奇術師、懐かしい顔と再会する
セメテリオを包む霧が球状になり宙に浮き始めると、その球体を内側から裂くように手が現れる。その手はスケルトンと同様に骨だけだった。骨だけの手が横に振り払われると、霧が勢いよく散る。中から現れたのは黒いボロ布を被ったような姿のスケルトン。ただし、下半身はなく宙に浮いていた。肋骨の隙間からは心臓があった位置に浮かぶ、不死の卵が見える。
「殺ス、殺ス、貴様ラモ、外ノ連中モ、皆殺シダァァァァァ!」
目の前の異様なスケルトンを見て、アリスリーエルが落ち着いた様子で呟いた。
「あれはリッチです」
「ほう、なんか人間の時よりやや大きいようだが、成長期か?下半身はどっかいってしまったみたいだがな。フハハハハ、おっと!」
エス目掛け、突然どす黒い球体が落ちてくる。それを危なげなく避けたエスだったが、その球体が落ちた場所を見て驚いた。
「黒い炎だと?中二病にはたまらない光景だな。それはいいとして、リッチか。はぁ~」
エスは額に手を当て大きくため息をつく。そんなエスの側へとリッチとなったセメテリオが黒い炎を撒き散らしつつ、ゆっくりと近づいてくる。仲間たちは炎を避けつつ様子を窺っていた。
「不死の卵、まさに名前通りのアーティファクトだな。だが、それは悪手だったな。アリス!」
「はい!」
エスに呼ばれたアリスリーエルには、エスの考えていることが理解できていた。アリスリーエルは杖を両手で持つと杖で地面を突く。そこから部屋を包むように薄っすらとした光が広がっていった。
「リッチといえど、所詮はアンデッドだろう?さて、浄化の魔法に耐えられるかな?」
「不死ノ卵ニヨリ、リッチトナッタ俺ニ、ソンナ小娘ノ魔法ナド…」
部屋が光に包まれると、セメテリオの体は末端から徐々に消滅していく。
「ドウイウコトダ?何故体ガァァァァ」
「やかましいやつだ。成りたてのリッチが浄化に対してどれだけ抵抗できるのか見せてくれたまえ」
叫び声をあげながらゆっくりと塵へ変わっていくセメテリオ。それをエスは静かに眺めていた。しばらくして、苦しむセメテリオは全身全て塵となり消えてしまった。床に転がり落ちた不死の卵を拾い上げながらエスは呟く。
「人のままであれば、まだ勝ち筋があっただろうに…。つまらんやつだ」
不死の卵を懐にしまうと、エスは仲間たちの方を見た。皆、まだ辺りを警戒していたようだった。
「アーティファクトが二つも手に入って、しかもスケルトンにゾンビ、リッチまで見れるとは来たかいがあったというものだ」
そう言って笑うエスへ、リーナが話しかける。
「それで、今からはどうするの?」
「そうだな。もうここには面白そうなものはなさそうだ。街へ帰るとしよう」
エスが帰ろうと視線を扉の方へ向けると違和感を感じる。
「おや?扉を塞いでいた骨がなくなっているな」
「浄化の魔法に巻き込まれて消えたんでしょうね」
「なるほど」
扉を塞ぐ骨がなくなった理由に納得したエスは、仲間たちと共に遺跡の外へと向かった。
しばらく歩き遺跡の入口へと辿り着く。外の明るさに目を細めながら出ていくと、エスたちを取り囲むように武器を構えた聖騎士たちがいた。
「これまた物騒なお出迎えだな」
「貴様が噂になっていた冒険者になった悪魔だったとはな」
そう言ったのは遺跡についた際、色々と説明してくれた隊長らしき聖騎士だった。そして、その聖騎士の背後から見覚えのある顔をした白い鎧の男が現れた。
「ようやく追いついたぞ悪魔め!」
「おお、これはこれは。元気そうじゃないか。えぇっと?」
「リンドだ!」
「そうそう、リンド君」
現れた男はグレーススで出会った聖騎士リンドだった。
「やれやれ、こんなところまで追いかけてくるとは。ストーカー気質でもあるのか?」
「うるさい!この場で滅してやる!」
剣を抜き目にも止まらぬ速さでエスへと斬りかかるリンドだったが、突如目の前に現れた光の網に阻まれ、斬りつけるリンドの剣が弾かれた。エスの手には遺跡で手に入れた短杖が握られている。
「なんだこれは!」
「この遺跡でやんちゃしてた死霊術士から貰った便利道具だ。おぉ、そうだ!」
エスはいいことを思いついたという表情で結界を解除すると、隊長らしき聖騎士へと歩く。エスは無防備だったが、呆気にとられたリンドは動けずにいた。聖騎士の側まできたエスは懐から不死の卵を取り出すと、目の前の聖騎士へと手渡す。
