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奇術師、鬼退治と狐狩りを始める

 壁に空いた穴から、巨大な何かがアリスリーエルたち目掛け突き出される。アリスリーエルが咄嗟に張った障壁で防ぎ動きが止まったことで、それが何かわかった。


「尻尾?」

「大きさが違う!」


 突き出された物を見て、ミサキとターニャが声をあげた。先程までの玉藻前の尾は人の胴程の太さではあったが、今目の前に突き出された尾は太さが人の背丈ほどある。


「このままでは、障壁が持ちません!」


 アリスリーエルの言葉を聞き、サリアが障壁の外へと飛び出し槍で尾を切り上げた。尾に傷がつくことはなかったが、上へと弾くことはできた。弾かれた尾は、突き出された時と同じ速度で穴の奥へと引き込まれていった。


「見た目の割に硬いわねぇ」

「エスがここいたら、何が起こったのか分かったかもしれないけど…」


 尾を切り落とすつもりだったサリアは、予想外の硬さに驚いていた。尾が大きくなった理由もエスならわかったのではないかと、リーナは口にする。

 尾が穴の奥に引き込まれて少しすると、巨大な何かが穴から這い出ようとしている音が聞こえてくる。それにアリスリーエルがいち早く気づいた。


「来ます!」


 何が現れてもいいように、全員が警戒を強め武器を構える。次の瞬間、穴から巨大な何かが飛び出してきた。それは、アリスリーエルたちの周囲を回るように暴れまわると、周囲の壁などを破壊し天井を突き破った。アリスリーエルたちの周囲は破壊しつくされ開けた空間が広がり、頭上には青空が見えていた。その状況を作り出した存在は、上空から墜落するような勢いでアリスリーエルたちの目の前に着地した。

 アリスリーエルたちはその姿を見て息を呑む。目の前に姿を現したのは、真っ白な美しい体毛で覆われた巨大な狐だった。目は金色に輝いており、憎々しげにアリスリーエルたちを睨んでいる。ゆらゆらと揺れる尾は九本、その尾と気配からして目の前の狐が玉藻前であることをアリスリーエルたちは理解した。


『余ノ身体ニ、傷ヲツケタ代償、ソノ命デ払ッテモラウゾ!』


 巨大な狐と化した玉藻前は空に向かい咆哮をあげ、アリスリーエルたちを喰い殺そうと駆け出す。だが、玉藻前はアリスリーエルたちに近づく前に、飛んできた何かが顔の側面に激突すると、その何かと共に横へと転がっていった。


「やれやれ、本性を現したのか。実に喧しい」


 何かが飛んできた方向、それが突き破ったのであろう穴を通りエスがゆっくりと歩いてきた。


「エス様!」


 アリスリーエルがエスのもとへと駆け出す。他の仲間たちもその後を追いエスの傍へと近づいた。


「警戒しておけ。アレはあの程度で死にはせんだろう。エルマーナとそっちの死にぞこないは?」

「大魔女様です」

「ふむ、エルマーナ!」


 大魔女を支えながら、ゆっくりと近づいてくるエルマーナにエスは声をかける。


「足手纏いだから自宅に帰りたまえ」

「はぁ!?」


 何を突然、といった様子で驚くエルマーナを無視しエスは指を鳴らす。いつものように現れる布がエルマーナと大魔女を包むと二人の姿を消してしまった。


「エス様、エルマーナ様たちは?」

「やつの屋敷に転移させた。私たちは狐狩りだ。ついでに鬼退治もしていこう」

「簡単に言うけど、私の槍でも尻尾すら斬れなかったわよ?」

「人型の時に全力でぶん殴ったけど、平気そうだった」

「フハハハハ、それはそれは骨の折れそうな狐狩りになりそうだな」


 そんな話をしているエスたちの目の前に、玉藻前と酒呑童子が姿を現した。


『奇術師メ、コケニシテクレタナ』

「少しからかわれた程度で、そうかっかするものではないぞ。あと、その声は聞き取りにくい。喋らなくて結構だ」

『貴様ッ!』

「玉藻前、落ち着け。怒ってしまえばヤツの術中だぞ」

『フンッ!』


 酒呑童子に言われ玉藻前もエスの考えを理解したのか、一旦落ち着きを取り戻す。


「やれやれ、邪魔するのに鬼を投げたのは間違いだったか」

「あれだけ、やり合えば貴様の考えもわかってくる」

「まあ、無能でなければそうだろうな。無能なら話は早かったのだが…」


 玉藻前がアリスリーエルたちに襲い掛かるのを感じ取ったエスが、酒呑童子を全力で蹴り飛ばし阻止した。その前のやり取りで、酒呑童子はエスの考えを読んでいた。そのことにはエスも気づいていたため、仕方がないと割り切っている。ただ、酒呑童子の冷静さが熱くなっていた玉藻前を落ち着かせたのは面倒だとエスは感じていた。


