パーウェル殿に部屋を貸してもらいたいと伝えてくれるか?」
「了解しました。それでは、私は先に館に戻りいろいろと準備をしてきましょう」
グアルディアは振り返り、そのままパーウェル邸へと向かって歩いていった。エスは、足を止めてしまったアエナの様子を見ていた。
「グアルディアを知っているのか?」
「いえ、どこかで見た気がするのですが…。とにかく今は館に参りましょう」
エスと聖騎士たちは再びパーウェル邸を目指し歩く。既にグアルディアの姿は見えなかった。
パーウェル邸に到着すると、入口ではルイナイ領主であるパーウェルが数人のメイドを伴い待っていた。
「ようこそ聖騎士様。救援に来ていただきありがとうございました。話は聞いております。どうぞ、こちらへ」
パーウェルの案内で応接室へと移動する。応接室に入ると、仲間たちが既に待っていた。入室してきたエスと聖騎士に対し、グアルディアが一礼する。エスはアリスリーエルとサリアを交互に見た。
「ご苦労だったな。体調は大丈夫か?」
「大丈夫です」
「私も大丈夫よ」
「そうか」
エスは応接室にある椅子へと座る。エスの隣にはアリスリーエルが座り、その背後に他の仲間たちが立っていた。対面にはアエナが座り、その背後に他の聖騎士たちが立つと、パーウェルは部屋の扉へと歩いていった。
「では、私は席を外すとしよう。話が終わったら教えてくれ」
パーウェルは部屋を出ていく。少しの間を置き、アエナが話を始めた。
「本題に入る前に、いくつか聞いてもよろしいですか?」
「なにかな?」
「個人的な質問ですが、何故、悪魔であるあなたが王都だけでなく、この街も救ったのですか?」
「ふむ、救った、というつもりはないのだが…。強いて言うなら他の悪魔に興味があったというくらいか?」
「他の悪魔に?」
「そうだ。私がのんびり楽しく世界を観光するのに他の悪魔は邪魔になりそうなのでな。対応するためにも相手を知ろうと思った。それだけだ」
「観光、ですか…」
「だから、七聖教会とやらも見てみたいのでな。今度遊びに行こうと思っている」
「なるほど…」
目を閉じ少しの間考え込むアエナだったが、すぐに目を開け話し始めた。
「七聖教会、最高司祭であるチサト様からエス殿へ伝言があります。『教会への観光を許可しましょう。とっておきの食事を用意して待っています』とのことです」
それを聞き、アエナ以外の聖騎士とエスの仲間たちが驚愕の表情を浮かべていた。リンドが怒りを露わに声をあげる。
「そんな!猊下が悪魔ごときに拝謁を許すなど!」
「落ち着きなさい。猊下の決定にあなたたちが意見することは許しませんよ」
「くっ、申し訳、ありません…」
アエナの窘める言葉を聞き、リンドは一歩下がるとエスを睨みつけていた。エスはその視線に気付いていたが、気にする様子もなく話し始める。
「ほう、教会のお偉いさんからのお誘いなら是非とも言ってみたいものだ。水晶窟の探索後にでも行くとしようか」
「それについてもチサト様より伝言があります。『水晶窟のドラゴンは討伐されています。他のドラゴンの生息地を知っていますので教会に来た時にでも教えましょう』と…」
「何!?」
アエナの言葉を遮るようにエスが声をあげた。
「まあいい。それよりも、教会に行くということは言ったが、何故他の目的を知っている?」
「ふふふ、チサト様は全てを知っていますよ」
「ふむ…」
エスは座っているソファにもたれ、目を閉じ腕を組むと考え込んだ。
全てを知っている、か。チサトという名前も気になる。水晶窟自体にも興味はあるが、ドラゴンがいないのであれば優先度は低い。『色欲』の悪魔についても知っているだろう。罠のような気もするが、七聖教会へすぐに行く価値は高いか。
エスが目を開けると、エスを見つめたままだったアエナと目が合った。
「ハイリスク、ハイリターンだな。いいだろう、七聖教会に向かうとしよう。場所は、アリスは知っているか?」
エスが隣に座るアリスリーエルを見ると、彼女は頷いた。今度はそれを聞いたリーナから声があがる。
「罠かもしれないのよ!?」
「重々承知だ。だからハイリスク、ハイリターンなのだ」
「何言ってるのかわかんないけど、私は反対よ!」
怒りを露わにするリーナを手で制しながら、エスはアエナへと視線を移す。すると、アエナは笑みを浮かべ宣言した。
「皆さんに対し、チサト様との謁見が終わるまで一桁位の聖騎士は不干渉を約束します。これはチサト様から一桁位の聖騎士全員に厳命されています」
「ほう、私たちが害をなすとは思っていないのか?」
「先程も言ったように、チサト様は全てを知っています。そのうえでの命令です」
「…なるほど」
思った以上に最高司祭とは厄介な人物なのかもしれないな。
エスはアエナの話からチサトに対する警戒心を強めていた。
「しかし、七聖教会に行くと言っても観光しながらだから時間はかかるぞ?」
「構いません。そうですね、観光というのであれば多少遠回りではありますが、レマルギアと呼ばれる都市があるので寄ってみてはどうでしょう?」
「レマルギア?」
エスは聞いたことがない都市の名前に興味を持つ。
「エス様、レマルギアにはカジノがあります」
「ほう!」
アリスリーエルの捕捉にエスの興味はさらに強くなった。
「イイな!行こうレマルギアへ」
「エス、領主にも珍しい場所を教えてもらうんじゃなかったか?」
「おお、そうだったな。フハハハハ、楽しみがたくさんだ」
ターニャから言われ、忘れていたパーウェルとの約束を思い出し笑うエス。それを見ながらアエナは立ち上がると、どこからか球体を取り出した。それは透き通る水色の球体をしており、中には魔方陣の様なものが見えていた。
「それでは私たちは帰ります。皆さまが教会に来られるときを楽しみにしていますね」
アエナの持つ球体が光ると、描かれた魔方陣の様なものと同じものが聖騎士たちの足元に広がっていく。その後、聖騎士たちを光が包み込み姿が消えていく。消えていく瞬間、アエナは意味ありげな笑みを浮かべていた。