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奇術師、閉じ込められる

 エスは一枚の布を取り出し転移する。転移先は城の外、以前『強欲』の悪魔と戦った広場に面した建物の屋根の上だった。


「改めて思うが、やはりこの力は便利だな。ノーリスクで使えるというのが信じられないほどだ」


 エスは周囲を見渡す。人々が行き交う広場を眺めつつ、エスはその場に座った。目を閉じ周囲に自身の感覚を広げていく。


「ふむ、実に平和、この街は心地よい感情が多いな。この人の感情がわかるという感覚に慣れたものだ。そういえば、ここにはあいつらもいたのだったな」


 エスは、この街に初めて来たときに出会った、サルタールとパッソを思い出すと、二人の気配を探るように意識を集中した。


「おや?」


 二人の気配がどこからも感じられず、立ち上がったエスは転移する。転移先はサーカスのあった場所。転移したエスの目の前には、何もない広場があるだけであった。地面を見るとテントなどが立っていた痕跡があるため、場所を間違えたということではないことがわかる。


「ふむ、別の街に移動したのか。調教師を見つけた礼でも貰おうかと思ったが、いないなら仕方ない」


 気分転換にと今度は転移をせず、エスは記憶を頼りに先程の広場へと歩いていく。

 人気のない道を歩いていると、瞬きの合間に周囲の景色が変わった。


「おや?」


 周囲を見るが明らかに王都ではなく、そこはただ真っ白い空間だった。どこまで続いているかわからない程の広い空間にエスは戸惑う。

 自分の置かれた状況に戸惑っていたエスの眼前、空間に縦に長い楕円形の歪みが現れ中から二人の女性が現れる。現れた女性の髪と目を見て、エスは最大限の警戒をしていた。

 そんなエスの様子を見た女性の一人が微笑みながら一礼する。


「初めまして、当代の『奇術師』。私の名はミカエル。希望と期待を司る者です」


 その横、でもう一人も一礼する。


「ラファエルです。正義と公正を司っております」


 丁寧な物腰、口調で自己紹介をしたのは天使であるミカエルとラファエルであった。


「これはご丁寧に。私は『奇術師』のエスだ。金髪に碧眼、ガブリエルと同じ天使か。やれやれ、これはピンチだな」


 エスも優雅に一礼しつつ自己紹介を返す。だが、その手にはいつの間にか刀が握られていた。眼前にいるのは天使である。敵対しているであろう存在を前に、武器の一つもないのは心許ない。ガブリエルとの一件で、生半可な武器では天使に対抗できないことは経験済みであるため、最初から対抗可能であることがわかっているアーティファクトの刀を準備したのだった。


「やはり神器のようですね…」


 エスの持つ刀を見たラファエルが一瞬だけ表情を険しくしたが、すぐに先程までと同様の微笑みを浮かべる。


「今は、警戒なさらなくても大丈夫ですよ。挨拶と交渉にうかがっただけです」

「ほう」

「あなたが力を十全に使えるようになったことは、ガブリエルとアナエルの報告から理解しています。それに、その神器らしき刀もあります。今のところは、敵対するつもりはありません」


 エスの態度にミカエルが微笑みながら敵意はないと告げる。


「今のところは、か」


 エスは二人に聞こえない程度の声で呟き、警戒を緩めることなく二人を見ていた。


「一つ、お願いしたいのですがよろしいですか?」

「内容次第だな」

「私たちと共に来ませんか?」

「何?」


 予想外の言葉にエスは驚く。


「私たちと共にあの方の目的のため、その力、【崩壊】の力を使ってもらえませんか?」

「目的とやらを聞いても?」

「共に来ていただけるのであれば教えましょう」


 エスはしばし考える。二人の天使が直接交渉に来たこと、そして【崩壊】の力を欲していること、【崩壊】の力があの方と呼ぶ者の目的のため必要であること、それらを一つ一つ繋げていく。


