奇術師、久し振りに冒険者として依頼を受ける
アリスリーエルたちの存在を頼りに食堂へと辿り着いたエスは、空いている席へと座る。テーブルの上には、まだ食事は運ばれていなかった。
「ふむ、準備が終わったと言っていたが…」
「全員揃ったら運んでくるってさ」
エスの呟きを聞いたミサキが答える。エスは納得すると、椅子の背にもたれ天井を眺める。食堂も他と同様に、壁や天井に穴が開いてる。だが、豪華なシャンデリアや飾り、それらを絶妙に避ける形で穴が開いていた。崩れる心配もない。トレニアはそれなりに考えて蔦を這わせていたのだろうと感じられた。
しばらくし、ハリスヴェルトが食堂に姿を現す。その後ろからグアルディアも姿を見せた。
「では、運び込んでください」
グアルディアが通路の方へと声をかけると、数人の女性たちが食事を運んできた。その首には金属製の首輪のようなものが取り付けられており前面の中心、ちょうど顎の下辺りに赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。
「魔結晶をこんな使い方しやがって」
首輪を見たドレルには、それがどんな魔道具なのかすぐに理解し、その使い方に不快感をあらわにする。
「ドレル、落ち着いてください。エス様これを」
苛立つドレルを宥めたグアルディアが、エスに女性たちの首についていた首輪と同じものを手渡す。首輪に触れたことで、エスも【知恵】を使い首輪の特性を理解する。命令に背く、もしくは無理やり首輪を破壊しようとすれば、首輪の内側に魔法の刃が生成され首を切断する。そのため、一度はめてしまったら外すこともできない。
「これは、そうかドレルが怒るわけだ。従属させるためだけの首輪か」
「その通りです。これを発動させずに破壊することはできそうですか?」
エスは黙ったまま、近くにいた女性を手招きする。警戒心を見せるものの、命令されているのかすぐにエスの元へと近づいてきた。エスは女性につけられた首輪へと手を伸ばし指をかけた。
「まったく本当に面倒なものを作る。どうせ作るなら、もっと面白おかしい物を作ってほしいものだ」
「まったくだ!」
エスの言葉にドレルが強く頷く。魔道具に対しての考え方は、この二人はよく似ていた。エスは、女性へと笑みを見せると食堂全体に聞こえるように声をあげる。
「では、食前にちょっとしたイリュージョンだ。この外れるわけがない首輪をちょっと引っ張ると…」
エスが素早く首輪を引くと、なんの抵抗もなく首輪は女性の首を貫通し外れてしまった。驚きの声をあげながら、当の女性はエスが指で回している首輪を見ながら自分の首を触り確かめている。エスは外れた首輪を指でクルクルと回していた。その様子から首輪自体が破壊されたわけではないことがわかる。しばらくして、女性はへたり込み涙を流した。
「まあ、そんな反応になるのは仕方ないな。しかし、全員のコレを外すのは少々面倒だぞ」
指で遊んでいた首輪を、そのままグアルディアへと投げる。難なく受け取ったグアルディアもそれは理解していたのか、エスに頷いた。
「今は外せるか試してもらいたかっただけです。これなら奴隷商が、最悪抵抗しても対応できそうですね。ハリスヴェルト」
「わかってる。奴隷商どもには使いを出しておく。他の者たちは、使いの報告次第だ。首輪が外れたなど、先に奴隷商の連中がこれ知ったらどんな行動を起こすかわからんからな。手を打つまで、おまえはしばらく奴隷のフリをしていろ」
ハリスヴェルトはへたり込んで泣いている女性にそう告げ、他の女性たちに部屋へ連れて行かせた。
「ドレル、後でこれの解析をお願いします」
「ああ、こんなもんすぐにでも無効化してやらぁ」
グアルディアに渡された二つの首輪をドレルは腰の鞄へと押し込んだ。
