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奇術師、すり抜ける

「ほほう、いかにも金持ってそうな屋敷だなぁ。ついでに何か貰ってくるか…」

「無駄に市民から集めた金を使ったんだろう。クソッ、なんでこんな奴がこの街を取り仕切ってるんだ」


 愚痴をこぼす少女だったが、エスの興味は他に向いていた。

 フフフ、シチュエーション的にも【奇術師】の力を色々と試せそうだ、さて。

 エスは少女の背中をポンポンと叩く。


「それじゃ行ってくる。あ、そうそうコレは返しておくよ」


 エスは手に持った女性用下着を少女へ見せる。少女はそれを見ると羞恥と驚愕の表情で自分の胸元を触る。革鎧は着ている、しかし下着はなくなっており、エスから手渡された下着は紛れもなく自分が今付けていたはずの物だった。エスから下着を奪い取ると、真っ赤な顔で睨みつける。しかし、エスは笑いながらそれを見ていた。


「いい表情だ。さあ、いいものも見れたし行くとしよう」


 エスは無警戒に屋敷の塀へと近付く、そっと右手を壁に触れ【奇術師】の力を使う。ポケットから布を取り出し壁に触れている部分を少女の視界から隠す。塀に触れる右手が徐々に塀へと沈んでいく。


「それでは行ってくる。のんびり待っててくれ」


 そして腕、体を布で隠し塀を通り抜けた。所謂、壁抜けを使ったのだ。


「えぇぇぇぇ!」


 塀の向こうで驚く少女の声が聞こえてくる。

 ううん、いい声だ。表情を見れないのが実に惜しい。さあ、屋敷へ行こう。

 エスは盗賊ギルドで勝手に拝借してきた仮面を被り、まるで自分の住んでいる館だと言わんばかりに歩く。目の前には屋敷の入口、そこには見張りと思われる兵士が一人いた。


「兵士さんお勤めお疲れさん」


 ここはステージではないから、芝居がかった台詞は必要ない。剣を構える兵士を無視し、エスは玄関の扉へと歩く。


「ここが領主様の館だと知っているのか?見逃してやるからすぐに帰れ」

「ほほう、お優しいことで。しかし心配御無用、知っててきたのさ」

「なに!?」


 エスは背後に腕を回し兵士たちから手元を隠す。再びその腕を戻すと、手には見覚えのある剣が握られていた。驚いた兵士が自分の手元を見る。すると、握っていたはずの剣がなくなっていた。


「こんなものこうしてくれる!」


 エスは徐に剣の先を摘まみ剣を折り曲げる。剣身は飴細工のようにぐにゃりと曲がり二つ折りになってしまった。


「な…んだと!?」


 愕然とする兵士だったが、エスは仮面で見えないが、がっかりした表情で兵士を見つめる。


「ふむ、好みの表情じゃないな。まあいい」


 この手の奇術は視線誘導不要か。相手の戦意を削ぐのには丁度いいな。

 そのまま無警戒に兵士へと近付き、呆気に取られている兵士の腕をとり折り曲げた剣を持たせる。


「記念にコレをあげよう。大事にしたまえ」


 何が起こったのか理解できない兵士を無視し、エスは玄関の扉を堂々と開け放つ。


「お邪魔しますよ!」


 勢いよく開いた扉の音に、掃除をしていたと思われるメイドたちが驚いた表情で玄関を見る。そして、開け放たれた玄関にいるエスを見てさらに驚いた表情となる。


「こんなにメイドさんたちが。前世では媚びたメイドしか見たことが無いから新鮮だな。クラシックロングのメイド服、実に素晴らしい。しかし、ふむ、この中にはいないようだ」


 少女の面影がある人物を探したがこの中にはいないようだった。エスは堂々と館へと入っていく。あまりに堂々としているためかエスが狙った通り、メイドたちはエスが客人なのだろうと考えてしまっていた。

 あの娘の姉はどこにいるのかな?とりあえずその辺りのメイドに聞いてみるとしよう。


「そこのお嬢さん。」


 一番近くにいた、まだ幼い顔をしたメイドへと話しかける。


「は…い?」

「一昨日くらいに連れてこられた女性がどこにいるか知っていないかな?」

「一昨日?さあ?私にはわかりません」

「そうか、知らないか。残念」


 メイドたちは知らないと判断し考える。外から見て二階建て、メイドが知らないとなると地下ではないかと予想した。


「この館に地下室なんかはあるのかな?」

「え?あ、はい。私たちは入れませんがそちらの部屋に…」

「そうか、ありがとう」


 そう言ってエスはメイドの背中をポンポン叩きポケットに手を入れ言われた部屋へと向かう。部屋の入口の扉に手をかけると、背後から先程のメイドの声が聞こえてきた。


「え!?え?なんで?」


 仮面の下で笑いながらエスは動揺するメイドへと話す。


「ああ、お探し物はこれかい?ここに掛けとくよ」


 扉の取っ手に女性用下着をかけ、部屋の中へと入り扉を閉める。背後からメイドの悲鳴が聞こえてきた。

 ふむ、ついやってしまった。これは警戒されたかな?しかし、メイド服と同じように下着もあちらの世界と同じようなデザインなんだな。

 部屋の中には鉄扉が一つあり、いかにもな雰囲気を醸し出していた。


「ここかな?」


 鉄扉を開けようと取っ手を引くが鍵がかかっており開かない。


「当然鍵はかかっていると。まあ、塀に比べたら扉なんて薄い薄い」


 塀と同じ要領で鉄扉を抜ける。今回は周りに人目がないため布で隠すといった必要はなかった。扉を抜けたすぐに地下への階段があった。蝋燭の火が灯されていたためそのまま階段を下りると、そこは牢屋の様なものが並ぶ場所だった。


