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奇術師、フォルトゥーナ王国へ帰還する

 いつものようにエスたちの周囲は布に包まれている。ただ、いつもと違うのは包まれている時間が長かった。


「エス様?」


 いつもと違う状況に心配になったアリスリーエルがエスに問いかけるのと同時に、布の外から複数人の声が聞こえてきた。


「この声、まさか…」


 聞き覚えのある声に、グアルディアは若干顔を引きつらせていた。


「到着だ」


 振り上げたエスの掌に、周囲を覆う布が吸い込まれていく。その際、布の外で近づいていたと思われる者が、吸い込まれる布に弾かれ倒れる音が聞こえた。

 周囲を覆う布がすべて消え去り、姿を現したエスたちの周囲には倒れたり、驚き戸惑っている兵士たちの姿があった。それを見て、グアルディアは頭を抱えた。


「エス様、何も直接ここに来なくても…」


 グアルディアが頭を抱えた理由、それはエスが転移先として選んだ場所がフォルトゥーナ王国の王城、その謁見の間だったからだ。周囲には突如現れた布に対応するべく集まった兵士たち、そして玉座には驚いた表情で固まる国王の姿があった。そんな国王のすぐ隣で、腰にさげた剣に手をかけたまま警戒する男の姿も見える。男はアリスリーエル同様の髪の色をし、容姿も国王に似ていた。


「ねえ、ここどこ?」

「ミサキ、今はちょっと黙ってて。エス、あなたねぇ、また牢屋に入りたいわけ?」


 エスはグアルディア、ミサキとリーナの言葉を笑って聞き流し、アリスリーエルの背を押した。


「さあ、無事戻ったと父親に挨拶してくるといい」

「は、はい」


 数歩前に出たアリスリーエルが、優雅に一礼し驚いたままの国王へと声をかける。


「お父様、ただいま戻りました」

「アリスリーエル!ということは、呪詛は解呪できたのか!?」


 アリスリーエルの横に並んで立ったグアルディアが、跪き簡単な報告を始める。


「陛下、アリスリーエル様の呪詛は解呪されました。いろいろと報告することはございますが長くなる故、別の場所で詳しく報告させていただきます」

「うむ」


 国王はアリスリーエルとグアルディアに頷き、その視線を背後にいるエスへと向けた。


「エス殿、無事に依頼は達成できたのだな」

「もちろんだとも」

「そうか。そうか…」


 そう言うと国王は、安堵した表情で玉座へ体を預け天井を見上げた。隣に立っていた男もそんな国王の姿に、僅かに緊張を解くが剣から手を放す様子はなかった。


「エルレムお兄様、お久し振りです」

「アリスリーエル、なのか?」

「はい、長い期間お会いできなかったので、お忘れになっていてもしかたありません」

「ああ、いや、もっと小さい時しか知らぬからな。ところで…」


 エルレムは剣を抜き、エスではなくその斜め後方に立っていたミサキへと剣先を向けた。それに驚きアリスリーエルが声をあげる。


「お兄様!?」

「それで力を隠しているつもりか?何故ここに『暴食』がいる!」


 ミサキは咄嗟にエスの背に隠れた。耳が寝ていることからも怯えているのだと思われた。


「やれやれ、おまえの力ならここにいる全員、一瞬で殺れるだろうに」

「そ、そんなことしたら、あたしも人の姿じゃなくなっちゃうよ!」

「そういえば、そんな話だったな。それにしても…」


 エスはミサキからエルレムへと視線を移す。ミサキは完全に悪魔の気配を断っていた。それにもかかわらず、エルレムはミサキが『暴食』の悪魔であることを確信し警戒している。どうやって見抜いたのか、エスは興味がわいていた。


