奇術師、悔しくて仕返しする
少し待っていると、演目が始まった。様々な曲芸を披露するサーカス団のメンバー、演目を見ながら沸く観客たち、エスたちも演目に魅入っていた。いくつかの演目を見終わり、ふと疑問に思ったことをエスが呟く。
「もしかして、このサーカス団には調教師のような者がいないのか?」
その言葉を隣で聞いたリーナがエスを見た。
「あなた、サーカスを見たことあるの?」
「ああ、前世で、だがな。こちらも同じような内容なのだな。所々で魔法が使われる以外は違いが殆ど無い」
「へぇ、でも何故調教師がいないって思ったの?」
「前世でよく見た動物たちが行う芸が無いからだ」
その後も演じられる曲芸の数々を楽しむ。ふと、曲芸を行っている一人を見てリーナがエスに小声で話しかけた。
「あれ、あの曲芸をしてるの、悪魔ね」
「ほう、リーナに会った時と同じ感じだな。同種か?」
「ええ、間違いないわね」
僅かに感じる妙な感覚。リーナに会ったことでそれが悪魔の気配だということは理解していた。リーナから感じる感覚と似た感覚を目の前で演じる曲芸師から感じる。現状、特に問題があるわけでは無いので、エスはそのままサーカスを楽しむことにした。
「もう一人はあのピエロか、こちらも同種だな」
「そうみたいね」
今度はステージでは玉乗りを失敗し観客の笑いを誘っている小柄なピエロがいた。そのピエロは一瞬エスたちの方へと視線を向けたが何事もなかったかのように、玉乗りを再開していた。
「曲芸師と道化師がここに居たのね。あの二人もあなた、奇術師と同じように少し前に滅ぼされたはずなのに、もう復活してるのね。顔が変わってたからすぐにわからなかったわ」
「ほう、あとで話でもしてみるとしようか。あの二人も私の様な転生をした者かもしれないしな」
「その可能性は無い、とは言い切れないわね…」
その後はのんびりと曲芸を楽しみ演目も最後となった時、先程の悪魔と思しき曲芸師が人が一人入りそうな大きさの蓋が開いている箱を台に乗せ現れる。その横ではもう一人の悪魔、道化師が観客に手を振りながら歩き途中で派手に転んでいた。エスと曲芸師の目が一瞬合う。
「ほう、何か面白いことをしてくれるようだぞ」
「え?どういうこと?」
「曲芸師め、挑発するような視線を私に向けてきた」
「あんまり目立たないでよね…」
「私には無理な話だな」
「はぁ、それもそうね…」
ステージの中央で用意された箱の中に道化師が入り蓋が閉じられる。少しすると曲芸師が一本の剣を取り出し箱へゆっくりと刺していった。すると、箱の蓋が勢いよく開く。中から先程入ったばかりの道化師が尻をさすりながら立ち上がり、剣を刺した曲芸師へと怒りをぶつけるジェスチャーをしていた。それを見て観客は笑っている。
再び道化師が箱に入り、ゆっくりと剣が刺される。今度は道化師が飛び出してくることもなく剣は箱を貫いた。観客は息を呑みステージを見ていた。唐突に曲芸師が箱に刺された剣を勢いよく引き抜き、その剣を観客席の後にいつの間にか現れていた大きな風船へと投げる。大きな破裂音を響かせ風船が割れ、中から先程箱に入ったはずの道化師が現れた。投げられた剣はテントを補強する木の柱へと突き刺さっている。
その音に驚いた観客が耳を塞ぎ、風船から現れた道化師を驚いた表情で見つめていた。少しの間をおき、観客たちから歓声が巻き起こる。道化師は観客に手を振りつつ裏手の通路へと歩いて行った。
「フ、ハハ、やってくれる…」
一人呟くエスの言葉は歓声にかき消された。
僅かな魔力を感じるということは魔法か。だが、これに気付けるものはそうそういないだろう。完全に私に対しての挑発だな…
ステージに残っていた曲芸師は、観客が自分の方へ視線を移すのを待って深々とお辞儀をすると、持ってきた台を押してステージから下がろうとした。しかし、そこで異変が起こる。
台の上に置かれた箱、その蓋の隙間や剣で開いた穴から煙が噴き出した。曲芸師は驚き、思わず台から手を放し後退る。少ししてポンッという軽い音と共に箱の蓋が開き煙が箱の周囲を覆い隠した。煙の中に薄っすらと人影が現れ、その人影はゆっくりと立ち上がると腕を広げる。すると、広げられる腕と同時に勢いよく煙が散った。
「私、参上!」
そこには両手を広げ天を仰ぐエスが立っていた。その姿を見て曲芸師は苦笑いを浮かべる。リーナと姉妹がエスの座っていたはずの場所を見ると、薄っすらと空中に消えていくエスの姿があった。観客たちは突然現れたエスを見て言葉を失っていた。
「これは幻惑魔法、気付かなかった…」
