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奇術師、不在の間に事は起こる3

 謁見の間に扉から黒いローブを纏った者たちが現れると、グアルディアの前に集まり膝をつき頭を下げた。その数、二十人前後。この者たちはグアルディア直属の部隊であり、フォルトゥーナ王国の諜報や工作、暗殺などを専門とし、王国を陰から支えている者たちだった。その存在は、国王と宰相しか知らない。王家の者であるアリスリーエルやエルレムもその存在を知らされていなかった。

 ただ、アリスリーエルだけは薄々その存在に気づいてはいたのだが、見て見ぬふりをしていることをグアルディアは知っていた。


「ここの処理を早急に、陛下が戻られるまでに終わらせなさい。三人程でエルレム様を自室に運んで監視を。【憤怒】の力は消えているので大丈夫だと思いますが、一応拘束しておきなさい。数名は私とここの調査、未だ【嫉妬】の力が残っているかもしれないので全員注意しなさい」

「はっ!」


 黒いローブを纏った者たちは返事をすると、すぐに作業を開始する。エルレムが例え仕えるべき王家の者だとしても、躊躇うことなく手足を拘束し、エルレムの自室へと運んでいく。ある者は首のなくなった死体を運び出し、ある者は魔法で血痕や床や壁の傷を修復していく。そのためにグアルディアは、城を囲っている結界魔道具の解除をしていたが、ふと独り言を呟く。


「そういえば、結界内だったはずですがアリスリーエル様は問題なく魔法を使っていましたね。アリスリーエル様の力に関係があるのでしょうか?そうなると、エス様やミサキ様にも効果はなさそうですね。あの方たちを抑えられる程の結界、ふむ、ドレルには荷が重そうですね、諦めましょう」


 現状、結界内で魔法を使える者はエス、アリスリーエル、ミサキと他の七大罪の悪魔たちくらいだろうとグアルディアは考えていた。七大罪の悪魔のうち、『強欲』のアヴィドと『色欲』のトレニアがエスの元にいるのはわかっている。グアルディアが知る限り、残る脅威は四人だが、今考えても仕方がないと考えることをやめた。

 そんなグアルディアのもとに、エルレムを運んでいった内の一人が戻ってきた。


「グアルディア様、エルレム様を自室へと運び込み監視に二人を残してきました」

「ご苦労。ふむ、こちらも終わりそうですね…」


 戻った者に仕事を割り振ろうかと思ったが、謁見の間を見渡す限り、すでに作業は終わりかけていた。


「こちらは大丈夫そうですので、城周囲の監視を。今、乗り込まれたら大変ですからね」

「了解しました」


 報告に来た一人の姿が空気に溶けるように消える。結界が消えているため、魔法で転移したことはグアルディアにはわかっていた。その後も自身の仕事が終わり、手の空いた者をそれぞれの仕事へと戻らせていった。

 綺麗になった謁見の間で、グアルディアはひとり国王の到着を待つ。その間に、先程解除した結界を戻しておく。しばらくし、玉座横にある扉からフォルトゥーナ国王が姿を現した。グアルディアは跪き頭を下げ、国王が玉座に座るのを待つ。国王を案内してきた者たちもグアルディアの背後に移動し、同じように跪いた。


「グアルディア、戻ったのだな」

「はい、遅くなり申し訳ございません」

「よい、ドレルの護衛を任せたのは儂の方だ。それより、よい時に戻ってくれた。礼を言うぞ」

「ありがとうございます。しかし、兵士たちは殺害する以外方法がございませんでしたので、結果としては最悪と言えましょう」

「それも仕方がなかろう。それで、エルレムはどうした?」

「エルレム様は拘束し自室で監視しております。今は意識が戻っておりませんので、戻り次第確認する予定でございます」

「生きては、おるのだな…」

「はい」


 国王は安心したように、玉座の背もたれへと体を預ける。


「そうか…」

「エルレム様に宿っていた【憤怒】も、アリスリーエル様たちのおかげで除去できております。だいぶ荒療治ではありましたが、おそらくは大丈夫でしょう」

「兵士たちの方は助けられなかったのか?」

「はい、兵士たちはすでに魂まで浸食していたと思われます。状況的に見て、エルレム様とは別の手段で【嫉妬】の浸食を受けたのでしょう。幸い、エルレム様は魔道具により【憤怒】の力を送り込まれていました。そのためか、もしくは影響を受けてからの日が浅かったのか、魂まで【憤怒】が侵食されておりませんでしたので今回は助けられたようです」