「アリスリーエルたちも、手に負えないならこちらに誘導しろと言っておいたであろう」

「ひ、人型の時は何とかなってたんだよ!」

「まあ、それは知っているのだがな。さて、狐と鬼、同時に相手。狐が本性を現してる時点で少々分が悪いか」


 エスは冷静に戦況を分析していた。本性を現した玉藻前相手では、アリスリーエルたちも手一杯であろう。そこに酒呑童子が加われば、予期せぬ事故が起こる可能性は非常に高い。エスが片方を相手にするとしてもアリスリーエルたちでは、今の玉藻前の相手は力不足。酒呑童子に至っては純粋に力で押してくるため、切り抜けられたとしても全員無事というのは難しいと思われた。


「どうしたものか。まあ、意識、感覚など人と同じものを有してる時点でやりようはあるか」

「エス様、ここは全員で玉藻前と酒呑童子を相手にする方が勝率は高いと思います」

「そうね。アリスの言うとおりだわ。私たちじゃ分担しても各個撃破されて終わりよ」

「それならお互いをサポートしつつ、って方がいいだろうね」


 アリスリーエルの案に、リーナとミサキが賛成した。サリアとターニャも同意見なのか頷いている。


『作戦ハ決マッタカエ?』

「そろそろ、続きを始めるとしよう」

「フハハハハ、待っていてくれるとは律儀なことだ。では、始めようか」


 言うや否や、エスの姿が消える。警戒した酒呑童子がエスの気配を探る。上空に気配を察知した酒呑童子は玉藻前に注意を促した。エスの狙いは玉藻前だった。


「玉藻前、上だ!」

『死ネ!』


 九本の尾が伸び、生き物のようにエスへと襲い掛かる。尾を受け流すようにエスは空中で避けていた。


「数が多いと面倒だな」


 エスを迎撃するべく飛ぼうとした酒呑童子だったが、足が地面から離れない。自分の足へと視線を向けると、いつの間にか地面から生えた太い蔓のようなものがまとわりついていた。


「これは、【色欲】の…」

「いいえ、正確には違いますよ」


 酒呑童子の言葉をアリスリーエルが否定する。アリスリーエルの方へと視線を移した酒呑童子は、危機感を感じ全力で蔓を引きちぎると金棒を振り回した。


「おっと」

「危ないわね」

「うわっ!」


 酒呑童子を左右後方から狙った、ミサキとサリア、ターニャの三人がそれぞれ驚きの声をあげ距離をとった。


「流石は『奇術師』の仲間か。いやらしい手を」

『酒呑童子!避ケロ!』


 玉藻前の警告に、酒呑童子は前方へと転がるように移動するとすぐさま振り返った。そんな酒呑童子の眼前にエスが落ちてくる。エスの手には、自分の金棒にすら傷をつけた刀が握られていた。


「そんなに私の仲間を褒めないでくれ。調子に乗ったらどうしてくれるのだ?」


 そんなことを言いながらエスは立ち上がり、刀を鞘に納める。


「玉藻前、何をして…」


 何故、エスがこちらに来たのか、問いただそう玉藻前の方を見る。そこでは両手に曲刀を持ち、踊るように斬りつけ玉藻前を翻弄するリーナの姿があった。いつものローブを脱ぎ捨て踊り子らしい衣装で舞うリーナは余裕の表情を浮かべている。対照的に、玉藻前の表情には焦りが見えた。リーナの隙を突こうにも、タイミングよくアリスリーエルの魔法による攻撃で動きを抑えられており、自身の身が傷つくのを嫌う玉藻前は身動きが取れずにいた。


「フハハハハ、人数的有利というのは、実力差が大きすぎなければ実に有利に働くものだ」


 エスの言う通り、玉藻前も酒呑童子もエスたち一人ひとりを一瞬で殺すことは難しかった。それはエスたちも同様ではあり、個々人の実力で見ればエス以外は負けている。だが、差はそこまで大きくない。そうなると、圧倒的に人数が多いエスたちの方が有利だった。


「ここまで計算していたか…」

「いいや、玉藻前の実力は未知数だったからな。計算できるものではないぞ。だが、予測は可能だった」


 そう言いながらエスはポケットから魔導投剣を取り出すと、玉藻前を見ることなく、その金色の瞳目掛けて投げた。リーナの相手をしていた玉藻前が僅かな隙を突き、尾で突き殺そうとするが突然飛来した魔導投剣の対処に気を取られ、追撃を中断せざる得なかった。

 自分が危険だったことを理解しているリーナは、玉藻前から距離を取りエスの近くに着地する。


「助かったわ、エス」

「なに、今は全員生きているほうが楽だしな。いくらアリスリーエルでも、魔法をそこまで連射できるわけでもあるまい。それに、一人でも欠けるといろいろと面倒が増えるであろう?」

