奇術師、モンスターと戯れる
冒険者たちが見つめる先、薄っすらと見える森の方角から無数のモンスターが迫りくる。その数は優に百を超える。
「あ、あんな数無理だ!」
「クッソったれ!」
冒険者の中には逃げ出す者が現れ始め、悪態をつきながら震える手で武器を構える者もいた。中には腕自慢の冒険者が無謀にも突撃しようとしている姿もある。
エスは堂々と立ち、辺りの様子を窺っていた。南門周囲に置かれた資材類、そして他の冒険者たち、迫りくるモンスターたちを順々に見る。
「ふむ、街道で見たアルミラージはあれらより先に逃げてきたのだろうな」
「多分そうでしょうね。あれだけのモンスターが逃げるとなると、相当な大物が後に控えていそうだわ」
「大型モンスターがドラゴンってのも、あながち間違いじゃないのかも…」
「まずはあのモンスターたちを何とかしないとね」
エスたち四人は落ち着いた様子で、予想外の方向から街に来るものがいないかとモンスターの動きを注意してみていた。モンスターたちは一直線に街へと向かってくる。人より少し大きいサイズの蜘蛛や蟷螂などの虫型モンスターに、異形の動物の様なモンスターいた。そして、中にはエスがこの世界にきて初めて見かけたゴブリンと思しき緑色の醜悪な見た目の小人がいた。それぞれが手に粗悪な武器を持っている。その後ろから人より二回りほど大きい巨体が片手に棍棒を持って現れた。
「ゴブリン、それにオーガまで出てくるのか!」
「オーガなんて無理だ!」
冒険者の声を聞き、エスは一人納得したような表情で頷いていた。
「やはりあれはゴブリンでいいのだな。この世界にきて最初に出会った生物だから感慨深いものがある。それにあちらはオーガか。それに他のモンスターたちも、いい!実にファンタジー!」
「ゴブリンに襲われて、よく無事だったわね。まあ、アルミラージを殺せる身体能力があれば余裕か…」
エスが一人、目の前の状況を見て喜びのあまり口にした独り言に、隣にいたリーナが問いかけつつも自己解決していた。
「なに、あの時はちょっと驚かせたら逃げていったぞ」
笑いながらエスはこちらへと迫りくるゴブリンたちに向かい歩き出していた。別の場所では虫型のモンスターや動物型のモンスターたちと冒険者が戦いを始めている。
自分たちに向かい歩いてくるエスに警戒心を強めたゴブリンたちだったが、人数差で警戒が薄れたのか数匹がエスへと飛びかかる。エスは華麗にゴブリンたちの攻撃を避けつつ集団の中央付近へと移動していった。
「あっ!」
ターニャの声を上げる。その視線の先ではエスが躓いて転んでいた。ここぞとばかりにゴブリンたちの武器が倒れたエスへと振り下ろされ、肉を叩く音が辺りに響く。その様子を見ていた姉妹は変な違和感を感じていた。
「あれ?あんな大きなゴブリンいた?」
「あれ、エスさんじゃない?」
姉妹はゴブリンに混ざり、倒れた何かを一緒になって蹴っているエスらしき人影を見つける。ゴブリンたちも自分たちに混ざる何者かに気が付いたのか、叩くことをやめそちらを見た。そこには今叩き潰したはずの人物が自分たちと一緒になって攻撃している姿があり、驚いたような表情で固まってしまった。当の本人であるエスは、独り倒れた何かを未だに蹴っていたが、自分が注目されていることに気がつき蹴るのを止めた。
「ん?どうしたのだゴブリンたち、もう叩くのは終わりなのか?」
エスの足元には血まみれのゴブリンが一匹横たわっていた。倒れている仲間を見た他のゴブリンたちは、その表情に怒りを浮かべ、ギャアギャアと喚きながらエスへと襲い掛かる。
「ギャアギャアうるさいな。そいつを叩き殺したのは自分たちだろうに」
再びゴブリンたちの振り下す武器を避けつつ、するするとゴブリンたちの間を移動する。エスが動きを止めると、ゴブリンたちも同じように動きを止めていた。姉妹は何が起こってるのかわかっていなかったが、リーナは何かに気がつき必死に笑いをこらえていた。
エスが徐に指を鳴らすと辺りからポンッポンッといくつも音が鳴る。何事かと姉妹がゴブリンたちをよく見ると、握っていたはずの武器が一輪の花に変わっており、音を鳴らしつつ蕾が開いて花が咲いていく。振り向いたエスが、呆気にとられているゴブリンたちを尻目に、額に片手を当てもう片手を振りつつ言い放った。
「おやおや、そんな花を持って私に求愛かな?すまない、君たちのような小汚いモンスターは趣味ではないのだ。残念だがお引き取り願いたい」
「プッ!アハハハハハハ!」
リーナはついに声をあげ笑い出した。その笑い声で正気に戻ったゴブリンたちは花を投げ捨て一目散に街へと走る。目の前の得体の知れない奴には勝てないと判断し街を襲うことを優先した。だが、向かう先にはサリア、ターニャの姉妹とリーナがいる。
