奇術師、肉塊と踊る
地面が揺れ、床が盛り上がり始める。盛り上がり砕ける床石の下から現れたのはエスの二倍の背丈がある筋骨隆々とした巨人だった。その姿はいくつかの動物が繋ぎ合わされたような姿をしており、皮膚はなく剥き出しの筋肉が脈打っていた。
「これは、生物の肉で作られたゴーレム?」
「ほう、ゴーレムとな。ゴーレムもいるのか!いいな、最高だ」
リーナたちが驚く中、エスはゴーレムを見て喜んでいた。
「そいつらを殺せ!できる限り原型は留めた状態でな」
命令を受けた肉のゴーレムは振りかぶった拳をエス目掛けて振り下ろす。振り下ろされた拳をエスは片手で受け止めた。
「何っ!?貴様、人間か!?」
驚きの声を上げるセメテリオだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「まあいい、触ったな?これで貴様は終わりだ」
「ほう?」
エスはゴーレムの拳に触れている手に違和感を覚え、咄嗟にゴーレムを蹴り飛ばす。そのままゴーレムは後ろへと倒れた。
「ハッハッハッ、これで貴様は…」
「おおう、なんか手がピリピリしてきたぞ」
「はぁ?ピリピリだと?」
笑っていたセメテリオだったが、エスの言葉に驚いていた。
「なんだこれは?アーナグイスを食べた時の口の中みたいな感じだな」
「触れたら毒があるようね」
エスの言葉から、リーナはゴーレムの体には毒があると予想する。
「なるほど、触るとちょっとピリピリするから気をつけねばな」
「そいつの毒は即効性の麻痺毒だ。何故、貴様は平気なんだ?」
「何故と言われてもな。効かなかったからとしか言いようがない」
「何なんだ貴様は…」
「全く、質問ばかりだな」
セメテリオは、リーナの予想を肯定するような呟きを漏らし後退った。セメテリオが見守る中、再び起き上がったゴーレムが再度拳を振り下ろす。それをエスは華麗に躱しながら対策を考えていた。
「しかし、こいつはどうしたものか…」
すると、それに答えるかのように背後から声がかけられる。
「人に造られたゴーレムは核となる部分が存在します。それを破壊すれば倒せるはずです」
距離を取っていたアリスリーエルから弱点を教えられ、リーナたちは一斉に攻撃を始めた。
「武器を使えば直接触れずに済むわ。かすりでもしたら毒が待ってるわよ」
「動きが鈍いからいいけど、こっちのスタミナが切れる前になんとかしないと…」
「でも、核の場所がわからないわねぇ」
手持ちの武器でゴーレムの拳を反らしつつ、リーナ、サリア、ターニャの三人は核を探す。そんな中、顎に手を当てゴーレムを観察していたエスは一言呟く。
「元を叩けばいいのではないか?」
その言葉をいち早く理解したリーナがセメテリオへ向け駆け出した。それに気づいたセメテリオは懐から一本の短杖を取り出すと目の前へと突き出す。すると、部屋を二分するように光の網のようなものがリーナを遮った。
「こんなもの!」
リーナは手に持つ曲刀で光の網を切断しようと試みるが、光の網に触れた瞬間弾かれてしまった。その後方から、巨大な火球がセメテリオ目掛けて放たれる。
「リーナさん、避けてください」
リーナは振り向くことなく横へと飛び退く。アリスリーエルの放った魔法である火球はそのまま光の網へとぶつかると、霧散してしまった。
「何、これ?」
「もしかして、あの短杖もアーティファクトではないでしょうか?実物をよく見てみないとなんとも言えませんが」
リーナの呟きにアリスリーエルが答える。それをゴーレムの拳を避けながら聞いていたエスが二人に問いかける。
「アーティファクトというものはそんなポンポンと見つかるものなのか?」
「国に一つあるかないかだと聞いてます」
「個人が二つも所有しているなんて聞いたことないわ」
「とりあえず、やつは後回しでゴーレムをなんとかしなければな。死霊術も魔法の一種ということで間違いないか?」
「はい、間違いありません」
「不死の卵の効果は?」
「死霊術の強化と補助、使役アンデッドの強化が主だったはずよ」
交互に答えるアリスリーエルとリーナの言葉を聞いたエスは、ゴーレムに集中し魔力の流れを追う。僅かに見えるゴーレムの体を巡る魔力、それを辿り魔力が集中する場所を探した。
「人で言うところの眉間に当たる場所だな。そこに魔力が集中している」
その呟きを聞いたサリアがゴーレムの背後で跳躍すると後頭部から眉間へと槍で貫いた。核を貫かれたゴーレムはその動きを止めると、バラバラと崩れ肉塊に変わった。
