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奇術師、国境を越える

 その夜、エスたちが泊まる宿の裏手に不審な者たちが集まっていた。その数、五人。


「こっちだ」


 静かに他の者に声をかけた男が窓に手をかける。窓には鍵がかかっていなかったのか、あっさりと開いた。


「昼間に細工しておいたからな」

「準備万端じゃねぇか」

「当たり前だろ。コケにされたままで済ませられるか!」

「明日の朝には街を出てくらしいしな。チャンスは今夜しかねぇ。あの男の悔しがる顔が楽しみだ」


 男たちは昼間、この宿の食堂でエスに絡み返り討ちにあった者たちだった。その時より人数が減っているのは、心が折れた結果であろう。


「気づかれないように気をつけろよ」

「魔力阻害も拘束の道具も持ってきてんだろ?」

「当たり前だ」

「女どもの場所はわかってんのか?」

「ああ、調べてある」


 男たちは物音を立てないよう注意しつつ、開いた窓から宿の中に侵入した。自分たちを見る視線には気づくことなく…。

 足音を立てないよう注意し男たちは宿の廊下を歩く。先頭を歩く男は、暗視効果のある魔法を使い廊下を進んでいた。目的以外の宿に泊まっている人たちを起こさないように目的地を目指した。だが、男たちは気づかない。この宿は街で一番大きい宿である。泊っている人数も相当なものだ。それが、いくら夜だからといって誰一人起きていないという事実に。


「静かだな」

「足音に気をつけろよ」


 そんなことを囁きあいながら、ゆっくりと歩いていた。

 しばらく歩き、先頭を歩いていた男がふと振り返る。暗闇に仲間たちの顔が見える。だが、おかしい。人数が足りない。一番後ろを歩いていたはずの男の姿がなかった。


「おい、ザイはどこ行った!?」

「はぁ?」


 他の男たちも振り返る。そこには、最後尾を歩いていたはずのザイと呼ばれた男の姿はなかった。


「どこ行ったんだ?さっきまで確かに後ろを歩いていたはずなんだが?」

「チッ、あの野郎、どうせ間際になってビビッて逃げたんだろ。放っておいて行くぞ」


 また、廊下をしばらく歩く。そして、ようやく男たちは自分たちが置かれている異変に気がついた。


「なぁ、おかしくないか?」

「いくら何でも長すぎるだろ」


 男たちが言うように、歩いた距離からしてすでに宿の大きさを超えている。それにも関わらず、廊下は前にも後ろにも長く続いていて奥が見通せない。目的地は階段を上がった先だが、その階段すら未だ姿が見えない。


「どうなってんだ?」

「ま、まあ、気のせいだろ。行くぞ」


 男たちは考えることをやめ、先に進む。またしばらく歩き、先頭を歩いていた男が言い知れぬ不安を感じ振り返った。そして、驚きの表情を浮かべる。


「どうした?」

「バルドはどこいった?いねぇぞ」


 今度は最後尾を歩いていたバルドの姿が消えていた。寝ている者を起こしてしまうかもしれないという考えにも至らないほど驚いたのか、振り向いた男が大声を出した。


「はぁ?なんでだよ!?どうなってんだよ!」

「落ち着け!静かにしろ。なんだ、どうなってんだ?」


 三人の男が辺りを見渡す。狭い廊下、すぐ後ろを歩いていた者が消えたにも関わらず、誰も気づかない。それが二人も続けば、いくら傭兵を目指す荒くれ者たちでも得体のしれない恐怖心が湧き上がってくる。


「なあ…」


 一人の男が震える声で尋ねる。


「ミゲルは?さっきまでそこにいただろ!」


 言われてミゲルが居るはずの場所へと視線を移すが、そこには誰もいなかった。歩いている最中でなく、足を止め周囲を警戒していた最中にまた一人消えた。先程まで抑えていた恐怖心が抑えられなくなったのか、男が叫び声をあげながら来た道を走って戻っていった。


「ジード、待て!」


 残された男が制止するが、構わず走って行ってしまった。だが、姿が見えなくなっても聞こえていた叫び声が突如消える。残された男の顔が青褪めていた。


「ザイ!バルド!ミゲル!ジード!畜生どうなってんだ!?」


 一人になった男は仲間たちの名を叫ぶ。もはや、宿に泊まっている人たちを起こしてしまうという考えは消えてしまっていた。呼び声に応える者はおらず、それどころか宿に泊まっているはずの人たちも起きてくる気配はない。違和感を覚えた男が、一番近くにあった扉へと手をかける。力いっぱい押したり引いたりするが、扉はびくともしなかった。

