奇術師、依頼結果を報告する
エスは宮殿へと歩きつつ、周囲の様子を眺める。見える範囲で落ちてきた瓦礫による建物への被害はあるが、住人たちの様子から人的な被害は少ないように感じられた。アリスリーエルが結界で時間を稼ぎ、グアルディアやドレルが避難を促したおかげだった。もちろんミサキとリーナが、落ちてくる瓦礫の対処を行ったことも結界が張られる前の被害を抑えた。その様子はエスも見ていたため知っている。しばらく歩いき、前方で何か言い合っている二人組を見つけたエスは声をかける。
「グアルディア、何かあったのか?それとも、ドレルがまた何かやらかしたのか?」
「これはエス様。いえ、今回はドレルに非はありません」
「おい!儂がいつもなんかやらかしてるみたいに話を進めんじゃねぇ!」
言い合いをしていたのは、グアルディアとドレルだった。二人も合流し共に宮殿へと歩きつつ話を聞く。
「奴隷商の一人が見つかっていないのですが、私が探しに行こうとしたところドレルが止めたのですよ」
「さっきの落ちてきた飛行船、ありゃ飛ぼうとしていただろ。だからアレに乗ってたんじゃねぇかって言ってたんだよ」
「ですが、エス様が消してしまいましたので確認ができず。崩れかけている塔に行こうという話をしておりました」
「ふむ…」
エスは少し考え、リフィディアが奴隷商であると自称していたことを思い出しグアルディアに問いかける。
「グアルディア、その見つかってない奴隷商というのはリフィディアという男ではないか?」
「はい、いたのですか?」
「ああ、逃げられたがな。だが、話は宮殿へ行ってからだ。アリスが心配だしな。【愛】の力による補助があるとはいえ、力に目覚めたばかり。あれだけの魔法を使って平気だとは思えないからな」
「そうです!アリスリーエル様!」
エスの言葉にハッとなったグアルディアが宮殿へ向け走り出す。
「おいおい、グアルディアのやつ行っちまったぞ」
「アリスのことが余程心配なのだろう」
「あたしたちも急ごうよ!」
のんびり歩くエスの背をミサキが押す。リーナも落ち着かない様子でエスを見ていた。
「はぁ…。嬢ちゃんたち、よく考えてみろ。本当に問題があるならエスが転移してるだろ?エスが歩いてるってこたぁ差し迫った問題はねぇってことだ」
「フハハハハ、ドレルのくせによくわかっているじゃないか」
ドレルの言葉を聞き、エスは笑い出す。
「心配ではあるが、急ぐほどのことではない。アリスの傍には、アリス自身が守っていた使用人たちがいた。その使用人たちが、倒れたアリスを介抱しているのは容易に想像できる。それに、倒れたからといって命にかかわるものではないしな。慣れない魔力量を操作した影響で、疲れて倒れただけだ」
「まるで見たように知ってるわね…」
リーナは、若干の疑いがこもった眼差しでエスを見る。そんな視線を気にすることなく、エスは話を続けた。
「実際、見ていたからな。私も使いこなせているとは言い難いが、【知恵】の力でこの都市程度の範囲なら知覚できる。アリスが慣れない魔法で無理をしていたのに気づいたから、私が止めさせたのだ」
「ということはつまり、結界が解けたのはエスが止めたから?」
「その通り。あのままでは命に係わる程になっても止めなかっただろうからな。グアルディアも向ったことだし、私たちが急ぐ必要もあるまい」
「アリスらしいわね。それなら、疲れたしゆっくり行きましょうか」
リーナの言葉に皆が頷きゆっくりと宮殿へと向かう。エスはふと足を止め上部の崩れた塔へと視線を移した。その表情にいつもの笑みはない。
「エス、どうした?」
「ああ、何でもない」
突然足を止めたエスを不思議に思い、ドレルが声をかけた。ミサキとリーナもエスの視線から、崩れた塔を見ているのがわかった。何でもないと言いつつ、足を止めたままのエスにミサキが問いかける。
「あの塔がどうかした?」
「いや、数人助けられなかったなと思っただけだ。爆発に巻き込まれた場所に何人かいたようなだったが、こいつだけを連れて脱出するので手一杯だった」
エスは担いだ男を少し持ち上げてみせる。飛行船へと乗り込んだ際、塔の最上階付近に人の気配は感じていたが、動き出そうとする飛行船の対処を優先したため、その者たちの安全は確保できていなかった。気配の感じた場所は、爆発の影響で崩れてしまっている。そこには、すでに人の気配はなかった。
