奇術師、策を練る
夜が明け、出発の支度を始めたエスたちへと近づく者がいた。見た目から、このルイナイを守る兵士だと思われた。その兵士がエスたちに対し頭を下げる。
「アリスリーエル様とその同行者の方々ですね?」
「そうです。何か御用ですかな?」
遮るように兵士の前にグアルディアが立つ。アリスリーエルの顔は一般的には知られていないが、青髪が王家の者であるということは領主であれば知っていることだった。兵士は頭を下げたまま話しを続けた。
「ルイナイ領主、パーウェル様から屋敷に案内するようにと命を受けております」
「ほう、それは何故です?フォルトゥーナ王家より、我々への接触は禁止すると伝わってないのですかな?」
エスたちは、さらっと根回しされていたことを暴露したグアルディアと兵士のやり取りの様子を黙って見守っていた。
「緊急事態です。皆さまに被害が及ぶ前に状況を説明する必要があるとパーウェル様は判断されました」
「ここでは話せない内容なのですか?」
グアルディアが悩んでいると、その横に歩み寄ったアリスリーエルが兵士へと答える。
「屋敷に案内してください」
「アリスリーエル様!」
驚くグアルディアへとアリスリーエルは顔を向けた。
「わたくしの知っているパーウェルは王家を陥れようとするような者ではありません。それに緊急事態なのでしょう?知らない方が危険と思いませんか?」
「…わかりました。皆さまもよろしいですかな?」
グアルディアはエスたちの方へ向き問いかけた。
「私、領主っていい思い出が無いのだけれど…」
「姉さん…」
「なに、我々の邪魔をしようと言うなら誰であれ排除するだけだ。ところでその緊急事態とやらは面白そうな事なのかな?」
あまり乗り気ではないサリアとターニャだったが、エスが興味を示したことで諦めた。
「とにかく行って話を聞いてみるしかないわね」
「はい、行きましょう」
リーナとアリスリーエルの言葉を合図に、エスたちは用意していた馬車に乗ると兵士の案内で屋敷へと向かった。
屋敷に入ると、応接室らしき場所へと通される。部屋には既に一人の男性が待っていた。
「急な呼び出しをしてしまい申し訳ない。アリスリーエル様、そして王都を救った英雄殿」
「お久しぶりです。パーウェル」
そう言って頭を下げた男性こそがルイナイの領主、パーウェルだった。
「ほう、どっかの豚領主のような輩ばかりかと思ったが、まともそうな領主もいるのだな」
「そうねぇ」
エスとサリアの呟きはパーウェルの耳には届いていなかった。
「パーウェル殿、いったい何があったのですかな?」
グアルディアが一歩前に出てパーウェルに問いかける。パーウェルはエスたちにソファーに座るよう促し、全員が座ったのを確認すると説明を始めた。
「昨夜、七聖教会の聖騎士から緊急の報せを受けた。内容はルイナイへ向け悪魔の集団が侵攻中であるとのことだ」
「私たちのことじゃないでしょうね?」
「そうだったら面白いがな。すでにこの街にいたのだ、我々のことなら侵攻中とは言わないだろう」
「それもそうね」
リーナとエスが周りに聞こえないよう小声で話す。パーウェルはそれには気づかず話を続けた。
「現在わかっているだけで数およそ百、率いているのは恐らく七柱の悪魔であると。教会からも一桁位の聖騎士がこちらに向けて出発しているとのことだったが、悪魔たちがこの街に到着する方が遥かに早いだろう…」
「街を守るために、わたくしたちにも戦えと言いたのですか?」
「いえ、早急に街を出発してほしい。そして、何があっても戻らないで頂きたい」
パーウェルはそう言って頭を下げた。
「領主殿、その率いている悪魔は『色欲』かどうかわかるか?」
「聖騎士が言うには恐らく『傲慢』の悪魔ではないかという話だ」
「ならば、アリスが目当てというわけではなさそうだな…」
突然のエスの質問にもパーウェルは真摯に答えた。その返答を聞き、エスは考える。
