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奇術師、アリスリーエルの師と相見える

 エスたちは、国境を越えしばらく馬車を走らせていた。エスが改めて、自分達が乗るコレを馬車と言い切っていいものかと悩んでいると、隣に座っていたアリスリーエルが話しかけてきた。


「エス様、まずは魔女の国です。わたくしたちの王国とも良好な関係の国ですので面倒事はないと思いますが、一つだけ不安があるのです…」

「不安?」

「はい。その、魔女の国ですので、民の殆どが女性なのです」

「それはまた、あの街の傭兵志望の連中が集まってきそうな国だな」


 先日まで滞在していた、フォルトゥーナ王国国境に位置する街の様子を思い出しエスは呟いた。


「ここに来たがってるやつらがいるのは間違いないと思うけど、アレらはここに来れないんじゃないかな?」

「ほう、何故?」


 エスの呟きにリーナが反応するが、その言葉にエスはさらに疑問を持つ。


「ここは、魔女の国よ。魔法、魔力が全ての国。多少の魔法が使える程度のあそこの連中じゃ相手にされないわよ」

「なるほど。確かに昨夜遊んでやったやつも、覗きに役立ちそうな魔法しか使っていなかったな」


 暗視の魔法を使っていた男を思い出し、エスは食堂で見かけた者たちも思い出してみる。魔力を見て感じられるエスの目からしても、誰も彼も魔法に関していえばちょっと使える程度であった。


「なら、魔法を生業にしている男たちにとっては天国のような国じゃないのか?」

「それが…」


 言葉を濁すアリスリーエルの様子に、エスは首を傾げる。


「この国で、基本的に男性の地位はすごく低いの。それに、魔道具程度では抵抗できないくらい強力な魔法による警戒網も敷かれてるから悪さもできない。その辺の輩じゃ街への侵入すら不可能だし、何より悪さしようとすればその警戒網に引っかかって即、死刑よ」

「なんとも物騒な…。ん?私は、一応男性に入るのではないのか?」

「人じゃないでしょ」


 リーナが笑いながら口にした内容は事実である。だが、僅かにエスは傷ついていた。


「いや、確かに人ではないが、私自身中身は元人間の男なのだがな。まあいい。それで、見た目男な私がいるのにこの国を選んだ理由は?」


 聞く限りは物騒な国だとは感じているエスだったが、妖精国までの道のりに魔女の国を選んだ理由は何となく察しはついている。だが、一応聞いておこうと思い訊ねたのだった。


「理由ですか?一つ目の理由としては、先程申しました通り王国とは友好国であるということ。二つ目に、殆どの民が高い魔法技術を持つため、他の国より戦争が起こることが少なく安定しているということ。三つ目に、わたくしの知り合いがいまして、挨拶していこうかと思ったのです」

「なるほど、理解した。確かに、一番安全なルートを考えるということだったしな。異論はない」


 そう言って笑うエスの様子を見て、アリスリーエルも笑顔を見せる。


「しかし、私の見た目で問題が起きなければいいが…」


 エスは誰にも聞こえない程度に呟き、再び視線を外の風景へと移した。流れる景色、フォルトゥーナ王国ほど整備はされていないにせよ、交流があることに真実味を与える程度には道が舗装されていた。道の両側に広がる森もモンスターらしき気配はあるが、道に近づいてくる様子は一切ない。どうやら魔法的な力によって、道へ近づくことができないようだった。

 しばらく走っていくと、前方に町が見えてきた。


「町が見えてきたよ」

「では、あの町で一息つきましょう。わたくしは、着いたらあの町の管理者に話をしに行ってくるので、皆さんは食堂かどこかで寛いでいてください」


 町の入り口に到着すると、警備をしていたと思われる濃い赤いローブをまとった者たちに止められた。その体系から、全員が女性であることが推測できる。多少足止めを食らうかと思ったエスだったが、アリスリーエルの説明で馬車はあっさりと中に通してもらえた。通り過ぎる際、エスを見てローブの者たちが警戒心を強めていたが、エスは気づかぬふりをした。