 ここで、残された男は少し冷静になった。


「おかしい、ただ暗い廊下を歩いてただけだろ。なんで、ここまで恐怖心が…」


 突如、男の耳に手を叩く音が聞こえてくる。腰に下げたナイフに手をかけ、警戒しながら音の聞こえた方を見た。暗視効果の魔法をもってしても奥の見通せない廊下、その闇の中から見覚えのある男が手を叩きながら姿を現した。


「貴様!」

「いやはや、君は素晴らしい。廊下の状況だけでなく、まさか自身の恐怖心にまで違和感を感じるとは思わなかった」


 姿を現したのはエスだった。純粋に男を称賛するエスに、男はさらに警戒心を強めていた。


「いつから気づいた?」

「いつから?君らに気づいたのは、ということであれば宿に近づいてくる頃からだ。だが、実際は何かしてくる輩がいるだろうと思って警戒していたところに、君たちが来たというのが正解だな」

「読まれてたってわけか…」

「この程度、ちょっと考えれば予想のつくことだと思うのだが。それと、いくら騒いでも誰も起きてこないから、大声を出しても問題ないぞ」

「なんでそんなことが言える!」


 声をあげ人を起こし、エスの立場を悪くしようと男は考えていた。いなくなった仲間たちは、エスが連れ去ったのであろうと考えている。それを足掛かりに自分たちの罪をなかったことにしようと考えたが、それはエスに読まれていた。


「そもそも、君は廊下がなぜ終わらないのか、違和感を覚えたのではなかったのかね?」


 男はハッとした表情になる。それを見てエスは満足気に笑みを深めた。


「では、一つずつ種明かしをしていくとしよう。まず、この廊下だが宿の廊下ではない。私の魔力で作られた空間だ」

「魔力で作られた空間だと!?魔法の気配なんてしなかったぞ!」

「君の魔法にタイミングを合わせて使った」

「なっ!?」


 暗視効果の魔法に比べ、任意の空間を作る魔法は明らかに高度な魔法である。男にもその程度は理解できる。それが、同じタイミングで気づかれないように発動されたことに驚いていた。


「そして、君の仲間たちだが…」


 エスは一枚の布を取り出し床にふわりと落とす。それを勢いよく摘み上げ天井へと投げ捨てると、床に積みあがった小さな箱が四つ現れた。一つ一つは人の頭が入る程度の大きさ。それが積みあがっていた。投げられた布は闇に溶けるように消えた。投げられた布がいつまでも落ちてこないことに気づかないほど驚く男を無視し、エスは積みあがった箱の横に立った。


「紹介しよう。下から順に、ザイ君、バルド君、ミゲル君、ジード君だ」


 下から順番に箱の前面、驚く男側についていた箱の扉を開けていく。中には、エスの言った男たちの白目をむいた生首が入っていた。それを見て、男が怒りをあらわにする。


「殺したのか!」

「いやいや、早とちりしてもらっては困る。一応、死んではいない。ちゃんと今は生きているぞ。ま、気を失ってはいるがな。フハハハハ」

「テメェ!」


 怒りの表情でエスを睨みつける男だったが、エスはそれを涼しい顔で受け流している。


「さて、君に質問だ。ただ暗いだけの廊下、終わらない廊下、それだけで我を忘れて逃げ出すほどの恐怖心が起こると思うか?」


 エスの言葉を聞き男の脳裏に浮かんだのは、叫び声を上げ走り去ったジードだった。


「まあ、仲間が徐々にいなくなっていくという状況を加味する必要はあるが、あそこまで取り乱すほどではなかろう?」

「貴様が何かやったってことか!?」

「その通り!ここまで言えば誰でもわかる内容だから、あまり褒める気にはならないがな」

「チッ!」


 馬鹿にされたと理解した男が舌打ちをする。


「君たちが襲われた恐怖心は私の魔法によるものだ。そして、私はずっと君たちの傍にいたのだよ」

「なんだと!?」


 エスは天井を指差す。それだけで、男はエスが何を言いたいのかを理解した。


「天井に張り付いていたのか!」

「正解、と言いたいが半分だな。天井を歩いていたのだ。このように」


 エスは飛び上がると天井へと着地する。まるで天井が床だと言わんばかりに軽くステップを踏んで見せた。


「どうかな?気づかれなかったのだから、若干天井を高くしておいたかいがあるというものだ」


 エスはふわりと床に降りてくる。ここまでの説明を聞き、男も如何にして仲間たちを連れ去ったのかを、だいたい理解できた。


「俺たちをどうするつもりだ…」

「そうだな。本来であれば衛兵にでも突き出すべきなのだろうが…、面倒だ」


 面倒だと言う言葉にこもっていた殺意を感じ、男は冷や水を浴びせられたように身震いする。


「まったく、おとなしくちょっかいをかけてこなければ私もこんな面倒なことをしなくても済んだのにな」

「わ、悪かった。もう、二度とあんたらには手を出さない。許してくれ!」


 エスの表情から笑みが消える。腰を抜かし後退りする男を、まるで道端に転がる石を見るような目で見つめていた。その視線に耐え切れず、男は叫び声をあげ走り出した。未だ恐怖心を高める魔法は男にかかったままだ。