頭を抱えるリーナの肩をポンポンと叩くサリア。その表情には諦めが見て取れた。
「何やってんだ、エス!」
ステージに向かい叫ぶターニャ。
曲芸師は気を取り直し、台を押して舞台裏へと消えていく。その間、エスはそのままの恰好で台の上に立っていた。
その後、サーカスは終わり観客たちは帰っていく。エスはまだ観客席に戻ってきていなかった。リーナたちも一旦テントから出るため立ち上がる。背後から視線を感じた三人が振り向くと、関係者用と思われる扉から顔を覗かせている道化師がいた。道化師は三人の視線がこちらを向いたことを認識すると、こちらへ来いと手招きを始めた。リーナたちは誘われるままに道化師の元へと歩いた。
「エスのところへ案内してくれるのかしら?」
リーナの言葉にコクコクと頷く道化師、三人は警戒しながらも道化師の後に続き扉の奥へと入っていった。観客席を回るように続く通路を進むと、演者の待機場所と思われるスペースへと辿り着く。休憩用にいくつかの長テーブルと椅子が置かれており、そこにエスが座り何かを飲んでのんびりしていた。その対面にはエスを台に乗せ運んでいった曲芸師が座って同じように何かを飲んでいる。
「おお、遅かったな。道にでも迷ったのか?」
「エス、観客席からここまで一本道だ。迷うことはないだろ?」
「道に迷う者というのは、迷わない者の予想を裏切るものだぞ。まっすぐだと言っているのに曲がったりな」
「マジか…」
エスと曲芸師のやり取りを聞きながら、道化師は部屋の奥へと歩いて行った。取り残されたリーナたちは茫然と様子を見ている。
「何を突っ立っている。座ったらどうだ?」
「自分の部屋みたいに寛いでんな!」
ターニャの怒りにも肩を竦めるだけのエス、それを見て曲芸師は笑っていた。
「なんだよ、俺と違って楽しそうじゃねぇか」
「ふむ、退屈はしてないな。とは言ってもまだまだ短い付き合いだが」
「そうなのか?」
曲芸師と会話をしながら、エスはリーナたちを手招きし椅子に座れと促す。
「まったく、この短い間に随分と仲良くなってるじゃない?」
リーナは座りながらエスと曲芸師を交互に見て呟いた。
「久し振りじゃないか舞踏家。ローブを羽織ってるから気付きにくかったが、その雰囲気は隠せないな。いつからエスと一緒にいるんだ?」
リーナは普段、ローブを羽織って踊り子特有の煽情的な服装は隠している。【舞踏家】の力を使うときや、踊り子として行動するとき以外では逆に目立ちすぎるためだ。
「リーナよ。数日前からかしら、あなたはエスと違って滅ぼされる前の記憶はあるのね?」
「ん?当然だろ?」
曲芸師とリーナのやり取りを聞きながら、サリアとターニャの姉妹も椅子へと座った。
「そちらのお嬢さん方は初めましてだな。俺は曲芸師サルタール。んで…」
サルタールと名乗った男が視線を移す。全員がその視線を追うと、そこにはトレーに人数分の飲み物を乗せた道化師が今にも転びそうな足取りで歩いてきていた。
「あいつは道化師パッソだ。パッソは【道化師】の力の影響で喋れないからそのつもりでな。パッソ、他の連中にこの部屋には入らないように伝えてくれ」
サルタールの言葉を聞き、パッソは姿勢を正し敬礼の様な恰好を取る。当然、手に持っていたトレーは床へと落ち飲み物が床に染みを作る。パッソはあたふたしながら片付けを始めた。
「喋れないのに伝言か?」
「まあ、そこは慣れだ。ジェスチャーでも紙に書いてもいいしな。団の連中は慣れっこだよ。それよりも、そっちの二人は人間みたいだが、俺たちのことは知ってるのか?」
「サリアとターニャだ、悪魔という程度は知ってるな。二人は部屋から出した方がいいか?」
軽く二人を紹介するエス。エスとサルタールのやり取りを聞き、サリアが口を開いた。
「私にも知る権利はあると思うわよ」
「姉さんが聞くなら私も聞くぞ」
姉妹は退室する気は無いようだった。ため息をついたサルタールは二人に向けて話す。
「いいか、聞いたら今までの生活に戻れないかもしれないぞ?教会にも目を付けられるだろうしな」
「あら?教会にはすでに目を付けられているわよ。エスと一緒にいたせいで」
そう言って笑うサリアから、サルタールはエスへと視線を移し問いかける。
「どういうこった?」
「ああ、グレーススで聖騎士を揶揄ってやっただけだ。今頃一生懸命街道を歩いているんじゃないか?」
「俺たちの天敵である聖騎士を揶揄うなよ…」
頭を抱えるサルタール、徐に立ち上がったエスがサルタールの肩に手を置く。サルタールが顔を上げると満面の笑みでエスは一言告げた。
「今更だ」
「おまえが言うなよ!」
サルタールの怒鳴り声が部屋に響いた。