「ところで王子は、何故ミサキが『暴食』だと思うのかね?」

「思っているのではない。私にはわかるのだ!」


 どういうことだと首をかしげるエス、そんなエスに立ち上がり振り返ったグアルディアが説明し始めた。


「エルレム様は、希少な鑑定の力を持っています。といっても、以前であれば鑑定士たちほど、力を使いこなせてはいませんでしたが、留学中に鍛えられたのでしょう」

「鑑定…。そうか、そんな力もあったのだったな。いやはや、すっかり忘れていた。ならば隠しても無駄だなミサキよ」

「だからって、はいそうです!なんて言ったら処刑されちゃうよ!」

「それ、言ってるようなものよ…」


 焦ったミサキの言葉を聞き、リーナがため息混じりに呟いた。このままでは埒が明かないと考えたエスは、ちょっとした思いつきを実行するべく腕を前に伸ばし指を鳴らした。

 突然のエスの行動に驚いた周囲の兵士たちが、全員警戒するように剣に手をかける。そんな兵士たちの目の前、エスの傍に元『強欲』の剣が姿を現した。


「『暴食』だけではなく、『強欲』と『色欲』もセットでどうかな?残念ながらこちらは、元ではあるがな」

「何!?」


 エルレムが咄嗟に現れた剣を鑑定するが、その剣が通常の手段で作られたものではないということと、剣自体に二つの意思が宿っていることしかわからなかった。


「嘘をつくな。剣自体は普通ではなさそうだが、その剣に【強欲】の力や【色欲】の力はない!」

「鑑定したのか。しかし、その答えでは五十点といったところだな。アヴィド、トレニア」


 エスは近くに浮いていた剣へと話しかける。


「あの頭の硬そうな王子に自己紹介でもしてやったらどうだ?」

『あら、あれが王女様のお兄様?イイ男じゃない』

『何故、我がそんなことをせねばいかんのだ』

『相変わらず堅っ苦しいわねぇ、アヴィド』

『トレニア、貴様は軽すぎるのだ』

「はいはい、王様の御前だということを忘れてないか?もっと敬意をもってだな…」


 パンパンと手を叩き、エスはため息をつく。


『『おまえには言われたくない!』』


 そんなエスに、剣から二人分の怒鳴り声が聞こえた。

 そんな剣から聞こえる声とエスのやり取りを聞き、周囲の兵士は戸惑いを隠せなかった。


「アヴィド、トレニア、だと?その名、確か大戦以前の記録に…」

「エルレム様、エス様の話は真実でございます。力を感じられない件に関しては後程、ご説明を」

「うむ、エルレム以外、兵士たちは下がれ。その報告、ここで聞こう」

「はっ」


 国王の命で、兵士たちは謁見の間から出ていく。その間、エルレムはミサキに剣を向けたまま、エスたちに警戒していた。

 謁見の間には、エスたちと国王、エルレムだけが残った。


「では、聞かせてくれ」

「はい。ではまず簡単に説明させていただきます」


 グアルディアは王国を出てからの旅路を報告していった。のんびりとその報告を聞いていたエスではあったが、話が終わる頃ふと背後に気配を感じ振り向いた。


「どうしたの?」

「エスさん?」


 エスの背後に隠れたままだったミサキと、その隣にいたサリアが不思議に思いエスに声をかけた。


「これは…」

「この気配どっかで…」


 エスと同じく気配に気づいたアリスリーエルとターニャも、エスと同じ場所を見つめていた。皆が見つめる先で、何もない空間が陽炎のように揺らめくと、フードを目深に被った人物が姿を現した。


「ほう、我の転移に気づいたか。短い間に成長したようだな」

「こんなところにまで来るとは暇なのか?シームルグ。それに、その姿はなんなのだ?」

「これか?本来の姿で人の国に来ては目立ちすぎるであろう」

「その姿はその姿で、胡散臭いのだがな…」


 エスとシームルグが会話をしていると、床と金属がぶつかる音が謁見の間に響く。その音に驚いた皆が玉座の方を見ると、突如現れた者を鑑定し正体を知ったエルレムが、驚愕のあまり剣を落としていた。


「シームルグ、グアルディアの作り話ではなかったのか!?」

「エルレムよ、グアルディアはこの国の要であるぞ。そのような嘘はつくまい。して、神鳥殿は何用で参られたのだ?」


 エルレムを窘め、国王はシームルグへと問いかけた。それに応じるかのように、報告していたグアルディアの横に立った。


「今回は預言者としての責務ではない。そこのエスに用があって来ただけだ」

「私にか?」


 心当たりがないと、首をかしげているエスにシームルグは頷いてみせる。


「そうだ。試練を乗り越えたおまえに、天龍が会いたいそうだ。霊峰にて待っているとな」

「ほほう」

「我も天龍も、先の試練でおまえが死ぬと予想していた。だが、見事に切り抜けたおまえに天龍も興味を持ったようだ」

「フハハハハ、確かに今までで一番危なかったことは認めるが、あんなところで死んでたまるものか。余計なしがらみのせいで、ファンタジーなこの世界を楽しめていないのだからな」


 笑うエスを見て、シームルグも口元を緩める。初めて会った時、シームルグの予知ではエスが【強欲】の本来の力を覚醒させることができないとされていた。だが、予知とはいえあくまでもシームルグの持つ力による予測である。それが覆ったということは、エス自身の意思がシームルグの予想より勝っていたということになる。故に、天龍も興味を示し会おうと思ったのだった。


