奇術師、タイミングを計る
突然の爆発音に中央宮殿を襲撃していた奴隷たちや、それに対応していたハリスヴェルト、サリアとターニャは音のした方を見上げる。奴隷商たちを探していたグアルディアとドレル、ミサキとリーナも同様に見上げていた。そこでは、燃えながら落ちてくる飛行船が目に入った。飛行船が火を纏い、ゆっくりと落ちていく先は住宅街である。そのことに気づいたリーナは、グアルディアに言われた屋敷を後回しにし、ミサキを連れすぐに行動を開始した。
「ミサキ、先にアレを何とかするわよ!」
「わかった!」
ミサキが手を振ると、降ってきている瓦礫が一瞬にして消え去っていく。リーナも建物の屋根の上を飛び回りながら、落ちてくる瓦礫を手に持つ曲刀で砕いていった。
その様子を見たグアルディアは、すぐに自分が動く必要はないと判断し住人たちへ避難を呼びかけることにした。
「ドレル、アレが落ちてくる前に住人の方たちの避難を」
「わかったわかった。儂はあっちに行くぞ」
ドレルが走り出した方向とは別の方へとグアルディアも走り出した。
ミサキとリーナの二人が奮闘するが、すべての瓦礫を止めることなど不可能である。すでに、瓦礫が直撃し住宅が破壊されてしまっている場所もあった。
「飛行船だけでもなんとかしないと…」
リーナは焦りを感じつつ、全力で走っていた。ミサキとリーナが見上げている上空で変化が起こる。住宅街を守るように、六角形が組み合わされたような、所謂ハニカム構造と呼ばれる見た目をした薄っすらと白く光る結界が広がっていく。それに遮られ、瓦礫は空中で停止していた。
「なんていう魔力…」
「それより、今のうちに早く!」
広範囲を守る結界から感じる魔力に驚くリーナだったが、ミサキの言葉で我に返り飛行船を目指した。
中央宮殿では、テラスから両腕を広げ魔法を維持しながらも、自分の魔力に驚くアリスリーエルがいた。瓦礫を遮った結界は、爆発音に気づき様子をみにテラスへと出てきたアリスリーエルが魔法により生み出したものだった。
突如現れた結界、そして感じる魔力に気づいたハリスヴェルトとサリアがテラスを仰ぎ見る。
「アリスの結界なのね」
「凄まじいな。だが、これだけの規模の魔法を長時間維持などできないだろう。こちらも急がねば」
すぐにハリスヴェルトは説得していた奴隷たちを見る。奴隷たちも爆発音、そして突如現れた結界に驚き上空を眺めていた。
「おまえたちを奴隷にした奴隷商たちは取り押さえに行っている。すぐに解放というわけにはいかないだろうが、安心して待っていろ。必ず、全員その首輪を外してやる」
奴隷商の飛行船が落ちるのを見て、中央宮殿へと押し寄せた奴隷たちはハリスヴェルトの言葉が真実であると理解し、手に持っていた武器を次々と落としていた。襲撃失敗、それ自体は命令違反となるわけではないらしく首輪が動作する様子はなかった。その様子に安堵したハリスヴェルトは、サリアとターニャに声をかける。
「二人とも、ここは俺一人で大丈夫だ。住人の避難を頼む。全員ここへ来るように言ってくれ」
「わかったわ。ターニャ、行くわよ。ってあれ?」
ターニャが先程までいた場所へと視線を移したサリアだったが、そこにはターニャの姿はなかった。
「姉さん、早く!先行くよ!」
声のする方へとサリアが視線を向ける。そこには、手を振り走り出すターニャの姿があった。
「いつの間に…。じゃ、行ってくるわね」
サリアはハリスヴェルトにそう告げると、ハリスヴェルトほどではないにしろ人の域を超えた速さで走っていった。当人たちは気づいていなかったが、エスの眷属である二人はエスが自身の力を使いこなせるようになった影響で、身体能力が飛躍的に上昇していたのだった。
「あちらは任せるしかないか」
中央宮殿までは距離があり、瓦礫の被害はない。だが、奴隷たちの中には奴隷商に忠実な者もいるかもしれない。アリスリーエルも結界維持で動けない現状、自分が対応するしかないとハリスヴェルトは考え、奴隷たちを一か所に集めると監視を含めその場から動くことはできなかった。
ミサキとリーナは瓦礫を砕きながら飛行船を目指す。まだ、飛行船は結界に触れるほどの高さまで落ちてきてはいないが、落下する速度は徐々に速くなっていた。
「急がないと!」
「瓦礫も放置できないけど、あっちが落ちたらもっとマズいわね」
