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奇術師、遭遇する

「おい!どこのどいつか知らねぇが、どうせ外で暴れてるヤツもてめぇらの仲間だろ?連れてきて手伝え。あと、俺の部下たちも連れてこい」


 武王の言葉にミサキとターニャは顔を見合わせ頷くと、振り返ることなくテントの外へと走り出した。武王は二人の方を見ることなく、部下であった者を見つめていた。黒い靄が体を包んでおり、目の部分だけ赤く光っている。ところどころ靄の間から見える身体は部下の姿ではあるが、恐らく本人はすでに殺されているのだろうと武王は悟った。


「この気配、覚えがあるな。それはそうと、てめぇ本物の俺の部下はどうした?」

「アレナラ、喰ッチマッタゾ」


 相変わらず聞き取り難い声に、武王は顔をしかめる。喰った、そう言われ武王は僅かな悲しみを覚えるも、自国の強者を称える国柄からか、憎しみは湧いてこなかった。


「まあ、あいつが負けちまったのなら仕方がない。だが、王としてかたきくらいは取ってやらないとな」


 武王は部下だった者に斬りかかった。

 テントを出たミサキとターニャの目の前で、二人に気づいた者たちが一斉にその場に崩れ落ちた。武王のテントでの異変に気づき駆け付けた者たちだったが、何かの影響で崩れ落ち眠りについていた。


「これ…」

「エスの魔力だね。裏手か、急ご」


 ミサキは漂う微かな魔力からエスの魔法だと判断すると、ターニャと二人でエスがいるであろう方向へと走り出す。周囲には眠りについた兵士たちの姿があった。武王のテントから裏手へとまるで道をふさぐかのように兵士たちが並び眠っている。その間を縫うように走る二人だったが、突如背後からの気配が強くなった。


「これって!?」

「ヤバいね。武王のやつ大丈夫かな?」

「敵の心配よりさっさとエスと合流しよ!」


 こうして、二人は邪魔されることなくエスのもとへとたどり着いたのだった。

 ここまで、二人の説明を聞いていたエスは一つ頷くと武王のテントの方へと視線を移す。エスは、笑みを消し徐に指を鳴らした。眠っていた兵士たちが一斉に目を覚ます。流石は武王の部下たちといったところだろうか。武王のテントから感じる異様な気配に、すぐさま覚醒し武器を構えテントの方へと向いた。その瞬間、テントを突き破り何かが兵士たちの頭上を飛び越えエスの方へと飛んできた。


「アレは…」


 飛んでくるものが何か気づいたエスは、片腕で飛んできたものの勢いを殺すように受け止めると、そのまま自分の背後へと放り投げた。飛んできたものは、エスの背後の地面へと転がる。地面を転がったそれから、エスに対し文句があった。


「てめぇ、そこはちゃんと受け止めやがれ」


 首を擦りながら起き上がったのは、ミサキとターニャが先程まで命を狙っていた武王であった。


「嫌だね。誰が好き好んでムキムキなおっさんを優しく受け止めねばならんのだ。受け止めて欲しかったら、美女になってやり直したまえ。まあ、中身がそのままでは対応は一緒だがな」

