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奇術師、鬼と狐を撃退する

 危機感をいだき、酒呑童子はエスへと金棒を振り下ろす。だが、金棒に手応えはなくエスの体は霧散した。その瞬間から、酒呑童子の周囲に霧が広がり足元の地面以外は白一色の世界になってしまった。


「これは、奇術師の魔法か…。チッ!」


 右手側の霧を抜け、サリアが槍を構え突進してくる。それを金棒で反らし反撃しようとするが、すぐにサリアの姿は霧の中に消えてしまった。


「玉藻前!この霧をなんとかしろ!」

『無理ジャ。コノ霧ハ奴ノ魔力デ発生シテオル。術者ヲ倒ス以外ニ消ス方法ハナカロウ!』

「使えん!」


 自分よりも魔法、魔力に詳しい玉藻前を頼ってはみたが、帰ってきた答えは不可能だった。酒呑童子は霧を晴らすことを早々に諦め周囲を警戒する。目だけでなく、音や空気の流れを読むべく集中していた酒呑童子の視界、霧の中に人影が見えた。大きさからして、エスのものであることがわかる。


「そこか、奇術師!」


 素早く振り下ろされた金棒は、ほんの僅か霧を散らすだけで空を切った。散った霧もすぐに元通りになってしまう。


「チッ!」


 動きを止めた酒呑童子へと迫る二つの人影。ミサキとサリアが両脇から酒呑童子へと飛び掛かってくる。近づいてからしか、その姿を確認できないため、酒呑童子はギリギリで回避することしかできなかった。ミサキの拳とサリアの槍が、先程まで酒呑童子が立っていた地面を砕くと、すぐさま二人の姿は霧の中へと消えてしまった。


「奴らにはこちらの姿が見えているのか。厄介な」


 金棒を横薙ぎに振るうが、一瞬だけ金棒の軌道上の霧が消えるだけですぐに元通りになってしまう。予想通りか、と嘆息する酒呑童子に、今度はリーナとターニャが斬りかかってきた。予想外の相手に驚きはしたが、余裕を持って二人の攻撃を躱す。


「玉藻前、貴様の相手がこちらに来ているぞ!」

『ソレハ、オ互イ様ジャ!』


 玉藻前の言葉から、エスたちは狙いを絞らずに攻撃してきていると判断できた。


「おまえの無駄に多い尾で霧を払えんのか?」

『貴様ッ!無理ジャ。スデニ試シテオル』

「いったい何だというのだ、この霧は…」

「それは、私が説明してやろう」


 霧の中から酒呑童子の呟きに答えたのは、ここまで静かにしていたエスだった。


「この霧は私の魔力でこの場に定着している。君たちが頑張って金棒や尾を振っても晴れることはない。ああ、一つアドバイスをしてやろう。強い風を起こしても無駄だから、別のことに力を使うとイイぞ」


 再びエスは沈黙する。だが、声のした場所に薄らと人影が見えた。エスのものであると確信した酒呑童子が殴りかかる。今度は空を切る感触ではなく何かにあたって金棒は止まった。


「何っ!?」

『何ノツモリジャ!』


 酒呑童子の金棒を止めたのは、玉藻前の尾の一本だった。


「貴様、奇術師を庇ったのか!」

『アルワケナカロウ。貴様コソ、何故奇術師ノ所ニオルノジャ?』

「フハハハハ、ここは、私のために争うのはやめて!とでも言うべきか?」


 実に楽しそうに笑うエスの声に、酒呑童子と玉藻前は苛立ちを募らせる。

 酒呑童子が翻弄されている頃、同じように玉藻前もエスたちに翻弄されていた。目の前にチラチラと現れる人影、それを叩き潰すために尾を振り回すが、悉く防がれ避けられていた。人影は基本的に一人分しか見えないが、時折複数現れることもあった。埒が明かないと、玉藻前は尾を無差別に振り回し地面に叩きつけ始めた。

