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奇術師、不在の間に事は起こる 1

 時間は少し戻り、エスがフォルトゥーナ王国の王都を旅立った翌日、王城の謁見の間では予定外の来客を迎えていた。


「聖騎士が、我が国に何用か?」


 フォルトゥーナ国王の眼前に、兜を床に置き跪く白い鎧を纏った女性がいた。長い髪は美しい緑がかった黒をしており、その顔も髪に負けぬ美しい見た目をしていた。


「『信仰』一位、フィスと申します。お見知りおきを。我が七聖教会、最高司祭チサトより陛下宛ての書状をお持ちしました」

「最上位の聖騎士を使いに出したのか…」


 使いとして来た者が、まさか最上位の聖騎士だったとは思わず国王は驚いた。フィスが差し出す丸められた書状を、国王の近くに立っていた初老の男が受け取り国王へと手渡す。国王は書状に目を通すと、始めと同じように丸め初老の男へと返した。


「チサト殿には承知したと伝えよ。フォルトゥーナ王国は此度の戦に不干渉とする」

「ありがとうございます」


 フィスは跪いたまま、更に頭を下げる。そして、床に置いた兜を手に取り立ち上がると、一礼し謁見の間を後にした。

 フィスがいなくなった謁見の間で、国王へと初老の男が問いかける。初老の男は、この国で宰相を務めている者だった。


「陛下、よろしいのですか?七聖教皇国と魔工国の戦、場合によっては我が国にも飛び火しかねませんぞ」

「わかっておる。だがな、最高司祭から直接、釘を刺されたのだ。動いてしまっては我が国も神敵扱いになってしまう。聖騎士全員を相手にする軍事力など、我が国にはない。それだけは避けねばならん」

「それは、理解しております。では、国境付近の領主たちに連絡し、被る被害を最小限に抑えるべく可能な範囲で対処しておきましょう」

「すまぬが、頼んだぞ」

「御意」


 謁見の間を出たフィスは、案内も付けず一人王城の中を歩いていた。向かっている先は城の外ではあるが、やや回り道をしていた。本来であれば、勝手に城内を歩くなど許されないが、すれ違う使用人たちはフィスの鎧を見て咎めることはしなかった。そんなフィスの目の前に、機嫌が悪そうに歩く男がいた。


「これはこれは、エルレム様。魔工国から戻られていたのですね」


 男はこの国の王子、エルレムだった。エルレムはマキナマガファス魔工国へ留学していたことは公になっていた。公にしたのはフォルトゥーナ王国である。王子の身を守るため敢えて公とし、王子に何かあれば容赦はしないという魔工国側への意思表示であった。結果、魔工国側も王子の身を守るという名義で監視を行っており、留学中その安全は守られていたのだった。だが、エルレム本人はそのことに気づいていなかった。


「あなたは、聖騎士か」

「はい、『信仰』一位、フィスです。お見知りおきを。ところで、随分と荒れていらっしゃるようですが、何かあったのでしょうか?」


 フィスの言葉で、自分の態度に気づきエルレムは小さく舌打ちをした。


「あなたには関係のないことだ。それより、用が済んだのであれば早々に立ち去るがよい。無駄に歩き回っては、敵対行動と思われても文句は言えぬぞ」

「そうですね。では…」


 フィスは一礼しエルレムのすぐ傍を通り城の外へと向かい歩いて行った。その後は特に寄り道することもなく、フィスは帰国したのだった。

 その様子を遥か遠方、七聖教皇国の教会より自身の力で見ていたチサトは、独り状況を整理していた。


「フィスも目的を果たせたようですし、これでフォルトゥーナ王国は動けませんね。ポラストスは国の立て直しを行ってる現状動きようがない。大国が動かなければ、小国群も動かないでしょう。これで魔工国だけに集中できそうですね。気がかりはありますが…」


 そう呟き、チサトは他の聖騎士たちが集っている訓練場へと向かった。

 翌日、フォルトゥーナ王城は喧騒に包まれていた。謁見の間には、アリスリーエルたちが呼び出され、それを取り囲むように兵士たちが武器を構えている。それを指揮しているのはエルレムだった。


「どいうつもりだ、エルレム!我が息子といえどもやって良いことと悪いことがあるぞ」

「陛下、いえ父上。王家が悪魔に手を貸すなどあってはならぬのです!」


 先程から、国王とエルレムが言い争いを続けている。そんな状況を見て、アリスリーエルは違和感を感じていた。


「おかしいです。確かに鑑定の力があれば、リーナさんが悪魔であることなどはわかるでしょう。ですが、お父様の言葉を無視し反乱のようなことまでして、わたくしたちを排除しようとするのは不自然すぎます」

「その辺りはよくわからないけど、王子が普通ではないってことね」


 リーナに首肯して見せるアリスリーエル。一緒に連れてこられたサリアとターニャも周囲を警戒していた。


「留学中に何かあったのかもしれませんが、何故今日になってこんなことを起こしたのかわかりません。言い分を聞く限りではエス様がいる内に行動すべきだとは思います。準備をしていた、エス様を避ける、それらの理由だったとしても昨日の内に行動するほうがよかったと思うのですが…」

