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奇術師、妖精国へ向け出発する

「わたくしも、エス様の旅に同行することをお許しください。わたくしが持つ、【愛】の力。それはフォルトゥーナ王国が戦火に巻き込まれるきっかけにもなりえます。であれば、旅をし居場所を悟られぬ方が王国の平和を保てるのではないでしょうか?どうか、エス様と共に行くことをお許しください」

「…ふむ」


 【愛】の力については、アリスリーエル本人とグアルディアから説明を聞き国王はその力について理解している。だが、再び娘が危険な旅に出るということに父親として抵抗を覚え考え込んでしまっていた。国をとるか、娘をとるか。国王としては前者が正解であるとは頭で理解しているが、感情としては後者である。


「ようやく自由に部屋から出られるようになったのだ。また危険な旅に出ずとも良いのではないか?」

「いえ、わたくしはこの力の秘密を知りたいのです。エス様に同行すれば天龍様に会える。この力の秘密も知ることができるやもしれません。この機会を逃したくはありません」


 アリスリーエルの強い意志を宿した視線に、国王は黙ってしまった。


「どうか、旅に出ることをお許しください」


 頭を下げ父の返事を待つアリスリーエルだったが、父親である国王から言葉はなかった。それは、容認できないということではなく、どうするべきか迷っているためだ。そんなアリスリーエルに、意外な人物が味方した。


「陛下、アリスリーエル様を外に出したくないお気持ちはわかりますが、エス様と共に旅をさせるのは私は賛成です」

「グアルディア!」


 グアルディアの名を呼んだアリスリーエルの声に反応するように、国王はグアルディアへと視線を移す。恭しく頭を下げているグアルディアは、顔を上げると説明を続けた。


「私が旅の間に知った情報からも、狙われているのは七大罪の悪魔たちが持っていた力そのもの。アリスリーエル様の力も元は【色欲】であることを考えれば、狙われるのは必然であると考えられます。さらには力を狙っている者たちが起こした先日のエス様を拉致した行動は、王都内でのことであるにも関わらず我々には察知できませんでした。残念ながら、エス様たちがいない状況でアリスリーエル様を守ることは我々には難しいと考えられます」

「うむ。グアルディアの言うことは最もだ。だがな…」

「親としては、ようやく顔を合わせて話ができるのだから傍においておきたい、というのが本音であろう?同じ城に居つつも顔を合わせることもできなかったことを考えれば、わからなくもないがな」


 国王の気持ちを代弁したのはエスだった。


「だが、子の、アリスリーエルの意思を尊重してみてはどうかな?同行するというのであれば、アリスリーエルの安全は私が保証しよう。そもそも、力を奪われてしまってはあちらの思惑通りに事が進んでしまうであろうしな」


 エスの言葉に、国王は目を閉じ考え込んでしまう。理解はしているが納得できない、そういった表情が見て取れた。


「まあ、私が同行するのだ。一瞬でここへ戻ってくることも可能なのだから、そこまで心配しなくてもよかろう?」

「娘の心配をして何が…」

「悪くはない。大変結構。だがな、最悪の場合この国だけの問題で終わらないかもしれないのだ。まあ、力を奪われたところで大したことはないのかもしれない。詳しいことも、天龍に会ってみればわかるかもしれないしわからないかもしれない。ならば天龍に会い、話を聞いてから城で過ごすようにしても問題はないのではないかな?」

「ふむ…」


 天龍、この世界の調停者であればエスの言うように全てがわかるかもしれない。そう考えた国王は深く息を吐くとアリスリーエルの顔をまっすぐ見つめた。


「わかった。アリスリーエルよ、気をつけて行ってくるのだぞ」

「お父様!ありがとうございます」


 嬉しそうな表情のまま頭を下げたアリスリーエルに、国王は微笑みながら頷いた。そして、真剣な表情でエスへと視線を向ける。


「エス殿、娘を頼む。天龍殿の話を聞いたら報告に戻ってきて欲しい」

「了解した。では、無事に帰還できたらそうだな、報酬としてこの国の高級料理でもご馳走になりたいものだ」

「構わぬ。無事に戻った暁には、城の料理人総出で準備させるとしよう」

「フハハハハ、交渉成立だ。私だけならすぐにでも出るつもりだったが、出発は昼過ぎとしよう。それでよいかな?」


 エスの言葉にアリスリーエルが振り向き頷いた。


「では、またあとで」


 そう言うと、エスはすぐに謁見の間を出て行った。


「わたくしも、急いで準備します。それではお父様、また後ほど」


 エスの後を追うように、アリスリーエルも謁見の間から出て行く。残ったのは国王と宰相、グアルディアの三人だった。


「ふう、まさかおまえがアリスリーエルの肩を持つとは思わなかったぞ」

「あのまま陛下が葛藤されたままでは、話が進まないと思いましたので…」

「確かにな。宰相、エス殿のために準備しておいた食料にもう一人分追加して渡しておくように。それとある程度の金の用意もな。妖精国までの間、アリスリーエルが不自由しないように」

