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奇術師、脅威を退ける

「『奇術師』と『暴食』は無視だ。『傲慢』を仕留めておきたいところだが、『嫉妬』を最優先としよう」


 警戒するエスとギルガメッシュを見据えながら、ガブリエルは考えていた。『傲慢』が居ることはここに来る前に聞き知っていた。だが、『奇術師』と『暴食』が居たのは想定外である。特に『奇術師』が居たことで、任務に支障が出る可能性が高まっていた。『暴食』に関しても、不穏な気配を感じる。自分の感覚を信じ、本来の目的だけに狙いを絞り行動すべきであると結論付けていた。

 ガブリエルは走り出す。その行く手をギルガメッシュが割って入った。


「邪魔を『禁止する』」


 ガブリエルの発した言葉に従うように、立ち塞がったギルガメッシュが道を開ける。


「クソッ!【節制】の力か」


 自分の意志とは無関係に道を開けてしまったギルガメッシュが、すぐさまガブリエルの後ろから斬りかかる。ガブリエルは振り向くことなく、後ろ手に手に持った剣でギルガメッシュの振り下ろす剣を弾いた。


「チッ!」

「やはり効果が薄いか…。何っ!?」


 ギルガメッシュへと意識を向けていたガブリエルは、突然そのままの勢いで地面を転がった。


「なっ!?これは…」


 ガブリエルが躓いた場所、そこを見たギルガメッシュはよく見ないとわからない程度の太さをした一本の糸を見つける。


「フハハハハ、実に見事な転びっぷりだ。大変満足したからな。もう、帰ってくれてもいいのだぞ?」


 起き上がろうとしているガブリエルにそう言いながら、ゆっくりとエスがギルガメッシュの傍へと歩いてきた。


「おまえ、もうちょっと場の空気を読んだらどうなんだ?」

「私の前で真面目に戦っているから、ついちょっかいを出したくなっただけだ。それで、天使の名を持つ君は何しにここに…」


 立ち上がったガブリエルは、エスたちを見ることなくすぐに奥へと走り出した。


「まあ、そう焦らずゆっくりしていってもいいのだぞ?」


 エスが何かを引っ張るような仕草をすると、ガブリエルの体が引き寄せられ、エスとギルガメッシュの頭上を通り先ほど自身が剣を振り下ろした場所へと叩きつけられた。


「なんだ…。糸、だと!?」


 ガブリエルは自分の足首に巻き付いている細い糸に気づく。気づいた瞬間、糸はひとりでに足首から離れるとスルスルとエスの手元へと引き込まれていった。


「『奇術師』、貴様の力か」

「いやいや、力とか言わないでいただきたい。奇術だよ。それで、少し聞きたいのだがここに来た目的はレヴィを殺すことかな?それとも…」


 少し間を置き、エスは笑みを深めながら問いかける。


「【嫉妬】の力を奪いに来たのかな?」

「ほう、正解だ。よく頭の回ることだ。あの方の言う通り厄介だな。やはり『奇術師』の相手はすべきではないな」

「また、あの方か…」


 目の前のガブリエルが、以前出合ったリフィディアとも関係がありそうなため、もう少し情報を聞き出したいところではあったが、ガブリエルは即行動を起こしエスはその対応に追われることとなる。


「動くことを『禁止する』」


 ガブリエルは一瞬でも隙を作ることができればと、【節制】の力を発動させる。その力は、自分が定める一定のルールを周囲に強制するものだった。その影響範囲は多岐にわたる。

 エスとギルガメッシュの間を抜けようとしたところで、ガブリエルは殴り飛ばされ先ほどの位置まで戻された。


「クッ、やはり『奇術師』には私の力が効かんか」

「すまないが、何かしたのかな?」

「おい、エス!なんでおまえはレジストできるんだよ!」


 ガブリエルの力により、一瞬動きを封じられたギルガメッシュが、まったく効果のなかったエスに対し文句を言った。


「何故と言われてもな。いやはや、まさか俺様君がルールを守るタイプだったとは…」

「そうじゃねぇ!」

「『奇術師』には効かないと考え動くしかないな。私を認識、記憶することを『禁止する』」


 次の瞬間、ギルガメッシュは茫然と立ち尽くす。それと同時に、ガブリエルは目にとらえられないほどの速さでギルガメッシュの傍を駆け抜けた。ギルガメッシュが使い物にならないと判断したエスは掌から一本の糸を出すと、ガブリエルと並走しつつ洞窟奥へと走った。


「振り切れんか。身体能力も異常だな」

「君に異常さを説かれるのには抵抗があるな。君のその力に興味はある。だが、今はこの先に行かせるわけにはいかんな」


 強烈な勢いでエスは刀を納めたままの鞘でガブリエルを殴り飛ばす。辛うじて自身の剣で受け止めたガブリエルだったが、そのまま洞窟の壁面へと叩きつけられた。


「今のうちに恩を売っておきたいのでな。俺様君の国である魔国の観光で接待してもらうためにも、君に目的を達成されては困るのだよ」


 崩れる岩を退かしながら、壁から出てきたガブリエルへエスはそう告げる。


「わけのわからぬ理由だ」

「そうか?実にわかりやすいと思うのだが。さて…」

「エス!」


 声が聞こえた方を見ると、すでにミサキとレヴィの姿が見える距離まで来ていることに気がついた。その一瞬の視線を逸らした瞬間を見逃すことなく、ガブリエルはレヴィ目掛けて走り出す。


