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奇術師、不意打ちを受ける

「とりあえず、ここまでに立ち寄った村々での約束を果たそうと思っている。だがな…」


 エスは腕を組み天井を見上げた。


「見せしめのために連れてきた者たちは、墜落した飛行船の中。まあ無事なわけもなく、どうしたものかと思ってな」


 仲間たちも約束のことを思い出し、その手段を考え始めた。そんなエスたちにハリスヴェルトが問いかける。


「おい、約束ってなんのことだ?」

「立ち寄った村々で人攫いまがいに人を連れていき、奴隷にしている奴隷商を何人か見ました。それを止める約束で、食料などを分けていただいていたのですよ。山脈付近の街からエス様が見せしめに三人ほど飛行船に乗せたのですが、先の襲撃で飛行船ごと失ってしまいました」

「約束は、守らねばな。連れてきた者たちを面白おかしくひねってやれば大人しくなると考えていたのだが、別の方法を考えなければいけないか」

「ならば、トレニア様がいない今、別の者がこの土地の主となり奴隷を禁止すればいいだろう」


 ハリスヴェルトの出した案に、エスとグアルディアは驚きつつハリスヴェルトの顔を見た。そして、エスは怪しい笑みを浮かべる。


「な、なんだ?」

「ハリスヴェルトと言ったな。イイ案だ、それで行こう」

「だが、奴隷商たちが黙っているわけないだろ」

「そんなもの想定内だ。多少、反乱を起こす者がいるだろうが、それはそれで見せしめにしてやろう。で、誰が治めるかだが…」


 エスがグアルディアに視線を送ると、それに気づいたグアルディアが頷き答える。


「ハリスヴェルトでいいでしょう。彼なら住人たちからの信頼も厚いですし、何より武力行使での反抗を諦めさせられることができますしね」

「俺がか?お前たちの誰かがやればいいだろ」

「適任ではないか。トレニアの後始末だ。おまえがやらずに誰がやるというのだ?」

「クッ…」


 グアルディアとエスの言葉に、ハリスヴェルトも反論できず黙ってしまう。


「そうですね。ハリスヴェルトが王となるのであれば、フォルトゥーナ王国も全面的に協力するとお約束しましょう。よろしいですね?アリスリーエル様」

「ええ、もちろんです。この国が良くなるよう、わたくしたちの国もできる限り協力するとお約束しましょう」


 力強く頷くアリスリーエル。そのアリスリーエルを見ながら、笑顔で頷いているグアルディア。そんな二人を見たハリスヴェルトは、逃げ道はないと理解しため息をつく。


「わかった。もとよりこの国をそのままにする気などない。トレニア様を止めなかった俺にも非はあるのだしな。いいだろう、やってやる。グアルディア、貴様も協力しろよ?」

「当然です。ただ、そうなるとしばらくはこの国を離れられなくなりそうですね。どうされますか?エス様」


 ハリスヴェルトだけでも問題ない程度までは手伝うつもりでいるグアルディアは、旅を続けたいであろうエスにしばらくこの国に留まるが問題ないか尋ねた。


「構わんぞ。私たちもしばらく滞在させてもらおう。先にも言ったように、奴隷商の件は私が約束したことだ。反抗など起こす前にさっさと私が潰してくるとしよう」

「それなら、私も行くわよぉ」

「姉さんが行くなら…」

「暇だし、あたしもついてく」

「それは、ありがたい。是非、手伝ってくれ」


 エスが奴隷商の対応は任せておけとハリスヴェルトに伝えると、サリアとターニャの姉妹とミサキが自分たちも手伝うと宣言する。エスも様々な理由から一人で行くつもりなどなかったため、それを快く受け入れた。


