奇術師、ポラストスを去る
宮殿へと戻ったエスたちをハリスヴェルトとグアルディアが迎えた。
「エス様、お疲れさまでした」
「助かった。これで大半の作業が済んでしまったな」
そんな二人の背後からドレルが顔を出した。
「やれやれ、相変わらず馬鹿げた力だな。で、大丈夫なのか?やけに疲れてやがるみてぇだが」
「ドレルにまで気を遣われるとは、少々心にくるものがあるな」
「んだと!?」
大袈裟にわかりやすく肩を落としたエスにドレルは怒鳴る。
「エス、部屋で休んでいろ。あとは俺の仕事だ」
「必要ない、と言いたいところだが、今日のところはお言葉に甘えさせてもらおう」
エスはややふらつきながらも、自分に割り当てられている部屋へと歩いていく。
「エスさん、待って」
「エス様、大丈夫ですか?」
そんなエスを、サリアとアリスリーエルが両脇から支えるように手を添えついていった。それを見送ったハリスヴェルトは、残った者たちに指示を出す。
「グアルディアはドレルと共に残りの首輪の解除をしてくれ。それと別に、お前たちにちょっと依頼したことがある」
「何かしら?」
「内容次第だよねぇ」
依頼と聞き、リーナとミサキは面倒そうな表情を浮かべる。その後ろでターニャも頷いていた。
「周辺の町や村から連れてこられた者たちを帰そうと思っているのだが、その護衛を頼みたい。一応、兵士たちもつけるつもりだが人手不足でな。おまえたちなら、実力的にも申し分ない。もちろん報酬も出す。どうだ、頼めるか?」
「その程度なら構わないわね。でも、あの山脈の向こうから連れてこられた人たちはどうするの?」
「それは、奴隷商どもの飛行船を使う。ここの状況もついでに知らせることもできるから、そちらに兵士たちの人数を割きたい、というのもあるのだがな」
「ふぅん、なるほどね」
「いいよ。護衛はあたしたちで受けよ」
「ターニャもミサキも良いというなら、私も構わないわよ。その代わり、報酬は弾んでもらうわよ?」
「了解した。では、準備が整ったら声をかける。食堂にでもいてくれ」
リーナたちは食堂へと向かい、グアルディアとドレルは解放を待つ奴隷たちのもとへと向かっていった。一人残ったハリスヴェルトは、ため息をつき兵舎へと歩いていく。
ハリスヴェルトは悩んでいた。国内にいる奴隷たちの解放は自分の権限で十分に可能ではあるのだが、国外へ売り飛ばされてしまった者たちの解放に関して頭を悩ませていた。エスたちが来る以前より、いずれ開放するためにと、奴隷たちがどこに売られていったのか調査をし、その大半がマキナマガファス魔工国へ送られたことを掴んでいた。だが、マキナマガファス魔工国は海の向こう。ハリスヴェルト直々に向かうこともできず、部下である兵士たちを送ろうにも軍事行動ととられかねない。
ハリスヴェルトは頭を振り、行き詰った考えを後回しにすると兵舎の扉を開けた。扉の先では整列し待機していた兵士たちがいる。全員がハリスヴェルトの指示を待っていた。その中の一人、コカトリスの群れ討伐時にエスたちと話をした男が、ハリスヴェルトの前へと出る。
「ハリスヴェルト様、人員の割振りは終わっております。いつでも出発可能です」
「そうか、こちらも協力を頼んできた。周辺の町村へ向かうものは、すぐにでも出てもらう。準備をしておけ」
「ハッ!」
兵士たちが全員同時に返事をする。自分には勿体ない程、忠実な部下だと感じながら、ハリスヴェルトは自分の目の前で頭を下げている男へと声をかける。
「グラウス、おまえは残りの兵士を連れ飛行船で遠方の町村へ解放した者たちを送り届けてほしい。ついでで悪いが、この国の現状も伝えてきてくれ」
「了解致しました」
「奴隷たちの解放が済み次第出発だ。頼むぞ」
「ハハッ!」
兵士たちの返事を聞き、頷いたハリスヴェルトは兵舎を後にする。向かった先は、奴隷たちの解放を行っているグアルディアとドレルがいる部屋だった。
部屋に入ると、ドレルが首輪の解除を行っているところだった。解放された者の中から魔道具の使用経験がある数人が、ドレルの作業を手伝い他の者たちを解放していた。ハリスヴェルトは、ドレルの邪魔にならぬように小声でグアルディアへと問いかける。
