奇術師、謀る
エスはパーウェル邸、その屋根に立っていた。眼下にはルイナイの街が広がっている。そのまま、正面を見ると空に大量の何かが飛んでいるのが見えた。徐々に近づいてくるそれらは人の姿をし、背には黒い翼を生やしていた。集団の先頭には三対の翼を生やした男がいた。
「あれが『傲慢』の悪魔か。『強欲』の連中とは見た目が違うのだな…」
獣などの頭を持つ『強欲』の悪魔とは違い、『傲慢』の悪魔は黒い翼が生えている以外は人と変わらなかった。
悪魔たちはエスの頭上近くへ来ると動きを止める。
「ようこそルイナイへ!ファスキナ遺跡くらいしか見所がないがゆっくりしていくといい」
両腕を広げ歓迎の意を示すエスを三対の翼をもつ悪魔が見下ろしている。
「奇術師か。トレニアが言っていた通りだったな」
「おや?初対面だと思うのだが、私のことを知っているようだな。とりあえず自己紹介をしておこう。奇術師エスだ、よろしく。それで、君は誰かな?」
「俺様は七柱の悪魔、『傲慢』のギルガメッシュだ!」
不敵な笑みのエスをギルガメッシュと名乗る悪魔は忌々し気に見下ろしていた。
「それとトレニアとは誰かな?私の知り合いにはいないはずだが」
「貴様に答える必要はない。丁度いい、ついでに始末してやる。貴様らは無意識に人の感情を吸収してんだろ?街全体が絶望に染まったらどうなるかな?」
「それは食あたりを起こしそうだな。しかし、街を見てみるといい。人がいるように見えるのかな?」
ギルガメッシュたちが街を見渡すが人がいるようには思えなかった。
「フンッ、俺様の接近に気づいて逃げたか。追いかけて…」
悪魔の言葉を遮るように静まり返った街にバタンと木製の扉が閉じる音が響く。
「家の中にいるな!」
悪魔が片手を掲げると周囲の部下らしき悪魔たちも片手を挙げる。その手の先には黒い球体が生成されていた。それは、ファスキナ遺跡でリッチが使った魔法と同一のものだった。
「家ごと燃えつきろ!」
黒い球体がルイナイの街へと降り注ぐ。エスは徐にポケットに手を入れ、取り出したものを掲げた。その瞬間、ルイナイ上空に光の網が現れ降り注ぐ球体を消し去る。エスの手にはファスキナ遺跡で手に入れ、グアルディアに渡したはずの短杖が握られていた。それを見たギルガメッシュはますます表情を歪めエスを見る。
「チッ、あのゴミを始末したのは貴様か。てっきり聖騎士が始末したと思っていたぞ」
「ゴミ?ファスキナ遺跡にいた死霊術士君のことかな?」
「折角、俺様が作った魔道具を二つも貸してやったというのに役に立たない人間だ」
そう言いながらギルガメッシュは目の前の光の網に触れると、そのまま引き裂いた。裂かれた光の網は光の粒になって消える。そして、引き裂かれると同時にエスが持つ短杖は砕け散った。
「なんだ、アーティファクトではなかったのか。がっかりだ」
盛大にため息をついているエスを無視し、ギルガメッシュたちは再び黒い球体を生み出し落とす。だが、再び現れた光の網によってそれは防がれた。下から眺めるエスの手には、先程砕けたはずの短杖が握られていた。
「なんだと!ふざけるな!それは一本しか作ってないはずだ!」
「一本だけ?ああ、この短杖のことかね?これは三本目なのだが…」
そう言って片手に握る短杖にもう片手で触れる。まるで短杖を引っこ抜くように引っ張る。すると両手に短杖が現れた。
「そして、倍!」
エスが両手を振ると片手に二本ずつ、計四本の短杖が親指と人差し指、人差し指と中指の間に現れた。
「さらにもう一声!」
もう一度、エスが手を振るとさらに短杖は増え、片手に四本、計八本の短杖が各指の間に現れる。
「いかがかな?流石にこれ以上は指が足らなくて片付けないと増やせないがな。フハハハハハ」
