奇術師、契約を知る
「簡単に説明します。アリスリーエル様に呪詛をかけた悪魔と同等以上の力を持つ悪魔、その悪魔と契約することで呪詛の効果を抑え込むことが可能です」
「悪魔と契約だとっ!レケンのように魂を差し出せと言うのか!」
リーナの言葉を聞いたヴェインが怒鳴る。それを王が手で制しリーナに続きを促した。
「ここにいる、私とエス、サルタールとパッソは人ではありません。私たちは悪魔、他の悪魔たちからイレギュラーと呼ばれる存在です」
「なんだとっ!?」
王が驚きヴェインが剣に手をかける中、王女が王の側へと近付く。
「お父様、詳しい話を聞きましょう。この方たちが国を救ってくれたことは事実です。魂を奪うような方たちではないと、わたくしは信じております」
「そう…か、そうだな…」
その様子を見てリーナは続きを話し始める。
「アリスリーエル様にかかっている呪詛は人の尺度で言うところの最上位、公爵級の悪魔のものです」
「…それでは、そなたの言った内容は不可能ではないのか?公爵、つまり厄災級の悪魔などそうそういるものではない。いたとしても人の言うことなど聞くわけがなかろう」
「確かに私やサルタール、パッソは一つ下の侯爵級、私たちではアリスリーエル様を救えませんが…」
リーナはエスに手招きする。それを見てエスはリーナの側へと近付いた。
「このエスは最上位、公爵級の悪魔です。エスと契約をすれば呪詛を抑えることができます」
「ほほう、私はそんなヤバいレベルの悪魔だったのか?いやぁビックリだ。フハハハハハ」
「やっぱり知らなかったのね…」
「興味がなかったからな」
そんな二人のやり取りを見ていた王とヴェインは驚愕の表情を浮かべている。アリスリーエルは既にリーナから聞いていたため、皆の様子を窺っていた。
「…対策の当てがあるのはわかった。だが、魂を対価にしては元も子もない。それに成功するとは限らぬのだろう?」
不安を語る王の言葉を聞きながらエスはアリスリーエルを見ていた。
僅かに見える靄のようなものがリーナが抑えている呪詛というわけか。なんだろうな、抑えられると確信できる。それに契約か。…なるほど思い出したかのように契約の内容がわかるのは面白いが、自分のことくらい思い出す必要がないようにしてもらいたいものだな。
契約に関することを理解したエスはリーナに話しかける。
「リーナよ。他の悪魔とは契約そのものが違うことを説明したらどうだ?メリットとデメリットを説明してから考えさせたらよかろう」
「めりっととでめりっと?よくわからないけど、説明はするつもりよ。ただ、それなりに覚悟を…って契約に関して知ってるの!?」
「たった今、思い出したように理解したところだ。ふむ、転生者が稀にいると言っても伝わっていない言葉もあるのだな。」
リーナの疑問を聞きエスは答える。そして、王たちの方を向くと説明を始めた。
「面倒なので私がサクッと説明しよう。私との契約はアシスタント、所謂お手伝い的なことをしてもらう。奇術にアシスタントは付きものだからな。そして、契約者のデメリットつまり不利益な部分だが、私と行動を共にする必要がある。範囲としては同じ街に滞在するくらいの範囲だな。そしてメリット、益となる部分なのだが…。そうか、これが人払いの一番の理由かリーナよ」
「その通りよ」
「益とやらはなんなのだ?」
途中で説明を止めたエスに王が先を促す。アリスリーエルとヴェインも真剣にエスの言葉を聞いていた。
「契約者が得られる益は不老長寿。つまり契約が続く限り、老いることなく長く生きられるということだ。長く生きることが果たして益となるのかは不明だが、欲しがる権力者が多そうな内容だな」
「アリスリーエル様にかかる呪詛は一方的な契約のようなもの。同等以上の力を持つエスとの契約であれば上書きして抑え込むことが可能なはずです」
「…なるほど、条件としては悪くはないというわけか。その者がこの街にいる限り、アリスリーエルは助かると…」
「何を言っているのだ?」
エスは王に対しこの契約における一番の問題点を告げる。
「私がこの街に滞在するわけがなかろう!私の目的はこの世界を見て回る事。一つの街に留まるなどありえん」
「それでは意味がないではないか!」