「では、食事にしましょう。エス様が食べたがっていた、サボテンステーキも用意しましたよ」
「ほほう、それは楽しみだ」
エスたちは、運ばれてきた食事を堪能する。奴隷から解放される可能性が目の前で見せられたためか、食事を運ぶ女性たちの表情は先程までと比べ明るく感じられた。なお、サボテンステーキの味は美味くも不味くもない微妙なものであったが、エスとしては食感も含め未体験のものであったため大変満足していた。
エスたちが食事を楽しんでいると、食堂と面した廊下が騒がしくなる。
「チッ」
舌打ちをし席を立ったハリスヴェルトは廊下へと向かった。
「何かあったのでしょうか?」
ハリスヴェルトが出ていった扉を見つめながらアリスリーエルが心配そうに呟く。
「現状、この国は面倒ごとしか起こらぬだろうな。大方、奴隷商たちが武装蜂起した、そんなものではないのか?」
エスが推測ではあるが、アリスリーエルへと告げる。納得したアリスリーエルも、今自分が何かできるわけではないと理解し食事を続けることにした。
エスが話題にした奴隷商たち、その中でも有力者たちが薄暗い部屋に集まり深刻な表情で円卓を囲んでいた。十数個ある席のうち二つの席は誰も座っていない。
「トレニア様が亡くなられたか…」
静まり返る部屋の中で、椅子の背に体を預けいかにも偉そうな態度の男が呟く。
「ハリスヴェルトのやつがこのまま黙っているとは思えんな」
「やつはトレニア様には従っていたが、奴隷に関しては否定的だったからな」
「それにしても、ゴルトがいないのはわかるがフェルゼンはどうした?」
空いた二つの席、それはゴルトとフェルゼンの席であった。どちらもエスと関わり死んでいるが、エスとの関係を知る者はここにはいない。ゴルトについては、商売を失敗しトレニアに種を植え付けられたこと、その種を植え付けられることがどういうことなのか、ここにいる者たちは知っていた。
「フェルゼンは入荷に行くといってたからな。欲張って時間がかかっているのではないか?」
「確かに。奴は手下が多い、人手にものを言わせて大量に連れてこようとしているのだろう。大方、集めすぎて運搬方法で困ってるやもしれんな。とにかく、我々だけで始めるとしよう」
奴隷商である男たちが集まった理由、それはトレニア亡き今、いかにして商売を続けるかということだった。目下の課題としては、奴隷制度に否定的であったハリスヴェルトへの対応であった。
「さすがに剣聖相手に正攻法では勝ち目がないぞ」
「戦闘が得意な奴隷など数が限られる。今後を考えると消耗したくはない」
「かといって、奴をなんとかせねば商売を続けるのも不可能だぞ!」
そんな怒鳴り合う男たちの様子を微笑みながら眺めている者がいた。金色の長髪、碧眼のその見た目はここにいることに違和感があった。だが、彼も奴隷商の一人であることは間違いなく、この中で最も奴隷を売りさばいている者でもある。その男が口を開く。
「では、私が戦闘用の奴隷と武器を用意いたしましょう。剣聖とはいえ、数の暴力には勝てないでしょうから」
「しかし、奴だけでなく数は減ったが兵士たちもいるのだぞ?」
「そちらは問題ありませんよ。今現在、トレニア様が抑えていたモンスターたちがここに向けて進行中のようです。兵士たちはその対応で追われているでしょう」
長髪の男がもたらした情報に、同じ部屋にいる男たちがざわつく。
「どこで、そんな情報を」
「私の所有する者の中には、諜報活動が得意なものがいましてね。場合によっては剣聖もそちらに向かうかもしれません。もし剣聖が出るのであればその隙にこの街を抑え、街に残るのであれば武装した奴隷たちを使って数で押し切りましょう」
「相手はあの剣聖だぞ。その辺の奴隷どもでは数がいても意味がない」
