奇術師、旅に出る
夜が明け、エスたちは城へと歩いていた。城門をくぐると、そこには既に馬車が用意されており、王やアリスリーエルが数人の兵士を伴って待っていた。アリスリーエルは手の甲にある印を隠すような服を着て、手には長杖を持っていた。
「王自ら待っているとは思わなかったぞ」
「ふふふ、わたくしが出迎えると言ったらついてきのですよ」
「なるほど、一国の主といえども娘はかわいいか」
エスとアリスリーエルのやり取りを聞いていた王は、一つ咳ばらいをしエスへと話しかける。
「娘のことを頼むぞ。無事、呪詛をかけた悪魔を討伐した暁には相応の報酬を与えよう」
「ふむ、任せておきたまえ、討伐は必ず果たす。観光のついでだがな、フハハハハ」
王の護衛として付き従っていたヴェインがエスの近くへくると、他の兵士に聞こえない程度の声で話しかけてきた。
「ファスキナ遺跡方面で数名の聖騎士が確認されてる」
「ほう…」
「目的まではわからんが、恐らくは遺跡が目当てだと思われる。気をつけろ」
「有益な情報をありがとう」
エスの言葉に頷き、ヴェインは再び王の後へと戻る。しかし、エスは言葉とは裏腹に聖騎士がいるのであればどのように揶揄うかを考えていた。
「エス、馬車に荷物は載せたぞ」
荷物と言っても姉妹が使う武器と食料類のみではあったが、荷物の積み込みが終わったと告げるターニャの声に振り向くエス。その隣へとアリスリーエルが近付く。
「さあ、行きましょうエス様」
「それでは王よ、世話になったな。何か土産でも持って帰ってくるとしよう」
頷く王に背を向けエスはアリスリーエルを伴い馬車へと歩く。馬車の側で待っていたのはサリア、ターニャとリーナの三人だけでなく、初老の男が一人立っていた。白髪交じりの髪をオールバックにし執事服を着たその男はエスを見ると一礼する。
「誰だ?」
思わず疑問を口にするエスの横で、アリスリーエルは驚いた表情をしていた。
「グアルディア、何故ここに?」
その言葉を聞き、エスはアリスリーエルを見る。
「知り合いか?」
「この城の執事長です」
「元執事長のグアルディアです。エス様、御者および馬車の管理等、雑務のため同行させていただいてもよろしいですかな?」
「構わん。が、どうせ王に言われてお目付け役としてついていけと言われたのであろう?」
「フフフ、当然気づかれますか。その通りでございます」
「フハハハハ、はっきり言うのだな」
「隠しても仕方がないことかと…」
「面白い、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
エスが差し出した手をグアルディアが握り返し握手を交わす。それを笑顔でアリスリーエルは見守っていた。
「だが、自分の身は自分で守ってもらわねば困るがな」
「大丈夫ですよ、グアルディアはヴェインの師でもありますから」
「ほう」
それを聞き、エスは王の側にいるヴェインを見る。グアルディアはヴェインの方へ歩いていき、ヴェインの前へと立った。
「ヴェイン、私が留守の間、城をお願いしますよ?」
「ハ、ハイ」
「それでは陛下、私も行ってまいります」
「頼んだぞ」
「はい」
グアルディアは王に向かって頭を下げ、再びエスたちの元へ戻ってきた。
「それでは出発しましょう」
リーナの声を合図に、エスたちは馬車へと乗り込む。エスたち一行を乗せた馬車はゆっくりと城を出た。中央通りを通り広場を通る。馬車自体の見た目は王族のものというわからないようにされているため、住人たちに気づかれることなく王都外へと出られた。
馬車はファスキナ遺跡のある方角を目指し街道を進む。途中の村で夜を明かし、休憩を挟みつつ馬車はファスキナ遺跡にほど近い街の側まで来ていた。
「実に暇だ…」
エスはため息交じりに呟く。野盗の襲撃も、モンスターも現れることなく街道を進んできていた。
「トラブルもなくここまでこれたんだからいいじゃない」
「そうだぞ。アリスもいるんだ、面倒事はごめんだぞ」
リーナとターニャのたしなめる声にも耳を貸さず、エスは馬車の外を眺める。アリスリーエルの身分を隠すため、そして仲間としての扱いを希望したアリスリーエルの望みにより、エスたちはアリスリーエルのことをアリスと呼ぶことにしていた。街道の周りは平原、街が近いためか所々に農園が広がっている。しばらくすると、御者台から声が聞こえた。