「なんかさぁ、変じゃない?」

「どうかしたの、ターニャ」

「ほら、あいつにあいつ、それとあっちのも、正気じゃない目をしてる。他にも何人もいるよ」


 ターニャが指差した者たちを、アリスリーエルたちも見ていく。ターニャが言うように血走った虚ろな眼をし、その表情はまるで意識がないようにも見えた。


「なんか、ありそうね。かと言ってこちらから動くわけにもいかないし…」

「今は様子見するしかありませんね」

「アリスの力で何とかできないの?」

「…難しいかと」


 ターニャに言われアリスリーエルは自身の力を確認する。【愛】は端的に言えば生と死、つまり生命を操る力である。殺した瞬間蘇生するという力業な方法であれば、洗脳されているだけなら解放できると思われた。だがしかし、それでは解放できないような操られ方をしていた場合、こちらの立場はかなり悪くなってしまうのは確実だった。そうなってしまっては、国王の一存だけで自分たちを守れるかどうか不明である。最悪、フォルトゥーナ王国に追われる身になるだろうと考えられた。


「ホント、なんで今日になってなのかしらねぇ」


 サリアがそう呟いたとき、国王とエルレムの間で動きがあった。


「ええい、近衛兵よ。エルレムを捉えよ!牢で頭を冷やすがよい」


 謁見の間に集まっていた国王付きの近衛兵たちが、一斉にエルレムへと向かう。それを遮るように、アリスリーエルたちを囲んでいた兵士たちの一部が立ち塞がった。


「王の御命令だ。どけっ!」


 そう声をあげ、一人の近衛兵が邪魔をする兵士を突飛ばそうと手を伸ばしたが、その手が兵士に届くことはなかった。突然振り上げられた兵士の剣により、近衛兵の腕が切り飛ばされたのだった。


「グァッ!」

「貴様!」


 切断された腕を抑え、近衛兵が膝をつく。近くにいた別の近衛兵が、切り上げたままの恰好をした兵士に斬りかかるが、それを遮るように他の兵士が盾で庇う。


「邪魔を…、カハッ!何故…?」


 振り下ろした剣を止められた近衛兵が、痛みのする脇腹を見てあり得ないものを見る。他の兵士の剣が近衛兵の鎧を貫き刺さっていた。自身の鎧が兵士の剣に貫かれるわけがないと思っていた近衛兵は、疑問を呟き血を吐きながら床へと倒れた。


「悪魔どもを皆殺しにしろ!邪魔する者も構わん、容赦するな!」


 エルレムの号令で、本格的に兵士たちが動き出した。


「まずいわね…」

「応戦するよ」

「でも、殺してはダメよ。私たちは構わないけど、アリスの立場が悪くなってしまうから」

「サリアさん、それは可能な限りで構いません。最悪、わたくしが蘇生します」

「来るよ!」


 ターニャの声を合図に、アリスリーエルたちに襲い掛かる兵士たちを素手で退けていく。ここに連れてこられる際、武器は没収されてしまっていた。だが、四人は全員普通の人ではない。身体能力に任せ、素手で兵士たちの攻撃をさばいていた。


「何をやってる!丸腰相手に情けないぞ!」


 そんな兵士たちの様子に、業を煮やしてエルレムが剣を抜きアリスリーエルへと斬りかかった。しかし、振り下ろされた剣はアリスリーエルの頭上で結界に阻まれ止まる。結界はアリスリーエルの魔法によって生成されたものだ。


「お兄様、いったいどうされたのですか?」

「うるさい!貴様ら悪魔どもにこの城を汚されるわけにはいかん!おまえは、魔法が阻害されるこの場所でそれほどの魔法を使うのか。まさか、王家から悪魔に与するものが現れるとはな!」


 話が通じず、どうしたらいいか困惑するアリスリーエル。その視界の端で、サリアとターニャに兵士たちが次々と気絶させられている。リーナはというと、何か違和感を感じるのか一人の兵士を観察しながら、兵士の振るう剣をまるで踊るように華麗に避けていた。


「正気に戻ってください!」

「元から正気だ!」


 諦めずエルレムの説得を試みるアリスリーエルだったが、当のエルレムは聞く耳を持っていない。エルレムは結界を壊そうと、剣を叩きつけ続けている。アリスリーエルの結界はその程度で破られることはない。維持する魔力も今のアリスリーエルにとっては、数日持たせることも容易いものであった。


「エス様が戻られるのがいつになるかもわかりませんし、困りました…」


 エスが戻れば何とかしてくれるかもしれない。最悪、結界を維持して持ちこたえようと考えていたその時、不意に危機感を感じたアリスリーエルは結界をそのままにし、自身は結界をすり抜けるとドレスを翻しながら後方へと飛び退いた。そのアリスリーエルの目の前で、先程まで自分がいた結界がガラスの割れるような音を立て、破壊されたのだった。