何が目当てでこの街に侵攻してくるのかがわからんな。七柱の悪魔ということは『傲慢』のトップということだろう。そいつであればアリスに呪詛をかけたやつも知っているかもしれんな。情報を聞き出せそうなら接触する価値はあるが…
ふと、エスは横に座るリーナに話しかける。
「リーナよ、話に出ている『傲慢』の悪魔と私とではどちらが強い?」
「『傲慢』の悪魔よ。間違いなく」
「ふむ、簡単に情報収集というわけにはいかないか。『傲慢』、傲慢か。やりようはあるのだがなぁ…」
そのまま、エスは考え込んでしまった。
「…状況はわかりました。ですが、街を見捨ててまで助かりたいとはわたくしは思っておりません」
「アリスリーエル様、どうかここはパーウェル殿のご指示通りに…」
納得いかない様子のアリスリーエルを、グアルディアがなだめているとエスが口を開いた。
「要は、こちらに向かっている聖騎士様が到着するまで街や人に被害がでなければいいのであろう?」
「可能なのか!?」
エスは自分のの言葉に驚くパーウェルを見据え頷く。
「手はある。ただし、私の命を賭ける必要があるが…」
「それはダメです!」
声を上げたのはアリスリーエルだった。
「確かに私が死ねば、アリスにかかっている呪詛が復活してしまう。リーナに抑えてもらったとしても、城に戻るまで相当な苦労があるだろうな。成功する確率はあるものの、失敗のリスクが高すぎるか…」
もう一手、何かあれば可能と言い切れる。しかし、その一手が思いつかないエスは再び考え込んでしまっていた。
眷属を得ることで力が上昇するなら、眷属を得ればここは乗り切ることができるかもしれない。だが、それは条件が厳しいか。それに何人眷属を作ればいいかわからん。相手の力量がわからないのが問題だな。このまま街を出るのが正解だろう。私としてはそれでも構わないのだが、アリスにとっては自分の国だ、助けたいのだろうな。
【崩壊】の力に、眷属を得たことで強化された【奇術師】の力、幻惑魔法に魔導投剣、そして異世界の知識。自分が思いつく限りの手札を思い浮かべるエスだったが、いい手が思い浮かばなかった。
「せめて、一人でも眷属が増えれば凌ぐだけであれば可能かもしれんな…」
エスの呟きは、話し合いをしていたパーウェルとグアルディアには聞こえていなかったが、仲間たちには聞こえていた。
「できるのですか?」
「聖騎士が来るまでの時間稼ぎ程度なら、恐らく可能だ。懸念はあるが…」
アリスリーエルとエスが話していると、そこにサリアが近づいてきた。
「なら私が眷属になるわ。どうせ一緒にいるつもりだし、条件的には大丈夫でしょう?」
「ダメだ、姉さん」
「サリア、あなたはそれでいいの?」
サリアの言葉にターニャが反対の意思を示し、リーナが驚いていた。サリアは笑顔を浮かべたまま頷く。
「覚悟はあるのだな。いいだろう、手を出したまえ」
アリスリーエルの時と同じように手を合わせ儀式を行う。無事に儀式が終わり、サリアは手に現れた契約の印を眺めていた。
《眷属取得により【奇術師】の事象改変能力上昇》
よし、これで何とかなるかもしれんな。
「それでは時間稼ぎの準備をするとしようか!」
その言葉を聞き、パーウェルとグアルディアが驚きエスを見る。
「何とかできるのか!?」
「エス様!」
「グアルディアも心配するな。危なくなったら逃げるつもりだ。領主殿、成功報酬は旨い酒でどうかな?その辺りに飾ってあるのは高い酒なのだろう?」
「なっ!?そうだが、そんな物でいいのか?」
「フハハハハ、十分だ。何か面白い場所の話でも聞かせてもらいながら飲みたいものだな」
「そうか、観光目的で旅をしているのだったな。いいだろう。無事帰ってきたらとっておきの場所を教えてやろう」
満足気に頷くエスは両手を広げると宣言する。
「さあ、とっておきのイリュージョンをお見せしよう!」