「不幸中の幸い、と言っては死んでいった兵士たちの家族に申し訳ないな」


 国王は少し考え、グアルディアへと命令する。


「グアルディア、部下たちと共に今回の件を引き起こした原因を探れ。多少、目立っても構わない。早急にな」

「はっ!あなたたち、他の者たちにも連絡し、すぐに行動しなさい」

「了解いたしました」


 そう言って頭を下げると、国王を護衛してきた者たちは謁見の間を後にした。

 グアルディアの部下たちを見送った国王は、再び玉座の背もたれへと体を預け天井を見上げる。他者の目がなくなり、国王と二人だけとなったグアルディアは立ち上がる。


「アリスリーエルが戻ったタイミングでこの騒動か。被害は城内だけで事はすんだからよいが、国民たちに知れ渡るのは避けられまい」

「そちらはできる限り情報操作は致します」

「頼むぞ。死んだ兵士たちの家族には、何者かに操られていたためやむを得ず、と言うほかあるまいか…」

「はい」

「しかし、エルレムを救ってくれてよかった。父親として感謝する」

「それは、アリスリーエル様たちにお伝えください。私は何もしておりませんので」

「そうだな。後で礼を言っておこう」

「エス様がいればもっと早く、簡単に終息したとは思いますが、おそらくこの騒動を起こした者はこちらの動向を知っていて、このタイミングで行動を起こしたと考えるべきでしょう」


 今回の件で兵士たちの一部が死に、少なくない被害を被った。この被害により得をする者がいる。そして、その者はエスがいては今回の件が失敗することを知っていたと考えられた。


「そうだな。今回の件が成功して、得をすると考えるならば…」

「現時点、わかっている限りの情報から考えるのであれば、七聖教皇国かマキナマガファス魔工国ですね」

「うむ。エルレムがいつから【憤怒】の影響下にあったかわからぬが、魔工国へは留学していたことを考えると、怪しいのは魔工国の方か?」

「エルレム様に【憤怒】の力を送り込んでいた魔道具は針でした。大きさからして気づき難い物だとは思いますが、留学中から付いていたとは考えにくいですね。もし、そうであれば魂まで浸食していたと思われます。帰国の際に付けられた、という線も無視できませんが」

「そうか、そうなるとどちらも怪しいとしか言いようがないな」

「エルレム様を殺させるつもりだったと考えると、国内に反逆を企てている者がいる、とも考えられます」

「それもあるか。グアルディア」

「はい、私と数名で城内と王都の調査を行います」

「すまないな。おまえにばかり任せてしまって」

「いえ、ではこれで失礼致します。何かあれば、すぐにご報告に戻ります」

「ああ、頼む」


 グアルディアは国王に背を向け、謁見の間から出ていった。独りとなった国王は再び天井を見上げ思案する。


「ここ最近、世の中が荒れてきておる。思い返せば、エス殿が現れてからか。エス殿が原因、ではないな。グアルディアの報告や神鳥殿の話から考えるに、エス殿は狙われている側であろう。そうなると、教皇国と魔工国の戦争、ただの戦争と思わないほうがよいのだろうな…」


 真実に近づきつつある国王の推測ではあったが、確証が少なくこれ以上は考えても無駄だと判断した。国王は立ち上がると誰もいなくなった謁見の間を後に、自室へと戻っていった。

 グアルディアと国王が話をしている頃、アリスリーエルたちはすでに部屋へと戻ってきていた。部屋で一息ついたところで、口を開いたのはサリアだった。


「ところで、アリスの力ってどんなものなの?詳しくは聞いてなかったわねぇ」

「そういえば、そうですね。皆さんに説明してませんでした。実際、わたくしもはっきりと理解できているわけではないのですけど…」


 アリスリーエルは自分でもまだ不明な部分があると前置きしつつ説明を始めた。それを他の者たちは静かに聞いている。


「わたくしの力は【愛】、【色欲】の本来の姿です。その力は、生死を操ることができます。生物であれば殺害も蘇生も可能ですし、物質であれば急速に風化させることも風化しているものを元に戻すこともできます。ただし、寿命が尽きたものはどうしようもありません」

「そりゃそうよね。寿命まで無視できるような力、それこそ、有無をひっくり返すような力じゃなきゃ無理よ」


 アリスリーエルの説明に、リーナが補足するように続ける。ただ、リーナの頭の片隅で自分の言った言葉に何か引っかかるものを感じていたが、それがはっきりすることはなかった。