「させない!」

「『暴食』か。邪魔をすることを『禁止する』」


 ガブリエルが【節制】の力を発動させミサキの傍を駆け抜けようとするが、ミサキの僅かに白く光る拳に殴られ足を止めた。予想外の出来事に驚いたガブリエルは、咄嗟にミサキから距離をとる。


「なぜだ!【崩壊】を持つ『奇術師』ならまだしも、何故『暴食』の貴様が私の力に逆らえる!?」

「えっ!?」


 想像以上に激怒しているガブリエルを見て、ミサキは驚いていた。そんなミサキの隣にエスが一瞬で移動しレヴィを守るように立った。


「フハハハハ、ミサキ、やつはお前を格下だと思っていたようだぞ」

「いや、咄嗟だったから…。でも、あれ?【節制】の力、なんで効かなかったの?」


 自分でも不思議そうにしているミサキだったが、それ以上にガブリエルは驚いていた。

 ガブリエルは知らない、エスが持つ【知恵】とミサキの持つ【剛毅】の存在を。【崩壊】は別格として【強欲】、【暴食】のままであれば、【節制】の力に逆らえないはずであった。現に、【傲慢】を操るギルガメッシュは、一瞬とはいえ【節制】の力の影響を受けている。だが、【剛毅】の力を操るミサキには効果がない。その事実が、ガブリエルの思考を混乱させていた。


「どうやら状況が把握できず混乱しているようだな。君はルールに縛られ過ぎではないのかね?もっと思考に柔軟性を持ったほうが良いと、私は思うぞ」

「煩い!貴様の指図など…」

「では、こういうのはいかがかな?」


 エスは手を握ると、何かを引っ張るような動作をする。


「何を!?グハッ!」


 突然、背中から衝撃を受けガブリエルは前のめりに倒れたのだった。


「何が!?」

「いってぇな!何しやがる!」


 何が起こったのかわからないガブリエルの耳に、ギルガメッシュの罵声が聞こえてきた。

 エスの傍に立っていたミサキ、それを後ろから見ていたレヴィには何が起こったのか理解できていた。エスが何かを引っ張った瞬間、洞窟奥の方からギルガメッシュが飛んできたのだった。そのギルガメッシュがガブリエルにぶつかり今に至る。


「予想外、だったかね?たった今、柔軟な思考が必要だと言ったばかりなのだがな」

「いや、これは予想できないよ…」


 呆れて呟いたのはミサキだった。

 ここまでは順調、だがこのままではガブリエルが目的を達成する確率の方が高いと、エスは判断していた。現状、【節制】に対抗できるのはエスとミサキのみ。ミサキではレヴィの防衛で手一杯であり、ガブリエルを撤退に追い込むことは難しい。エス自身もガブリエルを洞窟の外へ追い出すなど可能だとは考えられたが、それはただの時間稼ぎにしかならない。攻めているガブリエルの方が状況的に有利であった。

 ふと、エスは背後にいるレヴィを見る。不安と恐怖がその表情から見て取れる。その表情から、レヴィの腕を切り落とした者がガブリエルであると予想できた。


「一つ確認だが、レヴィよ」

「何?」

「君の腕を斬ったのはアレかな?」


 エスはレヴィに、ようやく起き上がろうとするガブリエルを指差して見せる。それを見てレヴィは頷いた。


「そうよ」

「そうかそうか」


 なんとなく、いろいろな歯車が噛み合うような感覚を覚えたが、立ち上がったガブリエルを見て今はそちらを気にしている場合ではないと集中する。同じく立ち上がったギルガメッシュが背中の黒い翼を羽ばたかせ、ガブリエルへと斬りかかった。


「『切断されろ』!」

「刃が触れることを『禁止する』」


 ギルガメッシュが持つ【傲慢】の力を宿した黒い光を放つ剣は、指一本分の隙間を空けガブリエルの頭の上で止まった。


「畜生!」

「貴様の力など私には届かん!」


 振り下ろしたままの格好で固まっていたギルガメッシュを横薙ぎに両断しようとガブリエルは剣を振るうが、再びエスが何かを引っ張るような仕草をすると、ギルガメッシュはエスとミサキの足元へと転がっていった。


「いってぇ。エス、やっぱりてめぇが原因か!」

「やれやれ、助けてやったというのになんという言い草だ。あんな者にいいようにやられている俺様君が悪いと思うのだがな」

「来るよ!」


 ミサキの言葉に言い合いをすぐに止め、エスとギルガメッシュはガブリエルへ注意を向ける。すでにガブリエルはこちらに向け走り出しており、手持った剣は薄っすらと白い光を帯びていた。

