奇術師、阻まれる
エスとミサキが出て行った謁見の間では、エルレムが唖然とした表情で扉を見つめていた。一瞬の間を置き我に返ったエルレムは、肩を震わせ怒鳴りだした。
「なんなのだアイツは!無礼にも程があるだろう!」
「エルレム、落ち着くのだ」
怒るエルレムを国王は静かになだめ、グアルディアへと視線を移す。
「大まかな旅路については、先ほどの報告と定期報告でだいたい把握はした。細かなところは後日でよい、今日はゆっくり休むとよいだろう」
「ありがとうございます」
国王は、頭を下げるグアルディアに満足気に頷くと、その背後に立つアリスリーエルへと声をかける。
「アリスリーエル、すぐに城内に部屋を用意させよう。しばらくここで待つといい」
「お父様、わたくしが以前使っていた部屋はまだそのままですか?」
「使っていたというのは、隔離のために使っていた塔の部屋のことか?」
「はい。片づけてしまわれましたか?」
「いや、そのままだ」
「では、わたくしはそこでエス様を待とうと思います」
アリスリーエルは国王の答えを聞くことなく、リーナたちを見て話しを続けた。
「皆さんもご一緒にいかがですか?そういえば、初めてお会いした時もその部屋でしたね」
「そっか、そうだったね」
ターニャが何かを懐かしむように目を閉じ、そしてため息をついた。
「あの時からエスに振り回されっぱなしだ…」
「ふふふ、それは始めからじゃないかしら?」
「エスにまともなことを期待するだけ無駄よ。じゃ、ここにいても仕方ないし、私たちも行きましょう」
三人が一緒に行くと言い、嬉しそうな表情になるアリスリーエル。そんな四人の様子に声を荒げる者がいた。
「ダメだ!許可できるか!王家の人間がそんな者たちと共にいるなど!」
「エルレム!この者たちは、アリスリーエルの呪詛の解呪を成し遂げたのだ。なにより、アリスリーエル自身が許可を出している。おまえに止める権利なぞない」
「しかし…。いえ、わかりました」
国王の言葉に納得したわけではないエルレムだったが、ここで言い争っても仕方がないと渋々引き下がった。
「では、アリスリーエルの部屋にベッドを用意させよう。あそこであれば人数分置けるであろうからな」
「ありがとうございます、お父様。では皆さん、行きましょう」
アリスリーエルとリーナ、サリアとターニャの姉妹は楽し気に話しながら謁見の間を出て行った。ここまで、一言も発せず空気と化していたドレルが口を開く。
「国王陛下、儂が残っていても仕方なさそうなんで、城内でのんびりさせてもらって良いですかな?」
「ああ、ご苦労だったなドレル。おまえにも、後で頼むことがあるが、それはグアルディアから説明させるとしよう。城内で好きに寛ぐといい」
「ハハァ、ありがとうございます。では、失礼します」
続いてドレルも謁見の間を出て行った。そんなドレルをため息をつきながらグアルディアが見送る。
「はぁ、いつまで経っても言葉遣いがよくなりませんね」
「仕方あるまい。誰にでも得手不得手はあるものよ」
「陛下、甘やかせてはなりませんよ」
「ハッハッハッ、グアルディアはドレルに対しては厳しいな。まあいい、やつもこの国にとって重要な者だ。多少の無礼など構わん」
ドレルも出ていき、謁見の間に残っているのは国王とエルレム、そしてグアルディアの三人だけとなった。三人だけになり、早々にエルレムが声をあげる。
「陛下、いえ、父上。よいのですか?今の状況で、あのような素性の不確かな者どもを城内にとどまらせて!」
「今の状況?何かあったのですか?」
「そうか、グアルディアには話しておらなかったな」
「いえ、ここに師団長級の者たちがいたのを見ましたので、何かあったのだとは察しておりましたが…」
エスたちが謁見の間に転移した際、見かけた兵士たちは、この国の兵士たちの中でも師団長や小隊長たちであった。そんな者たちが招集されているのであれば、何かあったと思うのが普通である。
「うむ、七聖教皇国とマキナマガファス魔工国との間で戦争になりそうなのだ。といっても、睨み合いを続けているだけで、本格的な戦闘にはなってはおらん。だが、どちらの国にも隣接している我が国としては、いつ巻き込まれるとも限らぬのでな
