奇術師、遺跡を探索する
「一人で大丈夫か?」
「もちろんです。見ていてください」
エスに答えたアリスリーエルは手に持つ杖で地面に突く。すると、そこから薄っすらとした光が部屋全体に広がりゾンビたちを包み込んだ。光に触れたゾンビたちはうめき声をあげつつ、肉体が塵となって消えていった
「これは、浄化の神聖魔法?」
リーナが驚いた表情でアリスリーエルへと問いかける。
「はい、ゾンビを武器で攻撃しても効果は薄いのでしょう?それに血や脂で刃が使えなくなっては困るかと思いまして」
「フハハハハ、魔法は凄いな。私も是非使ってみたいものだ」
「悪魔が浄化とか悪い冗談だ…」
ため息交じりにターニャが呟きながら周囲に罠がないか確認しに奥へと歩く。ゾンビたちを倒したアリスリーエルは浮かない顔をしていた。
「何か気になることがあるのかしら?」
「いえ、試したときはここまで広い範囲に効果がなかったのですけど…」
サリアの隣で首を傾げるアリスリーエル。リーナがその疑問に答えた。
「おそらく、エスの眷属になった影響でしょうね」
「そうですか」
「悪いことではないだろう。旅をするうえでは得しかない」
「エス様…、そうですね。これなら他の魔法も凄いことになりそうです」
しばらくして、独り周囲を探索していたターニャが戻ってくる。
「もう大丈夫そうだぞ。それと、さっきのゾンビたちの持ち物を拾ってきたんだが…」
そういって仲間に見せた物は、長剣と革鎧だった。
「まだ新しいようだが、これは戻らない冒険者たちのものかな?」
「多分そうじゃないかしら?」
エスとサリアの言葉にターニャは首肯する。
「ここに調査に来て、殺されてアンデッドにされたんだと思う。まだ死霊術士がこの遺跡にいるかもしれない…」
皆がこのまま進むか考えている中、エスは奥の扉へと歩き扉を開け放つ。
「アンデッドに死霊術士。いい、素晴らしい。来たかいがあるというものだ。さあ行くぞ、ゾンビどもが待ち伏せしていたところをみると、この奥に死霊術士がいる可能性が高いのだろう?実に楽しみだ!」
エスは笑いながら扉の奥へと消える。
「やれやれね」
「わたくしたちも行きましょう」
リーナとアリスリーエルはエスの後を追う。その後ろ姿をサリアとターニャの姉妹見ていた。
「全く、エスのやつは勝手だな」
「うふふ、いいじゃない。こんな楽しい冒険は久し振りよ?」
「そうだけど…」
少し前で手を振るリーナの元へと、姉妹は走った。
扉を通り少し進むと、暗闇の中エスは独りで佇んでいた。
「どうしたの?」
「ん?意気揚々と来たはいいが…」
声をかけるリーナに、エスは肩を竦めてみせる。
「暗くて先が見えん」
エスの言葉に後から来た四人は笑う。再びアリスリーエルが魔法で辺りを照らしつつ道なりに奥へと進む。しばらく進むと、先頭を歩くターニャとエスの目の前に頑丈な造りの扉が現れた。
「如何にもって感じの扉だな」
「さて、何が出るかな?」
エスが扉に手を伸ばそうとすると、ターニャがその腕を掴み止める。
「待て、罠がある」
「ほう?」
罠があると聞きエスは扉から一歩下がった。
「どんな罠があるというのだ?」
「わからない、でも魔法的な仕掛けが施されてる形跡がある」
そう言ってターニャは扉の一部を指差す。そこには取っ手の部分に絡みつくように何か紋様が描かれていた。よく見ると、その紋様は扉自体と比べ明らかに新しい物だった。
「ご丁寧に触る部分に罠とは、この中に何かあるのは間違いなさそうだな」
道中の扉に罠はなかったが、目の前の扉だけに罠がある。そのことから、エスはこの扉の向こう側に話に出ていた死霊術士自身、もしくは隠したい何かがあると予想していた。
「ますます中が気になるな。この手の罠はどうしたらいい?」
「発動条件がわからないから何とも言えない。ただ、この紋様を無効化できれば罠は発動しないはずだぞ」
「無効化か…」
