奇術師、今後の予定を考える
男は首輪がなくなった首を擦りながら話し始めた。
「俺はナダ・ペルフェ、プルガゲヘナで諜報を主とする部隊を率いていた者だ」
「プルガゲヘナだと!?」
ナダ・ペルフェと名乗った男の素性を聞き、ハリスヴェルトが声をあげつつ座っていた椅子を倒し勢いよく立ち上がった。
「プルガゲヘナというと、確か…」
「魔国と呼ばれている国です」
エスがどこかで聞いた名だと思い記憶を辿っていると、アリスリーエルが疑問に答えた。驚きのあまり固まったままのハリスヴェルトの代わりに、エスがナダ・ペルフェへと問いかける。
「おお、思い出した。それで、魔国の諜報員が何故奴隷などになってここにいる?」
「あの男、リフィディアに捕まり奴隷にされたのだ。部下は皆殺し、俺には利用価値があると言ってその首輪をつけられた」
ナダ・ペルフェがエスが持つ首輪を指差した。それに気づきエスは首輪を指で回した。
「ふむ、リフィディアという男は別の国でも悪さをしていたようだな。まあ、雰囲気からしてそんな感じはしたが」
「そんなレベルの話じゃないと思うんだけど…」
エスの呟きを聞き、ミサキは呆れていた。
「それで、そんなやつが何故この国で奴隷商などやっていた?」
気を取り直したハリスヴェルトが問いかける。すると、僅かな笑みを浮かべたナダ・ペルフェはゆっくりと話し始めた。
「リフィディアの狙いはトレニアだった。信用を得るためこの国の仕組みに溶け込み機会を伺っていた。裏でこの国の戦力を削ぐために暗躍しながらな。目的は達せられなかったから、俺としてはいい気味だ」
「なっ!?」
「おかしいと思わなかったのか剣聖。定期的にモンスターどもがこの国を襲っていること。戦力が回復する前に再び群れが現れたりして、消耗するばかりだっただろ?」
「それがすべてリフィディアの仕業だったというのか!?」
「一部自然発生を利用したが、ほぼすべてがリフィディアが仕組んだことだ。まあ、俺が命令されてやっていたのだから同罪ではあるがな…」
やや俯きつつそう言ったナダ・ペルフェを、ハリスヴェルトは何も言わず見つめていた。ハリスヴェルト自身もナダ・ペルフェに非はなく、リフィディアの命令に従っていただけなのは理解している。
「単刀直入に聞くが、リフィディアがトレニアを狙っていたのは【色欲】の力が目当てか?」
このままでは重要な話が聞けないと思ったエスが、ナダ・ペルフェへと問いかけた。その問いにナダ・ペルフェは頷いて答える。
「そうか。やつの正体は?」
「リフィディアは用心深くてな。俺も詳しくは知らん。だが、やつの背後でこの国を、『色欲』の悪魔の力を狙っているものがいたのは確かだ。やつの私室には通信用の魔道具があった。あれは一般的なものと違い、通信内容を暗号化できるものだ。あんなものを用意するとなると、それなりの地位にいる者だろう」
「ほほう、この世界にもそんな技術があるのだな」
「この世界?」
話を聞き思わずエスが口にした言葉に対し、ナダ・ペルフェは問い返していた。
「なに、気にすることはない。他にそうだな、逃げたリフィディアが向かいそうな場所に心当たりはないか?」
「すまない、行きそうな場所が多すぎて見当がつかん」
「そうか。まあ、仕方あるまい。この首輪を付けたほどだ。やつもお前のことを信用していたわけではないだろうしな」
手に持っていた首輪を眺めていたエスは、唐突にその首輪を握り潰した。突然のことにエスの仲間たちが驚きの声をあげる。
「エス!?」
「エス様!?」
「まったく、私の楽しい楽しい観光計画をどれだけ邪魔すれば気が済むのだ。いくら気の長い私でも限界というものがあるぞ」
手をはたき粉々になった首輪の破片を落としたエスは、近くにあった椅子に腰を下ろした。腕を組み目を閉じ何かを考えている様子のエスを、仲間たちは黙ったまま見守っていた。