「ふむ、交渉に来たということは実力行使では面倒、もしくは分が悪い。故に、ほんの少しの情報を出し敵意がないと証明しつつ自陣に取り込む、か」


 エスの独り言を聞き、ミカエルとラファエルの表情が僅かに歪む。


「フハハハハ、残念。その程度なら想定済みだ。目的次第であれば協力も吝かではないが、それを隠すということは相容れない内容なのであろう?」

「やはり、あなたは危険ですね」

「新しい器が見つかるまで、その力は預からせてもらいましょう」


 ミカエルの右手に激しい炎が集まり一本の剣に姿を変える。そちらに視線を奪われている間に、ラファエルはいつの間にか手に持っていた槍を、エス目掛け投擲した。


「クッ!」


 投擲の瞬間、それに気づいたエスは槍を躱すため身を翻すが、槍はまるで意思を持つかのように軌道を変えエスの左肩へと突き刺さった。エスの肩に突き刺さった槍は、ひとりでに抜けるとラファエルの手へと戻っていく。左手に持っていた刀を落とし、エスは右手で左肩を抑えた。


「軌道が変わった、だと?しかも手元に戻る…。まさか、グングニルか?」

「よくわかりましたね、正解です。神器らしきものを持っていると報告がありましたので、私たちもあなたを殺し得る武器を用意してきました」


 エスの予想を聞き、僅かに驚いたラファエルが正解だと告げた。


「それはそれは、要らぬ努力をしてくれる…。となると、炎の剣。神話や伝承で考えるならスルトの剣あたりか」

「さすが、この世界に呼ばれただけありますね。こちらも正解ですよ。あなたの持つその刀が何であるのかはわかりませんが、私たちを殺し得るものであるのは確実ですから、同等のものを用意してきました」

「フハハハハ、慎重すぎではないか?ただの刀であろう?」


 笑いながらも内心焦っているエスは、この状況をどう切り抜けるべきか考えていた。

(スルトの剣は伝承通りなら、あまり近づかれなければ問題はないだろう。だが、グングニルは厄介だ。先程の状況からして、決して的を外さない、敵を貫いた後に自動的に戻る、を再現しているのか。確か、解釈が二つあっただけだったはずだが両方再現するとは、この世界を作った神は何を考えているのだ…)

 この世界の創造主に文句を言ってやりたい気持ちのエスだったが、すでにその神は死んでいることを思い出し冷静になる。この空間がどこであるかはわからないが、アヴィドの作った空間からも転移できたことを考えれば逃走は可能だと思われた。


「大体、武器だけであの二人は力すら使ってないではないか。やってられんな」


 エスは右手で刀を落とした拾い上げると、左手でポケットから布を取り出し転移しようとする。だが、ミカエルがスルトの剣を振ると周囲に炎が燃え広がり、取り出した布が燃え尽きた。


「逃がしませんよ」


 その言葉と同時にグングニルがエスへと迫る。今度は躱すのではなく、空いている左手を使い全力で掴み槍を止める。エスの手の中で暴れたグングニルは、手を振り解き再びラファエルの元へと戻っていった。


「やれやれ、せっかちなお嬢さん方だ」


 首を振りながらため息をつくエスを見て、違和感を感じたミカエルが声をあげる。


「肩の傷はどうしたのですか?」


 エスは刀を持つ右手ではなく、左手でグングニルを受け止めていた。左肩に槍を受けたはずなのにだ。それに気づいたミカエルがエスの左肩を見たとき、そこに傷どころか服に穴すら開いていなかった。


「イッリュージョン!傷などなかったのだよ」

「【奇術師】の力、やはり十全に使われては厄介ですね」

「今ここで仕留めておくべきです」

「おお、怖い。だが、私も死にたくはないので、全力で抗うとしよう。女性を殴るのは少々気が…、うむ、引けなくもなかった」


 未だ自分の理性と感覚の間で整合性がとれていなのだなと、エスはこの時感じていた。


「ご安心を。女性型というだけで、定命であるヒトのように生物としての女性ではありませんよ」

「私たちは不死、そもそも生殖行動など必要ないのですから、性別などありません」


 ミカエルとラファエルはそれだけ言うと、再びエスへと襲い掛かる。


「まあ、それはそうだろうな。寿命のない者が子孫など増やしたら世界としてはたまったものではあるまい。その辺は私も同じか…」


 そんなことを考えながらも、広い真っ白な空間を飛び回り二人から逃げる。


「転移を妨害したということは、転移で逃げられるということ。あとは、その隙を作ることができれば…」


 ミカエルとラファエル、二人の行動から活路を見つけたエスだったが、それを実行するのが現状的に非常に困難であった。せめてどちらか一人だけであればと思うエスだったが、その考えは始めから彼女たちの仲間であるカフジエルに読まれていた。一人で出向こうとしていたミカエルに、カフジエルがもう一人連れて行くように言ったのである。それを受け、ミカエルはラファエルと伴いエスのもとへと現れた。

