奇術師、準備をさせる
時は少し遡りエスがヴェインと相対している頃、サリア、ターニャの姉妹とリーナは城の地下牢から宿へと戻り自分たちの武器など装備を整えていた。すると突然、部屋に指を鳴らすような音が響くと床に白い布が広がり始めた。
「これはエスの仕業だな」
真っ先に気付いたターニャが声を上げる。
「そうでしょうね。どこかに連れて行ってくれるのかしら?」
「行ってみましょ。準備は終わってるわね」
リーナの言葉に姉妹は頷く。三人は布の上へと乗ると、布はふわりと三人を包み込んだ。
少しして布が再び開くと、目の前には一人の女性がいた。淡い青色の髪をしたその女性は、突如現れた三人に驚き警戒していた。
「あなたたちは誰ですか?」
青髪の女性の質問を受け、リーナが答える。
「私はリーナ、踊り子リーナよ。この二人はサリアとターニャ」
姉妹がお辞儀をした。名乗ったリーナが何かに気付いたような表情で目の前の女性に話しかける。
「その青髪、あなた王族?」
「はい、わたくしは第一王女アリスリーエル・フォルトゥーナです」
サリアとターニャは目の前の女性が王女だとわかり緊張していた。リーナはというとアリスリーエルに纏わりつくものに気がつき、それに集中していた。
二人には見えていないのね。これは、呪詛?でもなぜ、王女に?
リーナは周囲を見渡す。そこは牢屋の中に作られた部屋だった。その様子からただ事ではないことを感じ取っていた。リーナは単刀直入に王女へ質問する。
「王女様、エスという男を知ってる?」
「え!?はい、昨夜お会いして少しお話しました。皆さまはエス様のお知合いですか?」
「様?まあいいわ。私たちはエスの知り合いよ。それにしても何故こんなところに王女様がいるの?」
アリスリーエルがエスに対し様をつけたことを不思議に思ったが今は後回しにすることとした。それよりもリーナには気になることがあった。
「三年前から、私に出会う男性が皆襲いかかってくるようになってしまって、それでここに匿われるようになりました」
「なるほど、それがその呪詛の正体のようね」
「呪詛?」
リーナの言葉に驚き王女は聞き返していた。
「ええ、あなたに纏わりつく呪詛が見えるわ。聞いた限りで判断すると『色欲』に分類される悪魔がかけた呪詛ね。おそらくエスも気づいていたのでしょう」
だからここに送ったのね。護衛にこの二人をつけて…
リーナの予想の通りではあったが、エスはアリスリーエルに纏わりつくものが呪詛だということは知らなかった。
「その呪詛、どこでかけられたかわかる?」
「いいえ…」
「消すのは、無理そうね。王女様、今からあなたにかかってる呪詛を一旦抑えるわ」
そういうとリーナは羽織っていたローブを脱ぎ、煽情的な踊り子の衣装を露わにする。その様子を見てターニャが問いかけた。
「何をする気なんだ?呪詛がどうとか言ってたけどリーナは呪詛を消したりできるのか?」
「消すことはできないわ。できるのは抑えるだけ。恐らくだけど…」
リーナの視線はアリスリーエルに纏わりつく呪詛を睨む。
「この呪詛は私と同等かそれ以上の力を持った者がかけているわ」
「なあ、前にも聞こうとしたんだけど、エスもリーナも悪魔なんだろ?爵位はなんなんだ?」
リーナは何もない空中から錫杖を取り出し、床に杖を突くと澄んだ音色が部屋に響いた。そして、質問するターニャに答える。
「人の尺度でなら私は上から二番目の侯爵といったところよ。直接的な戦闘能力は低いのだけどね」
「侯爵!」
「ちなみに、サルタールとパッソも同じ侯爵よ」
リーナの答えにターニャは絶句する。横で聞いていたサリアも驚愕の表情を浮かべていた。人が定めた悪魔の強さを表す尺度である爵位、目の前に立つリーナが聖騎士が数人で対応可能とされる侯爵であるということ、さらに同等の存在が同じ都市に他に二人もいることに驚いていた。アリスリーエルは話についていけず、その表情には疑問を浮かべている。再びリーナは杖で床を突き澄んだ音を響かせた。
「エスというか、前の奇術師はさらに一つ上の公爵だったわ。エスにも同等の力があるはず」
続けられたリーナの言葉にさらに驚いた表情を浮かべる姉妹。アリスリーエルもそこまでの話から自分が出会ったエスが最上位の悪魔であったことを理解し愕然としていた。公爵に分類される悪魔は、厄災と呼ばれるほどの存在である。
「まあ、聞いたらそうなるわよね。でも、私たちは人と敵対しないわ。私たちにとって人の感情こそが糧なのだから。そんなことよりも急ぐわよ。恐らくエスは王女を呼び寄せたいから私たちをここに送ったのだろうし…」
エスの考えを予想したリーナは錫杖を両手で掴み再び床を突く。
「二人は下がってて。王女様は、少しだけ動かずにいてね。今、その呪詛を抑えるから」
姉妹が少し離れたところでリーナが動き始める。錫杖が白く淡く光り、その光が錫杖の軌道に白い帯を描く。ゆっくりと舞い踊るリーナ。姿とは裏腹にその動きは神聖なものに感じられた。しばらくして錫杖を両手で持ち床を突く。澄んだ音が鳴り響き光の帯が散って消えた。
リーナはアリスリーエルを見据える。その視界には白い網のような光が呪詛を包みアリスリーエルの体表面まで抑え込んでいるのが見えていた。リーナ以外の三人には呪詛同様に白い網も見えていない。
「成功ね」
「本当ですか!?」
リーナの言葉にアリスリーエルが声を上げる。
「ええ、でも効果は約1日といったところでしょうね。手はあるにはあるけど、今はエスの動き待ちね」
「エス様は何かされてるのですか?」
「今、王様に会ってるんじゃないかな?」
「お父様に、何故…」
アリスリーエルは状況が掴めず考え込んでしまった。リーナがローブを羽織りながら答える。
「詳しくは知らないわ。でも…」
「エスさんなら悪いことにはならないでしょうね。何か面白いことでも見つけたんじゃない?」
リーナに続きサリアがアリスリーエルを安心させるために声をかけた。三人は短い付き合いながらエスの性格を理解していた。興味が湧いたらとことん首を突っ込んでいくということを。
「それにしても、エスさんは本当に何をするつもりなのかしら?」
首を傾げながらサリアは呟く。他の二人もその答えは出なかった。静かになった部屋でリーナが突然、パンッと手を叩く。
「わからないことを考えていても仕方がないし、少し話をしましょ王女様。長く生きてるけど王家の人と話したことはなかったのよね」
「私もお話したいわ、王女様。城の生活とかちょっと興味あるし」
リーナとサリアの言葉にターニャも興味津々といった様子で頷く。
「フフフ、ではお話ししましょう。わたくしもここ数年は、メイドたち以外とはお話ししていなかったから嬉しいです」
アリスリーエルは笑いながら答えた。その後、エスが四人を呼び寄せるまで、しばらく他愛のない話を続けていた。