 玉藻前が暴れる音を聞きながら、酒呑童子は巻き込まれないようにと玉藻前から距離を取る。少しして、自分に迫る人ひとり分の太さのある蔓が向かってくるのを確認した。その太さから、蔓というよりは蠢く大木の様だった。その数五本、それらが一斉に自分に向けて伸びてきた。直撃すればただでは済まないと感じ、酒呑童子は回避に専念した。


「あの女の力か…」


 迫る巨大な蔓は、アリスリーエルの仕業であろうと考えつつ躱す酒呑童子に対し、今度はリーナとターニャ、サリアとミサキが絶え間なく襲い掛かってくる。それらを躱し、いなしていく。だが多勢に無勢、直撃ではないにしろ徐々に酒呑童子の体に傷ができていった。


「なるほど、奇術師の狙いはこちらか…」


 エスの言った「まずは、君から退場してもらおう」という言葉を思い出していた。ならば、玉藻前は自由に動けるのではないかとも考えられたが、エスのことだ、そちらも手を打っているのであろうと考えられた。

 徐々にエスの仲間たちからの攻撃が激しくなっていく。玉藻前の方を気に掛ける余裕もすでにない。そして、ついに酒呑童子は頭上から振り下ろされた蔓の一本を避けきれず直撃を受けた。叩き潰されるように地面へと倒された酒呑童子に、次々と蔓が振り下ろされる。血を吐き、動きを止めた酒呑童子に気づいたのか、蔓がそれ以上振り下ろされることはなかった。瀕死の重傷を負った酒呑童子の耳に、驚きの言葉が聞こえてきた。


『カカカ、奇術師!手応エアッタゾ。ドレ、ソノ面拝ンデクレヨウ』


 酒呑童子の耳に、今度は人が歩いてくる音が聞こえる。霧の中、段々と濃くなっていく人影が見えた。しばらくして霧の中から現れたのは、玉藻前が口にした奇術師、エスの姿だった。どういうことだ、と声を出そうとするが口から出たのは血だけだった。ただでは死ねぬと、手にしたままの金棒を死力を尽くしエス目掛けて投げつける。力尽き倒れる酒呑童子が見たものは、金棒がエスの頭を砕く様子だった。


「してやった、ぞ…」


 そう言って気を失いかけた酒呑童子の耳に、悲鳴とも咆哮ともとれる叫びが聞こえた。


『ギャアアアアァァァァァァ!!』

「玉藻前か!?」


 辛うじて声を出し、体を起こそうとするが気力だけではどうすることもできない。

 そんな二人、いや一人と一匹の耳にパチンッと乾いた音が聞こえた。同時に周囲の霧が一斉に晴れていく。霧が晴れ酒呑童子が目にしたのは、鼻の頭から血を流す玉藻前の姿だった。地面には血に濡れた愛用している金棒が転がっている。それを見て、酒呑童子は気づいた。自分がエスだと思い金棒を投げつけた相手は玉藻前だったのだと。一方、玉藻前も霧が晴れたことで理解した。自分が尾で叩き潰したと思った相手はエスではなく、味方である酒呑童子だったのだということを。

 戸惑う一人と一匹の耳に、手を叩く音が聞こえそちらへと視線を移した。どこから用意したのか椅子に座りテーブルに置かれたケーキ類を食べるエスたちの姿があった。所謂、お茶会をしていたのだ。


