奇術師、防衛戦に参加する
「それはそうと、ギルドの依頼ってことは大型モンスターの件でしょう?」
「ほう、知っているのか?」
「この街のことだもの。まあ、正体までは知らないけどね」
そう言ってリーナは肩を竦める。
「なら、ギルドにでも…」
エスは途中で言葉を切る。街中に響き渡る鐘の音が聞こえたからだ。正気に戻った姉妹はすぐに立ち上がった。
「これは緊急避難の鐘ね。何かあったのかしら?」
「姉さん、エス、ギルドに行こう。もしかしたら例の大型モンスターが来たのかも」
「そうだな。どうせ行かなければいけなかったし丁度いいか」
「それじゃ、私も行こうかしら」
エスに続きリーナも立ち上がる。
「リーナさんは一応一般人?なんだから避難した方が…」
「あら、ありがと。でも大丈夫。私も冒険者の登録はしてあるから」
そう言って冒険者の証明となるカードを見せる。エスはふと、あの衣装のどこにしまってあったのか疑問に思ったが今は触れずにいた。
「それでは、ギルドに行こうか。リーナ、ギルドに案内してくれないか?」
「わかったわ」
三人はリーナについて冒険者ギルドへと向かう。
宿の外に出ると、ディルクルムで見た冒険者ギルド職員と同じ服を着た者たちが住人へと声をかけていた。
「皆さん、建物に入り扉や窓を閉めて、連絡があるまでなるべく外には出ないでください!避難の可能性があるので、荷物だけはまとめておいてください!」
その様子を横目に四人は歩く。
「ふむ、かなりの大事のようだな。面倒そうだから私は宿に戻ってもいいか?」
「いいわけないだろ!」
「ほら、遊んでないで急いで行くわよ」
リーナに促され先を急ぐ。歩いていた道が少し広くなると、ディルクルムで見た冒険者ギルドに似た大きな建物が現れた。直感的にここがグレーススの冒険者ギルドだとわかる。リーナは躊躇うことなくギルドへと入る。三人もそれに続いた。
中に入ると、冒険者と思われる者たちが大勢集まっていた。武器を自慢気に持つ者や、周りを威圧している者なども見受けられる。四人が入ると周囲の視線が集まり、驚いた表情をする者がいた。
「おい、あの女はディルクルムの槍使いサリアじゃないのか?」
「ってことはディルクルムから応援が来たのか」
その声を聞き、エスがサリアへと話しかける。
「サリアは有名人だったのだな」
「私自身はそのつもりないのだけれど…」
「姉さん、腕の立つ冒険者はすぐに有名になるから仕方ないよ」
好奇の目に晒され居心地の悪そうにするサリアだった。だが、そんな視線もすぐに別の場所へと向けられる。少しして現れた厳つい顔の大男がギルド全体に響き渡るような声を上げた。
「集まったな。南東の森林方面から大量のモンスターがこの街へと向かって進行中だと依頼から帰った冒険者から報告があった!ギルドの斥候を送って確認を取ったが事実だ!モンスターの数はわからん、種類も多種にわたる。つまり、凶悪なモンスターも混ざっている可能性があるってことだ!戦う覚悟の無い奴は今すぐ逃げろ!覚悟の決まった奴らは急いで南門へ行け、以上だ!」
集まった冒険者たちはぞろぞろとギルドを出ていく。エスたちもギルドを出ようとしたが、先程声を張り上げていた大男に捕まった。
「ちょっと待て、おまえたち。見かけない顔だな。ん?ディルクルムのサリアとターニャか、ディアトールも中々粋なことしやがる。おまえたち姉妹が来てくれたのは心強いな。それに、踊り子リーナまで。おまえら知り合いだったのか?」
「いいえ、先程会ったばかりです」
大男の言葉にリーナが答えた。蚊帳の外だったエスだが、ふと大男と目が合った。
「おまえは?そうかおまえが悪魔なのに冒険者になった変わり者か」
「おや?私のことがわかるのか?」
「ディアトールから報告は受けている。おそらく他のギルドにも連絡はいっているだろう。要監視対象としてだがな」
