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奇術師、新たな出会いをする

 エスは空中を歩く。眼下には庭を警備する兵士が、後方には城壁が見える。そこを行き交う兵士たちも、まさか庭の上空を歩く者がいるとは思わない。さらに、エスの服装が闇に紛れる黒色ため余計に気付かれることはなかった。そのまま空中を歩くエスは城の壁へと辿り着く。


「ハッハッハッ、セルフレビテーションで薄々気付いていたが、やはり空中歩行もできるな。さて、レケンの部屋はどこだったかな?おや?」


 エスが辺りを見渡すと、一本の尖塔があった。その入り口にはメイド服姿の女性が立っており、見張りの兵士もそこから先に入ろうとはしていない。


「レケンの部屋も大事だが、気になる。非常に気になるな。なんだあそこは、ちょっと覗きに行ってみようか」


 エスはその尖塔を目指し空中を歩く。なるべく警備の兵士たちの視線に入らないよう注意しつつ尖塔の側まで来ていた。エスのいる場所は尖塔へと続く通路とは逆方向となり、入口を見張る女性からは見えない。


「ここには何があるのかな?」


 そう呟きつつ、尖塔を下から上へと眺める。すると、最上階と思しき場所にある窓から明かりが漏れていた。


「誰かいるのか?」


 興味を惹かれたエスは尖塔の壁を歩き、明かりの漏れる最上階を目指し登り始めた。しばらくして後ろを振り向くと、遥か後方に庭が見える。尖塔は思ったより高さがあったようだ。


「おぉぅ、これはこれは。高い所が得意な私でも股間がキュっとなる」


 再び登りだしたエスは明かりが漏れている窓へと辿り着き中を覗き込む。そこは鉄格子がはめられ、いかにも牢屋の窓といった造りだった。覗き込んだ先、建物の中も牢屋のように鉄格子が奥に見える。手前はタンスやベッドといった家具が並べられており、その装飾も豪華で牢屋と思しき場所は身分の高い者が生活するような空間が広がっていた。


「牢屋の中に、部屋?」


 首を傾げつつさらに周囲を覗き見ると、淡い青色の髪をした女性が一人いることがわかった。その女性は椅子に座り本を読んでいる。服装からも相当地位の高い人物だと思えた。


「なんというミスマッチな光景だ。とりあえず彼女に話を聞いてみたいな。騒ぎになるか?まあ、なったらなっただな。ハッハッハッ」


 エスはそのまま壁へと手をつくとするりと壁を抜け部屋の中へと侵入する。読書に夢中になっているのか、女性はエスの侵入には気付いていなかった。エスは、女性の背後へ立ち話しかける。


「こんばんは、お嬢さん」

「キャッ!」


 唐突に声をかけられ、女性は驚きのあまり本を落としエスから距離を取る。足元へと転がってきた本をエスは拾い上げ、再び話しかけた。


「驚かせてしまったかな?しかし、それは私の性分故、許してほしい」


 おどけるエスに対し、女性は護身用と思われる短剣を抜き油断なく身構えていた。見事な装飾のされた調度品としても価値がありそうな短剣だ。


「あなたは?わたくしを襲いに来たのですか?それよりもどこから?」


 壁を指差しながらエスは答える。


「私は奇術師のエス。こんな塔の最上階、しかも牢屋のような場所に私室を構える者に興味が湧いたので話を聞きにきただけだ。それ以外、特に用はないな」

「えっ!?わたくしを前にした男性は皆、我を忘れて襲いかかってくるのに…。まさか!」

「いや、勘違いするな。私は男だ、恐らく多分…」


 目の前の女性の言葉にエスは答えるが、自分が悪魔だったことを思い出し性別について疑問に思ってしまった。

 悪魔にも性別はあるのか?ふぅむ、ここまで全く気にしたことがなかったな。まぁ、体の造りは男なのだから男でいいか…

 エスが男だと言ってから、目の前の女性は警戒をさらに強くしていた。しかし、同時に混乱しているようだった。


「そういえば、皆襲いかかってくると言っていたな。だからこんなところに閉じこもっているのかね?」

「そうです。三年程前からそんな状態になったので私はここに匿われることになったのです」

「ほう、三年も引き籠り生活か。それはさぞかし退屈だろうに…」

「いえ、元から外には出させてもらえなかったので…」


 エスはふと思い出したように尋ねる。


「ところで、君は何者なのかね?」

「えっ!?知っていて侵入してきたのではないのですか?」

「知らん。場所に興味があったから来たら興味深い者がいた。それだけだよ」

「そう、なのですか。わたくしはアリスリーエル・フォルトゥーナ。この国の第一王女です」


 エスは驚く。アリスリーエル・フォルトゥーナと名乗った女性はこの国の王女だった。こんな場所に王女が引き籠っているという事実が、さらにエスの興味を惹いた。


「王女!生まれて初めて見たな。その王女様がこんな場所に閉じ込められているとは。ところでその短剣をしまってはもらえないかな?」

「あなたが男である以上、わたくしの身を守るためにも聞き入れられません」

「そうか…」


 エスは手に持った本を近くにあった背の低いタンスの上に置くと懐へ手を入れる。その行動に警戒を強めるアリスリーエル。懐から出されたエスの手には一枚のカードがあった。それをエスは高々と掲げる。アリスリーエルの視線がそのカードを捉えた瞬間、手元に違和感を感じアリスリーエルは声を上げた。