「そんな…。えっ!?」


 多少自信のあった結界の魔法を破られ驚いたアリスリーエルは、さらに驚愕の事実を目の当たりにする。


「お兄様、どこでソレを!」


 視線の先、エルレムの手に赤く光るヒビが表れていた。剣を振り下ろしたままのエルレムが顔をあげると、その目が赤く輝いていた。


「何故、【憤怒】の力がエルレムお兄様に…」


 エルレムを見て、アリスリーエルが愕然とする。


「アリス!」

「リーナ、こっちもなんかマズいわよ」


 アリスリーエルを見ていたリーナは、サリアに言われ周囲を見る。気絶させたはずの兵士たちが起き上がり始めていた。


「そんな…」

「これって、蛇?」


 リーナとサリアは驚くだけであったが、それによって死ぬ思いをしたことのあるターニャは、目の前の現象が何によるものなのかすぐに理解する。


「姉さん、これ【嫉妬】の力だ。教皇国で見たやつだよ!」


 起き上がった兵士たちの体には半透明の蛇が無数に絡みついていた。意識が無いと思われる表情と絡みつく蛇を見て、近衛兵たちが後退る。


「リーナ、あなたはアリスの援護に行って。こっちは私とターニャで抑えておくから」

「わかったわ。二人とも気をつけてね」


 サリアとターニャが首肯する。それを見たリーナは一瞬でアリスリーエルの隣へと移動した。この程度の距離であれば、身体能力だけでも瞬間移動のような動きは可能である。ただエスとは違い、リーナでは頻繁にそんな移動をしていたら、すぐに体力がなくなってしまう。


「アリス、大丈夫?」

「平気です。間一髪でしたが。それよりも、アレをどうしましょうか…」


 取り押さえたところで、【憤怒】の力は破壊である。拘束し牢に入れたとしても、牢も枷も破壊されてしまうのは目に見えている。幸い、兵士たちは【嫉妬】の呪詛によって操られているだけだと思われるため、そちらは拘束できると思われた。


「こんな時に、エスがいれば…」


 リーナの呟きを遮るように、エルレムが襲い掛かる。エルレムの剣を直接受けるのは危険なため、二人は回避に専念するしかなかった。

 サリアとターニャは、蛇を纏う兵士たちに素手で触れるのを躊躇い距離をとった。


「どうしたら…」


 殴りかかってくる兵士たち。その拳を避けても纏わりついた蛇が追撃するように自分目掛けて伸びてくるため、サリアとターニャには大きく避けるしか手段がなかった。二人の近くで、一人の近衛兵が驚きの声をあげながら手に持っていた大き目の盾を放り投げる。投げられた盾を見ると、カイトシールドと呼ばれるその形状を包み込むように無数の半透明な蛇が纏わりつき蠢いていた。


「やっぱり、触れたらマズそうねぇ」


 しばらくの間、姉妹は回避に専念しつつ機会をうかがっていた。


「姉さん、あれ見て!」


 ターニャの声を聞き、その視線をおったサリアが見たものは、【嫉妬】の力に侵食されていなかった他の兵士や相対していた近衛兵にまで、【嫉妬】の力が広がり始めている状況だった。


「このままじゃ、本当にマズいわねぇ」

「姉さん、やるしかないよ…」


 【嫉妬】の力に浸食された者たちを殺すしかない。そう覚悟して二人が動こうとしたその時、一番後方にいた【嫉妬】の力に操られた兵士が、糸が切れた人形のように床に倒れた。倒れた兵士の陰から現れた人物を見て、サリアが声をあげる。


「グアルディア!」


 グアルディアは、自分に気づいたサリアに一礼すると、次々と兵士たちを昏倒させていった。その手には、見慣れない手袋をつけている。目にもとまらぬ速さで浸食された兵士と近衛兵の全員を次々と昏倒させると、グアルディアはサリアとターニャの元へと歩いてきた。


「遅れて申し訳ありません。ドレルを研究所に送り届けて戻ってきてみれば、まさかこんなことになっているとは。想像もしませんでしたよ」

「それはいいんだけど、なんであなたは触れても大丈夫なの?」

「それは、秘密です。それよりも、この者たちは私が見ておりますので、リーナ様の援護に」

「そうね」


 グアルディアに促され、サリアとターニャはエルレムの相手をしているリーナの傍へと向かった。


「リーナ、おまちどうさま」

「遅いわよ」

「それで、王様は?」

「近衛兵たちが安全な所へ連れて行ったわ。ここ以外に、『憤怒』と『嫉妬』の気配はないから大丈夫でしょ。どうやら、狙いは私たちだけみたいだし」

「そうですね。わたくしたちがここに残っていれば、他の方々が逃げる時間は十分稼げると思います」


 この状況をどう対処するか考えている四人の目の前で、エルレムは人間のものとは思えない咆哮をあげる。すでに人としての意識は消えてしまっているようだった。


「一か八かですが、考えがあります。手伝ってください」


 アリスリーエルの言葉に全員が頷く。アリスリーエルは、真剣な眼差しでエルレムを見据えていた。


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