「そんなことは…。いえ、確かにそうですね…」
「偵察にヴェインと他数名を行かせてはいるが、状況は不明だ」
そう簡単に巻き込まれることはないと思ったグアルディアだったが、先のシームルグからの警告を思い出し納得する。だが、未だ納得できないエルレムが再び声を荒げた。
「父上もグアルディアも、何も知らないからそう言えるのだ!」
「どういうとこだ?」
驚いた国王はエルレムに問いかける。
「アリスリーエルも、あのエスという男も鑑定ができなかった。まるで鑑定の力をそれ以上の力で抑え込まれたような感じだった」
「そうですか。アリスリーエル様はエス様の言うところ、神性を帯びた人間とのことです。そんなアリスリーエル様を同格と言っていたエス様も、同様に神性を帯びていると考えてよいでしょう。神性、つまり神格を得た者に鑑定の力が通じないのもの納得できます」
「神格だと…」
そこでグアルディアはふとミサキのことを思い出す。
「しかし、ミサキ様が鑑定できた理由が不明ですね。何か違いがあるのでしょうか?」
グアルディアも、ミサキが【暴食】ではなく【剛毅】の力を発動させたことを聞き知っている。白い光を帯びる力、それが神格に繋がると考えていたが、何か別の理由もあるのかもしれないと考えられた。
「いずれにせよ、問題はないと私は考えますよ」
「儂もグアルディアに同意だ。神鳥殿どころか、調停者である天龍殿が認めているのだ。我らが何か言えることではあるまい」
国王の言葉に、自分も同意であるとグアルディアはゆっくりと頷く。
「エルレム、このことに関しては他言無用だ。アリスリーエルが神格を得ているなどと知れたら、再び幽閉するようなことになりかねぬからな」
「…わかりました」
その後、グアルディアは国王への報告を続け、エルレムはそれを静かに聞いていた。
アリスリーエルたちが謁見の間を出たころ、エスとミサキは城から出て大通りを歩いていた。以前と変わらぬように見えたが、僅かに空気が張り詰めているような感じを受ける。
「ふむ、何かあったのか?そういえば、兵士たちもたくさんいたような気がするな。さっさと出てきてしまったから、色々と聞けなかったが…」
「何を今さら言ってんの?」
「いやいや、情報というのは大事だぞ。…おや?」
ミサキと言い合いをしながら歩くエスの視線の先に、見覚えのある人物が立っていた。エスがそれに気づくと、その人物は深々と頭を下げる。
「確か、マニーレンだったか」
「覚えていて頂き、ありがとうございます。エス様が戻ってこられた気配を感じましたので転移して参りました。こちらをどうぞ」
そう言ってマニーレンは、大きめの革袋を取り出した。それを受け取ったエスはずっしりとした重さを感じ、中に何が入っているのか予想がついた。だが確認のため、マニーレンに問いかける。
「これは?」
「エス様の取り分でございます。路銀の足しにしてください」
「ほほう、それはありがたい。妖精国まで行かねばならんしな。使わせてもらおう」
「妖精国ですか!?」
驚き声をあげたのはマニーレンであった。
「ああ、調停者である天龍からのお誘いだ。断るわけにもいかぬだろう?」
「そうですか、天龍様が。では、止めるわけにはいきませんね。それではひとつだけ。天龍様がいらっしゃる霊峰ティルナソルチャに行くには、妖精国アンヌーンを通るしかありません。しかし、妖精国の者たちは頭の固い者ばかりです。ご注意ください」
「ふむ。その説明だけで、なんとなくマニーレンが苦労してきたのであろうことはわかったぞ」
エスの言葉に苦笑いで答えたマニーレンは一礼すると、その恰好のまま頭上と足元に幾何学模様の魔法陣が現れる。それが、マニーレンの魔法であることはエスにも理解できた。魔法陣が上下からマニーレンを包みその姿を消し去った。
「ほほう、これが魔法での転移か。面白い」
「ねぇエス、それ何?」
「これか?」
「ふわぁぁぁぁ」