「だが、今日はもう疲れた。行動するのは明日からにしよう」

「そうですね。ハリスヴェルト、皆様が休めるような部屋を用意してくれますか?」


 エスの言葉に頷いたグアルディアが、ハリスヴェルトへ部屋の用意を促す。ため息をつきつつも、ハリスヴェルトは部屋の入口へと向かった。


「案内する。ついてこい」


 ハリスヴェルトにつづき、エスたちは部屋を出る。ところどころ壁が崩れている大きな廊下らしき通路を歩いていくと、たくさんの部屋が並ぶ通路へと辿り着いた。


「ここが客間として用意されている場所だ。好きな部屋を使ってくれ」


 そう言われ、一番近い部屋の扉を開けたエスが中を見て一言呟く。


「実に、風通しの良い部屋だな」


 それを聞き、エスを押し退けハリスヴェルトが中を見ると、壁のあちらこちらに穴が開いていた。


「そうか、ここも蔦があったのだったな」

「まあ、この程度ならば野宿よりはマシだ。少々埃っぽいが、ベッドもあるしのんびりさせてもらうとしよう」


 エスの言葉に仲間たちが頷くと、各々が好きな部屋を選び始めた。


「では、ハリスヴェルト。厨房はどこにありますか?食事の用意をしたいのですが」

「ああ、案内する」

「ドレル、食材を」


 ドレルは鞄から球体を一つ取り出しグアルディアに投げ渡すと、眠そうな目を擦りながら選んだ部屋に入っていった。それをきっかけに他の者たちも部屋へと入っていく。


「食事の用意ができたら呼びに来ますので、エス様もお休みください」

「ああ、わかった」


 ハリスヴェルトと何か言い合いながら歩いていくグアルディアを見送り、エスは部屋の扉へと手をかけ動きを止める。


「ふむ、疲れたといっても私は休むほどではないな。少し散歩でもするか」


 悪魔として疲れというものもあまり感じなくなっていたエスは、休むのではなくこの建物を見物しようと、ひとり廊下を歩き始めた。

 周囲を見渡しながらエスは建物内を探索する。壁や天井、床に至るまでところどころに穴が開いており、トレニアの蔦がここにもあったことを物語っていた。そんな穴だらけの通路を歩いていくと、中庭のような場所にたどり着く。外の荒野とは違い緑に覆われており、手入れのされた花壇などがあった。通路に囲まれた中庭の中央へとエスは歩いていく。上を見上げると、吹き抜けになっており青空が見えた。


「あれは、結界か?」

「そうだ。周りは荒野だからな。砂嵐などからここを守るための結界だ」


 エスの独り言に背後から答えが返ってくる。エスが振り向くと、そこにはハリスヴェルトが立っていた。ハリスヴェルト腰の刀に手をかけると、ゆっくりと腰を落とし構える。


「何のつもりだ?」

「今なら邪魔は入らないからな。本気の貴様と戦ってみたい、そう思ったのだ」

「なるほど…」


 ハリスヴェルトから殺気は感じない。だが、エスと戦うという強い意志は感じられた。


「まったく、私もおまえも万全ではなかろうに」

「知っている」

「まあいいが、私は街の入口で出会った時より強くなっているぞ?」

「それも十分承知している。いざ」


 ハリスヴェルトが体に力を込めると、一気にエスとの距離を詰める。同時に抜き放った刀で一閃した。目にも留まらぬ速さで振り抜かれた刀は途中で動きを止める。止まった刀を見ると、エスが親指と人差し指を使い摘まんで止めていた。


「いきなりだな。だが、今の私に真正面からでは通じないぞ」


 エスが刀を離すと、ハリスヴェルトは素早く後ろにさがった。


「やはり強い…」

「しかし、いい機会だ」


 エスが指を鳴らすと、空中から一本の剣が現れる。ハリスヴェルトも見覚えのある『強欲』の剣であった。剣を構えエスはハリスヴェルトと向き合う。その構えは、聖騎士であるカーティオとの模擬戦で覚えたものだった。


「七聖教の聖騎士どもと同じ構えか」

「これを教えてくれた者が聖騎士だっただけのことだ」


 笑みを深めエスはハリスヴェルトを見る。その視線から、ハリスヴェルトは違和感を感じていた。だが、今更後には引けないと、ハリスヴェルトは再び動き出す。

 左右に動きフェイントをかけつつ、エスの背後へと素早く移動する。常人には目で追うことすらできない速度で動くハリスヴェルトだったが、エスには十分に見えていた。

 背後で放たれた一閃だったが、エスの体をとらえることはなく空を斬った。目の前から忽然と消えたエスに驚くことなく、ハリスヴェルトは舌打ちをすると、前方へ転がるように移動した。ハリスヴェルトが先ほどまで立っていた場所に、剣を構えたエスが上から降ってきた。


