奇術師、首都へと帰還する
中央宮殿をハリスヴェルトに任せ、都市内を走るグアルディアとドレルの二人。
「おい、そこを右だ」
ドレルの案内で、グアルディアがすぐ目の前で道を右へと曲がる。その後を走るドレルの手には、小さなレーダーのような物が握られていた。そこには首都の地図が映し出されており、ドレルはそこに表示される地図と周囲を見比べながら走っていた。
「貰った地図に問題はなさそうだな」
「それは重畳、ちゃんと道案内しなさい」
「へいへい」
地図を見ながらグアルディアたちが目指していたのは、奴隷商たちがいるであろう建物だった。地図自体はハリスヴェルトがいずれ奴隷商たちを排除するためにと、以前から準備していたものであった。
「そこのデカい建物だ」
「ここにいてくれると助かるのですが…」
ドレルの視線の先には周囲の建物とは違う様式の大きな建物があった。すでに二件ほど突入しているが、そこはもぬけの殻であり手掛かりの一つもなかった。
「しっかし、ここもいかにもって感じの建物だな。隠す気はねぇのか」
「この国の主が認めていたのだから、隠す必要はなかったのでしょう。行きますよ」
建物の入口をグアルディアが蹴破り二人は中へと入る。すぐに奥へと向かおうとするドレルをグアルディアが手で制し止めた。
「なんだ?」
「当たりのようですよ、人の気配があります。それに…」
目の前にある奥へと続くであろう扉が開き、中から片手に拳銃を持った大男が現れた。
「うるせぇな。なんだ?あんたらが旦那たちの邪魔を、ゴフッ!」
大男が何か言っていたが、それを聞くことなくグアルディアは大男の懐に飛び込むと鳩尾へ強力な一撃を入れていた。殴られた大男はそれ以上喋ることなく崩れ落ちる。
「おいおい、殺しちまったのか?」
「死んではいないはずです。首輪もしていませんから奴隷ではないですし、手加減など不要でしょう」
「まぁ、それもそうか」
倒れた大男の首を見てドレルも納得する。二人は大男が現れた扉の奥へと向かっていく。
広い建物内を歩いていると、何かに気づいたグアルディアがドレルに音を立てるなと身振りで伝える。頷いたドレルを確認し、グアルディアは一つの扉へと近づくと耳を当てた。扉が厚いためか何を言っているかまではわからないが話し声が聞こえる。この部屋だと確信したグアルディアは躊躇うことなく扉を蹴破った。
「誰だ!?」
座っていた椅子を倒しながら一人の男が立ち上がった。その男を含め部屋には数人の男がおり全員の顔をグアルディアは順番に確認する。奴隷商たちの人相はハリスヴェルトから聞いていたため、その記憶と一人一人を比べていく。
「一人足りませんが、他はハリスヴェルトが言っていた人相と一致しますね」
「一人いねぇのか?」
「ええ、ハリスヴェルトが一番注意しろと言っていた者がいませんが、今はいいでしょう」
グアルディアが男たちに近づくと、全員が席をたちグアルディアから距離を取るようにさがった。
「あなたたちが宮殿の襲撃を命令した、ということでよろしいですね?」
「な、なんのことだ?」
「そうだ。我々はここで今後の商売について会議をしていただけだ」
「そうですか」
グアルディアはそう言うと、目にも止まらない速度で腕を振った。すると何かが飛んでいきカチッとはまる音が部屋に響いた。首に違和感を覚えた一人の男が自分の首に手を当てる。
「な、なんだこれは!?」
「なんで隷属の首輪が!?」
首に手を当て驚く男と、その首を見た別の男が見覚えのある首輪を見て声をあげた。
「宮殿の使用人から外した物です。どうせあなたたちは素直に話さないと思っていましたので、ハリスヴェルトから借りてきたのですよ。では、話してもらいましょうか」
首輪をつけられた男が冷や汗を流しながら何かを言おうとした瞬間、隣にいた男が小さな棒のような物を取り出し首輪に当てた。すると、首輪が自動的に外れ床へと転がった。
「フンッ、ワシらがこれを奴隷どもに付けているのだぞ。外す手段だって持っているに決まって…」
グアルディアは一瞬にして喋っていた男の傍に移動すると、持っていた小さな棒を奪い取る。
「なるほど、これで首輪が外せるのですね?ドレル」
「おおっと」