「あとどのくらいだ?」
「そうですね。このままであれば、昼食前には終わるでしょう。そちらの準備はどうですか?」
「問題ない。大まかな復興はエスがやってくれたからな、すぐにでも故郷に帰してやろう」
「そうですね。ところで…」
グアルディアは天井を見上げる。ハリスヴェルトも同じように天井を見上げると、そこには大小様々な穴が開いており、その穴からは青空が見えていた。トレニアが這わせていた蔦があった穴である。
「この宮殿の修復はどうするのです?」
「そういえば考えてなかったな。俺と兵士たちでやるしかないだろう」
「エス様に頼んでみては?」
「さっきの力を見て思ったが、あいつ自身が消滅させた、もしくは元から無いと判断したものは戻せないのではないか?」
「なぜ、そう思うのです?」
「墜落した飛行船が戻らなかったからな。あれだけ飛行船に興味を示していたエスが、意図的に戻さないとは思えん」
「…言われてみれば、確かにそうですね。後で確認してみるとして、そうなると宮殿は自力で直すしかないでしょう」
「なに、宮殿だけだ。どうとでもなる」
そんな話をしつつ、二人はドレルの作業を見守る。ハリスヴェルトが予想した通り、エスの【奇術師】の力で修復を行う場合は、エス自身が元からその形である、または消滅したと認識したものは戻すことができない。今回は、飛行船をエス自身が消滅させているため、無くなったものを戻すことができなかったのだった。宮殿の穴も同様に、元から穴があったとエスが認識しているため、修復はできない。
しばらく様子を見ていると、最後の一人が解放されドレルがグアルディアとハリスヴェルトに声をかける。
「おい!終わったぞ」
「ご苦労さまです。ドレルは休んでいてください。あとはこちらでやります」
「おう、そうか。んじゃ、そうさせてもらうわ」
ふらふらと歩きながら、ドレルは自室へと戻っていった。少量の魔力で動作する解除用の魔道具とはいえ、人数が人数である。使用回数が多かったため、魔道具製作者として魔道具の使用に慣れているドレルですら疲れるほどだった。普段のドレルであれば疲れる前に止めるのだが、ドレル自身この魔道具の使い方に怒りを覚えていたため、無理をしてでも解除を続けたのだった。
「さて、ドレルも珍しく頑張ってくれましたし、私たちも頑張るとしましょうか」
「よし、おまえたち聞け」
首輪が外され喜ぶ元奴隷たちを前に、ハリスヴェルトが声をあげる。元奴隷たちは、黙りハリスヴェルトを見た。
「これで、おまえたちは自由だ。すぐに故郷に帰してやるが、一つ俺から頼みがある。この宮殿の修復を手伝ってくれないか。手伝わないのなら帰しはしない、ということはない。手伝ってくれる者はここに残ってくれ」
「では、すぐにでも故郷へ帰りたいという方々は私についてきてください」
十数名を残し、グアルディアについて部屋を出ていく。それをハリスヴェルトは黙って見送った。全員が出て行ったのを確認し、残った者たちを見る。皆、真剣な表情でハリスヴェルトを見ていた。
「ありがとう。といっても修復作業は明日以降だ。休む部屋を用意してある。今日はゆっくり休んでくれ」
頭を下げたハリスヴェルトを見て、元奴隷たちは驚いていた。その後、ハリスヴェルトに案内され、残った者たちは割り当てられた部屋へと向かった。
周辺の町村へ帰る者たちを食堂で待機していた仲間たちに任せ、遠方へと帰る残りの者たちを飛行船へ乗せる。あとを兵士たちに任せたグアルディアは宮殿内へと戻り食堂を目指した。一息つくため入った食堂では、先にハリスヴェルトがのんびりとしていた。
「戻ったか。問題はなさそうか?」
「ええ、あとのことは皆さんに任せてきましたよ。それで、そちらは?」
「宮殿の復旧作業は明日以降だ。おまえも今日はゆっくりしろ」
「では、そうさせて貰うとしましょう」
グアルディアは食堂で一息ついた後、自室へと戻り休むことにした。
