奇術師、自身を顧みる
しばらくの間、ミカエルとラファエルの二人の攻撃を耐える。同時に二人を相手にするため防戦一方であった。カーティオから教わった、というより正確には盗んだ剣技と、ハリスヴェルトから教わった技を駆使し二人の相手をするが、二対一では圧倒的に不利である。相手が持っている高性能な武器にガブリエル同様の身体能力、ここまで押し切られずに堪えているだけでも称賛されるレベルであった。
『エス、このままではジリ貧だぞ』
「ジリ貧というより、私の方がそのうちやられるな。現状、あいつらは武器しか使っていない。あいつらの持つ力まで使われたら一気に押し切られるのは目に見えている」
ガブリエルが使っていたような力を、目の前の二人が持っていないわけがない。持っていないと考えるのは危険すぎるとエスは考えている。現時点で力を使う様子はなく、ミカエルとラファエルは武器と連携だけでエスと相対していた。その武器も、十分に異常なものではあるのだが。
ミカエルがエスへと剣を振り下ろす。それを左手に持った剣で受け、右手の刀で空いた脇腹を狙うが、その刀をラファエルがミカエルの背後から槍で弾く。エスは素早く背後に飛び距離をとった。
「やれやれ、一人だけならなんとかなりそうなのだがな…」
ミカエルとラファエルは追撃することなく足を止め、並んでエスを見据えていた。
「想定外ですね。『奇術師』がここまでの戦闘能力を有しているとは…」
「戦闘狂だった前『奇術師』以上でしょう。まさか聖騎士と同じ剣技まで使うとは思いませんでした。これなら、ガブリエルが退けられたのも納得です」
二人の自分に対する評価を聞き、エスは納得いかない気分になっていた。
「戦闘力?前『奇術師』以上?」
エスの脳裏にフォークスの姿が思い浮かぶ。
だが、そんな思考を二人が許すことなく一瞬で間合いを詰めてきた。
「チッ!」
反応が遅れたエスは、二人の攻撃を紙一重で避け距離をとるべく後ろへと下がる。だが、ミカエルとラファエルはぴったりとエスに追従していた。
「少々、しつこいのではないか?」
「逃がすわけにはいきません」
「私たちに協力するのであれば、命は取りませんよ。ただし、逆らわぬよう呪詛をかけさせてもらいますが」
「物騒なお嬢さん方だ…」
言葉による交渉など、すでに意味はないとエスも理解していたが、どこかに突破口がないかと隙を見ては話しかけていた。その成果はエスの意図とは別の形でミカエルとラファエルに表れていた。エスが話しかけてくることから、二人は自陣に取り込めるのではないかと考えていた。その方が、新しい『奇術師』の生まれ変わりを待つという年単位の時間を待たずに済む。二人としても、そういったメリットがあった為、力を使い一気に畳みかけずエスの会話に耳を傾けていた。
防戦一方なエスに、魔法で応戦しながらアヴィドたちが話しかけてくる。
『エス、我の魔法も対応され始めた。早々にケリをつけろ』
『なんか、私の呪詛も弾かれてるのよね』
『さっさとこんなとこ逃げちゃいなさいよぉ。妾たちもこんなとこで死にたくないわよぉ』
「すでに死んでいるのと同義だと思うのだがな」
『精神は生きてるんだから問題ないわぁ。ギルが体を用意してくれるだろうしぃ』
そんな話だったなとエスは考えながら、ミカエルとラファエルの相手を続ける。活路が見いだせずそろそろ精神的にも限界が近づいていた。そんなエスに、再びアヴィドが話しかける。
『それにしても、他人から技を覚えるほどだ、貴様も随分と戦うのが好きなのだな』
「何っ!?」
大したことのないアヴィドの呟きだったが、エスは何かに気づいたように声をあげる。エスのあげた驚愕の声に、攻めていたミカエルとラファエルの手が一瞬止まった。その隙に、二人を蹴り飛ばしエスはさらに距離を取るべく背後へと飛ぶ。そして、自分の行動を改めて思い返していた。
「おかしい。そもそも、私はそこまで戦いが好きな方ではない。平和な世界から転生したのだからな。…そう、そうか、フハハハハ、若干混じっているというのはこういうことか!要らんものを残していってくれたものだ」
突然笑い出したエスにミカエルとラファエルが動揺しつつ、その行動を警戒する。二人の見ている前で、剣と刀を空中へと放り投げ消し去った。
「ああ、やめだやめだ。まったくらしくないことをしていた」
僅かな危機感を感じたラファエルが、グングニルをエスへと投擲する。迫るグングニルを前にして、エスは深い笑みを浮かべていた。
「そう、私は『奇術師』だ。ならば、『奇術師』らしく君らを騙すとしよう」
エスは両手を広げグングニルをその胸に受ける。グングニルはエスを貫通すると、再びラファエルの手に戻っていった。戻ってきたグングニルを見てラファエルは呟く。