グアルディアが投げた小さな棒をドレルが慌てて受け取ると、それを観察し始めた。数々の魔道具を作ってきたドレルにとって、小さな棒のようなものがどんな仕組みなのか、理解するのは容易かった。
「大丈夫だ。これなら量産できそうだぞ」
「では、それで目的は一つ達成ですね。さて、奴隷の皆さんを開放するのにあなた方は必要ないということなので、手加減も要らないでしょう」
首輪の解析を進めていたドレルから、時間がかかりそうだということを聞いていたグアルディアは、奴隷商から外す方法を聞き出す予定であった。解除方法を聞き出すために、グアルディアはエスが外した首輪を利用することを思い付き計画していた。首輪で隷属させ聞き出す、外して見せたのならその手段を奪う、そう考えての行動だった。
「もう一人の居場所を吐くのであれば痛い目を見ずに済みますよ?」
「し、知らん!」
「ワシらも、リフィディアが来ぬと話していたところだ」
「そうですか。残りの一人はリフィディアと言うのですね?」
「そ、そうだ。やつが襲撃を計画したのだ。ワシらは悪くない!」
やれやれと首を振ったグアルディアは、手前にいた男を殴り飛ばす。殴られた男は壁に激突し意識を失った。
「襲撃に加担したのですから、あなたたちも同罪ですよ」
「ガッハッハッ、始めから殴るつもりだったくせによく言う」
「吐かせるための言い回しといったところですよ。どうやら、この者たちは知らなそうなので、さっさと終わらせてリフィディアという男を探しに行きますよ」
「へいへい」
ドレルは地図の確認をしていた。だが、確認していない場所はまだ数ヵ所ある。すべてを回っている暇はないと思われた。その間も、リフィディアの居場所を問いかけ殴り飛ばすという行動をグアルディアは繰り返していた。全員を気絶させたグアルディアは、気絶した奴隷商たちを縛り上げると、地図を見ているドレルへと話しかける。
「やはり、この者たちはリフィディアという男の居場所を知らないようですね。どこかに閉じ込めて探しに行きますよ」
幸い今いる部屋には窓はない。縛り上げた男たちをその場に残し、蹴破った入口をドレルが爆破し埋めることで閉じ込めた。
「手荒ですが、とりあえずはこれでいいでしょう」
「んじゃ、リフィディアとやらを探しに行くか?」
「いいえ、あなたは宮殿に戻ってそれの複製をお願いします」
ドレルが手に持つ小さな棒をグアルディアが指差す。ドレルはその棒を見て頷き宮殿へと走り出したが、すぐに足を止めた。
「おお、そうだ。こいつは渡しとくぞ」
振り返ったドレルがレーダーのようなものをグアルディアに投げ渡すと、そのまま宮殿へと走って行いく。受け取ったレーダーを一瞥し、グアルディアも走り出した。
しばらく走ったグアルディアはふと足を止め、近づく気配を感じた上空へと視線を移した。
「おや、予想より早かったですね」
「あら、グアルディアじゃない」
「ねえ、エスはこっちこなかった?」
グアルディアの目の前に降りてきた人物はリーナとミサキだった。舞い降りた二人はエスを探し辺りを見渡す。
「エス様がどうかされたのですか?」
「途中で気になることがあるって言って、どっか行っちゃったんだよ」
「そうですか」
エスが気になることというものに、グアルディアも興味があるが今はやる事がある。そちらを優先することにし、湧き上がる興味を抑えた。
「そちらで何があったか詳しく聞きたいところではありますが、今は忙しいので私はこれで」
「待って、私たちも手伝うわ」
「奴隷商がなんかやってんでしょ?あたしも手伝うよ」
「ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。ミサキ様はあちらの塔を、リーナ様はあの屋敷をお願いします。リフィディアという男を探してください」
「リフィディアね。わかったわ」
「んじゃ、行ってくる」
走り出したミサキとリーナの二人を見送り、グアルディアも目的地を目指し走り出した。
ミサキとリーナの心配など気にすることなどなく、エスは首都にある一本の塔の頂上に立っていた。
「ふむ、見る限り宮殿の方はまったく問題はなさそうだ」