「面倒を増やすな」


 一瞬にして男の前に回り込んだエスが、男を殴り飛ばす。男が転がった先は、仲間たちの生首が入った箱が積みあがった場所だった。


「さて、では終いとしよう」


 エスはゆっくりと男の頭に手を伸ばす。震えるだけで逃げようともしない男の頭を掴み、持ち上げると男はうめき声をあげながら白目を剥いた。


「これでよし。次はこいつらだな」


 エスは傍に積みあがっている箱に近づくと、順番に中にある頭を掴む。気を失っているせいか先程の男ほどの反応はないが、ぴくりと震える感触が手を伝ってくる。四人全員に同じように手を触れ反応を確かめたエスは、指を鳴らし宿にかけていた魔法を解除した。それと同時に積みあがっていた箱は中身ごと消滅した。


「あとはコレを運んで終了だな」


 倒れたままの男を掴み担ぎ上げる、エスの姿は担いだ男と共に一瞬にして掻き消えた。

 翌朝、宿の前に五人の男が寝ていた。周囲を歩く人はこの街ではよく見かける、酔っ払いがそのまま路上で寝たのだろうという認識でしかなかった。しばらくし、男たちは目を覚ます。


「ここは?」

「なんでこんなとこで寝てんだ?」

「痛っ!なんも思い出せねぇ」

「飲みすぎか?」


 目を覚ました男たちが次々と、そんなことを口にしていた。そこにゆっくりと歩み寄る一人の男がいた。


「君たち、こんなところで寝ていては邪魔だぞ」


 声をかけたのはエスだった。男たちはエスの姿を見ると、一瞬だけ怒りに満ちた表情になったが、次の瞬間心の奥底から湧き上がる恐怖に怒りが塗りつぶされた。


「あ、ああ…」

「ふむ、まだ意識がはっきりしないのか。仕方がない、水でも持ってきてやろうか?」


 男たちは声も出さず、エスの前から逃げ出した。エスはそれを満足気な表情で見送っていた。


「実験は成功。良い結果が得られ満足だ。これでこの先、面倒ごとがあっても隠蔽するには困らなそうだな」


 そう呟き、宿の中へと入っていった。

 エスが男たちに行ったのは、記憶操作と精神操作。記憶操作は任意の記憶を消し為に、今回は夜の出来事を忘れさせるため。精神操作は決められた条件で相手の精神を任意の感情で塗り潰すように、これはエスと仲間たちに敵意を向けた際、精神を恐怖で塗り潰すという使い方をしていた。


「まあ、私たちに関わらなければ十分生活には困らぬだろう。殺さなかったのだから、ありがたく思ってもらいたいものだ。そんな記憶、彼らには残ってないだろうがな」


 誰にも聞かれることのない呟きを漏らし、エスは宿の食堂へと向かう。視線の先にはすでにテーブルに座っている仲間たちがいる。エスもそのテーブルにつき、清々しい気分で朝食を楽しんだ。

 朝食を終えたエスたちは、旅立つ準備を終え宿の前に用意した馬車に乗り込んでいた。エスは宿の料理長であるコック帽を被った男と話をしていた。


「実に美味だった。またこの街に来たときは、この宿に泊まろうと思えたぞ」

「それはありがたいな。いつでも歓迎するぞ」


 そんな挨拶を交わし、エスは馬車へと乗り込む。それと同時にターニャが馬車を走らせた。

 しばらく走り、馬車は国境を越えすぐ近くの小国へと入った。


「それで、どのように進むのだ?」

「現在、戦争中の場所を避けて、といった感じですね。順調に行っても妖精国までは結構時間はかかりそうです」

「それは距離的に仕方ないんじゃなぁい?」

「適当に行きましょ。どうせ、私たちが戦争に巻き込まれたところで誰も死にはしないわよ」


 それもそうだと皆が笑う。ここまで、海龍や悪魔たち、天使族と戦ってきたエスたちにとって、人間同士の戦争は然程脅威に感じなくなっていた。油断ともとれるが、全員の実力がそう思える域に達しているため何の問題もなかった。


「気がかりなのは、勇者君たちの動向くらいだな。グアルディアが何か掴んでいるといいが…」


 そう言って流れる景色に視線を移したエスの視界の遥か遠方で、何かが空を高速で飛んでいくのが見えた。こちらに向かってくるわけでもなく、一瞬の事だったため見間違いかとエスは考え風景を楽しむことにした。


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