奇術師、王都を訪れる
グレーススから王都まで徒歩5日の距離、あまり目立ちたくないエス以外の三人は王都へ向かう馬車を探していた。幸いなことに目的の馬車を見つけることができた。交渉の結果、王都まで乗せていく代わりに護衛を受け持つこととなった。大したことではないので、その要求を四人は快諾する。
王都への旅路は順調そのものだった。途中、モンスターや野盗に襲われることもなく残り1日程度のところまで来ていた。
「おお、見渡す限り畑か?すごい広さだな」
「この辺り一帯は王都や周辺の街で食べる野菜なんかが作られているわ」
「あら?なんか前に見た時より農家の方たちの活気が無いように見えるわね」
「そうなのか?姉さん」
「気のせいかもしれないのだけど…」
そんなやり取りをしつつ王都への道を進む。そして翌日、眼前には巨大な城門そこから左右に城壁が伸びている。
「ほほう、威圧感がすごいな…」
「この辺りは時々、強いモンスターがくるから他の都市よりも城壁が立派なのよ」
ディルクルム、グレーススと比べると大きさも作りも違う城壁を見て呟くエスにリーナが説明していた。
「そんなところに王都など作ったのか?」
「ここがこの国の始まりの場所なんだ」
「他に安全な場所があったとしても王都を変えることだけはしなかったわね」
エスの問いに答えたのはターニャだった。それにサリアが続く。馬車はそのまま城門へと向かっていった。
城門で身分証の提示を求められ、エスたちは冒険者カードを見せ通過した。
「それじゃ、おじちゃんありがとなー!」
ターニャは御者をしていた男に礼を言って手を振っていた。エスたちは馬車から降りている。御者の男もターニャに手を振りながら目的地を目指し馬車を走らせた。
「さて、宿を探しましょうか。しばらくは王都に滞在するのでしょ?」
「そうね、お金はあることだしそこそこいい宿を探しましょう。確か中央通り沿いにいい宿があったはずよ」
リーナとサリアが先を歩く。それにエスとターニャがついて歩いていた。エスは興味津々であちらこちらを見ている。街を歩く人々は人間だけではなく獣の耳や尻尾を生やした者、二足歩行の獣といった風貌の者など容姿も様々だった。また、店先にも様々な物が並び賑わっていた。
「エス、田舎者っぽいぞ」
「いやぁ、見たことない人や物がいっぱいだ。獣人というのか?私は初めて見た、いやぁファンタジーだ」
「相変わらずだな。あんまりジロジロ見るなよ、失礼だろ」
「おお、ターニャが真面目だ。初めての都会で緊張しているのか?」
「んなわけあるか!」
エスがターニャを揶揄っていると、立派な外観の建物の前でリーナとサリアが立ち止まっていた。
「二人とも遊んでないでこっちよ」
リーナの声を聞き、エスとターニャはそちらへと歩く。目的の宿を見つけた四人は中へと入る。他の街で見た宿と同じように一階は受付と食堂になっていたが、この宿が一番広いかった。
「部屋割りはどうするの?」
受付に向かう途中、リーナが問いかけてきた。
「好きにすればいい」
「私たちも今更よね。エスさんが私たちに手を出すようなことは無さそうだし、一部屋の方が安く済むでしょう?」
「そうか?」
そう言ってターニャはエスを睨む。
「そうだな、ターニャはもう少し成長…」
「なんだって?」
「いやぁ、怖い怖い」
部屋を取るのをリーナたちに任せ、エスは食堂へと来た。今は食事時ではないが、殆どの席が埋まっており盛況なようだ。とりあえず休憩がてらエスは空いているテーブルへと座る。そこへリーナたちも合流した。
「とりあえず部屋は取ったわよ」
「おお、ご苦労さん」
そう報告しながらエスの隣にリーナが座る。対面に姉妹が座った。
「すごい人だね、姉さん」
「前来た時はこんなに人がいなかった気がするんだけど…」
あまりの人に辺りを見渡すターニャ。そして、以前との違いに困惑するサリアだった。しばらくすると、店員らしき姿の女性が近付いてきたため、いくつか食事を注文する。
「いつもこんなに人が居るのか?」
エスは店員の女性に疑問を投げかける。店員もよく聞かれるのかすぐに答えてくれた。
「いつもはここまで人はいないよ。最近は王都も暗い話題が多かったせいで人が減ってたけど、今はサーカス団が来てるからそれ見たさに人が集まってきてるね。あなた達もサーカス団を見に来たんじゃないの?」
「いや、初耳だが。面白そうだ、見に行ってみよう。いい情報をありがとう」
話が終わると店員は厨房の方へと向かった。
「サーカス団か。よし!見に行くぞ」
「そうね、今のところ目的も無いのだし見に行きましょう」
エスの言葉にリーナも同意する。姉妹も文句は無いようだった。
「私、サーカスを見るのは初めてだわ。噂だけは聞いたことがあったのだけど…」
「姉さん、依頼で色々な場所に行ってたわりには見たことなかったんだ」
「依頼の方が優先でしょ?」
しばらくして、先程の店員が料理を運んでくる。サーカス団について詳しく聞こうとエスは店員へと視線を移す。
「店員さん、サーカス団とやらは何処にいるのだ?」
「北の城壁近くに使われなくなった農地があって、そこにド派手なテントを建ててるよ。入場料は一人当たり銅貨3枚だったかな?」
「なるほど、ありがとう」
店員へと礼を告げ、四人は食事を済ます。
現在の時刻は夕方、まだ宿でのんびりするには早すぎるということで、早速サーカスを見に行くこととなった。王都観光がてら、店員に聞いた場所を目指し歩いていた。大通りを歩く四人の目の前には円形の大きな広場があった。そこから東西南北に大きな道が伸び、広場には円形に街灯が並ぶ。住人や旅人たちが思い思いにその広場で過ごしていた。広場の端には串焼きなどの屋台も出ている。
「ここは相変わらずねぇ」
サリアの呟きを聞きながらエスたちは広場を通り過ぎ北へと向かう。しばらく歩くと農耕用の土地が広がる地区に出る。遠目に大きな派手な装飾のされたテントが見えていた。その風景を見ながらエスとリーナは足を止める。
「おや、この感じは…」
「いるわね。しかも二人…」
足を止めた二人の前方から、それに気付いたターニャが呼んでいる。二人の会話は姉妹には聞こえていなかった。
「おおい、おいてくぞ!」
「やれやれ、せっかちだな…」
「なんだと!」
エスとターニャは再び歩き出す。二人の感じた感覚、それはサーカス団のテント方面に自分たちと同種の存在、つまり悪魔がいることを表していた。
「さてさて、何が出るかな?のんびりサーカスを見ることができればいいが…」
エスは周りに聞こえないように呟き三人の後に続いた。
四人の目の前には巨大なテント、サーカスが行われているテントがある。入口と思われる場所では並んでいる人々が見受けられた。エスたちもそこへ並ぶ。順番を待ち、入口で入場料を払い中へと入った。
「おお、意外に広いのだな」
「あの辺りが空いてるみたいだぞ」
ターニャの指差す方を見ると、四人が座っても余裕がありそうなスペースが空いていた。そこへと移動し、サーカスの始まりを待つ。
「ふむ、運よく始まる前に入れたようだな」
「サーカスなんて初めてだ」
「そうね。人から聞いただけで、私も初めて見るから楽しみだわ」
エスと姉妹はテント中央のステージを見ていた。ただ一人、リーナだけは観客たちを見まわしていた。