奇術師、狙われる
アーナグイスの側まで来たエスは足元に落ちていた木の枝を拾い短剣を使って尖った串を作る。そして、アーナグイスへ短剣を突き立て皮を切り、肉をいくつか小さな塊で切り取ると串に刺していった。他の三人が見守る中、足元に小さな焚火を用意すると爆弾に火を付けた道具で焚火に火を付ける。
「さて、食べられるか試してみようか」
エスは串に刺した肉を焼き始める。そこそこ美味そうな匂いが辺りに漂い始めた。
「ほほう、これは期待できるかな?蛇料理は食べたことがあるが、モンスターの蛇も同じような物なのだろうか?」
程よく焼けたアーナグイスの肉をエスは口へと運ぶ。ひとかけら口に含み無表情で咀嚼するエスを他の三人は見ていた。しばらくして、エスはリーナを手招きで呼び寄せる。
「なあに?」
「一口食ってみろ」
「え?」
エスはリーナの口に串を持っていく。リーナも一欠けら口に含むとしばらくして声を上げた。
「まっずい!!」
「だろう?」
その様子を眺めエスは笑っていた。姉妹は呆れ顔で見ている。
「しかし、口の中で痺れる感じがあるから毒がありそうだな。吐き出しておいた方が良さそうだぞ」
「大丈夫よ、私たち悪魔にモンスター程度の毒なんて効かないわ。って知ってて私に食べさせたわね?」
「おや?気付いたか」
笑うエスをリーナは怒った顔で睨みつける。串にはまだ肉が残っていたが、味が最悪なうえ毒まであるようだったので焚火に投げ込み処分した。
「料理したらどうかってレベルではなくマズかったな。焼いたときの香りだけは良かったが、あれは食べられん」
「どうして食べるって発想が出るんだよ…」
「エスさんらしいわね」
エスがターニャへ短剣を返し、姉妹と話していると街の方からボヌムが歩いてくる。背後には数人の冒険者を連れていた。その風貌からそれなりの腕であることが窺えた。
「なんだ、もう終わったのか。おまえらすまなかったな、持ってきた資材をギルドに戻しておいてくれ」
ボヌムは連れてきた冒険者へそう伝えエスの前へと歩いてきた。
「流石は悪魔と言ったところか」
「いやいや、悪魔かどうかは関係ないな。ちょっと爆弾を御馳走してやっただけだ」
「なるほど、それでサリアたちは返り血で血塗れなのか。おまえら少し匂うから風呂にでも行って来い。後でギルドにきたら報酬を渡そう」
ボヌムは周囲を血に染め倒れているアーナグイスの死体を見た後、姉妹に視線を向ける。姉妹はその言葉を聞き街へと歩いて行った。それをボヌムは見送っている。
「では私はギルドに向かうとしよう」
「そうね、報酬を貰って宿に戻りましょう」
「私は宿をまだとってないんだがな…」
「同じ宿でいいんじゃない?まあ、まずはギルドに行かないとね」
「ちょっと待て」
街へ戻ろうとするエスとリーナをボヌムが呼び止めた。
「今おまえたちが戻るのはマズい」
「どういうこと?」
ボヌムの言葉にリーナが問いかける。苦い顔をしているボヌムが理由を語り始めた。
「エス、おまえのことが教会のやつらの耳に入ったらしい」
「教会?」
この世界にきて初めて聞いた教会についてエスは興味を持った。
「おまえは知らないのか?七聖教会、悪魔殲滅を掲げて時折過激な行動にでる連中だ。少し前、そこの聖騎士が派遣されたとギルドに連絡があった。表向きは協力要請だったが、恐らくはおまえについての尋問だろうな」
「ほう、ボヌムはそいつらがあまり好きではなさそうだな。それで、何故今はマズいのだ?」
ボヌムの言葉から教会に対する嫌悪が感じ取れた。
「ついさっき、ギルドに来ておまえのことを職員や冒険者に聞いて回っている」
「ほほう、では挨拶に行こうか。僕悪い悪魔じゃないよ!ってアピールしに」
「はぁ、それが通じる相手だと思っているの?」
呆れてため息をつくリーナへと視線を移しエスは笑う。
「思っているわけないだろう。今後ちょっかい出されても面倒だから釘を刺してやろうかとな」