 アレは受けたら危険だ。そう感じ取ったエスはギルガメッシュとミサキを蹴り飛ばし、自身はレヴィの傍へと飛び退いた。


「気づかれたか。勘のいいやつだ」

「お褒めいただき恐悦至極」

「褒めてなどいない。本当に面倒な存在だ」


 そんなガブリエルのエスに対する感想を聞き、エスは笑顔でうんうんと頷いていた。


「自分が面倒に巻き込まれるのは実に不愉快ではあるが、他人が面倒事にあっているのは、そこそこ愉快なものだな」

「いい性格をしている…」

「お褒めいただき…」

「煩い!全力で叩き潰してくれる!」


 ガブリエルが全身に力を漲らせると、その背にギルガメッシュのような三対六枚の翼が生える。その翼はギルガメッシュの黒い翼と違い純白だった。


「いやはや、名前の通り天使だったか」


 エスの言葉に答えることなく、ガブリエルは剣を構えエスへと飛び掛かる。だが、その視線がレヴィに向いていることにエスは気づいていた。

 振り下ろされる剣が突如軌道を変えレヴィへと襲い掛かるが、剣は地面を砕くだけであった。


「いやあ、危ない危ない。危うく目的を達成されるところだった」

「えっ!?ここは!?」

「エス!?レヴィ!?」


 エスはレヴィを連れ、一瞬にしてミサキの傍に移動していた。驚いたミサキはエスとレヴィを交互に見ていた。

 エスは疑問に思う。レヴィを殺したからといって簡単に力が奪えるものなのであろうか、と。アヴィドもトレニアも力を譲渡する行動をとっていた。故に、強制的に力を奪うことができるものなのかと疑問に思っている。だが、引っかかることもあった。度々目撃している【憤怒】の力、海龍を侵食していた【嫉妬】の力の存在。【憤怒】に関して言えば、持ち主であった者が死んでいるということなので、別の者がその力を引き継いでいると考えられた。だが、【嫉妬】に関してはレヴィが存在している。レヴィの腕は、おそらくガブリエルの関係者が持っているであろうことは現状から予想ができるが、その奪った腕だけで【嫉妬】の力を操れるものなのかわからなかった。

 現状に戻り状況を確認する。敗北条件はレヴィを殺される、もしくは力が奪われれること。ガブリエルにとってそれらの達成だけが目的であることも容易に理解できた。これに対し、エスたちのこの場の勝利条件としては、レヴィを守りながら脱出、もしくはガブリエルの撃退。どちらも一時しのぎでしかなく、次の刺客が送り込まれるだけであると考えられる。


「根本的に解決するには…。ふむ」

「えっ!?何?」


 エスは手に持っていた刀を消し去ると、ミサキの腰から剣を奪い取る。それはミサキに預けてあったアヴィドとトレニアの宿った剣であった。剣を取るため、自分に覆いかぶさるように動いたエスに驚いたミサキだったが、対照的にその剣を見たガブリエルは言いようのない危機感を覚えていた。


「何故かわからんが、アレはマズい!」

「やはりこの手しかなさそうだ」


 焦りから駆け出したガブリエルを無視し、エスは手に持った剣を眺めると徐にレヴィの胸へと突き立てた。


「レヴィ!」

「エス!何してんの!」

「チィ!退け!」


 ギルガメッシュとミサキが声をあげる中、ガブリエルは剣を突き立てたままのエスに全力で斬りかかる。だが、振り下ろされた剣はエスの姿を煙のようにかき消し、地面へと突き刺さった。


「幻影だと!?」

「その通り!焦りすぎていて気づけなかったかな?残念、君の目的は達成されない」


 声のした方、自分の背後に視線を移したガブリエルが見たのは、突き立てられた剣に吸い込まれていくレヴィの姿であった。レヴィを取り込んだ剣は鍔と剣身の繋ぎ目部分に蛇の装飾が現れた。


「さて、これでレヴィ、そして【嫉妬】の力は私のモノだ。君としては、私を殺してこの剣を奪うしかなくなったわけだが、どうする、続けるかね?」


 ガブリエルの目的がはっきりとわかっているわけではないが、エスは自信満々にそう言い切った。突然のことに動揺しているギルガメッシュとミサキが見つめる先で、エスとガブリエルは睨み合ったまま動かない。しばらくし、ガブリエルは背中の翼を消すと、手に持っていた剣を背中へと納めた。


「失敗だ。撤収させてもらう」

「おや?私を倒せばまだ失敗ではないであろう?」

「不確定要素が多すぎる。今は退く。いずれ必ず、この借りは返させてもらおう」


 それだけ言うと、ガブリエルは目にもとまらぬ速さで水晶窟の入口方面へと走り去ってしまった。それを追うことなく見送ったエスは、手に持った剣を地面に突き立てると、気を抜くように地面へと座り込んだ。


「ごめんこうむりたいな。やれやれ、なんとか退いてくれたか」


 ため息をついたエスは近づいてくる二人分の足音を聞きながら天井を見つめた。


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