「えっ!?なぜ?」


 アリスリーエルが持っていた短剣がなくなっていた。そして、その短剣はエスの手にあった。


「ふむ、年頃の女性がこんな物騒な物を振り回すのは感心しないな。それにしても素人目にも見事な造りの短剣だ」


 何が起こったのかわからなかったアリスリーエルは恐怖を感じ、さらにエスとの距離を取る。


「そんなに怯えなくてもよいだろうに。いや、それほどの目に合ってきたと考えるのが妥当か。私が襲いかかることは絶対にない。その気になればいつでも襲えていたとは思わないか?」

「言われてみれば…」


 気付かれず短剣を奪うことができるような人物が、今まで自分に襲いかかってないことを考えアリスリーエルは納得した。


「詳しく聞いてもいいかな?何故襲われるようになったのか。とりあえず…」


 そう言ってエスはアリスリーエルへゆっくりと近付く。恐怖に体を強張らせているアリスリーエルへ短剣を返すと、再び少し離れた場所へとエスは戻っていった。


「さて、何故男たちが襲いかかってくるようになったのかはわかるか?」


 エスはもしかしたらレケンが関わっているのではと思いアリスリーエルの状況を聞き出そうと考えていた。


「三年前のある日を境に、何故か襲われるようになりました。原因はわかりません。世話をしてくれるメイドたちが助けてくれていたので無事でしたが、会う男性全員が襲いかかってくるのでここに匿われました」

「その日に変わったことはなかったのか?」

「特には…。私の部屋に変わった蛇が入ってきて、飼っていた小鳥を食べようとしたので追い払ったくらいですね」

「変わった蛇とは?」

「体に淡く光った、何か文字の様なものが浮かんでいました」

「ふむ…」


 エスはアリスリーエルをよく見てみる。僅かな違和感を感じ目を凝らすようにすると、アリスリーエルに絡みつくような黒い靄の様なものが見えた。

 あれは何だ?

 その靄が何なのかはエスには理解できなかった。

 あとでリーナにでも聞いてみるとしよう。はぁ、こんな時でもなければもう少しこのファンタジーなものを観察できるのにな…


「その後、襲われるようになったと。年頃の女性としてはキツイ経験だったろうな」

「この国の大臣をしているレケンの提案で匿われることになりました。ここに匿われてからは男性に会うことがないので襲われるようなことは起きてませんが、この呪いの様な状態をなんとかしようとしてくださっているのもレケンだと世話をしてくれているメイドたちから聞いています」


 ほう、レケンの名が出てきたか。これはレケンの身辺を調べれば面白いものが見つかりそうだな。


「なるほどなるほど、それでは私は帰るとしよう。そうだ、興味深い話を聞かせてくれたお礼に面白いものを見せてやろう。こんな場所で退屈しているだろうしな」


 その表情に疑問を浮かべるアリスリーエル。エスは掌へ置いたカードをもう片方の手で隠す。そして、隠した手を動かすとカードがなくなっていた。どちらの手にもカードを持っていないことをアリスリーエルに見せる。驚くアリスリーエルの表情を見てさらにエスは続けた。ポケットからハンカチを取り出し、その中から一本のステッキを取り出す。そして、そのステッキをゆっくりと空中へ浮かせ触れることなく自在に動かす。その後、ステッキを空中に留めるとエスは指を鳴らした。ポンッとステッキは弾け無数の蝶になって窓から飛び出していく。驚き呆気にとられるアリスリーエルの表情を興味深く、そして満足気に眺めながらエスは壁際へと歩いた。


「それではな」

「待って!また、話をしに来てくださいますか?」

「ん?そうだな。一通り片付いたら来ても構わないぞ」

「では、約束です」

「ああ」


 寂しそうに微笑むアリスリーエルとそんなやり取りをし、エスは壁を抜け尖塔の外へと出ると眼下に見える城の壁を見ながら呟く。


「さて、レケンを調べる理由が増えたところで本来の目的である身辺調査といってみようか!」


 エスは壁、そして空中を歩き城の窓へと辿り着く。開いている窓から中の様子を窺い、誰もいないことを確認すると中へと忍び込んだ。


「当初の予定通りレケンのところへ行くとしよう。約束を果たすためにも見つかって捕まるわけにはいかないな」


 アリスリーエルとの約束を守るためにも、誰かに見つかることは許されない。そんな思いを胸にエスは数時間前に訪れたレケンの部屋を目指した。


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