翌日から、宮殿の復旧作業が始まった。疲れの残るエスとドレルは部屋にいるが、それ以外の者たちは総出で復旧作業を行っていた。
「アリス、こっちお願いできる?」
「わかりました!」
リーナの指差す天井部分では、粘土のようなもので穴が塞がれていた。その粘土のようなものの水分を、アリスリーエルが魔法で乾かしていく。この粘土のようなものは、ドレルが自分の研究所を作るために開発した建材制作の技術を利用している。この土地に合わせ素材を調整し作ったものだった。水分がなくなることで、コンクリートのように固まる。乾いた後は元の壁とやや色が違うのだが、そこは後で何とかするとハリスヴェルトが使用許可を出したのだった。
そんな作業の喧噪を聞きながら、エスはベッドに横になり天井を眺めていた。
「不便なものだ…」
エスはため息をつきつつ独り呟く。
【奇術師】の力は想像以上であり、先の仕様では以前聞いた事象改変の意味を体感することとなった。街ですら被害をなかったことにしてしまう、そんな異常な力だがその使用には代償として生命力が必要だった。寿命もなく老化もしない悪魔であるからこそ、疲労だけですんでいる。人がこの力を行使したのであれば、エスが行った規模の改変を行っても、その命だけでは足りなかったであろう。そのことに関しては、【知恵】が教えてはくれていたのだが、この【知恵】も万能というわけではなかった。エスが認識できている範囲内、興味が向いたものの本質が理解できるだけであり、何かを行おうとした際、それがどのように作用するのかがわかるのみであった。意識外のものに関しては、一切教えてはくれない。そもそも、意識外の情報まで取り込んでいたら、処理しきれず精神に異常をきたしていたであろう。
限界はあるものの、どちらも十分に便利な力であることには変わりない。今後は力に頼りすぎるのではなく、うまく使いこなしていくようにしようと、エスは改めて心に決めたのだった。
それから数日たち、エスたちのいる宮殿に開いた穴はすべて塞がれ、綺麗に修復されていた。そんな、宮殿の前にエスたちとハリスヴェルトは立っていた。ハリスヴェルトの背後には元奴隷であり、宮殿の使用人として働くことを決めた女性たちが立っている。本来であれば、数ヶ月はかかるであろうと思われた復興作業だったが、大半をエスが【奇術師】の力で直したため、非常に短い期間で終わっていた。
「世話になったな。次に来るときは、盛大に歓迎するとしよう」
「フハハハハ、それは実に楽しみだ。また、いずれな」
「ハリスヴェルト、これを」
エスと話していたハリスヴェルトに、グアルディアが小さな球体を渡す。
「なんだ、これは?」
「それは通信の魔道具です。我が国へ連絡する際に使ってください。この国が安定するまでは支援すると約束したでしょう?」
「そうか。ありがたく使わせてもらう」
受け取った魔道具を背後に控えていた使用人に手渡し、ハリスヴェルトはグアルディアを見つめた。
「それはそれとして、次は負けんぞ」
「フフフ、安心してください。次も私の勝ちですよ」
「いいや、次は俺が勝つ!」
そう言って笑う二人をよそに、エスは仲間たちに声をかける。
「おまえたち、やり残したことはないか?」
「ないよ」
「報酬のお金で、おいしいものもいっぱい食べられたしね」
「わたくしもありません」
「私もないわよぉ」
「そうね。早くアリスをフォルトゥーナ国王に会わせてあげましょ」
仲間たちの答えを聞き、エスは笑みを浮かべる。
「儂はさっさと研究所に戻りたいな。あんまりあいつと一緒にいると、余計な仕事を頼まれそうだ」
ドレルはそう言ってグアルディアを睨んでいた。
「フハハハハ、では帰るとしよう。グアルディア行くぞ」
「ええ、わかりました。では、ハリスヴェルト。また」
「ああ、またな。おまえたちも、また来るといい」
ハリスヴェルトに手を振るエスの仲間たち。ハリスヴェルトは手を振り返すことはなかったが、後ろの使用人たちは手を振り返していた。
「では、凱旋だ!」
エスは右腕を振り上げると、高らかに指を鳴らした。