焦りの表情を浮かべ、二人は建物の屋根の上を飛びながら進んでいく。そんな二人に並走するようにグアルディアが現れた。
「うわっ!」
「何っ!?」
「驚かせて申し訳ありません、急ぎでしたので。あれの落下するであろう場所の住人の避難は終わりましたのでそのご連絡、それと…」
いつもの笑みを浮かべていたグアルディアだったが、そこまで言うと真剣な表情へと変わった。
「おそらく結界自体に触れただけなら大丈夫でしょうが、地面に落ちれば大爆発しこの辺り一帯が吹き飛んでしまうかもしれません。その場合の被害範囲はわかりませんが、その範囲の全員を避難させるのは間に合わないでしょう。アリスリーエル様の結界が止めている間に対処をお願いします」
「わかったわ!」
リーナの返事を聞き、グアルディアは再び住人を避難させるため屋根から飛び降りていった。それを聞いていたミサキは頭を抱える。
「あれだけの大きさの物、何とかしろと言われても無理じゃない?」
「確かに。せめて爆発しないようにできれば。ねぇミサキ?」
「何?」
「あれ、【暴食】で食べられない?」
「無理!」
「そうよね。仕方ない、解体する方向で行きましょ。急がないと…」
落下する飛行船の対処方法を決め、二人はさらに走る速度をあげる。結界から感じられるアリスリーエルの魔力が徐々に弱まってきていることに二人は気づいていた。これほど強大な魔法を長時間維持などできるわけはない、二人は十分にそれを理解していた。
中央宮殿のテラスでは、アリスリーエルが額に脂汗を浮かべ耐えていた。慣れていない強大な魔力を操作し、体への負担というより精神への負担が非常に大きくなっていた。
「このままでは、結界が…」
片膝をつきながらも結界の維持を続けるアリスリーエル。その耳元で聞き覚えのある声が聞こえた。
「よく頑張った。結界を解いても大丈夫だ。あとは任せたまえ」
その声を聞いたアリスリーエルは、力が抜けその場に倒れてしまった。
上空から結界が消える。瓦礫が再び降り注ぐが、すでに住人は殆どいなくなっており、建物の被害だけで済んでいた。
「ダメ、間に合わない!」
焦るリーナが声をあげる。ミサキは飛行船へと手を伸ばすが、【暴食】の力を使うことに躊躇ってしまった。
「禁忌を…。でも…」
「ミサキ!無理はダメ」
ミサキの考えに気づいたリーナが止める。【暴食】の力の禁忌、それは一度に飲み込む量であった。力自体に飲み込める量の上限はない。だが物体であれ魔力であれ、それを飲み込むミサキ個人には限界がある。それを超えてしまうと体に変化が現れる。その変化自体は、本来悪いものではない。限界なく力を行使するのに適した体へと変化するのだから、ある意味では進化とも言える。だがしかし、人としての形をなくしてしまうのだ。
ミサキとリーナの眼前で落ち始めた飛行船は、建物の屋根にぶつかろうとしていた。ミサキが覚悟を決め、禁忌を犯し【暴食】の力を解き放とうとしたその瞬間、声が響き渡った。
「イッツァ、イッリュージョン!」
飛行船が直撃するであろう建物の屋根が一部吹き飛び、そこに二人の人影が現れた。一人は両腕を高々と広げ、もう一人は状況が飲み込めていないのか、辺りを見回し上空に迫る飛行船に気づくと這って逃げ出そうとする。
「どこへ行こうというのかね?」
逃げ出そうとした人影に気づき、両腕を広げていた人影が、その首根っこを掴み足元に座らせる。
「お座り!まったく、慌てて逃げるんじゃない。ここから落ちたら危ないぞ?折角の特等席なのだ。楽しみなさい」
「エス!」
人影が誰なのか気づいたリーナが声をあげた。ミサキとリーナの二人がエスへと近づこうとするが、それをエスが手で制す。
「おまえたちも、特等席で見ているといい」
エスが片手を飛行船へ伸ばすと、その落下が目に見えて遅くなり止まった。伸ばした手はそのままに、もう片方の手を振り一枚のカードを取り出した。
「これは何枚に見える?」
隣で唖然となっている男に、エスは手に持ったカードを見せる。
「い、一枚だ…」
「その通り、一枚。だと思ったかね?」
エスが手に持った一枚のカードを投げる。目にも留まらぬ速さで振りぬかれた腕の軌道上から、大量のカードが飛行船へ向けて飛んでいく。縦に横にと何度も振りぬかれる腕、そのたびに大量のカードが投げられた。