「後ろから一突きとは、えげつないな」
「あら、そうかしら?」
サリアによって倒され肉塊となったゴーレムを見ながら、セメテリオは再び不死の卵を掲げる。
「それで終わると思っていたか?そいつは何度でも蘇るぞ」
その言葉を合図に肉塊が蠢き、ゆっくりと人の形を取り始める。だが、再生には時間がかかるのかすぐに立ち上がる様子はなかった。
「今のうちに、やつをどうにかしないといかんな」
エスは懐から一枚のカードを取り出すと、光の網目掛けて投げつける。投げられたカードは光の網に触れたとたんに霧散した。
「なるほどなるほど、武器も魔法もダメ、特殊な能力で作られた物もダメと。フハハハハ、素晴らしい結界だな」
「この網はあらゆるものを通しはしない。何度でも再生されるゴーレム相手にいつまで戦えるかな?おっと、逃げられても困る」
セメテリオが言い終わると同時に、背後の入口が床を突き破り現れた無数の骨が敷き詰められ塞がれる。それを見ていたリーナたちだったが、エスだけはセメテリオを見据えたまま再び懐からカードを一枚取り出した。カードを片手でファンを開くように動かすと、一枚だけだったカードがみるみる増えていき、無数のカードが現れる。それらをセメテリオ目掛け投げつけた。しかし、先程と同様に光の網に触れたカードは消滅していった。
「ふむ…」
その様子を眺めていたエスはひとつ頷くと離れたところにいるターニャへと手招きする。それに気づいたターニャはエスの側へと近づいた。エスはセメテリオに聞こえない程度の声でターニャへ質問する。
「なんだよ、こんなときになんか用か?」
「やつの持っている杖を、隙を見て奪って欲しいのだができるかな?」
「結界さえどうにかできればな」
ターニャの答えを聞き笑みを浮かべ頷くエスは、数歩前に出るとセメテリオに向けてお辞儀をした。
「その面倒な杖は私たちが頂くとしよう。不死の卵もできれば頂きたい」
「何を言って…」
エスはセメテリオの言葉を待たず右腕を伸ばし掌を向ける。
「フンッ!魔法も何も効かないとわから…」
エスが伸ばした手に力を込める素振りを見せる。すると、セメテリオの手から短杖が弾かれるように転がり落ちた。それと同時に光の網は消えていく。
「な、何をしたんだ!?はっ!」
驚き声を上げたが、自分を守っていた結界がなくなったことに気づき落ちた短杖を探す。しかし、足元周辺に短杖は見つからない。セメテリオが再びエスを見ると、その隣に立つターニャが短杖を持っていた。一瞬の隙をつき、床へと落ちた短杖をターニャが奪っていたのだ。
「それを返せ!」
「そう言われて返すやつがどこにいるのかな?それに頂くと言っただろう?」
「いったい何をした!魔法も武器による攻撃も、魔物が使う特殊な力すらも光に触れれば消えるんだぞ!」
エスは両手を広げ答える。
「ハンドなパワーだよ!」
「意味のわからんことを!何をしたと聞いているんだ!」
「やれやれ、奇術師がそう簡単に種明かしするわけがないだろう。だが、こんな面白い杖を貰うんだ、少しレクチャーしてやろう」
エスは頭上を指差す。その先へとセメテリオが視線を動かすと、天井付近に宙に浮かびゆっくりと姿を現す一本の短剣があった。
「あれは魔導投剣というそうだ。魔力で操作することができる投擲用の短剣だ」
「いや、結界に…」
今度はセメテリオの背後の床を指差す。そこには一枚のカードが床に突き刺さっていた。
「あれはさっきの…」
「やみくもに投げていたとでも思っていたのかな?フハハハハ、そんなわけないだろう。そのカードは網の隙間を通った、つまり光の網自体に触れなければいいと予想ができる。あとは魔法で見えなくした投剣を網の隙間を通して、自分の動きに合わせてこの杖を弾くだけ。いやぁ、網目がもう少し狭かったら別の手段を考えねばいけなかったがな」
短杖をターニャから受け取り観察する。短杖を持った瞬間、エスの頭の中に短杖の使い方が流れ込んできた。
「全く、この世界は便利な仕組みが盛りだくさんだ」
「チッ!」
舌打ちをし、エスへと走るセメテリオ。エスが短杖をセメテリオに向けると、セメテリオの目の前に白い光の網が張り巡らされた。行く手を遮られたセメテリオはエスを睨みつけながら、不死の卵を握り締め結界から距離をとった。
「貴様ら全員、俺の手で殺してやる!」
セメテリオが不死の卵を掲げると、不死の卵からそれと同じ濃い紫色をした霧がセメテリオ自身を包み込んでいった。