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奇術師、念願の水晶窟へと入る

 目の前では水晶の嵐が凄まじい勢いで吹き荒れているが、エスたちが立つ場所はそよ風すら感じない。恐らくは、魔法的な力によって生み出されたであろうことは理解できるものの、【知恵】の力をもってしても嵐を突破する糸口は見つからなかった。

 エスは恐る恐る嵐に手を伸ばす。横から飛んできた水晶に伸ばした手を弾かれ、一歩後ろへと下がった。


「エス、大丈夫!?」

「ふむ、ほんのちょっとだけ痛かったな。我ながら丈夫な体で何より。しかし、困ったな。これではどうやってレヴィとやらに会いに行けばいいのやら…。うん?」


 エスはふと上空を見上げる。そして、薄っすらと笑みを浮かべた。


「まあ、その辺は知っていそうな者に聞くとしよう。ミサキ、そこ危ないぞ。三歩ほど下がれ」

「えっ?」


 上空を見たままのエスを不審に思ったミサキだったが、言われた通りに三歩後ろに下がる。次の瞬間、目の前に何かが落ちてきたのだった。エスが言った通りに下がらなかったら、自分に当たっていたかもしれないと思いゾッとする。


「クソッ!一体どうすりゃいいんだ!」


 土煙の中の人影は、起き上がると悪態をついた。その人影と声に、エスもミサキも覚えがあった。


「まったく、煙いな」


 土煙を払うように手を振りつつ、エスは人影へと話しかける。


「久し振りだな、俺様君」


 エスの言葉に反応するように、人影は翼を広げ羽ばたくように周囲の土煙を吹き飛ばした。


「いや、ギルガメッシュと言ったな。失敬」

「わざとだろ、奇術師!なんで貴様がここにいやがる!」

「私だけではないぞ?」


 エスがミサキを指差して見せ、そちらに視線を動かしたギルガメッシュが再び驚いた表情になる。


「や、やぁ、久し振り…」

「ミサキ!?なんで、お前が奇術師といるんだ!?」

「やれやれ、もっとよく見てあげたまえ。アヴィドとトレニアも一緒だぞ」

「何!?」


 ギルガメッシュが周囲を見渡すが人影はない。だが、確かに僅かではあるものの二人の気配を感じ、それを追ったギルガメッシュの視線がミサキの腰に下げられた剣へと向く。


「まさか…」

『久し振りねぇギルガメッシュ。ずいぶん経つのに、まだこんなところにいるってことは、レヴィには会えてないのかしら?』

『おまえでも抜けられぬというのなら、この嵐はレヴィが起こしているということか』


 剣から聞こえた聞き覚えのある声に驚き、無言になってしまったギルガメッシュだった。


「ほう、これも魔法の一種か何かというわけか。フハハハハ、素晴らしいな」


 アヴィドの言葉から、目の前の水晶の嵐がレヴィの魔法だろうと聞きエスが興味を示す。再び嵐に近づくと、今度は飛び交っている水晶の塊を一つ、目にも留まらぬ速さで掴み取り観察し始めた。すると、掴み取った水晶は煙のように消えてしまう。


「ふむ、範囲外に出たら消滅といった感じかな?魔法と考えて良さそうだな」

「それより、なんで貴様がここにいる!」


 我に返ったギルガメッシュは、水晶の嵐を観察しているエスへと怒鳴った。


「何故?もちろん観光、と言いたいところだがレヴィとやらに会ってみたくて来ただけだ。せっかく引き籠りな昔馴染みを連れてきてやったのに、これでは会いに行けぬではないか」

『まだ、引き籠りって言うの!?』

『我は、諦めたぞトレニア…』

「おまえら、楽しそうだな…」


 トレニアとアヴィドのやり取りに、ギルガメッシュはため息交じりに思わず呟いた。


「なんでおまえら奇術師と一緒にいるんだ?こいつは俺様達にとってこいつは敵だろ!寝返ったのか!?」

『それがねぇ。どうやら違うみたいなのよぉ』

『やつの思惑が外れ、愉快なことになっているらしい』

「何!?どういうことだ?」


 そこからはアヴィド、ミサキ、トレニアがそれぞれこれまでの経緯をギルガメッシュに説明した。それを黙って聞いていたギルガメッシュは、唐突に笑い始める。


「ハーハッハッハッ!こいつは愉快だ。散々こちらをいい様に利用してくれたあいつがしくじるとはな」

「おや、話は終わったかね?」


 ギルガメッシュが経緯を聞いている間、エスは嵐をどう抜けようか様々な手段を試していた。最終手段としては、【崩壊】で嵐を起こしている魔法そのものを消し去るという手があるが、術者であるだろうレヴィの身に何らかの被害がでないとは言い切れなかった。どうしたものかと悩んでいるところに、ギルガメッシュの笑い声が聞こえそちらへと戻ってきたのだ。