「フハハハハ、そうハッキリ言われると清々しいな。私もモンスターの撃退に参加させてもらうが構わないかね?」
「ああ、人手が多いに越したことはない」
「それほどの数が向かってきているのですか?」
サリアの問いかけに大男の顔が曇る。
「正直、冒険者の数が足らん。最悪、街を放棄することも考えねばならんかもしれん。斥候の報告には中型のモンスターもいるようだったしな。対応できる冒険者が少なすぎる。おまえたちも無理だと思ったら早々に逃げて構わん」
「本来なら、こんな面倒はごめんなのだが…」
エスは何かを思い出し話を続けた。
「目撃された大型モンスターは一体何なのだ?」
「ドラゴンの可能性があるらしい。ギルドの斥候では確認できてないがな」
「ほほう、ドラゴンか!素晴らしい!よし、さっさと雑魚どもを蹴散らして見に行こうではないか、ファンタジーの象徴を!」
「さっきまで面倒だなんだって言っておいて、なんで突然そんなやる気出してんだよ!」
ドラゴンと聞き目を輝かせるエスへとターニャが怒鳴る。リーナは顔を隠し笑いをこらえている様子だった。
「サリア、こいつらはいつもこんななのか?」
「ええ、ここ数日はずっとこんな感じですよ」
呆れ顔の大男にサリアは笑顔で答えた。
四人はギルドを出て南門へと向かう。道中、ギルド職員の働きのおかげか、街中ではそこまで混乱が起こっている様子はなかった。人が殆どおらず、
南門へと到着すると、先程見かけた冒険者たちが集まっていた。全体的な数は少し減っているように感じる。
「ギルドにいた時より人数が減っているようだな」
「話を聞いて逃げたんでしょうね。退く時には退く、それも冒険者として必要なことだけど…」
突然リーナはエスの腕を掴み、姉妹から少し離れた場所へ連れて行く。
「ねぇ、エス。あなたの【奇術師】じゃたとえモンスターであっても殺せなかったわよね?」
「ああそうだが?」
「【崩壊】を使うつもり?」
「いや、物理で殴る!それで十分だろう?」
「物理で、殴る?いやいや、あなた腕っぷしも弱かったはずじゃ…」
「そうなのか?道中襲ってきたアルミラージは軽く一発殴ったら死んでしまったんだがな…」
「えっ!?」
エスの話を聞き、リーナは驚いた表情で言葉を詰まらせる。
「私の知ってる奇術師は、【奇術師】と【崩壊】の能力を駆使して戦うタイプだったのに…」
「ふむ、それは私の出自が影響しているのかな?」
「出自?」
「信じてもらえるかわからんが、私はこことは違う世界で奇術師を生業としていたのだが、死んでこの世界に転生したようだ。かれこれ生後数日の赤ん坊みたいなものだ。だからこの世界のこともよく知らない。前の世界ではモンスターなどいなかったしな。ふむ、詳しい話は後にしよう。どうやらモンスターの大群は待ってくれないようだぞ」
エスが指差す方向、南東から大量のモンスターが向かってきているのがわかった。
「そうね。今はそれどころじゃなさそう。何とかしないと感情を味わうこともできなくなってしまうわ」
「その辺りも含めて、悪魔についてレクチャーしてもらいたいものだ。知らないことが多すぎるからな」
「最後に一つだけ聞かせて」
「何かな?」
リーナが神妙な顔でエスを見る。
「あなたはこの世界で何をするつもり?」
「フフフ、フハハハハ、知れたことを」
エスは両手を広げ天を仰ぎ、そして言い放つ。
「面白可笑しく、このファンタジーな世界を堪能するのだよ!」
その姿にリーナは自分の知る奇術師の面影を見た。その奇術師の口癖でもあった「面白可笑しく」という言葉を使うエスに、根本的な性格に違いはないのだと感じ、その姿に安心する。
「それじゃ、さっさと済ましてドラゴンを見に行きましょうか」
「もちろんだ!」