「はぁ!?」
「フハハハハ、イイ表情だ」
「そんな紙切れ燃えちまうだろ!」
「よく見たまえ、そんなことはないだろう?」
驚く男とエスがそんなやり取りをしているうちに、無数のカードが飛行船へと張り付いていく。飛行船から噴き出る火も関係なく張り付いていき、飛行船を完全に覆ってしまった。火に触れているであろうカードも燃える様子はない。
エスはポケットから魔器を取り出すと、魔力を流し細剣のように細く尖らせた。準備を終えたエスは、飛行船へと伸ばしていた腕を下す。まるで支えを失ったように、飛行船は再びエスの立つ場所へと落下し始めた。
「お、おい、早く何とかしてくれ!」
「やれやれ、うるさいお客様だ」
眼前に迫る飛行船に怯える男は頭を抱え縮こまった。それとは正反対に、エスはもうすぐ手が届くという距離まで迫った飛行船を笑みを浮かべ見ていた。
「では、終わりにしよう」
飛行船へとエスは魔器を突き立てた。その程度の一撃で飛行船が壊れるわけがないと思われたが、無数のカードに包まれた飛行船は、まるで風船が爆ぜるかのような音を立て弾けると消滅する。飛行船を覆っていたカードがまき散らされ、空中で燃え尽き消えていった。
「え!?た、助かったのか!?」
「楽しんでいただけたかな?こんな特等席で私の奇術が見られたのだ。感謝したまえ、フハハハハ」
弾け周囲にひらひらと舞い燃えるカードの中、エスは両腕を広げ笑っていた。そんなエスの元へミサキとリーナが近づいてくる。
「相変わらずデタラメね…」
「奇術ってレベルじゃないよ…」
二人の言葉に、エスは肩をすくめて答える。
「まったく、トラウマである爆発からの脱出をしたその足で、すぐ助けに来てやったというのに」
「一番おいしいタイミングで、戻ってきただけだろ」
「さて、なんの話やら」
エスの言葉から飛行船の爆発時に、エスが飛行船内部もしくは近くにいたのだろうとミサキは予想した。爆発音がした時間から、エスが現れるまで明らかにタイムラグがある。ミサキに図星を突かれたかのようにエスは視線をそらした。実際はリフィディアの行方を転移の魔力を追い探っていたのだが、今言うことではないとエスは誤魔化す。
「やはり、一番おいしいタイミングで現れる方が盛り上がると思わないか?」
「そりゃ、そういうもんかも知れないけどさ…」
「もっと早く来てほしかったものね」
ミサキだけでなくリーナからも文句を言われたが、エスは気にすることなく笑って済ましていた。
「フハハハハ、結果的に問題ないのだから構わないだろう。さて、君は立てるかな?」
座り込んだままの男に手を伸ばし声をかける。エスに手を貸され、男は立ち上がった。
「あんたら、なんなんだ?」
「通りすがりの冒険者、といったところかな?」
「嘘だ。あんた、宮殿の上で戦ってたやつだな?」
「おや、君も見ていたのか」
「あんな派手に戦ってたんだ。奴隷でも知らんやつはいねぇよ…」
「そうかそうか、ということは君の主人も見ていたのだろうな」
その言葉に、ミサキとリーナが顔を合わせエスに詰め寄る。
「エス、奴隷商に会ったの?」
「名前は!?」
「リフィディアと言っていたな。そいつに関しては後で皆に話さないといけないから、詳しくは皆が揃ってからだな」
「わかったわ」
グアルディアに頼まれていたリフィディアの行方は気になったが、エスの提案をリーナが了承したことでミサキも納得することにした。どちらにせよ、グアルディアだけでなくハリスヴェルトにもリフィディアのことは伝えなければならないと二人は理解していた。
「では、宮殿へ戻るとしようか。アリスも心配だしな」
エスは、魔器をしまうと男の首根っこを掴み上げ屋根から飛び降りる。ミサキとリーナもそのあとに続いた。掴まれた男は助かったという安心感もつかの間、屋根から落ちるという体験に意識を失ってしまった。
「エス、もう少し丁寧に扱ってあげたら?」
「気、失ってるよ?」
「何!?まったく、奴隷から解放され、こんなに楽しい時間を過ごしたというのに」
「いやいや、無理言い過ぎじゃない?リーナもなんか言ってやってよ!」
「エスに?」
掴んだままの男を持ち上げ、顔を見ると白目をむいて気を失っていることに気づく。ため息をついたエスは、男を肩に担ぐと何か言い合いをしている二人を連れ宮殿へと歩き始めた。