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奇術師、切断される

 王が座ると思しき椅子、そこに向かって歩く一人の人物が現れた。その姿を見た重役たちは跪いている。周囲の様子、その淡い青髪に白髪の混ざった頭を見て、その人物がこの国の王だとわかった。そして、王の背後を歩く一人の兵、兜は被っていないが装備からして国を守る兵士の筆頭、王の側近であるとわかる。

 王が椅子まで来て座ると付き添っていた兵士はその左隣に直立不動で待機する。王が座ると跪いていた者たちが立ち上がった。


「その者らがレケンの報告にあった者らか」

「その通りでございます」


 王の言葉にレケンが答える。王の視線がエスたちへと向けられた。


「正直に話せ。貴様たちがレケンの部下を襲ったのだな?」

「襲われたのはこちらなのだがな。都合のいいように曲げられた話を信じるのはどうかと思うぞ、王様」


 王に対し軽口をたたくエスへと、王の隣に立つ兵士が剣を抜き近付いてきた。


「貴様、陛下に対しなんという物言い。今ここで処刑してくれる!」


 その剣はエスの首を切り落す軌道で振り払われた。薄っすらと光る刃がエスの首を捉え切断する。切断されたエスの首はエスの体、前方へと滑るように落ちる。首を切断されたはずのエスの体は、縛られた両手で落下する自分の頭を腹の前で受け止めた。受け止められた頭は首を切断した兵士のいる前方を見上げていた。


「やれやれ、いきなり首を切られるとは思わなかったぞ。短気は損気だと教わらなかったか?」


 切断されたはずの首が喋ると、その事実に周囲が驚いた。切った本人である兵士も一歩下がる。様子を見ていた王も驚いた表情をしていた。それを満足気に眺めたエスは、首を元あった位置へと運ぶと斬られてはいないと証明するように首を動かしていた。


「貴様、アンデッドか!?」

「いいや、私は奇術師だよ。首を切り落したかと思ったのかね?剣を見てみるといい。血の一滴も付いていないだろう?」

「なっ!?」


 兵士は手に持つ剣を確認し驚く。そこにはエスの言葉通り血の一滴も付いていない。確かに斬った手応えはあった、しかし斬ったという事実がなかったかのようにエスはそこに立っている。


「それにしても、流石はファンタジーな世界だ。やはりアンデッドがいるのか。私の見たいものリストに追加しておこう」


 エスはドラゴンの他にも見たいものが出来たと喜んでいた。驚き動きが止まっている周囲の者たちに構わず、エスは両手を縛る縄をスルスルと解く。それを見てさらに目の前の兵士が驚いた表情へと変わっていく。


「縄を、何故?クッ、縛りが甘かったのか…」

「いいや、しっかりと縛ってあったぞ。私を縛った兵士を咎めるのはやめてやりたまえ」

「その縄は魔法や切断に耐性のある造りになっている。どうやって解いた!」

「ん?こうやってだが?」


 エスは近くにいたサルタールの手を縛る縄に手を当てるとスルスルと同じように解いていった。


「な、何をした!?」

「ただの縄抜けではないか、落ち着きたまえ。それにしても、少々驚き過ぎではないか?」


 驚いてばかりいる兵士を見てエスは首を傾げる。

 まあ、縄抜けも落下する首も本来はこんなインチキじみたものではないがな。さて、そろそろいいか?

