奇術師、正体を知る
領主の屋敷、その塀の外では盗賊ギルドの少女、ターニャが落ち着かない様子で領主の館を眺めている。
「大丈夫なのか?姉さんに何かあったらどうしよう。あんな得体の知れない奴に頼むんじゃなかったか?」
独り不安を口にするターニャの耳元で声が聞こえる。
「攫ってまで頼んでおいて、得体の知れないとは失礼な娘だ」
「キャーーー!!」
腰を抜かし声の主から距離を取って振り返るターニャ、その目の前にはエスが仮面を指で回し笑いながら立っていた。エスの背後には呆れ顔のターニャの姉が立っている。姉の姿を見て、ターニャは姉に走り寄り抱きついた。
「姉さん、無事でよかった」
「無茶しすぎよ。でもありがとね」
先程の悲鳴を聞きつけたのか何人かがこちらに向かってきているのをエスは感じ取る。ターニャも気付いたようだった。
「やれやれ、悲鳴なんてあげるから気付かれたじゃないか」
「あんたのせいだ!あんたの!」
「いいから逃げるぞ」
三人は館から離れ盗賊ギルドの拠点へ戻ってきた。盗賊ギルドの面々がターニャとその姉の無事を喜んでいる中、エスは領主から奪ってきた証文を見ていた。
ほほう、窃盗の罪により禁固刑、場所は領主の館の地下牢とする、か。いかにも胡散臭い内容だ。窃盗の罪自体がでっち上げの可能性もありそうだし、なんで領主の館の地下牢なんだ?この程度の証拠がまかり通る時点で違う世界なんだとは感じるが。
「さて、もう一回領主の館に遊びに行くか」
伸びをしながら呟くエスの言葉を聞き、ターニャが驚く。
「なんで?契約は終わりだよ。お金は払うから宿屋に帰っても…」
「遊びに行くから茶菓子を用意しておけって領主に言ってきたしな。それに…」
ターニャの横へと歩き背中を叩く。その隙に再び下着を取っていた。
「こんの変態めぇー!」
殴りかかるターニャの拳を避けつつ、笑いながらエスは答える。
「フハハハ、その表情、その反応、素晴らしい。これを曇らせるような輩は万死に値する。ただそれだけだ!」
理解できないといった表情で固まったターニャの頭に奪った下着を乗せ、さらに続ける。
「私は折角生まれ変わったんだ、面白おかしく生きたいんだよ。だから、気に入らないものには破滅あるのみ。まあ、私の能力は人を傷つけることはできないんだがな。ハハハハ」
【奇術師】はあくまで視線などを条件とし、奇術として事象を起こすだけの能力である。人を傷つけることはできないが一部の攻撃を無かったことにしたり、物を奪ったりと使い勝手はいい。
エスの転生してから心に湧き上がる衝動。それは人を驚かせ笑わせ、その表情を見たいという欲求。それはまるで食欲のように湧いてくる。
「それでは行ってくるか」
エスは盗賊ギルドを出て、再び領主の館へと向かった。
目の前には先程まで来ていた領主の館。正面の門へ堂々と同じ仮面をつけて向かう。門自体に兵士はおらず、門をくぐり玄関へと歩く。その身の内には自分でも理解できない怒りを抱いて。
玄関につくと先程同様に勢いよく開ける。
「ごめんください。豚さん遊びましょ~」
おどけるエスの目の前では、既に中では兵士たちが剣を構え玄関を取り囲んでいた。メイドたちはここにはいないようだ。
「本当にきおったか!」
玄関正面の階段上から領主の声が響く。吹き抜けになっている玄関ホールの二階にその姿があった。エスもそれに答える。
「遊びに来ると言っただろ?しっかり茶菓子は用意しているんだろうな?高級なやつを」
「目の前の兵士たちが茶菓子の代わりだ!」
「高級そうじゃないぞ?」
なかなかうまい切り返しだな。しかしなんなんだろうな、この疼くような怒りは。この豚貴族を見ているとどんどん強くなっていく。
「鑑定士!奴を見ろ、能力を暴き出せ!」
「ええ、わかりました。はぁ、儂の仕事は物品鑑定のはずなんじゃがなぁ」
後半領主に聞こえないように小さく呟きながら現れたのは一人の老人。
「どれど…、ヒィイイイイイ!!」