革袋を指さすミサキに袋の口を開け中身を見せる。中には大量の金貨銀貨が詰まっていた。それを見て、ミサキは感嘆の声をあげた。
『マニーレン、元気にやっているようだな』
『あらぁ?アヴィド、寂しくなっちゃったのぉ?』
ミサキの持つ剣からそんな会話が聞こえてきたが、エスは聞き流し革袋を消し去る。目の前で革袋が消え去り、ミサキは間の抜けた声を出した。
「ふぇっ!?」
「フハハハハ、あんな重いもの持って歩くなどごめんだからな。しまっただけだ。さて、行くとしよう」
二人は再び大通りを歩きだす。
「トレニア、渓谷までの道案内頼めるか?」
『大丈夫よぉ』
「ねぇエス。鞘ないのこの剣、持って歩くのも面倒なんだけど…」
「そうだったな。では、鞘を見繕ってから向かうとするか」
エスとミサキは、近くの武器を取り扱う店に入り適当な鞘を見繕いミサキに帯剣させると王都を後にしたのだった。
王都を出てから丸一日、エスとミサキは森の中を歩いていた。
「トレニア、この方角で良いのだな?」
『ええ、森を抜けた先の山岳地帯に水晶霧渓谷があるわ』
「ふと思ったのだが…」
エスは昔を懐かしむように空を見上げると、気になることを聞いてみる。
「以前聞いた水晶窟も、その渓谷にあるのではないか?」
『えっ?その通りよ。というか、その水晶窟の最奥にある隠し部屋にレヴィがいるわ』
「そうかそうか。それは、嫌な予感がするな…」
何か良くない方向にいろいろと繋がるような気がし、エスは不安を感じていた。
「嫌な予感?」
「まあ、行けばわかるだろう。それで、この森はいつ抜けられるのだ?」
『このペースなら、あと一日くらいってとこかしらぁ』
「遠いな…」
「いやいや、普通の人だったら倍以上かかるよ!」
明らかに異常な速度で森を進んできておいて遅いと言うエスに、ミサキは思わず声をあげた。だが、常識があるのはこの中で自分だけかもしれないと、ため息をつき頭を抱える。
「どうしたミサキ?調子でも悪いのか」
「エスたちのせいだよ…」
『我をエスと同等に扱うのは看過できぬな』
『妾もイやよぉ』
「おまえたち…。まあいい、さっさと行くぞ」
その後も、エスたちは森を進む。途中、モンスターが襲ってきたが、難なく対処していった。それから一日が経過し、エスたちの目の前には高原が広がっていた。
「おお、いい風景ではないか」
その風景に感動しているエスの隣に、ミサキの腰に下げた鞘から抜け出し浮かんだ剣が、目の前の山へと剣先を向けた。
『あの山に向かって。麓に水晶霧渓谷があるわ。近くまで行けばわかるはずよ』
「ふむ…」
エスが目を凝らすと、剣先が向く方角で何やら吹き荒れている様子が見えた。ここからでは距離があり、それが何なのかはわからなかったが、トレニアの案内で間違いないと確信した。
「良い天気に良い風景、実に名残惜しいが向かうとしよう」
空は快晴、高原の風景も相まって昼寝でもしたいエスだったが、水晶霧渓谷を目指し進むことにした。
しばらく歩いていくと、周囲に不穏な空気が漂い始める。
「ふむ、先客がいるようだな」
「モンスターが全部一撃で殺されてる…」
たくさんのモンスターの死骸が放置されていた。あるものは裂け、あるものは穴が開き、あるものは内側から破裂したかのように死んでおり、死因はまちまちだった。
「これまた、バリエーション豊かな殺し方だな」
「普通じゃないよこれ…」
「君ら七大罪の悪魔も十分普通じゃないではないか」
「それ、エスが言うの?」
呆れた声をあげるミサキとエスの眼前に、ようやく水晶霧渓谷が姿を見せた。吹雪のように握り拳大の尖った水晶が飛び交い周囲の岩や岩壁にぶつかり粉々に砕け散る。散った破片もまた、風に乗り周囲に飛び交っていた。まさに水晶の嵐といった様相だった。その嵐が壁のようになり侵入を拒んでいる。そんな嵐の周囲には飛んできた水晶によって死んだモンスターの姿も見受けられた。
「これは、どうやって入るのだ?」
「さぁ?」
『変ねぇ、こんなに荒れてなかったはずなのだけど…』
トレニアの記憶と違い、人どころかどんな生物も寄せ付けないほどの敵意を感じる水晶の嵐にエスたちは足止めを食らってしまった。