 エスはそう心の中で呟きつつ、解いた縄をその辺りに放り投げると唐突に指を鳴らす。サルタールはまた何か起こるのかと周りを見ていた。


「サルタールも落ち着け、ただの仕込みだ。さて兵士君、そういえば名は何と言うのかな?」

「ヴェインだ」

「改めてヴェイン殿、私と一手お手合わせ願いたい。私が負けたらここで全員処刑で構わんよ」


 貴族の様な礼をしつつ、ヴェインの顔を見上げる。


「なんだと!?」

「どうかな?王様。私が勝ったとしても今の続きを行うだけで構わない」


 驚くヴェインを無視しエスはそのままの恰好で王の顔を見る。王は少し考えた後、口を開いた。


「よかろう。ヴェイン、相手をしてやれ」

「陛下!よろしいのですか?」

「構わん。その者が約束を守らなかったにせよ、こちらに損は無い」


 王の言葉に戸惑うヴェインだったが、エスへと向き直り油断なく剣を構えた。エスは体を起こし両手を広げ笑みを浮かべていた。ヴェインはそんなエスの様子を見ている。


「流石は一国の王、素晴らしい決断力だ。さあヴェイン殿、前座として頑張ってくれたまえ」


 エスはいつもの流れでステッキを取り出す。


「魔法も無しにどうやって…」

「ほう、何故魔法ではないとわかったのかな?是非、教えてもらいたいものだ」


 ステッキを見たヴェインの言葉に興味を惹かれたエスは素早く近づき、ヴェインの耳元で囁いた。


「いつの間に!」


 咄嗟にヴェインはエスから距離をとる。そんなヴェインをエスは追うことなく眺めていた。


「フハハハハ、どうしたのだ?そんなに慌てなくてもまだ何もせんよ。まだな」


 ここにきてヴェインは目の前のエスから異様さを感じていた。数々の凶悪なモンスターを相手にしてきたが、ここまで異様な気配を感じたことはなかった。


「エス、何してんだ!話をややこしくするのはやめろ!」


 エスの雰囲気にただならぬものを感じサルタールが声を上げた。そんなサルタールの方を見てエスは笑いながら答える。


「ややこしくしていると判断するのは全てが終わってからにしてくれないかな?それに、仕込みだと言っただろう」


 エスはヴェインへと再び問いかける。


「さて、教えてくれないか?何故、魔法ではないと思った?」

「この謁見の間は魔力妨害の結界が張られている」

「ほほう。魔力探知といい、魔力妨害といい、実にファンタジーなセキュリティ。素晴らしい!ぜひとも仕組みを教えてもらいたいものだ」

「いったい何なんだコイツは…」


 エスの態度に不安を募らせるヴェインは呟いた。そんなヴェインに構わずエスはステッキをヴェインへと向ける。


「ほら、かかってくるがいい。王の護衛であろう?それが逃げてどうするのだ?」

「チッ!」


 ヴェインは素早く踏み込み距離を詰める。エスはしばらくの間、ヴェインの剣をステッキで受けたり体を捻って避けたりしていた。まるで子供と遊ぶように。

 腰を落としたヴェインが一気に距離を詰める。横薙ぎに左から右へと振り抜かれる剣をエスはバックステップで躱した。しかし、ヴェインはさらに踏み込み右から左へと再び横薙ぎに振り抜く。


「しまった!」


 エスの胴をヴェインの剣が捉える。横薙ぎに振り払われた剣がエスの胴を切り裂いた。エスの上半身が下半身が分かれ、上半身が床へと落ちていく。


「…と言うとでも思ったかな?残念!」


 エスの上半身は落下する途中、片腕で下半身を抱えるようにつかまる。下半身は力なく倒れるということはなく、堂々とそこに立っていた。切断面は何故か黒い布が貼られたようになっており、内臓などが見えるわけでもない。


「フハハハハ、初めてやってみたがイメージ通りにいったかな?」


 エスの下半身は一歩、また一歩とゆっくりヴェインへと近付く。それに合わせるようにヴェインも後ろへと下がった。驚愕の表情を浮かべる周囲の者たちを見て満足したエスは腕の力を使い上半身を下半身の上へと戻す。その後、胴は切られていなかったと証明するように体を捻ったり飛び跳ねたりとしてみせていた。


「な、なんなんださっきから!魔法か!?結界が効いていないのか!?」

「魔法などではない!」


 両腕を広げるエスは言い放つ。


「全て奇術だ。私は奇術師エス。さて、そろそろいいだろう」


 戦意喪失するヴェインへと近付くと肩を叩き耳元で囁く。


「前座は終わりだ。ヴェイン殿、王を守りたまえ」


 エスは取りだした一枚の布をヴェインへと被せる。布はヴェインを覆うとそのまま床へと落ちた。王が座る椅子の横では床からゆっくりと布がせり上がる。人ひとり隠れられる程の高さになると、ポンッという音と共に煙となった。同時にエスの足元に落ちた布も煙へと変わる。王が座る椅子の横では煙の中からヴェインが現れた。

 周囲の者たちの驚く声を聞き流し、エスは王へと話しかける。


「王よ。今から私が昨夜知った真実を教えてやろう!」


 エスはどこからか取り出した布を床へと広げた。


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