「まあ、そうよねぇ…」


 エスが口にした助けた理由に若干不満そうなリーナだったが、再び玉藻前の相手をすべく駆け出した。エス目掛け玉藻前の尾が二本迫るが、尾は空を切り地面を叩いただけだった。

 酒呑童子は、ふと気配を感じ後方へと金棒を振り抜く。振り抜きつつ気配の主へと視線を移すと、背を反らし金棒を避けるエスの姿があった。


「奇術師、いつの間に!」

「つい先程な」


 そんな言葉を残し、金棒が通り過ぎると同時にエスの姿は消える。


「どこに行った?」

「余所見をしていて良いのかね?」


 僅かに上方から聞こえたエスの声に、酒呑童子は咄嗟に顔を上げる。顔を上げた瞬間、酒呑童子は腹部に激痛を受ける。視線を下すと、すでに退避するため飛び退くサリアの姿があった。サリアが持つ槍の先には血が付着している。それだけで、酒呑童子は一瞬の隙を突かれ、腹を切り裂かれたのだと理解した。


「おのれ!奇術師!貴様は言葉ですら惑わすか!」

「何を言っている。奇術師なのだから当然であろう。だが、無視できまい?私を無視すれば私に攻撃され、私に注視すれば仲間たちに攻撃される。君に逃げ道などない」

「仲間がいるだけで、ここまで厄介な存在になるものなのか…」


 予想以上に他人と連携するエスの厄介さに、酒呑童子は苦い表情を浮かべた。一人でも殺せれば、状況は動くかもしれない。だが、エスの行動を警戒しながら、それを成すのは難しく感じられた。酒呑童子は、玉藻前の様子を横目にうかがう。そこでは、ターニャの幻影に翻弄されリーナにいいようにあしらわれている玉藻前の姿があった。


「あの女、いい性格をしている。まるで貴様のようだな、奇術師」

「あの女?ターニャのことか。いやいや、一緒にされるのは若干不愉快なのだが?」

「おいっ!」


 酒呑童子とエスのやり取りが聞こえたのか、ターニャから怒声があがる。


「君のせいで怒られたではないか」

「自業自得だろうが。いい加減姿を現せ!」


 その間も、ミサキとサリアの攻撃を捌いていた酒呑童子だったが、隠れたままいつまでも姿を現さないエスに苛立っていた。


『酒呑童子!早ク奇術師ヲ仕留メロ!ヤツノ魔力ガ周囲に広ガッテオルゾ!』

「なんだと!」


 ほんの僅か、おそらくこの国の魔女たちでも気づくことはないであろう程の量の魔力が、徐々に周囲に広がっていっているのを玉藻前は気づいた。玉藻前よりも、魔力を感知する感覚が鈍い酒呑童子は気づけなかった。玉藻前が、自分でエスの広げる魔力を何とかしようと考えるが、ターニャとリーナに加え時折飛んでくるアリスリーエルの魔法で相変わらず身動きが取れなかった。


「よく気づくものだ。玉藻前の方が魔力に対する感覚が鋭敏ということか。君ももう少し頑張りたまえ」

「なんだとっ!?グッ!」


 酒呑童子は怒りを露にするが、すぐにくぐもった声をあげる。脇腹に白く光るミサキの拳が突き刺さっていた。


「脇ががら空きだよ」

「悪魔もどきが!」


 ミサキを殴り飛ばそうと腕を振るうが、ミサキは余裕を持って後ろへと下がり距離をとっていた。その隙を突かれ、今度は逆の脇腹をサリアの槍が襲った。ミサキへと意識が向いていた酒呑童子は、痛みでその事実を知ることとなる。


「クソッ!」


 サリアの方を見ることなく、酒呑童子は金棒を振る。当たれば一撃で体が砕けるであろうその金棒を、サリアは酒呑童子の脇腹から抜いた槍で金棒の軌道を反らし難無く避けた。そして、再び隙をうかがうべく距離を取る。


「ヒット&アウェイ、君のように一撃が重い相手には最高の戦法だと思うのだが、どうかな?フハハハハ」

「妖異国三王の一人である、このオレをここまでコケにするか!」

「三王。なるほど、もう一人いるというわけか」


 三王という言葉から、酒呑童子と玉藻前以外に同等の存在がもう一人いるのだとエスは理解した。


「ここまでくれば、だいたい誰なのかは予想がつくな」


 脇腹の痛みをこらえ、ミサキとサリアの連携を凌いでる酒呑童子の眼前に、上空からエスがふわりと降りてきた。


「さて、準備は整った。まずは君から退場してもらおう」


 酒呑童子の目の前で、エスは不敵で楽し気な笑みを浮かべると両腕を広げたのだった。


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