 嫌な予感というものは当たるものだな、と考えながらエスは町を眺める。フォルトゥーナ王国とあまり差のない綺麗な街並みであり、先程聞いたように住民は確かに女性ばかりである。時折、男性の姿を見かけるがローブを目深に被り目立たないように歩いているようだった。

 アリスリーエルの案内で街中を進み、馬車が止まったのは王国で言うところの領主の家と言える大きな屋敷の前だった。


「アリス、ここでいいの?」

「はい。ありがとうございます。では、行ってまいりますね。以前と変わっていなければ、ここから少し行ったところに食堂があるそうなので、そこで待っていてください」


 御者をしていたターニャにお礼を言ったアリスリーエルが、来た道とは別の道の先を指差す。同じく御者台に座っていたミサキがそちらに視線を移すと、賑わっていそうな店が見えた。見えたと言ってもミサキの、悪魔として強化されている視力で見えているため、それなりの距離があった。


「ミサキ、見える?」


 ターニャには食堂が見えなかったのか、隣に座るミサキに声をかける。


「大丈夫、場所わかったよ」

「では…」


 そこまで言ったところで、サリアがふわりと馬車から飛び降りた。


「アリス、護衛についていくわ。流石に、王家の関係者がお供無しじゃ様にならないでしょう?」

「…そうですね。では、お願いします」

「まぁ、何かあってもアリス一人でも大丈夫だとは思うけどぉ。一応ね」


 微笑むサリアにアリスリーエルも笑みを返す。


「じゃ、待ってるね」

「はい」


 ターニャが馬車を走らせたのを見送り、アリスリーエルとサリアは屋敷の中へと入っていった。

 食堂へ向かう馬車の中、リーナが小さな声で呟いた。


「アリスに護衛なんて要らないでしょうに…」

「まあ、体裁というものだ。サリアが言ったように、王家の者が単身他国のお偉いさんに会うというのに、共の一人も連れていないのは疑われることはなくても、いいエサにしか思われぬだろうな」

「そりゃそうだけど…。アリスの力はそんな次元の話じゃないと思うんだけどね」

「それは、私たちにしかわからないことだ。それに、話に行くだけで喧嘩をしに行くわけではないのだからな」

「まあね」


 食堂に着き、馬車を片付けエスたちは中へと入る。エスの、見慣れない男の姿に気づいた住民と思しき者たちが一斉にエスの方を見たが、すぐに何事もなかったように食事を続けていた。


「ふむ、目立ってしまったか」

「仕方ないわ」

「まあ、目立つことは嫌いじゃないから構わんがな。フハハハハ」

「はいはい、あっちの方空いてるみたいだから行きましょ」


 空席を見つけたリーナの後をエスたちはついていき席に着いた。

 食事を頼み、それを待つ間、エスは何とも居心地の悪い雰囲気に曝されていた。


「いやはや、敵意、警戒、恐怖といった感情は理解できるのだが、欲情は流石に向けられた経験がないから困ったものだ」

「そりゃ、女ばかりなんだから少しくらいそんな視線もあるかもしれないよ」


 ため息をついたエスを、隣に座ったミサキが慰める。エスの言葉にリーナは苦笑いを浮かべていた。エス同様、周囲の感情を感じており、エスがため息をついても仕方がないと思ったのだった。


「この町の、男たちがコソコソしていた理由が今理解できた…」


 エスは再び大きなため息をつくと、仕方がないものだと割り切ることにした。男女比率が近い王国などでも、女性がそういう視線にうんざりするというのは、よく聞く話である。実際、男である自分がその目にあってみると、確かにこれはうんざりするとエスは思った。