「フハハハハ、なかなか愉快な見世物だったぞ」


 椅子から立ち上がったエスは、ゆっくりと一人と一匹に向かい歩いていく。その背後ではエスの仲間たちが楽し気にしていた。


「流石に、これは性格悪すぎだと思うわよ…」

「ま、あたしたちは見てるだけで済んだんだし、いいんじゃない?リーナは真面目過ぎ」

「ミサキ、あなた食べ過ぎよ」

「あたし『暴食』だしぃ」


 リーナとミサキは軽い口喧嘩をしつつも、目の前のケーキ類に手を伸ばすのを止めていない。一方、アリスリーエルとサリア、ターニャの姉妹はのんびりと食事をしていた。


「姉さん、これおいしいよ」

「あら、本当ねぇ」

「それにしても、すごい魔法でした。わたくしも精進しないといけませんね」


 姉妹は楽し気に食事をし、アリスリーエルはエスの使った魔法を見て、自分も頑張らねばならないと口にした。

 歩いてくるエスに警戒し、玉藻前は尾を振り上げていた。身動きの取れない酒呑童子は、それを見ていることしかできない。


「まあ、そう警戒するな。私の新しい魔法の実験台になってくれたのだ。これ以上何もしないのであれば自分の国に帰るくらい見逃してやるぞ?」

『見逃ス、ダト!?』

「ああ、徹底的にやるというのであれば、私も相手をしてやるつもりではあるが、できれば帰ってほしいな。実に面倒だ」

『貴様ッ!?』

「待て…」


 尾を振り上げる玉藻前を酒呑童子が止める。このままやり合っても、冷静さを欠いた玉藻前ひとりでは勝ち目などあるわけがないと考えたからだ。


「奇術師…」

「エスだ。奇術師と呼ばれるのはあまり好きではないな」

「答えるとは思わぬが、我らに何をした?」

「ふむ、命乞いでなくタネ明かしを望むのか。いいだろう、教えてやろう。その前に、君はその自分の仲間をボコボコにした尾を下ろしてくれないかな?」


 エスは玉藻前へと視線を移した。エスの言葉を聞き玉藻前は、先程エスだと思い尾で打ちのめした相手が酒呑童子だったこと悟る。尾をゆっくりと下したところで、エスは一つ頷き説明を始めた。


「まず、君たちが戦っていた相手は、君たち自身だ。途中で気づくと思ったのだが、予想以上に会話がなくてビックリしたよ。君たちがもう少しコミュニケーションを取っていれば、違和感に気づいたと思うのだがな。まあ…」


 エスは笑みを深める。


「魔法を使う前に君たちのやり取りを観察してみて、それはしないだろうと確信してはいたがね」


 エスは、魔法で霧を発生させる前の段階で、酒呑童子と玉藻前が自分の考える手に引っかかってくれると確信していた。


「あの霧は、視界を奪うのと同時に霧を抜けた物に対する視覚情報を偽装する効果があったのだよ。例えば、狐君の尾が鬼君の目から見える位置まで行くと、巨大な蔓や私の仲間たちに見える、といった具合にな」

「…そうか。だから、最後の一斉攻撃に貴様はいなかったわけだ…」


 酒呑童子が言うように、最後自分に襲い掛かってきたのは蔓が五本にリーナとミサキ、サリアとターニャだった。アリスリーエルは蔓の操作のため離れているのだろうとは思っていたが、よく考えてみればエスの姿はなかった。計九体、玉藻前の尾の数と等しい。


「それもヒントだったのだが、気づかなかったな。そして、狐君が見ていた私の姿、あれは鬼君だ」

『ナッ!?余ガ貴様如キノ魔法ニ惑ワサレタトイウノカ!?』

「その通りだが、なあ、鬼君。こいつ意外と頭が悪いのか?」

『キッサマ!』


 一本の尾がエスに叩きつけられるが、ひらりとそれを躱し説明を続ける。


「あの霧にはもう少し仕込みがあったが、それは秘密にさせてもらおう。まあ、結論だけ言えば、君らは同士討ちをしていたというわけだ。私たちは優雅に休憩しつつ、それを眺めていただけ。おかげでこちらは気力十分。そちらは、狐君が疲労困憊、鬼君に至っては瀕死だ。さあ、選択したまえ」


 エスは両腕を広げると、霧を発生させた時と全く同じ表情を浮かべた。再び何かされるのかと警戒する酒呑童子と玉藻前であったが、自分たちの現状は圧倒的に不利である。玉藻前は、酒呑童子を一瞥すると振り上げていた尾を下ろし人型へと変化した。