「その点はご心配なく。こんなこともあろうかと、伝手を使って魔工国より武器を仕入れてあります。それらを使えば、いかに剣聖といえど無傷というわけにはいかないでしょう」
「なんと!」
「あの魔工国からか!」
「だが、海龍の巣もあるのにどうやって仕入れたのだ?」
「それは秘密です。私の商売の根幹、とでも言っておきましょう。さて、どうしますか?」
男たちは唸りながら考え込む。長髪の男の言うことが事実であれば、この機を逃す手はないと考えられた。
「そういえば、中央宮殿には乗り込んできた奴らもいるのではないか?剣聖と手を組まれたらマズいぞ」
「派手に空中戦をしていた者がいたな。あれは化け物だぞ」
エスとフォークスの戦いは住人たちに見られている。もちろん、ここにいる者たちもその戦いは見ていた。
「そうですね。ですが、空中であれほど派手に戦うなど魔法が得意だと公表しているようなものです。ならば、封じてしまえばいいのですよ。魔法も武器も得意という者はいませんからね」
そう言って笑みを深める長髪の男、その表情を見た男たちも納得できたのか笑みを浮かべる。
「なるほど、そちらも手があるということか」
「はい。都市単位で魔法を封じる魔道具も用意してあります」
「素晴らしい!ならば、すぐにでも準備を始めるとしよう」
不安が払拭されたのか、意気揚々と部屋を出ていく男たち。最後まで椅子に座ったまま、出ていく様子を見ていた長髪の男は、独り悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「クックックッ、せいぜい踊ってくださいね。私のために」
誰もいなくなった部屋で長髪の男は独り静かに笑っていた。
エスたちが食事を終え一息ついていると、ハリスヴェルトが食堂へと戻ってきた。その表情は険しく、よくないことが起きていると誰の目にもわかった。
「何かあったようですね」
「ああ、大問題だ。モンスターの群れがこちらに向かってきている。トレニア様のおかげでこの街に近づくことがなかったモンスターたちだったが…」
「蔦がなくなったことに気づき、集団で餌目掛けて向かって来ているというのだろう?」
「餌だと!?まあ、その通りか。荒野はモンスターにとって餌が少ない場所だ。そんな中に人間がたくさんいれば狙われるのは必然だな」
「それで、その対処について悩んでいるのですね」
アリスリーエルの言葉にハリスヴェルトは頷く。
「なあ、エス。たまには冒険者らしく仕事をしないか?」
「そうねぇ。前にもあったじゃない?都市防衛」
「フハハハハ、そういえばそんなこともあったな。で、モンスターというが詳しくは何が向かってきているのだ?」
「コカトリスだ。数は百を超えているとの報告もある」
それを聞き、アリスリーエルたちの表情が曇る。コカトリス、雄鶏の体にドラゴンを思わせる翼を生やし、蛇の尾を持つモンスター。強力な毒を操り、その視線は飛ぶ鳥すら焼き殺してしまう。
「コカトリスとは素晴らしい、実にファンタジー。私の知る伝承通りであれば、厄介な相手ではあるが興味深い」
今すぐにでも見に行くと言い出しそうなエスを見て、アリスリーエルは慌てて止める。
「エス様、さすがに対策なしでコカトリスの群れは危険です。見に行くのは止めてください」
「大丈夫よ」
心配するアリスリーエルにリーナが声をかけた。
「そうそう、あたしたち悪魔に状態変化なんて通じないよ。特に今のエスなんて心配するだけ損だよ」
「人を化け物扱いするのはやめてくれないかな?ミサキ」
ミサキの言葉に対し文句を言ったエスだったが、ミサキは肩をすくめて見せただけであった。
「ハリスヴェルトよ、依頼したまえ。私がそのコカトリスの群れを始末してきてやろう」
「私も行くわよ」