「ここに来たいとは、国境の街にいたやつらはある意味勇者だな」

「知らないって罪よねぇ」


 エスの言葉に、国境の街にいた男たちを思い出したリーナが、頬杖をつき苦笑いを浮かべていた。そんな話をしている最中、食堂は突如慌ただしくなる。エスたちがいるテーブルのすぐ横で魔力が強まり、空間が歪むと黒い穴が開く。中から見たことのない女性が現れた。その後ろに続くように、よく知った人物たちが二人姿を現した。


「クックックッ、お前の貞操が狙われてるのは、隠し切れてないその魔力のせいだ。隠しているにも関わらず、それだけ魔力が漏れていれば狙われるのは仕方ないと思うがな」


 初めて見たその女性は、エスに向かってそう告げた。女性の顔は笑みを浮かべ座っているエスを見下ろしている。エスと同程度の背丈はありそうだ。美しい表情とは裏腹に、その眼に怪しげな光が灯った。


「なるほど、アリスリーエル君が言っていた通りの存在のようだ」


 そんな女性と共に現れた二人にターニャが手を振る。


「姉さん!アリス!」

「みなさん、お騒がせしました。こちら、この町を取り仕切っている魔女エルマーナ様。幼少期に、わたくしの教師を務めてくれた方です」

「エルマーナだ。昔、アリスリーエル君に魔法の基礎や学問などを教えたことがある。まあ、師匠みたいなものだ。しかし、早々たるメンバーだな。人がいないとは」

「エルマーナ様…」

「ああ、すまんな。だが、周りには聞こえていないよ」


 エルマーナの言葉に、アリスリーエルは何のことかと首を傾げる。エスは軽く周囲を見渡し、再びエルマーナへと視線を戻す。


「なるほど、遮音効果のある結界か。密会をするには実に便利な魔法だな」

「ほう、わかるか。さすがは古の悪魔だ」

「そこの二人は気づいてないがな」


 エスがエルマーナから視線を外し、肩をすくめた。会話から自分たちのことだと悟った二人が声を上げる。


「エスゥ!言いたいことがあるなら聞くわよ」

「あたしは、魔法は苦手だしぃ」


 エスたちのやり取りを無視し、エルマーナは空いてる席に座った。腕と足を組み、まじまじとエスを見る。その眼は未だ怪しい光をたたえたままだ。


「アリスリーエルが懐くわけだ。これほど、変わっているとはな。フォークスはアレだったが、こっちはかなりマシなようだ。いや、実に興味深い」

「おや、私の先輩君を知っているのか?」

「ああ」


 肩をすくめ、苦笑いを浮かべるエルマーナ。その眼からは、先程までの怪しい光は消えている。エスは、エルマーナとフォークスの関係が気にはなったが、エルマーナの様子からあまりいい関係ではなかったのだろうと察しがつくので聞くのを諦めた。それに、町を取り仕切っているというエルマーナが来た理由が、そんな世間話をするためではないだろうということもわかっている。


「エルマーナ様、先ほどの話を」

「おお、そうだったな。お前たち、妖精国へ向かうのだろ?」


 エスたちは全員が、頷いてみせる。


「ちょっと困ったことがあってな。アリスリーエルから聞いた予定通りに行くと、最悪戦火に巻き込まれかねない。流石に他国の干渉を受けにくいとはいえ、王女様を知っていて戦争の只中に放り出しては、アタシらの立場が危うい」

「どういうこと?」


 戦火に巻き込まれると聞き、リーナが思わず声を出した。


「そのままの意味だ。つい先日、武を重んじる隣国マシャルが宣戦布告してきた。やつらは、魔法など邪道だという思想の持ち主たちだ。どうも、武王と呼ばれる輩が他の国から傭兵も募っているようでな。兵力だけはかなりのようだ。それがこちらの首都、大魔女様がいらっしゃる街へと侵攻を開始した。まだ、この国に入ってはいないが、時間の問題だな」