「クソが。まあいい、てめぇが陽動してたやつだな。アレは俺の手に余る。てめぇも手伝え」

「ふむ。ミサキ、ターニャ」


 突然、呼ばれた二人はきょとんとした顔でエスを見る。そんな二人に、今日一番と言える笑顔を向けながらエスは一言告げた。


「バレてしまったし、見捨てて逃げるとしよう」

「おおい!」


 エスの言葉に一番驚いていたのは武王だった。


「ほら、まだ肉の壁があるだろう?我々が転移するくらいの時間はある」


 武王のいたテントまでの間にいる兵士たちを指差しながら言うエスに、武王は怒りの表情を向ける。


「そうじゃねぇ、あんなもん放置していたら魔女の国もやべぇだろうが。ここはおとなしく…」

「正直、私としては魔女の国云々はどうでもいい」


 おとなしく共闘を、と言おうとした武王の言葉を最後まで聞くことなくエスは否定した。


「おまえ、魔女の連中の差し金じゃねぇのか?」

「依頼はされたが、面倒事になったのに馬鹿正直に付き合う気にはなれないな。あれは魔力ではなく、妖力と呼ばれるものだろう?となれば、依頼の範囲外だ」


 エスは、異様な気配の正体を【知恵】の力で妖力であると理解していた。


「あれが何か知ってんのか。てめぇ何者だ?」

「私は、『奇術師』のエスだ。君は武王で間違いないな?」

「ああ。そうか、なるほど古の悪魔が相手じゃこいつらでは荷が重かったか」


 そう言いながら、武王は周りで緊張した表情をしている師団長たちを見た。師団長たちは、油断することなく武王のテントを見ている。

 エスたちが見守る中、テントが吹き飛び中から黒い靄を纏った人が現れた。


「操られている?いや、憑依、違うな。化けているのか」

「化けて?」


 ターニャの疑問にエスは首肯する。


「あの姿を手に入れるために何をしたか知らないが、まあ、ろくでもない方法だろうな」

「そういや、あの野郎、喰ったって言ってたな」

「まさに、妖怪といった感じだな」


 妖力と呼ばれる力を放ち、人を喰い化ける。記憶にある妖怪のイメージに近いと感じていた。そもそも、この世界はエスがいた世界の神話や伝承を参考に造られている。妖怪くらいいても不思議はなかろうとエスは思った。


「今度ハ本物ノ悪魔カ。紛イ物ト一緒トハ、ドウイウッ!?」


 靄を纏った人の首が飛ぶ。何かを話している最中であるにも関わらず、首が飛び周囲の者たちが唖然とした。エスの近くにいた者たちは、それをしでかしたのが誰なのかすぐに気づいていた。視線を一身に集めているエスは、右腕を地面と水平に上げた格好のまま立っている。エスが腕を横に振った、それと同時に首が飛んだのだとその場にいた全員が理解した。


「聞き取りにくい!はっきりしゃべりたまえ」


 エスのその言葉で唖然としていた兵士たちも、誰がそれを行ったのか理解する。それと同時に驚愕した。全く魔力を感じさせず、空間魔法を使いエスは靄を纏った人の首を切り落としていたのだ。もし、先程までのやり取りでこの魔法を使われていたのであれば、全員あっさりと殺されていたであろうことは、容易に想像できる。


「手を抜かれてたってわけか…」

「それは違うな。君たちからは学ぶものが多そうだったから、すぐさま殺すという選択をしなかっただけだ。何より、依頼のターゲットは武王のみ。君らの命は依頼外だ」


 グラントが思わず呟いた言葉にエスが反応した。そんなエスを睨むように、ミサキとターニャが見つめている。


「ねぇエス?」

「あたしたちが武王の命を取りに行く必要なかったんじゃないのかな?」

「なんだ、折角出番をやったというのに、文句を言うのか?」

「そうじゃなくて!っ!?」


 ターニャがエスに食って掛かろうとしたその時、首を落とされた靄を纏った人から更に強力な妖力が放たれた。エスは笑みを浮かべながら呟く。


「これはこれは、首を切った程度で死なないか」

「当然だ」


 答えた声はどこからともなく聞こえてきた。すると、首のなくなった体を包んでいた靄がいっそう濃くなり巨大な黒い繭のように変化する。ほんの僅かな時間の後、靄が晴れ中から現れたのは、燃えるような赤い髪をなびかせた美丈夫だった。上半身は裸でたくましい肉体を披露しているが肌の色は黒く赤い紋様が肩から腕にかけて描かれている。額には二本の角が生えており、身の丈は二メートルを超えているだろう。腰には瓢箪を下げており、放たれている妖力が若干酒臭く感じた。右手には先程まで靄を纏った人が手にしていた金棒が握られている。