ほんのわずかな時間、部屋は沈黙に包まれていたが、すぐにエスが目を開けた。
「よし、リフィディアは後回しだ。まずはこの国を立て直すのであろう?」
エスがそう言うと、ハリスヴェルトとグアルディアが顔を見合わせ頷いた。
「そうですね。ドレルの作業が終わり次第、奴隷たちの解放を最優先で行いましょう」
「その間に、俺は奴隷商どもを連れてこよう。やつらは国へ反逆したのだ。躊躇いなく財産を没収できる。あとは、法に則って処理するとしよう」
「都市復興の方はどうするつもりですか?」
「奴隷商どもの財産を使い、資材を集め早急に進める。まずは、壊れた塔の周囲だな」
ハリスヴェルトとグアルディアの話を聞き、何かを思い出したようにナダ・ペルフェが口を挟む。
「塔といえば、上層にいた奴隷たちを救出したのだがどうしたらいい?」
「なに!?」
その言葉に反応したのは、助けることが出来なかったと悔いていたエスだった。
「俺も丁度あそこにいたのでな。全員を連れてなんとか脱出した。まあ、ギリギリだったが…」
「その者たちもここに連れてこい。奴隷から解放するようにしよう」
「わかった。では…」
「待て!」
ハリスヴェルトに頷いてみせたナダ・ペルフェは、部屋を出ていこうと背を向ける。それをまだ話は終わっていないと、ハリスヴェルトが呼び止めた。
「なんだ?」
「ナダ・ペルフェ、おまえもこの国の復興を手伝え。人手は少しでも多いほうがいい」
「了解した」
ナダ・ペルフェは頷いた後、部屋を出ていった。それを見送り一息ついたハリスヴェルトはエスたちを見渡し突然頭を下げた。
「頼む、おまえたちもこの国の復興に力を貸してくれ」
「当然ですよ。最後までとは言えませんが、私たちがいなくとも問題ない程度までは手伝いましょう」
グアルディアの言葉に、もともとそのつもりだったエスたちも頷く。
「まあ、気にするな。予定として、次はフォルトゥーナ王国に戻るだけだからな。私の力で一瞬だ」
「ほんと、便利だけどふざけてるわ…」
リーナがため息をつきエスを睨む。そんなリーナにエスは笑って見せるだけであった。
話は終わり、エスたちは割り当てられている部屋へと戻った。エスは部屋に入り椅子に座ると指を鳴らす。何もない空中に一本の剣が現れ床へと刺さった。それは『強欲』の剣と呼ばれていたものだ。
「ちょっと君らに聞きたいことがあるのだが、いいかな?」
『乱暴に呼び出しおって。その質問、我らに拒否権があるのか?』
『まったくよねぇ』
二人の反応に、エスはそこまで無理やり何か言ったことがあったかと苦笑いを浮かべる。
「君らが私をどう見ているかは、よぉく分かった。その点については後日話し合おう。で、君らに聞きたいことだが他の七大罪の悪魔の居場所を教えてくれないか?」
『なぜ?』
トレニアの問いかけに、エスは笑みを消し不快感を露わにし答える。
「奴隷商になりすましていたリフィディアの狙いが、トレニアの持っていた【色欲】の力だったのだ。他の悪魔たちのところに行く可能性はあるであろう?」
『なるほど、だが我は他の者たちがどこにいるのか知らぬ』
『そうねぇ。妾はレヴィとギルガメッシュならわかるわよ』
「ほほう。ギルガメッシュは会ったことがあるが、レヴィというのは初耳だな」
『彼女は『嫉妬』の悪魔よ。ただ、最近は音信不通だったのだけど…。そういえば、ギルガメッシュが会いに行くって言ってたわねぇ。会えたのかしら?』
トレニアの説明を聞き、エスは嫌な予感を感じていた。リフィディアが【憤怒】の力を使い、七聖教皇国では【憤怒】と【嫉妬】両方の力を持った者とも敵対した。それを思い出し、最悪の事態を考える。
「『憤怒』の悪魔はわからんのか?」
『…彼は死んだわ』
『昔の大戦で命を落とした。だが、誰が殺したかまでは我らにもわからんのだ』
「ほう、状況から考えて殺して力を奪った者がいるのは確かであろうな。そいつが力を与えている、か。面倒な…」
