奇術師、魔法を使ってみる
「こんなところで剣を振り回すとは。聖騎士というのは非常識なのだな」
「悪魔を殲滅する以上に重要なことなどない」
「やれやれ…」
エスはリンドの振るう剣を避け、鎧の襟首に当たる部分を掴むとギルドの入口目掛け放り投げた。リンドは勢いよくギルドの外へと転がっていく。
「遊ぶなら外で遊びなさい」
「貴様!」
ゆっくりと歩きながらギルドを出てくるエスの言葉に、リンドは怒りをあらわにする。他の冒険者たちはギルド内からその様子を見ていた。突如転がってきた聖騎士を見て、ギルド前を歩いていた住人たちも足を止め様子を窺っている。徐々に人垣ができ始めていた。
「ところで、えっと、リンゴ君?刃物を振り回したら危ないとご両親に教わらなかったのかな?」
「俺の名前はリンドだ!悪魔風情が常識を語るな」
「はあ、何故そこまで悪魔を目の敵にするのだ?いや、まあ『強欲』の悪魔のことを考える限りなんとなく想像はつくが…」
エスは目の前のリンドが悪魔の契約によるなんらかの被害を受けている可能性を考えていた。身近に契約者による被害にあった者がいるか、契約によって魂を奪われた者がいたのかもしれないと。しかし、後者は自業自得だとエスは考える。
「まあ、君の過去や悪魔との因縁にはさほど興味は湧かないな。ただ、私は君自身に用がある」
「なんだと?」
「ちょっと実験台になってくれたまえ」
そう言って笑うエスにリンドはさらに怒りを強くする。
「そう怒るな。『憤怒』は大罪ではないのかね?」
「チッ!」
舌打ちと共に怒りを表情から消したリンドが剣を構え走る。それを見ながらエスは自分の予想があながち間違っていないと考えていた。
なるほど、あの反応を見る限り『憤怒』は大罪ということで間違いないか。そうなると『強欲』に『憤怒』、悪魔は七大罪の系統があるということで間違いないだろう。七聖教会、七か。リンドは『正義』といっていたな。おそらく聖騎士、いや教会は七元徳を掲げているのだろう。二十三位というのはよくわからんが…
振り下ろされる剣をエスは避けなかった。人が切られたと周囲から悲鳴が上がる。
「滅したぞ!」
そう口にするリンドの背後に、空中から溶け出すようにエスが姿を現しポンッとリンドの肩を叩く。
「フッ、残像だ。ククク、言ってみたかった言葉だな」
エスの言葉に反応するように、リンドが切ったエスは煙になって消えた。その煙に僅かな魔力をリーナが感じ取っていた。
「幻惑魔法…」
リーナの呟きは戦う二人の耳には届かない。リンドは背後のエスに向かい振り向きざまに剣を振るう。しかし、エスはそこには居らずリンドの剣は空を切るだけだった。
「どこへ行った!?」
「私は先程から後ろにいるよリンボ君」
エスはリンドの背後を移動し、視界に入らないようにしていた。
「俺の名前はリンドだ!」
再び振り向きながら振るわれる剣を、今度は背後に飛び避ける。距離が取れたことでリンドは剣を構え直した。
「貴様ぁ、わざと名前を間違えているだろ!」
「いやいや、失礼。ふむ、もう一つ実験に付き合ってもらうとしよう」
「なんだと!」
そんなやり取りをしていると、人垣をかき分けサリアとターニャの姉妹が姿を現した。
「はあ、エスがまた問題起こしてる…」
「あれは聖騎士?噂になってるとはいえ、やけにエスさんのところへ来るのが早いわね…」
姉妹の言葉が聞こえたのかリンドは二人の方を向く。
「貴様らはこの悪魔の信奉者か!悪魔の関係者は殲滅対象だぞ!」
「あら?エスさんは私たちの仲間ですよ。私、あなたたち聖騎士って正直嫌いなのよね…」
「姉さん…」
サリアのあからさまな嫌悪の言葉に再び怒りをあらわにしたリンドは姉妹の方へと走る。嫌な予感がしたエスは素早く姉妹とリンドの間へと回り込んだ。
「どけ!悪魔」
回り込んだエスへとリンドは剣を振り下ろす。その剣はエスの腕へと当たった。斬り飛ばされた腕が宙を舞い、乾いた音を上げ地面へと落ちる。
「ギャー腕が…」
斬られた腕を押さえながら、エスは叫び声をあげる。その姿を見て笑みを浮かべるリンドだったがエスの様子に違和感を感じた。
