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奇術師、増える

 エスは人気のない城の廊下を歩く。周囲を警戒しつつレケンの部屋を目指す。辿り着いたのは数時間前に来た執務室、扉に手をかけると扉には鍵がかかっているのか開かなかった。


「気配は、ないな。レケンはいないか。いやぁ好都合」


 扉をすり抜け中へと入る。予想通りレケンの姿はなかった。エスは書斎机へと近付くが、机の上は片付けられており何もなかった。机の引き出しに手を掛けると淡く光る。どの引き出しも開くことはなかった。


「鍵穴もないのに開かないとは、魔法的な施錠なのか?だとしたら実にファンタジーだ!」


 引き出しを開けるのは諦め、周囲を探索する。部屋を物色していると廊下から足音が聞こえ、誰かが近付いてくるのがわかった。その足音は扉の前で止まり、扉の鍵を開けようとしている。


「おや、気付かれたかな?さて…」


 少しの間をおき扉が開かれる。入ってきたのは部屋の主であるレケンだった。


「おかしいな、机に触れた者がいる反応がしたから急いで戻ってきたが…」


 レケンは部屋の中を見回しながら歩く。物陰などを確認しながら書斎机へと近付いた。


「誰もいない。誤動作だったのか?」


 そう呟きレケンは書斎机の引き出しへと手を掛ける。伸ばした右手の中指に嵌る指輪が光り、引き出しは光ることなくすんなりと開いた。中には一つの籠があり、それをレケンは取り出す。蓋を開くと一匹の蛇が入っていた。蛇は鎌首を持ち上げるが、レケンの顔を確認すると再び眠るように首を降ろす。その体には文字の様な模様が浮かんでいた。


「無事か。敵対貴族かサルタールが侵入したかと思っていたが…」


 レケンは籠の蓋をし再び引き出しへとしまった。


「まあいい。出てこい、仕事だ」


 レケンの影から這い出るように大男が現れた。その姿はボロボロのローブを羽織り、フードを目深に被っているため人相まではわからない。大男が低く唸るような声でレケンに答える。


『何の用だ?』

「金を運んでいた男を始末してこい。サルタールに気付かれた時点でやつは不要だ。あいつらが失敗しなければおまえに頼る必要もなかったのだがな…」

『了解した』


 大男はそれだけ言うと部屋から出ていった。それを見送ったレケンは独り呟く。


「地道にここまで積み上げてきたのにあのごろつきのせいで…。まあいい、サルタールにもそろそろ退場してもらうか」


 そのままレケンは部屋から出ていった。その一部始終をエスは見ていた。


「ほほう、指輪が鍵だったのか。それにあの大男、あれは人ではないな。まあ、偽兵士君にはサルタールがついているから大丈夫だろう。しかし、あの蛇。あれは王女の言っていた蛇か?王女に見せねばわからんか」


 エスは部屋の外、外壁にしゃがんでいた。大きな窓の上からまるで穴を覗き込むように部屋の中を見ていたのだ。人の気配を感じたため、エスは壁抜けを行い外に出ると、そのまま壁歩きで移動し今の場所で様子を窺っていた。レケンもまさか足場のない外、しかも窓の上から覗いている者などいるとは思わず気付くことはなかった。


「さて…」


 エスは呟き再び部屋へと侵入する。今度は引き出しの取っ手に触れず、書斎机の側面に手を当てる。すると、するりと手は机の中に溶け込むように入っていき、何かを掴むとそれを引き出した。エスの手には蛇の入った籠があった。蓋を開け中を確認する。


「やはり王女の言っていた特徴と同じだな。まあ、この世界にはこういった柄の蛇が普通にいるとしたら同じ種というだけになってしまうか」


 蓋を閉じ、独り言を呟きながら籠をいろいろな角度から見ていると籠の側面に球体が嵌められていることを発見した。


「なんだこれは?」


 エスがその球体に手を触れると簡単に外れ、手の中に転がり込んでくる。次の瞬間、球体は淡く光り始めた。


「おおう、嫌な予感がする」


 エスは咄嗟に球体を握り込む。すると球体は掌の中でみるみる小さくなり小石程度の大きさとなった。そして球体は爆発する。


「いったぁ。爆弾だったか。しかし、痛いだけで済んでよかったよかった。この体が頑丈なのか小さくしたおかげで爆発力が弱まったのか…。まあ、詳しいことはあとだな。さて、無くなった球体はどうしたものか…」