「御意」


 豪華な服を着た中年男性は、国王の命を果たすべく謁見の間から出ていく。それを見送り、国王は手振りで近衛兵たちを下がらせた。謁見の間には国王とグアルディアの二人だけとなった。


「しかし、陛下もそろそろ子離れしてはどうですか?」

「やかましい。娘をかまって何が悪いというのだ?」

「悪いわけではありませんが、アリスリーエル様も、もう子どもではありませんよ」

「それはわかっている」


 苦笑いを浮かべているグアルディアの前で、国王は玉座の背もたれに体を預けた。


「グアルディア、おまえは国に残れ。まだ、戦争になったわけではないが、今、国の戦力を減らすわけにはいかん」

「わかりました。まあ、エス様たちと共にいるのであれば、アリスリーエル様は大丈夫でしょうし、私が残ることに問題はありません。エス様たちで手に負えない相手であれば、城の戦力でアリスリーエル様を守るのは無理でしょうし」

「それほど、いや、あの時からさらに力をつけているのであれば、エス殿一人すら我が国の兵士たちでは止めようがないであろうな」


 国王の脳裏に、初めてエスに出会った時のことが思い出されていた。


「その通りです。私もエス様の相手は正直したくありませんね」

「おまえでもか」

「はい。戦闘力もありますが、それ以上に彼は厄介です。戦闘中にも関わらず、意識の外側から何かを仕掛けてくる。流石は奇術師といったところでしょう。エス様だけではありません。他の方々も我が国の軍団長級の者たちですら相手にならないでしょうね」

「…それ以上の強者たちが力を狙っているのだな」

「そうなります」


 それならば、この結果は正解だったのであろうと国王は納得した。結局のところ、国王の目的は娘を守ることなのだから、一番安全と思われる状況にできているのであれば問題はなかった。


「グアルディア、妖精国までの間、アリスリーエルたちが立ち寄りそうな場所の情報収集を。それと、できる限り厄介ごとの排除をしておけ」

「了解致しました。すぐに密偵たちに連絡を取りましょう」


 グアルディアの部下たちは、各国の情勢を探るため密偵として潜入しそこで生活している。その者たちから、国王が知りたがっている情報を集めるのもグアルディアの役目だった。

 グアルディアは国王に一礼し、謁見の間を後にした。一人残った国王も天井を眺め一息つくと、自室へと戻っていった。

 アリスリーエルが部屋に戻ると、リーナたちが出迎えた。隠そうともしていないアリスリーエルの嬉しそうな表情を見て、旅への同行が叶ったのだと全員が悟っていた。


「アリス、うまくいったみたいね」

「ええ、出発は昼過ぎだそうです」

「ええっ!?すぐじゃん」

「ミサキ、いいから準備。あなたたちはどうするの?」


 リーナはサリアとターニャを見る。


「私たちもご一緒するわ」

「うん、今更別行動ってのも寂しいしね」


 二人は当然といった表情で質問に答えた。


「皆さん、またよろしくお願いしますね。では、準備を急ぎましょう」


 アリスリーエルたちが旅支度を始めた頃、エスは宰相に呼ばれ城の厨房に併設された倉庫へと来ていた。


「こちらの食材すべてお持ちになってください。あと、こちらは陛下から旅に使うようにとのことです」


 食料とは別に、宰相から手渡された革袋の中身を覗いてみると、見たことのない様々な硬貨が入っていた。


「妖精国までの間で使われている硬貨です。場所によってはこの国の通貨が使えない場所もありますので。各地域にひと月程度滞在しても大丈夫な程度は入っています。足りなくなることはないでしょう」

「ほほう。それはありがたい。が、これほどの金額もらってもよいのか?」

「陛下からの指示です」

「ふむ、よほど娘がかわいいらしいな」


 エスの言葉と同じ感想を抱いていた宰相は苦笑いを浮かべた。それを見て、エスも宰相が同じことを感じていると理解する。


「では、ありがたく使わせてもらおう」


 革袋の口を締めポケットへとしまう。スルスルと吸い込まれるようにポケットに革袋が吸い込まれていき、エスは逆のポケットから金属の球体を取り出すとそれらに向け一言呟いた。