その老人がエスを見るや否や腰を抜かし、這いながら逃げようとした。しかし、近くにいた領主に捕まる。
「何をしている!何が見えたのだ!?」
「領主様、お逃げくだされ。アレは人じゃない!」
「「何!?」」
思わず声を出したエスと領主の声が見事にハモる。その状況に豚貴族がエスの方を見る。思わず目が合ったが、そこに甘い雰囲気などなく不快感が押し寄せる。
「何故貴様が驚く!」
「いや、私も自分は人間だと思っていたのでね。ご老人、良かったら鑑定結果を私にも教えてくれないか?」
「言え!何が見えた」
老人は覚悟を決め話し始めた。
「アレは、悪魔ですじゃ。見えた能力は【奇術師】ともう一つ、内容が見えないものがありましたのじゃ」
「悪魔だと!?たとえ悪魔であれ、滅ぼすことは可能だろ?兵士ども、そいつを殺せ!証文を持っているはずだ、それを奪ったものには望む褒美をやるぞ!」
領主の声を聞きじりじりとエスへと迫る兵士たち。エスはその状況を無視し、一人考えていた。
私が悪魔?種族的に悪魔ってことか。転生時に人間をやめたってことだよなぁ普通に考えて。そこはまあ置いておこう。あの爺さんが言ってたもう一つはどんな能力だ?
一人ウンウン唸るエスへと、兵士の一人が斬りかかる。それを横に避けつつ自分の身体能力を調べてみることにした。
「悪魔の身体能力か、どんなものか試してみよう」
全力で領主が見下ろしている階段上へと移動する。誰もその動きを追うことが出来ず、エスは領主の横へ現れる。
「早い早い、これなら【奇術師】は要らないんじゃないか?」
「うわあああああ!」
「ヒィ!!」
領主と鑑定士の老人は突如、真横に現れたエスを見て後退る。
エスはいいことを思いついたとばかりに、領主から奪っていた証文を取り出す。証文は燃え始め、すぐに灰となった。それを絶望的な表情で領主は見ている。
「さあ、これでオマエが欲しいものは無くなったわけだが…」
エスはニヤリと笑う。その顔はまさに悪魔に相応しい悪意に満ちた笑みだった。
「まだやるか?まだ領民に手を出すというならここで殺してしまおうか?」
「出さない!出さないから命だけは助けてくれ!」
「ならば、少しでも変な行動が耳に入ったら、その時はここにいる兵士ともども消し飛ばしてくれよう!」
両手を広げ襲い掛かるような仕草で精一杯脅す。
殺すだけなら身体能力だけで楽だろうけどな。ここでたっぷり脅しておけばしばらくは大丈夫だろ。とりあえず、この街にいる間だけでも不快にさせられなければ結構。
そう考えての行動だった。抱き合い、涙を流しながら頷く領主と老人、そして兵士たち。それを満足気に眺め、エスは玄関から外へと向かう。館の門まで行くと、そこには追いかけてきたのか盗賊ギルドの面々が集まっていた。
「おやおや、皆さん。領主の館を襲撃ですか?はい、私は見てないのでご自由にどうぞ」
エスは目を片手で隠し、どうぞどうぞともう片方の手でジェスチャーをする。
「りょ、領主は殺したのか?」
そう聞いてきたのは、ターニャだった。その傍には姉の姿もある。
「私は奇術師、殺しはしないよ。ちょ~っと脅かしてきただけさ」
「本当か!?」
「ああ。疑うなら中を見てくればいい。おとなしくなってるから覗くだけなら大丈夫だろ」
「そうか」
どこかホッとしたようなターニャの姿を見ていると、部下の一人が話しかけてきた。
「頭は自分が姉を助けたいと願ったせいで、たくさんの人が死ぬかもしれないと思っていたようです」
「ふむ、私はそんなに乱暴者に見えたのか。実に心外だな」
「そういうわけじゃ」
ターニャの頭に手を置き、エスは笑う。
「ハッハッハッ、これは私がやりたくてしたことだ。君が思い悩むことではない。私は私の意志でやりたいことをするだけだ。まあ、本来こんな危ないことは避けるんだがな。個人的にあの豚貴族の顔が気に入らなかったから、ついカッとなってやった、うん!後悔はしていない」
その言葉を聞き、盗賊ギルドの面々は苦笑いをするしかできなかった。