「本当に忌々しいやつだ!」
エスは一本を残し短杖をポケットへとしまう。次の瞬間、ギルガメッシュはエスの背後に現れていた。ギルガメッシュに蹴り飛ばされ、エスはパーウェル邸前の道へと叩きつけられる。その衝撃で光の網は消滅していた。
「お、おや、光の網は意味がなかったたか?」
「俺様が作ったものに、俺様自身が止められるわけがないだろ」
立ち上がりながら問うエスにギルガメッシュが笑いながら答えた。上空の他の悪魔たちはギルガメッシュに命令されているのか様子を見ているだけであった。
「『平伏せ』」
「ぐっ!」
ギルガメッシュの声がするとともに、エスは地面へと見えない力で押さえつけられた。
「な、何が?」
顔をあげたエスの目の前に、地面の土が浮かび上がり槍の形に成形されていく。三本の槍を見たエスは、次に起こることを想像する。
「マズい!」
エスは体にかかる圧力に抗いながら立ち上がると身を翻した。
「『貫け』」
ギルガメッシュの一言で三本の槍はエス目掛け射出された。一本は首を傾けることで避けられたが、残りの二本は脇腹と肩を貫き激痛がエスを襲う。
「…この世界にきて、初めて、怪我らしい怪我を、負ったな…」
痛みに耐え額に脂汗をかきながらエスは呟いた。脇腹と肩から血を流すエスの側へと、地上に降りたギルガメッシュが歩いてくる。
「流石に死なねぇか」
そう言って怪我により動けないエスを蹴り飛ばす。エスはそのまま街の入口付近まで転がっていった。
「さぁ、住民を…」
そこまで言ってギルガメッシュは違和感に気づいた。
「人の気配がない、どういうことだ?」
飛び上がったギルガメッシュがパーウェル邸の窓から中に入るが、人の気配は全くしなかった。再び外に出たギルガメッシュは倒れているエスに近づく。
「貴様、何をした」
「フ、フハハ、ハハハハ」
仰向けに倒れたまま笑い声をあげたエスの耳には、少し離れたところから無数の足音が聞こえていた。
「なぁに、ただの奇術だよ」
「奇術だと?」
「この勝負、私の勝ちだ」
街の外より上空目掛け白い光が伸びると、空を飛ぶギルガメッシュの部下たちを一掃するように薙ぎ払われた。
「これは、聖騎士の技!三位以上が来てるのか!貴様、知ってたな?」
連れてきた悪魔たちが殺される様を見ていたギルガメッシュが再び足元のエスへと視線を移す。そこには抉れた地面があるだけでエスの姿はどこにもなかった。
「何処にいった!?」
「いやはや、ここまで強いとは思っていなかったよ。いい勉強になった」
背後から聞こえる言葉に驚き、ギルガメッシュは振り向く。そこには傷もなく、服に汚れも付いていないエスが立っていた。
「どうかしたかね?悪い夢でも見ていたような顔をしているぞ?」
「貴様、俺様に何をした?」
「またその質問か、何もしていないさ。君には何もしていない」
そう言ってエスは指を鳴らす。すると周囲の家々が、まるでブロックノイズのような揺らぎを見せ透けて消えていった。
「立体映像だとでも言う気か!」
その言葉に違和感を感じるエスだったが近づく聖騎士たちの気配を感じ、手短に済ますこととした。
「ふむ、聞きたいことはいくつかあるが次回だな。私はただ時間稼ぎをしたかっただけさ。あとは聖騎士諸君に任せるとしよう。それではまたいずれ…」
エスはポケットから大きめの布を取り出し頭上に広げると、自分へと被せる。
「待て!」
ギルガメッシュが手を伸ばすが、既に布は地面へふわりと落ち燃え始めてしまった。
「チッ、逃げられたか!それにしても復活が早過ぎる。これじゃ計画が台無しだ。三位以上の聖騎士の相手なんか面倒だ、俺様もさっさと移動するか…」
ギルガメッシュは翼を羽ばたかせると、目にも止まらぬ速度で黒い光の帯を残しながらその場を飛び去った。