「『格納』」


 目の前に置かれていた食料類は一瞬にして球体に吸い込まれていった。すべてを格納し終えたことを確認し、手に持っている球体もポケットへとしまう。


「これで一通りの準備は終わりか」

「他に必要なものがございましたら、声をかけてください。できる限り準備致します」

「アリスリーエルのために、であろう?」


 宰相は笑みを浮かべ倉庫から出て行く。


「苦労しているようだな」


 その後姿を見送りながら、エスは独り言を呟いた。

 昼食後、エスは独り先に準備するため城門へと来ていた。ポケットから取り出した金属球から、手慣れた動作で真鍮色をした馬が引く馬車を取り出す。


「ドレルに操作方法を教わっておいてよかった。この馬車なら妖精国まで楽に行けそうだな」


 真鍮色の馬を撫でながらそんな感想を呟いていると、城の方から何人か歩いてくる気配を感じとった。そちらへと視線を移すと、国王とグアルディアを先頭にアリスリーエルたちが歩いてきていた。


「お待たせしました、エス様」

「全員揃ってるわよ」


 アリスリーエルとリーナの言葉に頷いて答え、その背後にいるサリアとターニャへとエスは問いかける。


「おまえたちも行くのか?」

「もちろんよぉ」

「ここまで来て、ついていかないって選択肢はないだろ?」


 それもそうかと、苦笑いを浮かべたエスは二人に頷いてみせる。


「さあ、乗り込め。出発するぞ」

「じゃ、あたしは御者台の方に」

「あ、私が御者するぞ」


 跳ねるようにミサキは馬車の前へと回り込んでいった。その後をターニャが追う。


「では、わたくしたちも」

「ええ」


 アリスリーエルとリーナ、サリアの三人は後ろから乗り込んでいく。それを眺めているエスへ、国王とグアルディアが近づいてきた。


「エス殿、娘をよろしく頼む」

「エス様、これを」


 差し出されたグアルディアの手には、装飾された小さな球体があった。細い鎖がついており首飾りのように首にかけられる長さをしていた。


「これは通信用の魔道具です。お持ちください。教皇国と魔工国に動きがあり次第、こちらからご連絡します」

「ああ、わかった」


 動きがわかった方がいろいろと都合がいいだろうとエスも考えていたため、遠慮なく魔道具を受けとると首にかけた。


「エス殿くれぐれも、娘を危ない目にあわせぬようにな」

「やれやれ、前にも思ったが、本当に親バカというやつだな…」

「大丈夫ですよ、国王陛下。私たちがちゃんと守りますから」


 エスに代わり、馬車の上からリーナが答えた。その横でサリアも頷いている。


「では、出発するとしよう。目指すは妖精国アンヌーンだ」


 地面からふわりと浮かんだエスは、そのまま馬車へと吸い込まれるように乗り込む。エスが乗ったことを確認したターニャが、馬車を出発させた。


「お父様、行ってまいります」

「ああ、気をつけてな」


 手を振るアリスリーエルに国王は手を振り返していた。その横で、グアルディアが一礼し見送っていた。

 しばらく手を振っていたアリスリーエルだったが、王都の民が行き来する場所まで来たため馬車の中へと姿を隠した。


「わたくしの顔を知っている民はいないとは思いますが、一応お忍びということなので見つからないようにしないと」

「では、ターニャ。安全運転で頼むぞ」

「わかってるよ!」

「あたしも見てるから大丈夫だって」

「余計心配になったな…」

「なんで!?」


 騒ぐミサキに対し笑みを浮かべたエスは、妖精国までの旅路を楽しみにしつつ流れる景色へと視線を移した。

 エスたちが出発ししばらく後、国王とグアルディアの二人は国王の私室へと来ていた。


「グアルディア、状況はどうだ?」

「現在のところ、妖精国までの道中に不穏な地域はなさそうです。ですが…」

「何かあったのか?」

「噂でしかありませんが、教皇国の勇者が妖精国へと向かったという話があるようです。実際に目撃者もいるようですので、事実である可能性は高いかと思われます」

「あの勇者がか?」

「はい。まだ真偽不明ですし、事実としても目的がわかりません」

「教皇国が絡んでいるやもしれん。急ぎ真偽を確かめさせろ。もし、真実であり教皇国が手を回しているのであれば、エス殿に伝えねばな」

「すぐに調べさせます。並行して、情報収集も続けさせ定期的に報告させるように致します」

「うむ、頼んだぞ」


 国王が頷くと、グアルディアは恭しく一礼し部屋を出て行った。


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