「おかしいですね。血の一滴もついていません」
それを聞いたミカエルが、両手を広げたままのエスを観察する。
「傷が、ない」
貫かれたはずのエスの胸には穴など開いておらず、着ている服も無傷であった。
「フハハハハ、イリュージョン!はあ、本当に私は何を真面目に戦おうと思っていたのだろうな。初めからこうすればよかったのだ」
「クッ!」
ミカエルが剣を振りエスを炎に包む。炎の中、人影が苦しそうにもがき倒れる様子が見えた。だが、ミカエルとラファエルは周囲を警戒する。
「手応えはあったのに、なんですかこの違和感は」
「まるで、夢でも見ているような…」
「その通り!」
エスの声と同時に指を鳴らす音が響く。その音を合図に、周囲の景色がガラスが割れるかのように砕け散った。
「これは、幻惑魔法!?」
「それだけではありませんね。【奇術師】の力も僅かに感じます」
「ほほう、一発でタネを見破られるとは思わなかった。ミカエル君、正解だ。それにしても、結構頑張って考えたのに、見破られてしまうなコレは。別の手を考えたほうが良いのか?」
正解を言い当てたミカエルを称えるかのように拍手をするエス。使う度に調整をしていたにも関わらず、幻惑魔法と【奇術師】の力の合わせ技だと気づかれることにエスは若干の不満を抱いていた。
「だが、いつから術中だったのか。気づけていたかな?」
エスの問いかけに、ミカエルとラファエルは苦い表情を浮かべる。その表情を見て、エスはますます笑みを深めた。
「フハハハハ、その表情だけで十分な答えだ」
二人の表情から、自分たちがいつから騙されていたのか分かっていないことを察しエスは再び笑う。そして、エスは徐にポケットから一枚の布を取り出した。人ひとり隠せる大きさの布、それを見てミカエルとラファエルは咄嗟に行動を起こす。
「まさか、転移を!」
「させません!」
二人は一瞬でエスの眼前へと移動すると、布を広げる隙を与えぬよう攻める。それを、ひらりひらりと躱しつつ、エスは背後へと下がった。だが、距離をとらせないよう二人はエスについてくる。エスとしては、二人のこの行動も想定した通りであり、それを踏まえ移動していた。
「逃がしませんよ!」
「もう少し、こう上目遣いで甘えるように言ってくれたのなら、少しは考えてもよかったのだがな」
少し移動したところで、エスは無言で二人の背後を指差す。
「何を!?」
その手には、先程まで持っていたはずの布がなくなっていた。二人が慌てて背後を見ると、床に落ちた布が徐々に膨らんできているところだった。
「いったい、何を!?」
「なに、見ていればわかるさ」
二人が布を見たその一瞬の間にエスは距離をとっていた。ミカエルとラファエルの二人は、エスと徐々に大きくなる布とを交互に見ている。人ひとり程度隠れられるほど持ち上がった布がひとりでにずれ床へと落ちると、布の下から現れたのは木でできた人形だった。人形は変わったポーズを取っており、ミカエルとラファエルの二人は人形へと視線が釘付けになる。
「はっ!『奇術師』は!?」
「いません!」
ふと我に返りミカエルが声をあげると、ラファエルが咄嗟に先程までエスが立っていた場所、その周囲へと視線を動かす。すでにエスの姿はなく、周囲にも人形以外何もない空間が広がっていた。
「いったいどこに?」
「転移した様子はありませんでしたが…」
ミカエルは自分が作り出した空間に、姿は見えないがエスがまだ居ることは感じ取っていた。エスの気配を探ろうとした矢先、ポーズをとったままの人形が突然動き出した。自分たちに迫りくる人形へ、ラファエルはグングニルを投擲する。しかし、グングニルは狙った人形へとは向かわず、弧を描きラファエルの手に戻ってきた。
「なぜ?」
「フハハハハ、なるほどなるほど、『決して的を外さない』といっても使用者が正確に的を認識していなければ外れるのだな。貴重な情報ありがとう」
「人形は確かにそこにあるではないですか!」
「ラファエル、落ち着きなさい。実際に見えてる位置と人形が存在する位置が違いますよ。おそらくは視界を歪められているのかと」
「私たちに幻惑など…」
「これは、幻惑ではありませんね。【奇術師】の力ですか。先程、気づかれたようですね」
エスが、先程のやりとりから二人に幻惑魔法はあまり効果は期待できないが、【奇術師】の力であれば十分効果があると仮定していた。そして、エスは仮定を確信に変えるべく細工をした人形を二人にけしかけたのだった。結果は想定通り。エスは満足気に頷きながら、動きを止めた人形の背後から姿を現した。
「いやはや、満足満足。魔法は効果が薄くとも、君らに【奇術師】の力なら通じることはわかった。さて、これで反撃ができるというものだな」