「あたしも!あいつら美味しいから」
「ほほう!美味しいのか。ならば、数匹は持ち帰るとするか」
そんな話をするエスとミサキ、リーナを見てグアルディアは苦笑いを浮かべつつも、ハリスヴェルトへと話しかける。
「ハリスヴェルト、ここはエス様たちに甘えましょう」
「そ、そうか。そうだな。頼む、この街に向かってきているコカトリスどもを始末してくれ。それと、対処に向かっている兵士たちを守ってやってくれ」
「いいだろう、その依頼引き受けよう。それで報酬だが、ソレがいいな」
エスが報酬として指差したのは、ハリスヴェルトの腰にあった刀だった。
「これはやれんぞ」
「ああ、刀が欲しいだけだ。それでなくてもいいが、できたら良い物が欲しいな。せっかく技術も教えてもらえたのだ。男として一度は刀を振り回してみたいと思うのも自然ではないかな?」
自分の技術を盗んだエスの要求に、ハリスヴェルトは納得できると頷いた。エスも、魔器で刀を再現できるが鞘の再現までは不可能であり、せっかく覚えた抜刀術の練習すらできないことに不満を感じていた。それ故の要求である。
「よかろう、ならば最高級の刀を用意しておいてやる。そちらの二人は何かあるか?」
「あたしは、美味しい物!」
「私はとくには要らないわね。どうせ、この二人で戦力的には十分だろうし」
「なんだ、リーナはついて来るだけなのか?」
「あんたたちがやりすぎないように見張るためよ」
エスとミサキがやれやれと首を振っているのを見て、リーナは深いため息をついた。エスは、アリスリーエルたちに視線を移し問いかける。
「おまえたちは留守番か?」
「そうするわ。私たちじゃ、コカトリス相手は荷が重いもの」
「こういう時は、エスたちの体質が羨ましいな」
「そうですね。わたくしの力なら何があっても大丈夫とは思いますが、移動を考えるとわたくしたちは足手まといになりますから」
「ふむ」
アリスリーエルの答えに納得したエスは、今回はミサキとリーナだけ連れていくことを決定する。
「では、さっそく準備するとしよう」
「ええ」
「わかった」
その言葉を合図に、ミサキとリーナは食堂を出て自室へと向かった。特に準備の必要ないエスは、椅子に深く腰掛けのんびりと飲み物を口にする。二人が戻るまでの間、アリスリーエルたちと他愛のない会話をしていた。
「ハリスヴェルト、私たちも一応準備を」
「そうだな。どう考えてもこのタイミングで動く輩はいるだろう」
小さい声でそう話したグアルディアとハリスヴェルトは食堂を出ていく。それを横目に見ながら、エスは会話を続けていた。
書斎のような薄暗い部屋、二人の美しい女性を侍らせた長髪の男が椅子に座りくつろいでいた。その部屋の扉が叩かれる。
「入りなさい」
扉が開き入ってきたのは、目深にフードを被った細身の男だった。フードの男は煽情的な格好の女性たちに目もくれず、長髪の男の前へと歩み寄り跪く。女性の首にもフードの男の首にも、赤い魔結晶の埋め込まれた首輪がはめられていた。
「リフィディア様、中央宮殿で動きがありました」
「ほう、予想より早いですね」
「宮殿を襲撃した者がモンスターの対処に出るとのこと。対処に向かう者の中に例の化け物が、代わりに剣聖は残るようです」
「片方でもいなくなってくれるのなら好機ですね。では、モンスターの対処に向かう者たちが街を出たら行動を開始しましょう。奴隷商の皆様にも伝えておいてください」
「畏まりました」
フードの男はリフィディアの命令を遂行するため部屋から出ていく。その口元は悔し気に歯を食いしばっていたが、リフィディアはそれに気づいていない。
「さて、私も準備しましょう。あなたたちはここで待っていなさい」
命令し女性たちを部屋に残したまま、リフィディアも部屋を出ていった。