 ミカエルは、ここまでは予定通り順調であるとホッとするが、妙な胸騒ぎがおさまらなかった。交渉の決裂、その後の展開も想定通り。カフジエルの言う通り、転移の妨害もできている。だが、不安が大きくなる一方であった。このまま、追い詰めていいものか戸惑いを感じていた。


「これで終わりにしましょう」


 ラファエルが全力でグングニルを投擲する。一般的な人であれば光が走った程度にしか見えないであろう速度で向かってくる槍を、エスは刀を抜き受け止める。刀で受けたのは、手で掴もうにも速度が速すぎるため手の方が無事では済まないと感じたからだ。ギリギリと火花を散らしながら刀が徐々に自分の方へと押し込まれてくる。


「これはマズいか。しかも、狙いは頭らしいな」


 徐々に近づいてくる槍の軌道から、確実に自分の頭を狙っていることに気づいていた。


「ミカエル!」

「わかりました」


 グングニルの対処に追われるエスへと追い打ちをかけるよう、ラファエルがミカエルへと声をあげた。それに頷き、ミカエルはスルトの剣を振り上げる。


「これで終わりにしましょう、『奇術師』」


 振り下ろされたスルトの剣から、激しい炎が溢れ出し地面を這いながらエスへと向かってくる。


「これは、万事休すだな…」

『標的に当たらない呪いを受けるがいいわ』


 諦めかけたエスの耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。それと同時に、エスに到達しそうだった炎が、そのエスを避けるように手前で別れ両脇へと抜けていく。


「炎が避けた!?」

「この力、【嫉妬】ですね」


 炎がそれたことで、グングニルに集中できたエスは全力でグングニルを弾き飛ばす。グングニルは空中で回転しながらラファエルの手へと戻っていった。一息ついたエスが自分の隣へと視線を向けると、いつの間にか一本の剣が浮いていた。


「おまえたち、何を勝手に出てきているのだ?」

『あっらぁ?助けてあげたのにぃ、どういうつもりぃ?』

「チッ」


 浮いていたのは、アヴィドとトレニア、レヴィが宿った剣だった。剣から聞こえるレヴィの声がエスを煽ってくる。


『クックックッ、これは愉快。実に気分がいい、我らが助けてやろう』

『力のないオッサンは黙ってなさいよぉ。』

『あんたたち、何もできないんだから、静かにしててよ』

『何を言う。我にもできることはある』


 剣の周囲に魔力が集まると、氷の槍が数本現れミカエルとラファエルへと射出される。だが、氷の槍はミカエルがスルトの剣を一振りしただけで、すべて蒸発し消えてしまった。


「アヴィド、おまえはアホなのか?」

『すまん』

『アハハハハ、炎の剣使ってるヤツに氷とか。アハハハハ』

『笑いすぎであろう、レヴィ!』

『でも、魔法は使えるわねぇ。レヴィの【嫉妬】も使えるし。エス、手を貸してあげるわよぉ』


 エスの隣に浮かぶ剣を、ミカエルとラファエルは険しい表情で見つめていた。


「あれは厄介ですね」

「潰せるか試してみましょう」


 ラファエルがグングニルを投擲する。狙いはエスではなく、その隣に浮かぶ剣だ。飛んでくる槍に気づいたエスが、槍から守るため剣へと手を伸ばそうとする。だが、その必要なくグングニルは剣の少し横を通り過ぎ、大きく旋回しラファエルの手へと戻っていった。


「やはり。ガブリエルの報告にあった剣のようですね」

『その槍にも呪いをかけておいたわ。いくら神器と言っても、神の力からは逃れられるわけないじゃない』


 ラファエルにレヴィが種明かしをする。それを聞いて、ミカエルがため息をついた。


「仕方ありませんね。ラファエル、全力で対応しますよ」

「そうですね。これ以上、手加減する意味はなさそうです」


 二人は武器を構え、真剣な表情でエスを見つめていた。エスはそれに応えるように右手に刀、左手に剣を持ちミカエルとラファエルへと向き直った。


『どうやら、第二ラウンドのようだな』

「おまえたちが煽るから、余計面倒になったではないか…」


 ため息をつきつつ、エスは二人へと駆け出した。


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