エスは扉へと近付き取っ手をまじまじと見つめる。そして仲間たちが見守る中、一歩下がると扉を開ける身振りをした。すると、その動作に合わせて触れていないにもかかわらず扉が開く。扉に仕掛けられた罠が発動する気配はなかった。
「何をしたの!?」
驚き声を上げるリーナにエスは笑いながら答えた。
「なあに、触れずに扉を開いただけだ。わざわざ取っ手に紋様を書いてあるくらいだ、触ったら発動するのだろうと予想してみた。これで、開いたら発動するような罠を仕掛けるような輩だったら、ここまでの道中でもっと面倒な罠があっただろうと思ってな。案の定、触れなければ問題無いらしい」
エスは視線を開かれた扉の奥へと向ける。奥では、こちらに背を向け何かに集中しているらしき人物が見える。
「さて、誰かいるようだ。挨拶でもしに行こうか」
エスを先頭に、一行は奥へと進んでいく。
既に声が聞こえる距離にきているにも関わらず、目の前の人物はエスたちに気づいていない。その人物は台座の上に横たわる死体に対し何かをしている。
「ふむ、様子からしてアンデッドたちの親玉ということで間違いなさそうだな」
「っ!誰だ!?」
エスの呟きに驚き、目の前の人物は振り向く。声や見た目から若い男であることがわかる。白衣のようなものを着たその姿は、医者のようにも見えた。
「私は奇術師エス。それと愉快な仲間たちだ」
「誰が愉快だ!」
エスの自己紹介を聞きターニャが後ろからエスに対し蹴りを入れようとするが、まるで後ろに目があるかのようにエスはひらりと蹴りを避けた。
「いきなり蹴るとはおてんば過ぎじゃないかな?」
「どうやって入った!?」
「扉を開けてだが?」
何を言っているのかわからないといった体で首を傾げるエスに対し、目の前の男はその視線を部屋の扉へと向ける。そこには開け放たれた扉があった。
「何故だ!?罠が発動しなかったのか!?」
「さっきから疑問ばかりだな。いいから自己紹介したまえ」
早くしろと催促するように手をひらひらとさせるエスを見て、男は苛立ちを覚えながらも名乗る。
「俺はセメテリオだ」
「これはこれは、どうぞよろしく。それで、セメテリオ殿は死霊術士と言うことでいいのかな?」
「そうだ、貴様ら聖騎士か?入口付近で何かしているようだったが…」
盛大にため息をついたエスが、やれやれと首を横に振る。
「あんな、人にすぐ剣を向ける野蛮な者たちと一緒にしないでくれるかな。私は奇術師だと言っただろう?アンデッドがいると聞いてワクワクしながら遺跡探索をしていただけだ」
「何を言ってるんだ?」
「さらに死霊術士までいるかもしれないというじゃないか。だから見に来たのだよ」
訳が分からないといった表情をするセメテリオだったが、エスたちが自分の前にいる意味を悟り怒りを露わにする。
「貴様ら、俺の作品を壊しやがったのか!?」
「作品?ああ、スケルトンやゾンビどものことか?すまないな、あまりに弱すぎて話にならなかったぞ?」
セメテリオはさらに表情を歪ませた。そんなセメテリオを笑みを浮かべたままエスは眺めていた。その横にリーナが近付く。
「煽り過ぎよエス。セメテリオと言ったわね、こんなところで何をしてるの?」
「俺は不死の王となる。そのための力を手に入れたのだ!」
セメテリオは片手を掲げる。その手には濃い紫色をした握り拳大の玉があった。玉は僅かに透き通っており、その中には見たことがない紋様が浮かび上がっていた。
「何だアレは?」
「あれは、恐らく不死の卵と言われる古代の遺物、アーティファクトです」
「ほほう、アーティファクトか。面白そうなものが次から次へと出てくるな」
エスはアリスリーエルの説明を聞き目を輝かせた。その不死の卵を掲げたセメテリオが声を上げる。
「こんなところで邪魔されてたまるか!俺の最高傑作で蹴散らしてやる!そして貴様らも俺の実験材料だ」
次の瞬間、不死の卵は怪しく光り輝いた。