「確かに伝えたぞ。それと、フォルトゥーナ国王よ」


 エスから国王へと視線を移し、シームルグは体から神気を漂わせながら告げる。


「こちらは預言者としてだ。近いうちにこの国を含め騒乱が起きる。準備を怠らぬことだ」

「騒乱だと!?」

「左様、前大戦の続きのようなものだ。では、伝えたぞ」


 シームルグの体が薄れ、再び転移するのだと理解した国王は声をあげた。


「神鳥殿、待たれよ!」

「これは、そこの王女が試練を乗り越えた褒美としての警告だ。」

「大戦が起こるというのか!?」


 国王を無視し、シームルグはエスを見ると、ターニャとサリアを指差し一言告げる。


「エス、おまえにも一つ。水晶霧渓谷に向かうのであれば、その二人は置いていけ。確実な死が待っている」

「なに!?」

「それと、行くのであれば今すぐに向かえ。理由は行けばわかる」


 それだけ言うと、シームルグの姿は掻き消えた。


「やれやれ、言いたいだけ言って帰っていったな。しかし、水晶霧渓谷に何があるというのだ?」


 エスの頭には、アヴィドとトレニアから聞いた情報が思い浮かんでいた。『嫉妬』の悪魔レヴィの存在、そしてレヴィに会いに行ったというギルガメッシュの存在。最悪の場合、七大罪の悪魔二人を相手にするとなれば、一人の方が戦うのも逃げるのも楽だと考えられた。


「仕方がない。アヴィドとトレニアは持っていくとして…」

『物扱い!?』

『トレニア、いい加減に理解しろ。こいつはそういうやつだ…』

『そうね。それに実際に今は物だし仕方ないわ』

「二人とも、うるさいぞ。それで、アリスリーエルとサリア、ターニャはここに残すとして…」


 シームルグの警告を聞いていたため、サリアとターニャは納得した表情をしているが、アリスリーエルは納得できず声をあげた。


「わたくしも行きます!」

「アリスリーエル様、無理を言ってはなりません。おそらくエス様には何か考えがあるのでしょう」


 そんなアリスリーエルを窘めるグアルディアの予想は正しかった。シームルグが国王に騒乱が起こると警告していた。つまり、この地も何かしらの災いが起こるのだと考えられる。今のアリスリーエルであれば、大軍に攻められても蹴散らすことができる。だからこそ、この国を守るには置いていくほうが良いと判断した。


「アリス、私たちはここで待ちましょう」

「そうだよ。シームルグが警告する程なんだし、ここはおとなしく待とう」


 グアルディアと共に、サリアとターニャは自分たちも残るからとアリスリーエルを説得する。


「エス、私はこの国に残ることにするわ。どうせ、水晶霧渓谷を見たら一度戻ってくるんでしょう?」


 そんなアリスリーエルを見かねて、リーナも残ると宣言した。


「あたしは、どうしよう」

『ミサキ、あなたも来なさい』

『それがよいだろう。もしかしたら我らに関わる話かもしれぬ』

『水晶霧峡谷にはレヴィ、『嫉妬』の悪魔がいるわ。それに『傲慢』の悪魔ギルガメッシュもいる可能性があるのよ』

「えっ!?」


 懐かしい名前を聞き、ミサキは驚いた。もしかしたら、水晶霧渓谷に行けば死亡したという『憤怒』と行方不明である『怠惰』以外の七大罪の悪魔が一か所に揃うことになる。


「よし、ではミサキは同行だな。護衛としてこれを預けておこう」


 そう言って近くに浮いていた剣を掴むと、ミサキに投げて渡した。


「おっと、危ないじゃないか!」

「アヴィド、トレニア、ミサキを守ってやれ」

『言われるまでもないわよ』

『しかし、我らでは警告くらいしか出来ぬぞ?』

「そうか?その姿でも魔法くらいは使えると思うがな」

『えっ!?』

「まあ、試すのは後だ。それでは国王陛下、私はシームルグが言うように、すぐに出発することにする。そうだな、報酬の件は戻ってからゆっくりと話すとしよう。それではな」


 驚いているだろうトレニアをそのままに、エスはすぐに出発すると国王へ告げた。どんどんと話が進んでいく現状に取り残されていた国王は、頷くことしかできなかった。


「待って!私たちはエスさんから離れられないんじゃなかったの?」

「そうだ!同じ街程度の広さしか離れられなかったはずじゃ…」


 サリアとターニャが思い出したように、慌ててエスに問いかける。


「ああ、説明していなかったな。そのことなら問題ない」

「えっ!?」

「私が完全に【奇術師】の力を掌握できたからな。今ならば、世界中どこにいても問題ないはずだ。安心してアリスの手助けをしてやれ」

「そ、そういうことじゃ…」


 まだ、サリアが何かを言いたそうだったが、エスはすぐに謁見の間から出ていこうとする。それを慌ててミサキが追いかけた。


「では、リーナ。皆を任せるぞ」

「ええ、わかったわ。エスも気をつけてね」


 エスとミサキの二人は謁見の間を後にした。


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