「エス、脱出したと言ってるくらいだ。おまえが飛行船を落としたわけじゃねぇだろ?」
「当然だ」
「なら気にすんな。できることをやったんだ、気に病むこたぁねぇ」
それだけ言うと、ドレルは一人宮殿へと歩き始める。エスはそんなドレルを驚いた顔で見ていた。
「エス、おっさんの言う通りだよ」
「全員を助けるなんて不可能なんだから気にすることじゃないわ」
ミサキとリーナの二人はそう言ってエスの背を押す。そんな仲間たちの言葉に、エスは再びいつもの笑みを浮かべた。
「フハハハハ、落ち込んでいたわけではないのだがな。人の命に対する感覚など、この世界にきて失くしてしまったかと思っていたが、意外と残っているものだと感じていただけだ」
この時、エスは気づいていなかった。先代奇術師であり、エスの精神に侵食しようとしていたフォークスが完全にいなくなったため、前世で感覚が僅かであるが戻ってきていることに。完全に戻ることはないが、多少は自分を取り戻せたのだと気づくのは、もうしばらく後のことである。
「だが、やつにはいずれこの借りを返させてもらうとしよう」
誰にも聞こえないように呟き、エスも宮殿へと歩き始めた。
宮殿の入口へと到着すると、腕を組み仁王立ちしたハリスヴェルトが入口を塞ぐように待ち構えていた。
「戻ったな。報告は、後回しか」
エスが担いでいる男を見て、そちらの対応が先だとハリスヴェルトは瞬時に判断する。
「見た感じ奴隷のようだが、首輪がないな」
「ああ、利用できるかと思って私が譲ってもらったからな」
「なるほど」
それだけでハリスヴェルトは、エスが首輪を外したのだと理解した。
「奴隷たちを待機させている部屋がある。そこに寝かせてやればいい。他の者は食堂にでも行って待っていてくれ」
「わかったわ」
「うん」
ミサキとリーナの二人は宮殿へと入っていく。ドレルは鞄から小さな棒を取り出しハリスヴェルトへと見せた。
「奴隷商どもからこいつをもらってきた。こいつぁ、首輪を外すための魔道具だ」
「なんだと!?」
「すぐにでもこいつの量産をしてぇ、どっか使える施設はねぇか?」
「それなら、宮殿にある魔道具用の工房を使え。多少損傷しているかもしれんが、問題なく使えるはずだ。案内するが…」
ハリスヴェルトはエスの方へと視線を移した。
「ああ、私に構わず案内してやってくれ。奴隷たちがいる場所はわかるからな」
「そうか、便利な力だ。では、こっちだ」
納得したハリスヴェルトは、ドレルを連れ宮殿の奥へと姿を消した。それを見送ったエスも宮殿へと入っていく。
【知恵】の力の導きで奴隷たちがいる部屋へと入ると、担いでいた男を床に寝かせる。エスの登場に驚いていた部屋にいた奴隷たちだったが、エスによって寝かされる男を知っている者が心配そうに駆け寄る。その者にあとを任せ。エスは部屋を出た。
「ふむ、私も食堂へ向かうとするか」
宮殿内の気配から、食堂へ向かったミサキとリーナだけでなく、サリアとターニャの姉妹とアリスリーエルにグアルディアが食堂に向かっていることがわかった。ドレルは別の部屋にいるようではあるが、ドレルの部屋から移動するハリスヴェルトの気配も感じ取れた。おそらくハリスヴェルトも食堂に向かっているだろうと思い、エスは食堂へと歩き出す。
エスが食堂へと到着すると感じ取っていた通り、ドレル以外の仲間たちの姿があった。ハリスヴェルトはまだ来ていない。
「アリス、大丈夫か?」
「はい。エス様の声を聞いたあと倒れてしまったようですが、使用人の皆さんが介抱してくださっていたようです」
「そうか。その膨大な魔力を使いこなせるよう訓練が必要だな」
「そうですね。わたくしも、力に振り回されないようにしなければならないと思っています」
アリスリーエルの考えに、エスは満足気に頷く。エスは空いている椅子に座ると、仲間たちの話を聞きながらハリスヴェルトの到着を待つことにした。
エスたちがのんびりしていると、食堂の扉が開きハリスヴェルトが入ってくる。
「もう全員いるようだな」
「ドレルはどうしました?」
ドレルの姿が見えないことに気づいたグアルディアがハリスヴェルトへと問いかけた。
「やつは首輪を外す魔道具の量産に取り掛かっている。やつの見立てでは二、三日である程度の数は確保できるだろうとのことだ」
「そうですか。ドレルの割には仕事が早いですね」
不思議そうに呟くグアルディアだったが、エスはドレルが急ぐ理由に心当たりはあった。