「ああ、貴様が文字通りのイレギュラーだってことがわかった」

「誉め言葉として受け取っておこう」


 自分たちがイレギュラーと呼ばれる所以は、七大罪の悪魔にあるのではあるが、そこを訂正するのは面倒だから触れずにおこうとエスは思っていた。


「嫌味だ!だが、それなら休戦だ。俺様もレヴィの様子を見に来たが、嵐に拒絶されて入れねぇ」

「消し去ってもいいが、レヴィとやらにどんな影響があるかわからないからな。下手なことはできん」

「ミサキ、食い散らかしながら進めるか?」

「無理ぃ、こんな量は絶対無理!」

「だよな。俺様の【傲慢】の力もレヴィの魔法には利きが悪いし、ホント、どうするか…」


 三人は目の前で収まる様子のない水晶の嵐を見つめ悩んでいた。

 しばらくし、エスは何かを思いついたように手を叩く。そして、腕に【崩壊】の力を纏わせると、その腕を嵐の中に差し込んだ。腕を包む白い光に触れた水晶が次々と消滅していくが、嵐はそのまま吹き荒れ続けており、術者に何かしらの影響があったようには見えなかった。


「よし、この手で行くとしよう」

「【崩壊】か。俺様が苦労したことを容易く解決しやがって。だが、貴様だけが行っても場所はわからんだろ」

「全員、【崩壊】で保護していけば行けるであろう?」

「そのまま、俺様を消滅させる気じゃないだろうな?」

「何故、そんなことをせねばいかんのだ。私にメリットがない。何より面倒臭い」

「チッ、手はないし仕方ねぇ。それでいこう」

「うむ、わかればよろしい」


 エスが指を鳴らすと三人の体を白い光が包み込む。光は膜の様に三人の体を覆う安定したかのように変化を止めた。


「これでよし。では行こうか。俺様君、案内よろしく」


 そう告げると、エスは一人、スタスタと嵐の中へと入っていく。吹き付ける水晶は光の膜に当たるとすべて消滅していった。


「これなら行けるか。ってあいつ場所わかってねぇのに、何一人で行ってんだ?」

「ギル、早く行こう。置いてかれるよ」

「あ、ああ…」


 久し振りに昔のように呼ばれ、戸惑いながらもギルガメッシュはミサキと共にエスを追い水晶の嵐の中に入った。

 水晶の嵐の中、ギルガメッシュの案内でレヴィが隠れ住むという水晶窟を目指し歩いていた。辺りには草などは生えておらず、木々はなぎ倒され、飛び交う水晶に粉砕されていた。生まれ変わる前には、到底見たことのない風景にエスは感動しながら歩く。ファンタジーな光景に満足はしているが、水晶の嵐が強く遠くまで見えないことに不満を覚えていた。

 しばらく歩き、水晶の嵐によると思われる、無数の傷がつけられた岩壁が見えてきたころでエスはぽつりと呟く。


「そういえば、会ったら聞こうと思っていたのだが…」

「なんだ?」

「君は勇者を目指していたらしいが、何故今は魔王と名乗っているのだ?」

「き、きっさま!それを誰に聞いた!」


 怒りの形相で睨み、首元を掴んでくるギルガメッシュに、エスはミサキの腰の剣を黙って指さす。


「てめぇらか!」

『だから言ったではないか、激怒すると』

『だってぇ、事実なんだし構わないでしょ?』

「トレニア、てめぇ!」

「ちょっと、今そんなときじゃないよ!エスも、なんでこんな時に煽るのさ!」


 笑いを堪えているエスに、ミサキが文句を言う。


「すまない、あまりにも風景が変わらず暇だったのでな。ま、詳しいことは後で聞くとしてだ。俺様君、水晶窟はまだかね?」

「話さねぇよ!それと、その呼び方もやめろよ!おまえと話してるとホント調子が狂うな。水晶窟はもう少し先だ。…トレニアめ、後で覚えとけよ」


 背を向け歩き出したギルガメッシュを見て、初対面のときの自分に敵意だけを向けていた姿とは大違いだなと心の中で思っていた。今の姿のほうが余程好ましい、そう思いつつギルガメッシュについていくと、目の前に大きな洞窟が現れた。