「腕が生えてきたー!」
エスがそう叫ぶと同時に、斬られたはずの腕がまるで生えるかのように一瞬で現れる。斬られたはずの服の袖も無事だった。
「どういうことだ…」
状況が理解できていないリンドの呟きを無視し、エスは落ちている腕へと歩きそれを拾い上げる。それはデッサン人形の腕と同じ形をしていた。そして、それをひらひらと揺らしながらリンドへと向き直った。
「腕を斬ったと思ったかね?いや確かに斬っていたよ。人形の腕だがな!しかし、木製では地面に落ちた際に違和感のある音が鳴ってしまうな、次回からは気を付けよう」
「馬鹿な、いつすり替えた!」
「フハハハハ、奇術師が種明かしをすると思っているのかね?ヒミツだよ」
手に持った偽物の腕をエスは徐にポケットへと入れる。するとスルスルと飲み込まれていき全て入ってしまった。入れられたポケットも中には何も無いかのように膨らんではいなかった。
「さて、私の仲間に手を出そうとするなら容赦する必要はなさそうだ。君を見る限り七聖教会とやらは面倒な人間の集まりのようだし禍根を残すようなことはしたくなかったのだが…」
そこまで言うと、エスは目にも止まらぬ速度でリンドの背後へと回り込む。周りで見ていた見物人も、聖騎士であるリンドですらエスの姿を見失っていた。エスは気付かれる前に大きな布をリンドの頭から被せるため、その頭上へと広げる。
「あまり恨まないでくれたまえ。そして出来れば二度と私の前に現れないでほしいな」
当のリンドは背後から聞こえた声に驚き振り向くが、既に布が視界を白く染め上げていた。布はリンドを飲み込むとそのままふわりと地面へと落ちる。そして、エスの鳴らした指の音に反応し一瞬で燃えて消えていった。
「なかなか揶揄いがいのある青年だったな。幻惑魔法のみと、【奇術師】と幻惑魔法を組み合わせての使用に関していい実験ができた。快く実験にも付き合ってくれたし、今度会った時は彼に酒でも奢ってあげるとしよう。ん?未成年では、ないよな?」
独り言を言っていると、近くにいたサリアとターニャ、ギルド方面からリーナとボヌムの二人が歩いてきた。
「全く、目を離した隙にまた問題を起こして」
「これはエスさんのせいではないかもしれないじゃない?」
姉妹の言葉を聞き、リーナが歩きながら状況を説明し始めた。
「エスのせいで間違いないわ。聖騎士がいるって聞いても面白がってギルドに戻ってきたのだから」
「仲間だと思ったのだが、このお嬢さん方は私の敵なのか?」
「まあ、結果的に被害が全く無かったわけだからいいだろ。それよりもエス、奴は何処に行ったんだ?」
ボヌムはエスに、消えたリンドの行方を問いかけた。場合によってはそれが大問題に発展する可能性もあると感じたからだ。
「なあに、ディルクルムから歩いて半日程度の距離にある草原のど真ん中だ。ちょっと行ったことがあったのでな。ゴブリン程度なら現れるだろうが奴の実力なら無事に街まで行けるだろう」
「そうか、ならいい」
「それよりも報酬を貰おうか。やつのせいでまだ貰っていないからな」
エスはギルドへと向かい歩き出す。その後ろを姉妹とリーナが続いた。その姿を見て、ボヌムはこいつなら人の敵になることは無いだろうと感じていた。しかし、同時に不安を覚えていた。聖騎士は位階の数が小さいほど実力がある。その位階が二十三位の聖騎士を単独、しかも無傷であしらってしまうような悪魔が、いつ人間に牙を剥くのかと。そうなってしまっては街が滅びる可能性があると感じて。
エスたちは報酬を受け取り宿へと向かう。リーナが部屋を取っている宿に三人も泊まることとした。
翌朝、四人は集まり宿の食堂で朝食を食べていた。
「さて、ここでの用も済んだし王都に向かうとしようか」
「そうだな。お金もあるし」
「ええ、リーナさんはどうするの?」
「私も一緒にいくわ。コレがまた何かしでかすかもしれないしね」
そう言ってエスを指差すリーナだった。それを見てターニャも頷いている。
食事を終え、四人はそれぞれ旅支度をし宿を出た。