「…酒呑童子か」

「いかにも」

「伝承には美少年が鬼になったという話があったな。一つ聞きたいのだが…」

「なんだ?」

「そこに隠れてるのは、なんだ?」


 エスは酒呑童子の影目掛けて魔導投剣を投げる。影に突き刺さる瞬間、酒呑童子の背後に別の何者かが姿を現した。


「容赦のないことじゃ。危うく余の美貌に傷が付くところであったわ」


 その姿は和服の美女、背丈は人と変わらない。だが背にはゆらゆらと動く九つの狐の尾があり、それが人ではないことは一目でわかる。


「玉藻前、九尾の狐か。これは、大嶽丸もいそうだな…」

「ほう、余のことを知っておるのかえ」


 何が可笑しいのか、玉藻前はクスクスと笑っていた。


「エス、なんか知ってるの?」

「ミサキ、おまえは妖怪については知らないのか?まあいい、あれらも私たちがいた世界を元に作られた奴らだ」

「なるほど、って酒呑童子も九尾の狐も有名じゃん!そのくらいなら知ってるよ!」


 怒るミサキを無視し、エスは酒呑童子と玉藻前へと視線を向ける。


「で、酒呑童子の方はいいとして、玉藻前」

「なんじゃ?」

「貴様の本体はどこだ?」


 玉藻前の表情から一瞬にして笑みが消える。


「気づいておったか。酒呑童子、やつを足止めせい。マシャルの連中も殺してしまえ。余は魔女どもを殺してこよう」

「当初の作戦とは違う形になったが仕方あるまい。任された」

「ではな、『奇術師』よ。二度と会わないことを祈っておるぞ」


 玉藻前の姿が酒呑童子の背に隠れるように消え去る。それを見たエスが、地面に突っ伏した。


「「エス!?」」

「私の…」


 その姿にミサキとターニャが何事かと声をあげた。


「私のネタが!狐ごときに真似されるとは!」


 心底悔しそうなエスだったが、それを見るミサキとターニャの視線は冷たいものに変わっていた。


「さあ、話は終わりだ。マシャルの者ども死ぬがいい!」


 酒呑童子が金棒を振り回す。それだけで、近くにいた兵士たちが紙切れのごとく吹き飛ばされていった。


「貴様!」


 武王が駆け出し、それに師団長たちが追従する。師団長たちが指示したのだろう、武王たちが酒呑童子の相手をしているうちに、他の兵士たちは退却を開始した。


「エス、逃げるぞ」

「早く立って、でないとあたしたちも巻き込まれちゃうよ」


 突っ伏したままのエスを起こそうと、ミサキとターニャが引っ張るがエスはびくともしない。不思議に思ったミサキが隠れているエスの顔を覗き込んで唖然とした。


「ミサキ?」

「これ、石?」

「へ!?」


 ミサキがエスだと思われたものを転がすと、石像となったエスの顔が露になった。


「えっ!?えぇ!?じゃ、エスはどこに?」


 その答えは、武王たちの声でもたらされることとなる。

 酒呑童子を足止めし、部下たちを逃がしつつ仕留めるチャンスを探る。そう考え武王は酒呑童子と剣を交えていた。自分の持つ技量と剣の性能であれば、酒呑童子の金棒程度切り落とせると思っていたが、むしろ自分の持つ剣の方が欠け始めていた。


「なんて硬さだ。何でできてやがる」

「貴様たちに教える義理はない」


 僅かな動揺を見せた武王の剣を弾き蹴り飛ばす。地面を転がり体勢を崩したところに酒呑童子の金棒が迫った。それを阻止すべく、師団長たちの援護が入るが、酒呑童子は煩わしそうに師団長たちを金棒で殴り飛ばしていた。


「鬱陶しい。そこで見ていろ」


 師団長たちは自分の武器で金棒の直撃を防いだが、各々の武器は破壊されこれ以上戦いを続けることはできそうになかった。酒呑童子は改めて、止めとばかりに倒れている武王に向け金棒を振り上げ勢いよく振り下ろす。これまでか、と諦めた武王は目を閉じた。


「馬鹿な!?」


 巻きあがった土煙の中、酒呑童子は驚きの声をあげた。武王の頭を叩き潰すはずであった金棒は、武王の横の地面へと叩きつけられていた。ふと違和感を感じ、酒呑童子は自分の足元を見る。自分では気づかなかったが、片足が足首程度まで地面にめり込んでいた。それにより、金棒の軌道にズレが生じ外れたのだと悟る。


「どういう…。何っ!?」


 自分が見ている中、沈んでいた片足がさらに地面に吸い込まれていく。ふと、反対の足に目を向けると、足首を掴む手が地面から生えていた。


「なんだ!?」


 そう思ったの束の間、勢いよく酒呑童子の体は腰まで地面に引きずり込まれた。


『フハハハハ、文字通り足を引っ張ってやったのだが、我ながら実にイイ、素晴らしいタイミングだったな』


 地面の中から聞こえる、聞き覚えのある声。その声を聞き、武王が苦笑いを浮かべながら剣を杖代わりに立ち上がった。


「要らんことをするな『奇術師』」

「おやおや、助けてやったのにその物言いはないのではないかね?武王と敬われる者は、素直にお礼を言うこともできないのか」


 立ち上がった武王の背後からエスが姿を現す。まるで、玉藻前に対抗するかのような行動だった。武王とエスがそんな会話をしているうちに、酒呑童子は地面から這い出してきていた。