「だから、あれだけの傷も回復できたのかぁ…」


 ターニャは説明を聞き、先程見たエルレムの様子を思い出す。腕がなくなり背中が抉られた状態、それは高位の治癒術を使えるような者でも死亡するまでに回復するのは難しい状態だった。それを、一瞬で再生させる力、どれだけ異常かターニャにも理解できた。


「でも、知られたら厄介ごとになりそうな力ねぇ」

「知られたところで一国の王女に無理難題言ってくるようなのは、そうそういないとは思うけどね」

「そうですね。いるとしたら上位の貴族くらいでしょう。それでも、少々面倒事にはなりそうですが…」


 サリアとリーナの言葉に、自分が利用される可能性に思い至ったアリスリーエルは表情を暗くする。


「お兄さんを助けるために仕方なかったのだし、見ていたのは私たちとグアルディアだけよ。まだ、隠し通せると思うわ」

「そうだよ。それに、いざとなったらエスの旅について行っちゃえばいいさ」

「確かに、そうしたら簡単に手出しもされなくなるわねぇ」

「…そうですね。それもいいかもしれません」


 三人から慰められ、アリスリーエルはいつもの表情に戻った。今までの呪詛を解く旅も命の危険はあれど、長い間幽閉状態であったアリスリーエルには実に楽しい日々だった。それが続くということは、アリスリーエルにとって非常に魅力的なことである。


「お父様に頼んでみようかな?」


 そんなアリスリーエルの一言で、リーナたちも笑顔になった。

 その日の夜更け自室に監禁されているエルレムのもとに、意識を取り戻したと連絡を受けた国王とグアルディアが訪れていた。


「父上…」

「エルレム、体の調子はどうだ?」

「問題はありません」

「うむ。それで、拘束されるまで何があったかは覚えておるか?」

「はい、あまりはっきりとはしませんが…」

「そうか。操られている自覚はあったのか?」

「…いえ」


 自覚はなかったというエルレムは何かを思い出すように話し始めた。


「アリスリーエルたちが戻ってしばらくしてから、まるで目の前が赤く染め上げられるような感じでした。憎悪、いえ、怒りの感情で考えることもままならず、気がついたら拘束されて今に至ります」

「…嘘はついておらぬようだな」


 これは多数の貴族とやり取りをしてきた国王自身の勘のようなものであったが、エルレムの言葉に嘘はないと感じ取っていた。


「そのような状態になったことに、心当たりはあるか?」

「いえ、留学中もこのようなことはありませんでしたし、帰国後も特には…」

「うむ…」


 国王はアリスリーエルたちが戻って数日を思い出す。何かいつもと違うことはなかったかと。公務をこなし、いつものように謁見に来る者たちの相手をしていただけで、特に気になることなどなかったように思われる。


「わかった。今回の件、おまえに罪はないと儂は思っている。だが、周囲への対応が終わるまでは謹慎しておれ」

「はい、承知いたしました」

「グアルディア」

「はい、使用人たちに連絡しておきます」

「うむ。では、エルレム。また来る」

「はい」


 グアルディアがエルレムの拘束を解き、国王と共に部屋を後にする。

 廊下を歩きながら国王とグアルディアは状況を整理していた。周囲に使用人の姿もない。エルレムが正常かどうか見極めるまで人払いをしてあったのだった。都合がいいと、二人は歩きながら話を始める。


「グアルディアよ。どう思う?」

「陛下がおっしゃったように、嘘をついている様子はありません。ですが、この状況を作り出した者に繋がるような手がかりも得られませんでした」

「そうだな」

「エルレム様の説明からも、【憤怒】の影響であのような行動をとったことは確実でしょう。話からして、アリスリーエル様の帰国後から本日までに、エルレム様と接触した者が怪しいと思われます」

「かなりの人数が出入りしていたからな。簡単には判断できまい」

「おそらくは、それも踏まえて行動を起こしたと思われます。私も帰国後で少々気を抜いていたかもしれません」

「いや、儂も頼みごとをしておったし仕方あるまい。事を引き起こした者の方が、一枚上手だったということだ」


 少なくない被害ではあったが国民にまで被害がおよばず、エルレムも正気を取り戻せたことで最悪の状況は免れたと国王は安堵した。安堵から国王の表情が緩んだが、それも一瞬のことで再び厳しいものへと変わる。


「二度と我が国に手出しさせるものか。警備を厳重にし、謁見に来る者も監視を怠らぬよう」

「御意」


 国王の言葉に足を止め恭しく一礼するグアルディア。それを振り返ることなく国王は自室へと戻っていった。


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