「セメテリオと名乗る死霊術士が冒険者を誘い込み、この不死の卵を利用してアンデッドにしていたのだろう。ギルドに依頼を出してたのもおそらくそいつだろうな。だが安心するといい、死霊術士は倒した。それは証拠として君にあげよう。入る前に色々説明してくれた礼だ、君の手柄にしたまえ」
エスは振り向き仲間たちの元へと向かう。正気に戻ったリンドが再び斬りかかるが、再度現れた光の網に阻まれた。
「これは便利だな。さて、リンド君でも誰でも構わないが伝言を頼まれてくれないか?」
聖騎士達は黙ってエスの様子を見ている。
「そのうち、七聖教会だったか?とにかく君たちの教会へ遊びに行こうと思っているから、美味しいものを用意してもてなしてくれとな」
「「「何ぃ!?」」」
聖騎士たちだけでなく仲間たちからも驚きの声があがる。
「何考えてんだ!?」
「あなた、言ってる意味わかってるの?」
エスに食って掛かるターニャとリーナ、サリアとアリスリーエルは苦笑いを浮かべ見ているだけだった。そして、聖騎士たちは理解が追い付いていない様子で立ちつくしている。
「フハハハハ、それでは頼んだぞ」
手を振りながら去っていくエスと、その仲間たちを聖騎士たちは黙って見送っていた。
ルイナイへとエスたちが向かう途中、焦った様子で馬を走らせる聖騎士たちとすれ違う。聖騎士たちはエスたちを見ることなく走り去っていった。
「随分、焦っているようでしたね」
「何かあったのかしら?」
アリスリーエルとサリアがそんな聖騎士たちの様子を見て呟く。エスも不審に思ったがそのままルイナイを目指した。
「ルイナイに名物的なものは何かあるのか?」
歩きつつエスは仲間たちに問いかける。
「ファスキナ遺跡がある以外、特に聞いたことはないわねぇ」
「これと言って遺跡以外、特徴の無い街だしな」
姉妹の答えを聞きエスは考えていた。
ふむ、遺跡があるというだけ特に名物があるわけではないのか。ならば聖騎士たちもいるしすぐに移動した方がいいか?仕事が終わったのだからさっさと帰ってくれるといいのだが…
「特に名物がないのであれば、今日一日ゆっくりして明日にでも出発するとしよう。この辺りは聖騎士たちもいるようだしな。それでいいかな?」
エスが仲間たちを見渡し、全員が頷くのを確認した。
「では、さっさと宿に帰るとしよう。グアルディアも待っているだろうしな」
ルイナイに到着し、エスたちは宿へと向かう。既に空は暗くなってきていた。宿の扉を開けると、食堂で寛いでいたグアルディアが席を立ちエスたちの元へと歩いてきた。
「お帰りなさいませ。遺跡は如何でしたか?」
「なかなかに刺激的で面白い場所だったぞ。そうだ、お土産をやろう」
そう言ったエスは短杖をポケットから取り出すとグアルディアへと手渡した。短杖を見て仲間たちは顔を引き攣らせる。受け取ったグアルディアは、一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐにいつもの微笑みを浮かべた表情となる。
「エス様、これはまた、とんでもない物を持ってきましたね」
小声でエスへと話しかけるグアルディアの様子を見て、エスは笑いながら答える。
「フハハハハ、有効利用してくれたまえ。さて、一泊したら次の街へ行こうと思うのだが大丈夫かな?」
「馬たちの状態もいいので問題ありません。では、そのように準備をしておきましょう」
「お願いしますね、グアルディア」
声をかけるアリスリーエルへグアルディアは頭を下げる。
仲間たちは、各々の部屋へと戻るとすぐに寝てしまった。エスは眠ることなく、部屋の窓から街の様子を眺めていた。
「こう見ると改めて思うが、違う世界なのだな。街並みはいかにもファンタジーにありがちな中世ぽい造りではあるが、どことなく現代風でもある。他にも変わった街並みの都市もあるのだろうか?探してみるのも楽しそうだな。おや?」
エスが眺める窓の外、道を走る鎧を身につけた者がいた。その者は宿の前を走り抜け街を統べる領主の屋敷へと向かっている様だった。
「あの白い鎧は聖騎士じゃないか?私が目当て、というわけではないようだったが…。まあいいか」
エスは聖騎士らしき人影から興味をなくすと、星空を眺めつつ椅子の背もたれへと体を預けた。