「わかった。我らは引こう。引くのであれば、手出しせぬのだろう?」

「ああ、約束しよう」

「酒呑童子よ、立てるか?」

「無理だな」

「仕方ない」


 玉藻前の尾の一本が伸び、酒呑童子に巻き付くき持ち上げた。


「この借りはいずれ返させてもらうとしよう。奇術師よ、妖異国で待っておるぞ」

「ふむ、歓待してくれるのであれば是非立ち寄らせてもらおう」


 エスの言葉に頷いた玉藻前の背後に、人ひとりが通れる程度の漆黒の半円が現れる。その中に玉藻前が入り、続いて尾に掴まれたままの酒呑童子が入っていくと半円は地面に吸い込まれるように消えた。エスはその一部始終を興味深げに観察していた。


「あれが転移の魔法…。否、感じたのは妖力だから妖術といったところか?」


 今の妖力の流れを魔力に変えれば、同様の効果が望めるかもしれない。そう考えるエスは新しい玩具を手に入れた子どものように、楽し気な笑みを浮かべていた。

 エスは振り向くと、未だのんびりと寛ぐ仲間たちのもとへと歩いていった。


「君らも随分と余裕を見せるようになったものだな」

「そりゃねぇ」

「これまでも色々あったし」

「この程度であれば、エス様が何とかしてくださると皆さん信じているのですよ」

「エスさん、コレもう少しある?」

「食べすぎだよ。姉さん」


 好きなことを言う仲間たちに苦笑いを浮かべながらも、エスは空いている椅子へと腰を下ろした。


「さて、片づけて戻るとしよう。エルマーナが心配しているだろうし、大魔女の状態も気になるところだ。首都はこんなになってしまったが、大魔女が生存しているのだから建て直せはするだろう。立て直すまでちょっかいを出してこないように武王にも釘を刺しておく必要はありそうだがな」

「そうですね。一旦戻って話し合いましょう」


 エスにアリスリーエルが同意する。他の者たちも同意見なのか頷いていた。


「殺風景ではあるが、ちょっとしたお茶会といったところだな」


 周囲は建物の中に空いた広い空間、足元には瓦礫が散乱しており、見えるのは破壊された建物と頭上の青空だけである。ここが先程まで戦場であったのだから殺風景なのは仕方がないことだ。そのような場所ではあるが、エスたちは用意した飲み物やケーキ類を楽しんでいた。

 しばらくし、エスが立ち上がる。


「では、そろそろ戻るぞ」


 エスは全員が立ち上がったことを確認すると指を鳴らす。すると、テーブルや椅子が上に乗っているものも一緒に布に包まれ消えていった。今消え去ったテーブルや椅子などは、エスが自分の魔法の効果を見るとき、暇にならないようにと事前に用意していたものだった。一部、特にケーキ類などフォルトゥーナ王国の王城から調達したものも混ざっている。


「先程、狐君が面白いものを見せてくれたから真似してみよう」


 そう言って、何もないところにエスが手をかざすと、玉藻前が使ったものと違い濃い紫色をした半円が現れた。


「おや、色が違うのだな」

「ちょっと試してみてもいいですか?」


 一目見てエスが使った魔法の仕組みを理解したアリスリーエルが、エスが出した半円の横に手をかざすと今度は白い半円が現れた。


「魔力の流れは同じなのに、色が違うのはどういうことだ?」

「魔力自体の性質的なものでしょうか?」


 興味深い、と思いながらも今は戻ることを優先すべきである。


「これに関しては追々調べるとしよう。アリスの方は消して、私の方を使い転移するぞ」


 白い半円を消し、エスたちは濃い紫色をした半円の中へと入っていった。全員が入ると半円は独りでに、地面に吸い込まれるように消えていった。


年内多忙のため更新が滞ります 2021/12/15

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