『エスよ。我が言うのもどうかとは思うが、【憤怒】の力を奪った者を殺してくれ』
『妾からもお願いするわ。七大罪の力を…』
トレニアがそこまで口にすると、剣の柄の部分に見覚えのある紋章が浮かんだ。それに気づいたのか、トレニアは口を閉ざす。
「神の呪いか。まったく、鬱陶しい!」
『なにを!?』
驚くトレニアを無視し、エスは白い光を纏った手を伸ばし空中に浮かぶ紋章を握り力をこめる。すると、ガラスが砕けるような音を立て握りつぶされた。
『馬鹿な!?』
「フハハハハ、驚きすぎじゃないかアヴィド。今の私ならこの程度容易いことだ」
そう笑っていたエスだったが、次に呟いた内容を聞きアヴィドとトレニアは生きた心地がしなかった。すでに死んではいるのだが。
「いやはや、ぶっつけ本番ではあったが成功してよかったよかった。後でミサキの呪いも解除してやるとしよう」
『本当に、いろいろな意味で貴様はイレギュラーだな』
「馬鹿にしているのかね?」
『褒めてんのよ。それでもね、妾たちが解除しようと数十年頑張ったというのに、それを一瞬でやられては文句の一つも言いたいわよ』
「フハハハハ、それこそ今更であろう。まあ、七大罪の力が何なのかは知っているし、それを狙っている者がいるということも理解している。状況によってはアリスから【愛】の力を奪っておかなくてはいけないか、その判断がしたい」
『そう思うなら、あの娘を自分の手元に置いておきなさい』
『現状を考えるのならば、貴様の傍が一番安全であろう』
「ふむ…」
二人に言われエスは考える。一旦、アリスリーエルをフォルトゥーナ王国へと報告に連れていくのは決定事項である。その後、旅に連れていくかどうかは本人次第、その際王国に残るというのであれば、力を奪ってしまうのが一番の安全策かと考えられた。
「仕方ない。アリスに関しては後だな。話を戻すとしよう。レヴィとギルガメッシュ、二人の居場所はどこだ?」
『ギルガメッシュは魔国プルガゲヘナ、そこで魔王を名乗っている』
「フハハハハ、魔王とはな。やつも随分とファンタジー世界をエンジョイしているのだな」
魔王という呼び名と、ギルガメッシュの力による姿の変化を思い出し、エスはやつなりにこの世界を楽しんでいるのだろうと感じていた。
『フフフ、本当は勇者になりたかったらしいわよ』
『トレニア、やつが激怒するぞ』
『いいじゃない、どうせ出会えないのだし。エス、あの子はあの子なりにこの世界のために頑張ってるのよ。できることなら力になって欲しいわね』
「私はやつに殺されかけたのだがな。まあいい、それは話してみて考えるとしよう。それで、レヴィはどこだ?」
『そうだったわね。あの娘は水晶霧渓谷にいるわ』
「水晶霧渓谷?」
初めて聞いた地名と、その名の響きに興味を惹かれたエスは素早く聞き返す。
『え、ええ。フォルトゥーナ王国と妖精国アンヌーンの間にある人が入れないような過酷な地よ。霧状になるほど小さい水晶が舞う渓谷で、吸い込むと肺が傷ついて死に至る場所なの。妾たちのような悪魔ならその程度では死なないけど、人には危険な場所になってるわ』
「ほほう。観光するには景色が良さそうな場所だな」
『そうね。景色に関しては保証するわ』
「さて、いろいろ教えてもらって助かった。また何かあったら頼むぞ」
『内容次第だ』
『妾たちもなんでも知ってるわけじゃないのよ?』
「ふむ、それもそうだな。では、またな」
エスが指を鳴らすと剣は床から抜けひとりでに空中に浮くと、そのまま空中に溶け込むように消えていった。エスは立ち上がり、伸びをしつつ窓の外を見る。外は夜、夜空には無数の星が輝いていた。
「そういえば、剣の名前も考えねばな。問題は山盛りだが、意外なところから新しい観光場所も知ることができた。まあ、楽しんでいこうではないか」
エスは独りそう呟くと、再び椅子に座りこの街に来てから得た力や刀の確認を始めたのだった。