「やめときなさい。余計面倒になるわよ」
「そうなのか?」
「あいつらは悪魔は無条件に殲滅ってやつらだ。おまえが友好的にしていても向こうは剣を抜くだろうな」
「はぁ、話も通じないのか。さっきのオーガ以下か」
やれやれといった感じに首を振るエス。リーナもどうしたものかと悩んでいた。
「そういえば、リーナも冒険者に登録しているのに何故私狙いなのだ?こいつも悪魔だろうに」
「エス、あなたディルクルムで登録した時に悪魔だと周りに知られたでしょ?」
「よく知っているな」
「有名よ。私は目立たないように登録したから」
「ああ、リーナは他のやつらの目につかないところで登録を済ませた。元々、悪魔だということは本人から聞いていたからな」
リーナとボヌムの話を聞きエスは考える。
目立ってしまったのは、教会に目を付けられると知っていても同じだっただろうな。目立ちたがりなのは性分だから仕方がない。しかし、教会に聖騎士か。すごく、見てみたい…
「エス、なんか悪いこと考えてない?」
「なあに、大したことではない。聖騎士ってやつに会ってみたいだけだ。大変興味が湧いた!」
「やっぱり…」
「これは止めても無駄か…」
頭を抱えるリーナを無視しエスは街へと歩く。リーナとボヌムはその後を歩いていた。街を歩きながらエスはこの戦いで知り得たことを頭の中で整理していた。
先代【奇術師】は幻惑魔法が使えたと言っていたな。今の私に使えるのだろうか?魔法、魔法か…
そんなことを考えていると、ふと頭の中に幻惑魔法の使い方が浮かぶ。まるで元々知っていたことを思い出すかのように。
おや?これなら使えるのではないか?
エスは試しに掌に小さな人形を幻影で作成してみる。掌の上には思い描いたデッサン人形のようなものが現れた。もう片方の手で触れてみるが、指が透過する。
なるほど、便利な魔法だ。前世では実現不可能だったようなトリックも簡単にできてしまうかもしれないな。もはや奇術とは言えないかもしれないが、まあ人を驚かせ楽しませるためなら些細な問題だ。
そして、エスは一つの結論に辿り着く。
そうか、先代【奇術師】の記憶が私の中にあるのかもしれない。言葉や文字が理解できたり能力が何も考えずに使えたりしたということからも間違ってはいないだろう。つまりきっかけがあればその記憶が蘇ると。他人の記憶とか頭がおかしくなりそうだが、まあそれもファンタジーな感じでいいな。
一人含み笑いをするエスの背後で、リーナとボヌムは嫌な予感を感じていた。
三人はギルド前へと到着する。エスはそのままギルドの入口へと進む。中に入ると一際目立つ真っ白な鎧を着た金髪の男が他の冒険者と話している姿が目に入る。
「なんと、あそこまで真っ白とは。これは自己主張が激しいんじゃないか?おっと…」
思ったことを口にしてしまい、手で自分の口を押さえたエスへと周囲の目が集まった。周りの冒険者の様子を見て何事かとその男もエスの方を向いた。
「ッ!見つけたぞ!」
そう声を上げ金髪の男は剣を抜きエスの前へと歩き、剣の届く範囲までくると立ち止まった。金髪の男の背はエスより頭一つ低い。
「俺は聖騎士、『正義』二十三位のリンドだ。貴様が冒険者になった悪魔だな?」
「その通り!私が冒険者になった奇術師のエスだ。私の肩書的には悪魔や冒険者と言われるより奇術師と言ってほしいな。ところで、その聖騎士様が私に何のようかな?」
芝居掛かった礼をするエスに対しリンドと名乗った聖騎士は睨みつけたまま剣を斜めに振り抜いた。
「おおっと!」
体を反らしエスはその剣を避けた。剣を避けられたことに動揺することもなくリンドは再び何度か剣を振るが、エスは危なげなく躱していた。
「貴様ら悪魔は害悪だ、全て殲滅する!」
そんなリンドを面白そうに眺めるエス。そんな二人を周囲の冒険者は遠巻きに様子を窺っていた。