エスは人形の腕を掴むと、目にも止まらぬ速さで回転し始める。唐突に回転が終わると、そこには人形はおらず同じように立ち、頭を下げる二人のエスがいた。
「なっ!?」
「「ここからは二対二ということで、第三ラウンドといこうではないか」」
まったく同じ声、同じ口調で二人のエスが喋る。どちらが本物なのかミカエルとラファエルの二人にはわからなかった。戸惑う二人に構わず、エスたちは魔器を取り出し魔力で剣を作り出した。
「「それでは、行くぞ」」
その言葉を合図に、エスたちは二人に切りかかる。まったく同じ動きをするエスたちだが、幻影などではなく物理的な接触がどちらもあった。そのことからどちらかがエス本人でどちらかが先程の人形であろうとミカエルは予想する。
「ラファエル、力の使用を。手の内をさらすことになりますが…」
「仕方ありません。了解です」
二人から異様な気配が漂う。エスにとっては以前に経験したことのあるものだった。
(ガブリエルと同じ。なるほど、力を使うことを決心したか。フハハハハ、だが、残念もう遅い)
二人のエスと剣を交えながら、覚悟を決めた表情のミカエルの目に白い光が宿る。しかし、その表情はすぐに曇ってしまった。ミカエルの表情の変化に気づいたラファエルが、ミカエルを連れエスたちと距離をとった。エスたちはそれを追うことなくゆっくりと歩きながら二人に近づいていく。
「ミカエル、どうしたのですか?」
「ラファエル、どちらも確率が同じなのです。どちらも…」
ミカエルの持つ力の一つ【希望】。その力には、自身が望む結末へ向かう道筋を指し示すことができるものだった。例えば、分かれ道があったとしてどちらに進むのが正解か、といったときに正解を選ぶことができる。剣技でいうのであれば、フェイントなのか本気の一撃なのか見極めることも容易くできるものであった。使い方によっては凶悪なその力で目の前のエスたちを観察しても、二人とも本物である確率は同じだったのだ。
「それで、何パーセントなのですか?」
「両方ともゼロよ!」
それを聞き、ラファエルは力を上乗せしたグングニルを投擲する。狙いは二人のエス。投擲されたグングニルは正しく二人のエスの胸を貫きラファエルの手に戻る。まったく同じ威力で同じ位置を貫かれたエスたちだったが、槍が通ったであろう穴が開いたまま、歩みを止めることなくミカエルとラファエルへと近づいていく。胸の穴からは血の一滴も流れていない。
「「おお、怖い怖い。なるほど、推測するにミカエル君は【希望】、ラファエル君は【公正】といったところかな?だが、残念。君らが気づいた通り、どちらも人形だ。では問題、私はどこにいるでしょう?」」
声は確かに目の前の近づいてくる人形たちから聞こえる。だが、見える限りの情報からも、それらがエス本人でないのは確定している。ミカエルは【希望】の力が示す確率に従い、自分の左側へとスルトの剣を振る。業火が地面を這い、辺りを焼き払う。だが、【希望】の力が示す確率が、剣を振る瞬間に100から0へと変化していた。
「逃げられましたか」
ミカエルの呟きにかぶさるように、乾いた木が弾ける音が響く。ミカエルが音のした方へと視線を移すと、ラファエルが人形だと分かった二人のエスを破壊したところだった。
「ミカエル、次はどちらですか?」
「ちょっと待って…。いない?」
周囲を探ったミカエルの言葉に、ラファエルも動揺する。たった一瞬、しかも転移する気配すら悟らせず消えたのかと驚愕していた。だが、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
「フハハハハ、まだ私はいるぞ。ちょっと熱かったがな。いやはや、いろいろ実験できたし、満足だからもう帰ってもいいのだが…」
ミカエルとラファエルの前に突如エスが姿を現す。前兆も何もなく突然現れたエスに、二人は驚きを隠せなかった。
「一体、どうやって…」
「タネは秘密だ。最後に、君らと少し遊んで帰ろうと思う。ミカエル君、ラファエル君、ひとつ賭けをしないか?」
「賭け、ですか?」
「そう、賭けだ。私が勝ったら、この場は見逃してもらえないだろうか?」
「いいでしょう。では、私たちが勝った場合は、私たちに協力してもらいます」
少し考えたエスは頷く。
「よろしい。では、成立だ。若干、賭けているモノが公平ではない気がするが、そこのところ公正を司るラファエル君としてはどう見るのかね?」
「公平でしょう。どうせ、勝負のルール自体あなたが決めるのでしょうから」
「ふむ、話が早くて助かる。では、勝負の内容だが…」
エスは腕を振り上げると、高らかに指を鳴らした。