「ほう、勘がいい」


 地面に突き刺さった剣を抜き、付いた土埃を払いながらエスはハリスヴェルトを褒める。ハリスヴェルトは真剣な表情のまま、再び刀を鞘に納め構えをとった。


「おまえは抜刀だけが取り柄なのか?」

「そんなわけない。貴様に手の内をすべて曝け出すのは危険だと判断しただけだ」

「フハハハハ、その判断は素晴らしい。だが、おまえの技術、すべてを見せてくれ」


 数回の抜刀を見て、エスはハリスヴェルトの実力がカーティオに匹敵するほどであると理解していた。おそらくそれ以上だろうと考え、できればその技術を盗もうと思っていたのだ。そんなエスの視線から、ハリスヴェルトは危機感を感じ手の内を隠すことを決めていた。

 手の内を見せようとしないのであれば、見せざるえない状況にすればよいとエスは攻撃に転じる。ハリスヴェルトをもってしてもかろうじて目で追える速度で近づいたエスは、振り上げた剣を勢いよく振り下ろす。当たれば確実に死ぬであろう一撃を、ハリスヴェルトは一瞬で抜き放った刀の背を使い軌道を反らした。


「器用な真似をする」


 地面に突き刺さるであろう勢いで振り下ろされた剣は地面スレスレで止まると、振り下ろされた時と同じ勢いで振り上げられた。ハリスヴェルトは慌てて横へと飛び退く。


「どっちがだ!」

「ふむ、お互い様だな」


 抜刀に頼っていては無理だと感じたハリスヴェルトは、諦めて刀を構える。エスはそんなハリスヴェルトを満足気に眺めていた。


「イイぞ。さあ、その腕前を見せてくれ」


 ハリスヴェルトの技を盗もうと、エスはその一挙手一投足を見逃すまいと観察していた。

(【知恵】の力も利用すれば早く盗めそうだな)

 エスはそう考え、ハリスヴェルトに気づかれることなく【知恵】の力を発動させる。【知恵】によりハリスヴェルトの動きの意味、それらが手に取るようにわかった。だがそれと同時に、その技術が簡単に真似できるような代物でないことも理解させられていた。

 しばらく剣を交えていた二人だったが、その表情は正反対であった。全力を尽くしても躱されるハリスヴェルトは焦りを浮かべ、エスは得られた技術に満足そうな笑みを浮かべていた。今もありえない速度で剣を交えている二人を止める声が中庭に響いた。


「二人とも、その辺にしておいてください。料理が冷めてしまいますよ。他の皆様はもう集まってます。急いでください」


 グアルディアの声で動きを止めた二人は、同時に武器をしまった。


「やれやれ、もう少しいろいろと学ばせてもらおうと思っていたのだがな」

「盗んでいたの間違いだろ!」


 自分の足運びなど、動きを自分と同じ練度で真似をされハリスヴェルトはエスの異常性を改めて感じていた。当のエスはというと、ハリスヴェルトの動きをほとんど覚えられ、実践の中で自分の体に馴染ませていたところだった。

 エスはスタスタと歩き、グアルディアの横を通り過ぎる。


「エス様、場所はわかるのですか?」

「ああ、実に便利だぞ。【知恵】という力は」


 エスはそう答え、グアルディアに手を振り皆がいる食堂へと向かって歩いて行った。エスを見送りながら、グアルディアは近づいてくるハリスヴェルトへ声をかける。


「それで、納得できましたか?」

「何がだ…」

「エス様が、私たちに敵対することはないということですよ」

「ああ、不意打ちをし殺す気で仕掛けたにも関わらず、奴からは殺気のひとつも向けられなかった。それどころか、楽し気に俺の技術を盗みやがって」

「だから言ったでしょう。こちらから敵対しなければ問題ないと」


 厨房への案内がてら、ハリスヴェルトはグアルディアからエスについていろいろと聞き出していた。それを裏付けるための不意打ちではあったのだが、エスは想像以上であった。


「さあ、私たちも食堂へ向かいましょう。あなたの分もありますよ」

「フンッ」


 ハリスヴェルトは不機嫌な態度を隠そうともせず、先に食堂へ向け歩いていく。


「やれやれ、相変わらずの負けず嫌いですね」


 そんなハリスヴェルトの態度から、エスを全く焦らせることもできなかったことに苛立っているとグアルディアは感じ取った。ライバルの態度に苦笑いを浮かべ、グアルディアも食堂へと歩き出した。


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