「おのれ、コケにしてくれたな」

「いやいや、遊んでやっているのだから、君もそう怒らず楽しみたまえ」


 躊躇いなく振り下ろされる金棒、それをエスはそっと手で押し軌道をずらす。ずらした先には武王がいたが、後ろに飛び退き直撃を避けた。


「危ねぇだろ!」

「チッ、避けたか」

「貴様がそれを言うのか!?」


 武王がエスに文句を言うが、エスが武王に当てるつもりだったと言外に伝える。酒呑童子もエスの思惑がわからず、距離をとった。武王と酒呑童子を見て、エスはやれやれと首を振る。


「君らは、何か勘違いをしていないか?」

「何っ!?」

「どういうことだ!?」

「私が受けた依頼は、武王の暗殺。まあ、見つかってしまったのだから暗殺ではなくなるが、始末すれば問題なし。その邪魔をする酒呑童子を利用するのも私が依頼を達成するため。依頼の邪魔なら排除することもいとわない。つまり、君らは揃って私のターゲットなのだよ」


 笑みを浮かべるエスに対し、武王と酒呑童子は互いに互いを警戒し武器を構える。まるで三つ巴の恰好だった。


「ご理解いただけたようで、なにより」


 二人の態度にエスはさらに笑みを深める。そんな三人を見て、ミサキとターニャは頭痛がするかのように頭を押さえていた。

 だが、この状況は武王にとってはチャンスであり、酒呑童子にとっては最悪な状況だった。武王は生き残る確率が格段に上がるが、その逆で酒呑童子が目的を達成することが非常に困難になっている。すでにマシャルの兵士たちは退いており、魔女の国襲撃のために周囲に展開していた部隊にも伝令が走ったのか、すでに撤退を始めているようだった。武器を失った師団長たちも、撤退しており姿が見えない。


「してやられたな。だが…」

「時間を稼がせてもらう。とでも言いたいのかな?」

「何っ!?」


 酒呑童子は自分の言葉を先に言われ、驚きを露にする。


「先程、玉藻前が言っていたではないか。魔女どもを殺す、と。つまり、ここで私を足止めすれば玉藻前を邪魔する者はいなくなり、魔女たちだけでも始末することができる。そう考えていたのだろう?」


 自分の考えを言い当てられ、酒呑童子は口をつぐむ。酒呑童子の悔しそうな表情を見て、エスは笑い声をあげた。


「フハハハハ、残念だったな。いやあ、実に残念」

「何を言って…」

「なあ、武王、酒呑童子。君たちは、いつまでも私がここにいるとでも思っているのか?それならば甘い、実に考えが甘い」


 酒呑童子の背に冷たいものが走る。


「では二人とも、またいずれ再会することを楽しみにしているよ」

「待て!」


 焦った酒呑童子は、武王の存在を忘れたかのようにエスへと襲い掛かる。だが、酒呑童子が振った金棒がエスに触れると、煙を吹き飛ばすかのようにエスの姿をかき消してしまった。エスの連れだったミサキとターニャの方に視線を移すが、その姿はエス同様煙が散るように消えていく。


「おのれっ!『奇術師』、殺してやる!」


 エスに対し怒りを露にする酒呑童子だったが、武王の始末だけでもと武王へ視線を移す。だが、武王の姿を見つけることができなかった。

 酒呑童子がエスへと襲い掛かる際、武王は全力で気配を殺し撤退した。このチャンスを見逃せば逃げ切れないと感じたからだ。このチャンス自体、エスが作ったことはよく理解している。エスが再会を口にした時点で、自分が逃げるチャンスはあるのだということを否が応でも理解させられた。故に、注意深く状況を見定め、躊躇うことなく撤退することができたのだった。だが、そんな武王の心の中に疑問は残っている。


「いつから、『奇術師』たちはいなかった?」


 武王が呟いた問い。三人で向き合った時には、すでにエスたちがあの場にいなかったのではないかと思えたからだ。酒呑童子は気づいていないようだったが、まるで自分には気づかせるつもりだったかのようにエス、ミサキとターニャの三人の気配に違和感があった。自分はいいように動かされただけのような気がし、実に悔しい気持ちになっていた。


「まあいい、今度会ったら借りを返させてもらおう」


 そう決心し、武王は足を止めることなく森を駆け抜けていった。


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