「このどこかに捕まっているんだろうか」


 一つ一つ牢の中を確認していくと、ある牢の奥で蹲る女性を発見した。エスに気が付いた女性が顔を上げる。その表情はどことなく盗賊ギルドの少女と似ていた。


「一昨日攫われた盗賊少女の姉は君かな?」

「ターニャ、妹の知り合い?」

「おお、そういえば名前を聞き忘れていたな。その少女と取引で君を助けに来た」

「助け?逃げて、もうすぐ領主が来るわ!」

「いやいや、助けないと私の懐事情が切実でね。このままでは餓死してしまうかもしれん。無理矢理にでも連れて帰るさ」

「そうはいかん。しかし昨日の今日でまた盗賊風情が乗り込んでくるとは…」


 声がした方を見ると貴族服を着て太った腹を揺らしながら歩いてくる男がいた。その両側には兵士が立ち剣を抜いている。いかにもな領主の姿を見て、思わず口にしてしまう。


「見事に絵に書いたような豚だな!アハハハハ!」

「っ!きっさま!殺せ!」

「おや、沸点も低い」


 兵士たちが近付いてくる。しかしエスは落ち着いてポケットに手を入れる。それに警戒し兵士たちは足を止めた。ポケットから取り出したのは一枚のハンカチだった。


「取り出したるは何の変哲もないハンカチーフ!」


 そう言って自分の手を隠すようにハンカチを掛ける。一呼吸置きエスは続ける。


「そのハンカチーフから…」


 掛けられたハンカチはもぞもぞと動き出していた。


「なんと!鳩が!」


 エスの言葉と同時にハンカチを押し退け大量の鳩が領主と兵士たちへと飛んでいく。すばやくハンカチは回収する。牢屋前の通路を埋め尽くす程の数の鳩が飛び交い、領主たちはパニックになっていた。その隙にエスは、悠々と牢屋の扉を開け始める。


「さて、この鍵の構造ならあの手が使えそうだな」


 ポケットから一枚のカードを取り出す。それはトランプのジョーカーだった。トランプを扉と檻の隙間に入れ、女性の目から隠すようにハンカチを掛ける。ゆっくりとトランプを下へ動かすと、閂がある場所を素通りした。閂は切り裂かれ牢の扉は開かれた。

 エスは女性に手招きし呼び寄せる。女性は恐る恐るといった感じでエスへと近付く。女性を連れ牢の外へ出ると、なんとか鳩を追い払ったのか、肩で息をする領主と兵士がこちらを見ていた。


「何故扉が開いている!」

「閉め忘れたんだろ?不用心だなぁ」


 頭に血が上った領主がいやらしい笑みを浮かべ何かを取り出す。


「その娘を連れて行っても無駄だ。この証文がある限り、その娘は私のところに戻らねばならん。兵士たちに一言いえば連れてこれるというわけだ!ガハハハッ」

「ほう、コレが?」

「え!?」


 領主が笑っている間にエスは領主の目の前まで迫っていた。手に持つ証文を眺めつつハンカチをその手へ被せる。証文は見えなくなった。エスは、そのままゆっくり歩き女性の元へと戻りつつ指を鳴らす。領主の手に掛けられたハンカチは突如燃え出し、慌てて領主がそれを払い除ける。証文が無事なことを確認しホッとしていた。


「ガハハハッ、今ので証文を燃やそうとしたのだろ?残念だったな」

「いやぁ残念残念、プッ、フフ、フハハハハハ」

「失敗して気でも狂ったか?」

「その証文読んでみたらどうだ?読めるならな」


 領主は手に持った証文を見て青褪める。そこに書いてあったのは子どもの落書きの様な絵だった。


「な!これは?貴様、何をし…」

「すり替えておいたのさ!」


 エスは領主の言葉に両手を広げ食い気味に答える。あまりの勢いに領主も兵士も、助けた女性でさえ声が出なかった。


「こういう時はあれかな?『いつから、その証文が本物だと錯覚していた?』って言うべきか?」


 顎に手を当て、一人天井を見上げながら呟く。「まあいい」と小さく呟き、エスは側にいた女性を抱きかかえる。そして、唖然としている領主へ告げる。


「証文なら私が大事に預かっておくから安心したまえ。あと、証文を持って遊びにくるから茶菓子でも用意しておいてくれ。高級品を頼むよ」


 エスはポケットから大きめの布を取り出し自分たちに掛ける。兵士が向かってくるが、それよりも早くエスたちは消え布は床に落ちた。床に落ちた布も突如燃え出し、灰も残さず消えてしまった。地下室には呆気にとられた領主と兵士だけが残された。


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