「ここが水晶窟だ。しっかし、これは何があったんだ?」


 ギルガメッシュが知る限り、本来であれば水晶窟の入口には門番として強力なモンスターがいるのだが、そのようなモンスターがいる様子もなく、水晶窟内では落ちる水晶が地面にあたり砕ける音だけが響いていた。


「まるでモンスターの気配がないな。本当にここにレヴィがいるのか?」

「ああ、だがおかしい…」

「そうだ思い出した。そういえば以前、勇者君たちが水晶窟でドラゴンを討伐したと聞いたな」

「なんだと!?勇者っていうと七聖教のやつか?」

「ああ、そうだ」

「チッ!」


 ギルガメッシュは舌打ちすると、水晶窟の奥へと走っていった。


「ちょっと、ギル!エス、追うよ」

「ああ」


 ミサキの呼び止める声も聞かず、ギルガメッシュは奥へと走っていく。それをエスとミサキは追いかけた。

 美しい水晶の壁や天井が傷だらけになり激しい戦闘があったことがわかる痕跡がある場所を抜け細くなった道の奥、そこは行き止まりになっていた。その行き止まりの壁にギルガメッシュは手を触れると、その表情を険しく曇らせた。


「やっぱりだ。誰か来た痕跡がありやがる」

「ふむ、勇者君たちはドラゴンを倒した程度のことしか言ってなかったしな。レヴィ、『嫉妬』の悪魔の存在など知らなかったのではないか?」

「だとしたら、誰が?」


 ミサキが不安そうに呟く。それに答えるかのように、エスとギルガメッシュが同時に答える。


「七聖教会の関係者だろう」

「七聖教のやつだろ」

「勇者君は依頼でドラゴン討伐に来たようだしな。なら勇者君に依頼を出している七聖教が怪しいのは当然だ。勇者君もグルという可能性もあるがな」

「あのお人好しがか?どうせ、あいつも利用されてるだけだろ」


 エスもギルガメッシュの意見に同意ではあったが、推測をそのまま断定とする気はなく、次に会った時にでもそれとなく聞き出してみようかと考えていた。


「とにかく、レヴィのとこに行くぞ」


 そう言って、ギルガメッシュは壁に触れた手に魔力を流す。すると、行き止まりと思われた壁は透けるように消えていき、さらに奥へと続く道が現れた。

 現れた道をエスたちは奥へと進んでいく。足元を見ると、エスたちより前に数人が通った痕跡が見受けられた。痕跡自体はしばらく前のものだとはわかるが、正確にいつ頃のものかは不明だった。三人とも黙ったまま歩いていくと、再び行き止まりに辿り着く。そこには、頑丈そうな一枚の扉があった。


「この中だ」


 ギルガメッシュがそう言って扉を開けようと手をかけようとし、あることに気がついた。


「ふむ、何者かがこじ開けた跡があるな」

「うわぁ!?」


 唐突に真横で聞こえたエスの声に驚き、ギルガメッシュは横に飛び退く。


「フハハハハ、何もそこまで驚かなくてもよかろう。それよりも、さっさと中に入るぞ。何かあったとしか思えないからな」

「ああ。ミサキ、おまえはここで待ってろ」

「あたしも行くよ!」


 エスはギルガメッシュとミサキのやり取りを聞きながら、徐に扉を開けた。その瞬間、扉の中から深紅の目に黒に近い赤紫の鱗をした蛇が無数に飛び出しエスに噛みついた。


「まったく不意打ちとは酷いものだ」


 噛みつかれたことに、何の痛痒も感じていないエスは一匹一匹掴んでは引き剥がしていた。だが、途中で面倒になったのか、【崩壊】の力を纏い噛みついている蛇をすべて消滅させる。ギルガメッシュは、先に引き剥がし地面に転がされた蛇を見ると表情を険しくした。


「この蛇、レヴィの…。レヴィ!」


 ギルガメッシュが扉の中へと駆け込む。それを、エスとミサキが慎重に追いかけた。


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