「それだけ、ドレルもあの首輪が気に入らなかったのだろう。首輪を見たとき相当怒っていたからな」
「そうでしたね。では、そちらは任せておけば大丈夫でしょう」
納得したグアルディアは椅子の背もたれに体を預けた。
「では、皆の報告を聞こうか。まずは、コカトリスの件だな」
「ふむ、コカトリスの群れは全滅だ。ただ一点予定外だったことがあった」
「なんだ?」
「群れの中にバジリスクがいたわ」
「なんだと!?」
エスとリーナから、コカトリスの群れにバジリスクがいたと聞き、ハリスヴェルトは驚きの声をあげる。
「それでそいつは、バジリスクはどうした?」
「当然、ついでに始末してきた。なかなかに手ごたえのある蛇、蜥蜴?だったな」
「兵士たちの被害は?」
「ないよ。コカトリスとバジリスクからの被害は一切ない」
「もうすぐ、みんな無事に帰ってくるわよ」
報告にミサキも加わり、兵士たちには一切の被害はなく依頼が完全に達成されたとハリスヴェルトに伝えられた。
「そうか、よくやってくれた」
「何、礼は先にもらっていたからな。それで、ある程度は理解しているが、こっちはどうだったのだ?」
「それは、私から説明しましょう。報告もありますし」
エスの質問に答えたのはグアルディアだった。
「奴隷商たちは発見済みです。今は一ヶ所に集まっていたので、そこに閉じ込めてあります。瓦礫による被害も一応ないことを確認しましたので、兵士たちが戻り次第回収してください。場所は後で教えますよ」
「わかった」
「使用人の皆様も全員無事です」
グアルディアに続き、アリスリーエルも報告をする。それに頷いて答えたハリスヴェルトは、椅子にドカッと座り背もたれへと体を預けると天井を仰ぎ見た。
「一段落、といったところか。奴隷たちの解放も目処がついているし、当面の問題は…」
「リフィディアの件、ですね。エス様?」
「ああ」
グアルディアに促され、エスはリフィディアに関しての報告を始める。
「結論から言うとリフィディアは逃走した。行先は不明だ」
「そうか、やつには逃げられたか」
「それともう一点、推測ではあるが奴隷商たちの蜂起を促したのはリフィディアだろう。閉じ込めてある奴隷商どもに確認してみないといけないがな」
「なぜそう言える?」
「奴は拳銃を使っていた。見た限りだが、奴隷たちは初めて拳銃を触ったような動きだったが、それとは違い明らかに使い慣れていたな。もう一点、『憤怒』の眷属である赤いヒビがやつにはあった。詳しい話を聞こうと思って首輪を投げたが、【憤怒】の力で砕かれてしまった」
「『憤怒』だと!?」
エスの報告に、ハリスヴェルトだけでなくアリスリーエルたちも驚いていた。
「やつは【憤怒】の力について、『あの方が私に与えてくださった聖なる力』と言っていた。それに、飛行船から転移する時に使った力、その時に感じた力は聖騎士たちが使う技のそれとよく似ていた」
エスは、リフィディアの背後に現れた白い光を思い出し説明する。
「リフィディアと七聖教会には、繋がりがあるかもしれないということか…」
「そういうことになりますね。しかし、そんな者が何故【憤怒】の力を…」
ハリスヴェルトとグアルディアは、七聖教会と【憤怒】の力について疑問を抱く。それは、エスも感じていたことであった。
「エス、見間違いじゃないのか?」
「いや、間違いない」
ターニャの言葉を、エスは即否定する。
「そもそも、リフィディアの目的もハッキリとしないうえに、情報が少なすぎて推測しかできん。確実に言えるのは、やつから『憤怒』の気配を感じ取れたことと、聖騎士と同様の力を使っていたことだけだ」
「リフィディアの目的だけでもわかればな…」
ハリスヴェルトがそう呟くと同時に、食堂の扉が開かれ一人のフードを目深に被った男が現れた。その後ろには宮殿の使用人が立っている。
「今は取り込み中だぞ」
「申し訳ございません。この方がどうしてもハリスヴェルト様に話があるそうで…」
使用人がそう言うと、フードを自分で脱ぎ無言で自分の首に付けられた首輪を指さした。
「なるほど」
エスは、男の仕草から首輪があっては話ができないのであろうと理解した。立ち上がり男に近づくと、あっさりと首輪を取り去る。
「これでいいのかな?」
「ああ、助かる。これで、あの方、いやあの男のことを話せる」
「あの男?」
「リフィディアのことだ」
男の言葉に、ハリスヴェルトは驚きの表情を浮かべた。