「そっちに行くのはやめた方がいいぞ。怖い怖いお嬢さんたちが、ってもう遅かったか…」
エスの視線の先では次々と倒されるゴブリンたちがいた。鮮やかな槍さばきでゴブリンを倒すサリアと両手に持った短剣で流れるように倒していくターニャ。そして、リーナもどこから取り出したのか曲刀を両手に持ち、舞い踊るようにゴブリンたちを倒していた。
「いやぁホント、怖いお嬢さんたちだ」
一人腕を組みゴブリンたちが倒される様を見ていたエスの背後に一匹のオーガが立っていた。オーガは持っていた棍棒をエスへと振り下ろす。地面まで振り下ろされた棍棒は土煙を上げエスの姿を隠してしまった。
「全く、一張羅が汚れてしまうじゃないか。おや?背後からの一撃で殺せたと思っていたのかな?残念!いやぁホント残念だ。フハハハハ」
土煙から現れたオーガの頭の上にはエスが立ち、オーガの顔を覗き込んでいた。掴みかかるオーガの手を避けエスは地上へと戻る。エスの目の前には三匹のオーガが集まってきていた。
「うむ、あちらは…」
エスは姉妹とリーナを見る。少し視線を外しただけだが、オーガたちは手に持つ棍棒をエスへと振り下ろしてきた。振り下ろされる棍棒を避けつつエスはオーガへと向き直る。
「…忙しそうだな。ゴブリンの数が多かったから仕方がないか。それなら、こいつらは私が相手をするとしよう」
エスは左手で軽く握り拳を作り、右手でその中から布を引き出す。布は中に棒でも入っているかのように垂れることなく一直線に伸び、振り下ろされる棍棒を受け止めた。そのままエスは布を振り抜いてオーガたちを棍棒ごと弾き飛ばす。エスの手に持つ布は先程とは違い、垂れ下がり風になびいていた。
「フハハハハ、布一枚に阻まれてしまうような棍棒で何が壊せるのかね?」
エスが挑発すると、オーガたちは顔に怒りの表情を浮かべ再びエスへと向かってくる。
「おや?人の言葉がわかるのか、見た目と違って意外に賢いのだな。だが!」
エスの放った蹴りが一匹のオーガの腹にめり込む。蹴られたオーガは数回後ろに転がり起き上がることはなかった。
「相手と自分の力量差がわからないのはマイナスだな。見逃してやるから、もう少し賢くなってからまた来たまえ」
エスが片手で帰れと促すが、残った二匹のオーガはエスを殺そうと向かってきた。エスは振り下ろされる棍棒を避け、オーガの頭上へと飛び上がるとオーガの首へと踵を振り下ろす。骨の折れる音を響かせオーガは倒れた。すぐさま、もう一匹のオーガへと向かい背後へと回り込むと、背を駆け上がり先程と同様に首を折って仕留める。オーガが三匹とも動かなくなったことを確認し、エスは仲間たちのところへと向かった。
「相変わらず出鱈目だ」
オーガとエスの戦いを見ていたターニャが呆れた表情を浮かべている。
「三人ともゴブリン退治お疲れ」
「こっちに向かったから追いかけもしなかったわね」
エスの言葉にリーナが食いつく。
「まあまあ、エスさんも私たちなら大丈夫だと思ったのでしょう?」
「もちろんだとも」
胸を張るエスに、三人は苦笑いを浮かべるだけであった。
エスたちのところは殲滅したが、他ではまだ戦闘が続いていた。所々で炎が上がり、氷が飛び交い、電撃が走っている。それを見たエスは再び目を輝かせた。
「おお!あれは魔法か!?いいな、私も使ってみたい!」
それを聞いたリーナが驚いた顔でエスを見る。
「エス、あなた使えるんじゃないの?」
「何!?私も炎を出したりできるのか?」
「いえ、先代の奇術師は幻惑魔法が使えたわよ。他の魔法は全然ダメだったみたいだけど」
「ほほう、幻惑か。しかし、炎を出したりはできないのか。残念だ」
がっくりと肩を落とすエスだったが、ふと何かを思いついた様子で顔を上げる。悪戯を思いついた子どもの様な笑顔を浮かべるエスに不安になる三人だったが、エスが取った次の行動にさらに驚くことになる。
エスが片手を空へと向けると、その手の付近から球状の炎が飛び出した。数メートル飛んだ後に、炎の球は自然消滅してしまった。
「ふむ、やはりできたか。細工も無しに再現可能とは【奇術師】は優秀、というかズルいな。思った以上に火球は大きかったが、まあいいか」
「エス、魔法使えたのか!?」
「エスさん、今のは?」
「嘘でしょ。あなた幻惑魔法以外使えなかったはずじゃ…」
目の前で炎を出したエスに対し、三人が次々に質問していた。
「フハハハハ、ただの奇術だ!」
まだ何か聞きたそうな三人を無視し、エスは周りの様子を窺う。他の冒険者たちの戦いも一段落したようだった。