「ルイナイが見えてきましたよ」
「ルイナイ?」
「ルイナイはファスキナ遺跡に一番近い街です。遺跡までは馬車を使えないので、宿に預けるなりしないといけません」
「ほう、遺跡はそんな僻地にあるのだな。だが、街が近いのに探索に行った冒険者が帰ってこないのか?」
エスとグアルディアのやり取りを聞き、リーナがエスの疑問に答える。
「冒険者が戻らない理由は不明よ。ただ、探索依頼だけが定期的に張り出されているだけね」
「依頼の方もギルドを通してあるから信頼できるはずなのだけど…」
「そんなだから、最近はその依頼を受ける冒険者はいないわ」
リーナとサリアの説明を受け、エスは考える。
「少々引っかかる話だな。だが、遺跡に行くことは決定事項だ。まあ、面倒だったら帰ってくるがな」
「そうですね。わたくしも書物でしか遺跡について見たことはないので実物を早く見てみたいです」
「なんにもなければいいけどな」
エスは、ターニャの呟きを聞きながら街へと入る馬車からの光景を眺めていた。
宿をとり旅の疲れを癒すため、その日は一日休息を取った。そして翌日、エスたちはファスキナ遺跡へ向かい街を出る。馬車は宿に預け、グアルディアが宿に残る事となった。
「遺跡まではどのくらいなのだ?」
「だいたい、歩いて半日と言ったところかしら?」
エスは先頭を歩く。その横には道案内のためサリアが歩いていた。
「アリス、疲れたのなら言ってね。休憩するから」
「まだ、大丈夫です」
「無理は禁物だぞ」
アリスリーエルを心配するリーナとターニャの声を背に進む。林を抜け遠目に丘が見えてきた。
「そろそろのはずだけど…」
「止まれ。なるほど、ヴェインの忠告通りか…」
エスは隣のサリアの前に手を伸ばし止め、後ろの三人にも止まるよう告げる。その視線の先には古びた石煉瓦でできた建物の入口らしき場所が、地面に埋まるかのようになり小さな丘となっている。その入口付近に集まる者たちが見える。白い鎧に身を包んだ数人が遺跡の入口付近で話をしていた。
「装備からして聖騎士のようね」
「やはり白いのだな。聖騎士たちに気づかれず入口にというのは難しそうだ。選択肢はいくつかあるが、とりあえず話でもしてみるとしようか。何か面白い話が聞けるかもしれないしな」
そう言って堂々と聖騎士たちの元へとエスは歩いていってしまう。他の四人も苦笑いを浮かべながら、その後をついていった。
「聖騎士諸君、任務お疲れ。ところでここには何かあるのかね?」
「誰だ!?」
唐突に声をかけられ、聖騎士たちは剣を抜き構える。
「全く、聖騎士というのはまず剣を向けるのが挨拶なのか?」
「誰だと聞いている!」
目の前にいる聖騎士たちの中で一番位が上だと思われる人物が、剣を構えたままエスの前へと立ちはだかる。
「私はエス、奇術師のエスだ。一応冒険者でもある。そこの遺跡に興味があるからきたのだが、通してもらえないかな?」
「冒険者だと?この遺跡は七聖教会が現在調査を行っている。冒険者は街へ帰りたまえ」
そこへ遅れてエスの後を歩いていた四人が現れた。
「教会が何故遺跡を調査しているのかしら?」
「おまえたちは?」
「私たちはエスの仲間よ。全く、エスもいきなり聖騎士に絡んでいかないで」
サリアとリーナがエスの横に立ち聖騎士たちと向かい合う。その後ろでアリスリーエルは辺りを見渡していた。
「ここがファスキナ遺跡の入口ですか。わたくし初めて見ました」
「そりゃそうだろうけど、アリスもちょっとは空気読んで」
そんなアリスの様子にターニャは頭を抱えていた。
「私は遺跡に用があるのだ。君らに用はない。通してくれないかな?」
「今は遺跡へ通すことはできん」
「理由くらい教えてくれてもいいのではないか?理由もわからず、はいそうですかと帰ることはできんな」
エスの言い分に、嫌々ながら聖騎士は剣を収め状況を説明し始める。
「現在、遺跡の中にはアンデッドの類が大量発生している」
「アンデッドだと!」
アンデッドという言葉を聞きエスは目を輝かせた。