 握り込んでいたためか爆発音も小さく、部屋の外へ聞こえる程の音にはならなかった。エスは幻惑魔法で代わりを埋め込むことも考えたが、魔力を検知される可能性があるため諦めた。


「ま、いいか」


 エスはそのまま籠を取り出したときと同じ手法で机の中に戻す。他の引き出しも同じように中身を出してみたが、めぼしい物は見つからなかった。


「うぅん、これ以上は何も出てこなそうだな。とりあえずは偽兵士君のところにでも行ってみるとしよう」


 ここから帰るだけならと、エスは布を取り出し自分へと被せる。布はエスの姿を隠すとふわりと床に落ちると、一瞬で燃えあがり跡形もなく消え去った。床には物が燃えた痕跡すら残ってはいない。

 エスは自分を覆う布を取り払う。周囲の景色を見渡し城の外へと出たことを確認する。エスがいるのは広場に面する建物の屋根の上だった。


「おや?微妙に場所がずれたか。広場に出るつもりだったのだがな。さて、偽兵士君は…」


 眼下の広場を見下ろすとそこには大きな鉈のようなものを持った大男と偽兵士がいた。偽兵士は怪我をしており、それを庇う様にサルタールが立っていた。どうしたものかとエスは様子を窺っていると話す声が聞こえてきた。


『その者をこちらに渡せ。貴様は関係なかろう』

「そういうわけにはいかないんだがなぁ。頼むから帰ってくれんか?」

『依頼はその者の処分、このまま戻るわけにはいかん』

「どうしたもんかねぇ…」


 段々と近付く大男を前にどうするべきかと悩むサルタール、すると足元に握り拳大の玉が転がってくる。それは徐々に数を増やし、辺りには数十個の玉が転がっていた。


『なんだこれは?貴様が何かしたのか?』

「俺も知らねぇよ。まさか!」


 こんなふざけたことをするのは一人しか思いつかずサルタールは辺りを見渡す。それにつられるように大男も辺りを見渡した。すると、大男の背後から声がかかる。


「もう偽兵士君を見つけていたのか。仕事が早いのだな、優秀な小間使いだ」


 声に驚き大男は背後へと鉈を振る。しかし、手応えはなく鉈は空を切るだけだった。


「どこを見ているのだ?ほら、鬼さんこちら手の鳴る方へ」


 再び背後から聞こえる声と手を叩く音、大男は振り向きざまに声がした場所へと鉈を振り下ろす。しかし、鉈は空を切り地面へと突き刺さった。


「こらこら、そんな大きな音を立てては小さな子たちが目を覚ましてしまうだろう?少しは周りに気を使いたまえ」

『どこにいる?』

「まだわからんのか?ここだよ」


 一つの玉が割れ煙と共に姿を現したのは、声の主であるエスだった。


「フハハハハ、私参上!さて、そこのボロ雑巾を被ったような君に聞きたいことが…」


 エスの言葉を遮るように大男の鉈がエスへと振り下ろされた。鉈は地面へと叩きつけられる。


「全く、人の話くらい聞いたらどうかね。言葉も話せない獣ではないだろう?」


 再びエスの声は別の場所から聞こえる。大男、そしてサルタールと偽兵士もエスの姿を見失っていた。エスは少し離れた場所に立っている。その足元には先程と同じように煙が漂っていた。


『貴様、何をした?』

「そちらこそ、どこを攻撃しているのかね?そこには何もないぞ」

『どういうことだ?』

「さあ?少しは自分で考えてみたらどうかな。考える頭があるのなら」


 エスは指を鳴らす。それに反応するように周囲に転がる玉が弾け中から煙が上がる。その煙が晴れると、そこには玉の数と同数のエスの姿があった。


「な、なんだよ!なんなんだよこいつ!」

「まあ、普通驚くよな。落ち着けよ」


 無数に増えたエスを見て取り乱す偽兵士、それをサルタールが宥めていた。男を囲んだ沢山のエスはそれに構わずに一斉に両手を広げ声を上げる。


「「「さあ、ショータイムだ!」」」


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