王はエスに対し怒りを露わにする。
「まあ力尽くで私をこの街に留めるとしてもだ、契約は互いに納得しなければできない。一方的に呪詛、呪いのようにかけることもかのうだが…。それとも、私を力尽くで言うことを聞かせるつもりかな?」
「おのれ…」
側近であり兵士長でもあるヴェインを簡単にあしらい、つい先ほど目の前で悪魔をあっさりと撃退したエスに対し、力尽くでという選択肢は王には選べなかった。そんな王たちを気にも留めずエスは話を続ける。
「それに、私たちのようなイレギュラーと呼ばれる悪魔や、その契約が知られてない理由はこちらが契約する気がないからなのだろう?」
「…その通りよ。エス、アリスリーエル様を助けてあげてはくれない?」
「尖塔で少し話しただけ、何より私にはメリットがまるでない。アシスタントがいようがいまいが、特に変わることはないような気するしな。それに再び尖塔で生活し、誰かしらが呪詛をかけた悪魔を始末するのを待つというのも手だ」
顎に手を当て考えるエスへと、静かにアリスリーエルが近づいてきた。
「エス様は世界を見て回るのが目的なのですか?」
「ん?そうだとも。こんなファンタジーな世界、見て回らずにはおれんな」
「でしたら、わたくしも同行したく思います。数年間、様々な書物を見てきましたので面白そうな場所など案内できるかと。例えば、ドラゴンの巣となっている噂のある場所などもわかりますよ?」
「アリスリーエル!」
アリスリーエルの言葉に王は驚き声を上げる。
「お父様、わたくし尖塔に籠っている間、本を読めば読むほどに外に興味がわくばかりで籠っているのにも飽きてしまいました。それに、この方たちと一緒であれば危険ということも無いと思いますよ?」
「だが…」
「跡取りはお兄様たちがいますし、わたくしも外を見てみたいのです」
「フハハハハ、なかなか我儘な王女様だ。つまりガイド、案内人になるというのだな?」
「ええ、その通りです」
笑うエスに笑みを返すアリスリーエル、その様子を見て王は愕然とする。自分の気持ちなど関係なく、契約を結ぶ条件が整ってしまったと感じたからだ。
「なるほど、身を守るにしてもリーナ、サリアにターニャもいるから問題はない。悪くない提案だ」
「それでは!」
エスの言葉に目を輝かせるアリスリーエル。王の方へと向いたエスは一言告げる。
「あとは王。あなたの覚悟だけだ」
それを聞き、王は俯き考え込んでしまう。しばらくして、王が顔を上げるとエスを見据え話始める。
「儂と約束をしてくれ。契約ではなく約束をな」
「それは内容次第だな」
「アリスリーエルに呪詛をかけた悪魔を見つけ出し討伐してくれ。そしてアリスリーエルを無事に連れて帰ってきてほしい」
「ふむ、その程度でいいなら構わん。どうせ、呪詛をかけた悪魔は煽っておいたし、向こうから動いてくれるであろう」
「…その程度か。ならば、何も言うまい。アリスリーエルを頼む」
そう言って頭を下げる王、それを見たヴェインも同じように頭を下げていた。
「エスさん、ここまでされたらやるしかないわね」
「手伝ってやるからアリスリーエル様を助けるぞ」
「そうね、私も付き合うわよ」
「みなさん…」
王の様子を見て、これまで黙っていた姉妹が決意を表し、それにリーナも同意する。それを聞いたアリスリーエルは涙ぐんでいた。それを見ていたエスは額に手を当て首を振る。
「やれやれ、ここで断ったら私が完全に悪者ではないか。まあ、ガイドが手に入るのであれば私としても文句はない」
エスは王へと向き直り宣言する。
「いいだろう。必ず呪詛を解いて無事に連れ帰ると約束しよう」
「よろしく頼む」
仲間たちの方を向いたエスは、一つため息をつくと呟いた。
「おまえ達は、私が助けると言いつついなくなるとは思わないのか?」
「呪詛をかけた悪魔を煽っておいて逃げるとは思ってないわよ」
あっさり答えるリーナに対しエスは苦笑いを浮かべたが、真剣な表情でアリスリーエルを見据えた。
「王女も覚悟はできているのだな?」
「はい、もちろんです」
「では、契約のための儀式を始めよう」
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