エスが宮殿を見ると、入口付近でハリスヴェルトとドレルに説得されている奴隷たちの姿があった。ミサキとリーナはグアルディアと合流したのを確認している。力の気配からアリスリーエルが無事なことも感じ取れていた。皆の安否を確認したところで、エスは周囲を見渡した。周囲にいくつかそびえ立つ塔と浮いている飛行船が見える。そのうちの一つで、飛び立とうとしているのか塔へと固定しているロープを外そうとしている者が見えた。
「おや?」
それに気づいたエスは、大きく飛び上がりロープを外していた者の背後へと音もなく着地した。
「これでよし…」
ロープを外し終わった男が伸びをする。その肩にエスの手が置かれた。
「な、なんだ!?」
「フハハハハ、驚かせてしまったようだな。まあ、性分というものだ許してくれ。ところで、君は何をしているのかな?」
驚き後ろへと下がった男は、エスの顔を確認するなり腰に下げた剣を抜き構えた。その首には奴隷であることを表す首輪が確認できる。
「あんた、宮殿を襲撃したやつだろ。俺は主人の命令で出発準備をしていただけだ」
「ほほう、このタイミングで出発と。フハハハハ、宮殿襲撃に関わっていると言っているようなものではないか。それで、君の主人はどこかな?」
男がチラッと視線を飛行船に移したのをエスは見逃さなかった。
「なるほど。君は何も言えないということだな」
そう言いながらゆっくりとエスは男に近づいていく。宮殿上空で戦っていたエスを見ている男は、自分が勝てるわけないことは理解しており、冷や汗が止まらなかった。男を見ることなくエスは隣を素通りしていく。驚いた男が振り向くと、エスも男の方を向いており目が合った。
「ああ、そうそう。これは利用価値がありそうだから貰っていくぞ」
そう口にするエスの指にはクルクルと回されている首輪があった。男が自分の首を触るとそこにあるはずの首輪がなくなっていた。驚く男をそのままに、エスは飛行船の中へと入っていく。
飛行船に入り、そのまま気配のする操縦室へと向かう。操縦室の扉を開けた瞬間、銃声と共に銃弾がエスを襲った。
「おっと!」
まるでブリッジするように体を反らし、エスは銃弾を躱した。
「やはり当たりませんか。まあ、驚くことではありませんね」
そんな言葉を聞きながら、エスは体を起こす。すると、目の前には拳銃を構えた金色の長髪に碧眼の男が立っていた。
「私はリフィディア、今は奴隷商の一人です」
「それで、本職はなんなのかな?君がただの奴隷商のわけがないだろう。それで力を隠しているつもりなのかな?」
「さて、なんのことか私にはわかりませんね」
エスは無言で先程奪った首輪をリフィディア目掛けて投げる。不意を突かれたリフィディアは思わず拳で飛んできた首輪を殴りつけ、殴られた首輪は粉々に粉砕される。その腕はひびが入るように割れており、ひびからは赤い光が漏れていた。
「その腕、君が『憤怒』ということでよいのかな?」
「君たち悪魔と同じにしないでもらえるかな。これはあの方が私に与えてくださった聖なる力だ」
「あの方?」
エスの問いかけに対する答えは連射された銃弾だった。だが銃弾はエスに躱され、背後の壁へとめり込んでいた。
「いきなり撃つとは危ないではないか」
「この距離ですべて躱すやつに危ないと言われたくはないな」
(まだ弾は残っている。迂闊に踏み込んではまずい、というか私が痛い思いをしかねない)
エスがどうするべきか考えていると、リフィディアの背後に白い光が広がる。それは床から半円の縦に長い楕円形をしており、人ひとりが通れる程の大きさがあった。
「どうやら時間のようです。それでは、またどこかで会いましょう奇術師エス殿」
エスに銃口を向けたまま、リフィディアは光の中に消えていく。姿が見えなくなる瞬間、リフィディアは足元目掛けて一発の弾丸を放ちそのまま消えていった。リフィディアがいなくなり白い光も消え、エスだけがその場に残された。
「リフィディアと言ったか。いったい何を…」
エスが呟いた瞬間、飛行船が激しく揺れ床下から小さな爆発音が聞こえてきた。
「これは!?」
そう思ったのもつかの間、飛行船はエスを乗せたまま大爆発を起こすと、停まっていた塔の最上部を吹き飛ばし周囲に瓦礫の雨を降らせたのだった。