「また、面倒なことになっているようだな。では、迂回していけということか?」

「いや、ちょっと手を貸してくれないか?」


 エルマーナの提案にエスたちは驚く。自分たちが悪魔であることを知りつつも、手を貸せと言う。それは、ある意味契約にもとれる行動である。どちらかといえば、エルマーナたちに不利な状況になりかねない。


「なぁに、仲間の昔馴染みのためにちょっと手伝ってくれればいいさ。最前線で戦えとは言わんよ。何より、首都に近づく前に殲滅するつもりだしな。アタシらにとっては攻めるより守るほうが楽なんだよ」


 エスは考える。確かに来るのがわかっていて、守るのであれば事前に準備しておくことができる。教皇国で見た書物で知った、準備が必要な大軍殲滅用の魔法も、事前に準備しておくことですぐに発動できるだろう。攻める場合はその準備している暇など用意できないため、個々の戦力というよりは速度が重要となり相手の武を重んじるという情報から考えて、大規模魔法の準備中にこの国側が殲滅させられると考えられた。エルマーナの言葉に嘘はないように思える。


「ふむ、内容、いや報酬次第といったところだな」

「話が早い」

「エス様、よろしいのですか?」

「そうよ。別に受ける必要もないのだけど?」


 エスの答えにアリスリーエルとサリアが驚いた。


「いいだろう。考えてみてくれ。簡単に説明すれば、依頼内容は敵主力部隊への強襲。殺しても殺さなくても、そいつらが戦争を続けられないようにしてくれれば十分だ。報酬は国内の移動、宿泊に関しての安全確保といったところだろうか」

「内容に対して、その対価は安い、というより我々にとってはうまみがないな。そもそも、誰かに安全を確保してもらわなくても、自衛できる」

「それもそうか。ならば、何を望む?」


 エスと話すエルマーナの眼が怪しく光る。


「やれやれ、面倒そうな眼だな。見たところ、魔力感知に鑑定といったところか?」

「ほう、わかるのか。すまんな。下手な契約をさせられてアタシらの不利になっても困る」

「その眼、アリスが呪われたときに城に行ってやれば、あんな面倒にはならなかっただろうに。さて、報酬か…」


 腕を組みエスは考える。魔法に関する知識は【知恵】のおかげで何一つ問題はない。面白そうな魔道具とも思ったが、ドレルに頼めばエスの知識とドレルの技術でだいたいの物は作れるだろう。そう考えると、すぐには思い浮かばなかった。


「すぐには出てこないな」

「なら、仕方ない。明日までに考えておいてくれ。どうせ、今日はこの町で一泊するんだろ?」

「その予定です」


 エルマーナの問いにアリスリーエルが答えた。


「では、アタシの屋敷に部屋を用意するから泊っていけ。もちろん、食事も用意しよう。で、ゆっくり考えてみてくれないか?」

「まあいいだろう。それで良いか?」


 エスは仲間たちを見渡すと、全員が頷いた。


「よし、ではアタシは先に帰り準備をしておくとしよう。食事が済んだら屋敷まできたまえ」


 そう一方的に告げると、エルマーナは来た時同様に空間に空けた穴へと消えていった。


「まったく…」


 姿が見えなくなり、自分たちの周囲を覆っていた遮音の結界が消えたことを感じ取ったエスはため息をつく。


「困ったことになってしまいましたね」

「恐らくエルマーナのやつは、断ったとしても別の手を使ってくるだろうな。我々に頼む、ということは自分たちでは対処しきれない何かが敵の主力部隊にあるのだろう。しかし、現状はやつの掌の上だ。何か面白い状況で仕返ししてやりたいところではあるな。まあ、その前に食事にしよう」


 エスの視線の先では、エルマーナがいなくなり結界が消えたことで、頼んでいた食事を給仕が運んできた。その食事を食べつつ、エスはエルマーナに要求する報酬のことを考えていた。


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