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奇術師、奴隷国家の首都へと突入する

「あれでもダメか…」


 そんな呟きが響いたのは床や壁、天井に至るまで太い植物の茎が所狭しと生い茂る部屋だった。部屋の最奥、その中心に巨大な花が咲いており、その花の中心から人間の上半身が生えていた。流れる長い髪が胸を隠しているものの、一糸纏わぬその見た目から女性であることがわかる。その女性の眼前には、跪いて顔を落とし震える小太りの男がいた。


「ゴルト、あなたに最後のチャンスをあげる」


 震えていた男は、エスたちに撃退されたゴルトだった。ゆっくりと花が動き女性の顔がゴルトの前へと降りてくるが、ゴルトは床を見たまま顔を上げることができなかった。息がかかるほどの距離まで下りてきた女性が、ゴルトに優しく囁きかける。


「あなたの邪魔をした男を殺してきなさい。無理だったとしても、あなたの命をもって時間稼ぎくらいはしなさい。殺してこれたら…。そうね、あなたの望みを何でも叶えてあげるわ」


 妖艶に微笑む女性だったが、その言葉からは優しさの欠片も感じられない。ゴルトは震えることしかできず、女性の言う無理難題に従うしかなかった。


「でも、このままじゃ時間稼ぎも無理そうね」


 そう女性が呟いた瞬間、ゴルトの背後からその首筋目掛け何かが突き立てられた。先が尖った細い蔦が一本、目に留まらぬ早さで突き立てられたのだ。首筋を襲う激しい痛みにゴルトは体を仰け反らせた。


「グアァァァ!」


 苦痛に声をあげるゴルトを愉快そうに眺めていた女性だったが、ゴルトの首筋に突き立てられた蔦が抜かれると、冷たい声で命令する。


「さっさと行きなさい」


 先程まで叫び声をあげていたゴルトだったが、今は死人のような虚ろな目をし女性に一礼すると、まるで酔っ払いのようにフラフラとした足取りで部屋を出て行った。ゆっくりと元の位置へと戻っていく巨大な花の影から、一人の男が姿を現す。


「まったく、相変わらず駒に容赦がないな。トレニア」


 女性の名を口にしながら現れたのは、『傲慢』の悪魔、ギルガメッシュだった。そして、巨大な花から生える女性こそが、エスたちが探し求めていた『色欲』の悪魔であるトレニアである。エスが推測した通り、二人は協力関係にあった。


「なら、あなたがあいつを足止めしてくれるの?」

「それは御免だな。流石の俺様でも、今やつの相手をするには準備不足だ」

「それなら黙ってなさいな」

「そうだな…」


 ギルガメッシュはそう言うと、ゴルトが出て行った部屋の扉へと歩いていく。部屋から出る寸前、足を止めトレニアへと振り向いた。


「俺様はレヴィに会いに行くが、本当に一人で大丈夫か?」

「心配なんて無用よ。さっさと行きなさい」


 それを聞き、ギルガメッシュは部屋を出る。それを見送り、トレニアは独りため息をついた。


「はぁ、アヴィドが消されて次は妾の番…。フォルトゥーナの王女も同行している、チャンスでもあるわね…」


 独り言のように呟くと、草木を使いエスたちの動向を監視しながらトレニアは今後の策を考え始めたのだった。

 一方、エスたちは首都を目指し街道を歩いている。すでに、日は昇り周囲は明るくなっていた。まだ距離はあるが、首都の全容が日に照らされ確認できる。外部からの侵入を阻む外壁には蔦のような植物が生い茂り、都市のあちらこちらには柱のように立つ巨大な花が見えていた。そして、首都から広がっていくように植物が生えているのがわかった。


「まるで砂漠のオアシスのようだな。やれやれ、落とされなければすでに到着していただろうに」

「仕方ありません。それに…」


 エスに答えたアリスリーエルの視線の先で、街道横から不意打ち気味に伸びてくる蔦をサリアが槍で薙ぎ払う。


「こうやってちょっかいを出されるから、なかなか進めないしねぇ」


 墜落してからここまで、脱出した直後程ではないものの植物による攻撃にさらされていた。足止め程度にしかならない攻撃ではあるが、その都度対処しなければならなず、煩わしさを感じていた。それもあって転移後の不意打ちを警戒し、エスは目視による転移で首都の入口へと飛ぶのではなく、徒歩で近づくことを選んだのだった。そんな中、周囲を警戒していたミサキが声をあげる。


「誰か来るよ!」


 ミサキの言葉を聞き、全員がミサキの見つめる前方の街道を見る。そこには、こちらに向かって歩く見覚えのある人物がいた。


「あれは、確かゴルトだったか」

「始めの村にいた奴隷商ね」


 エスがその人物の名を口にする。ゴルトまで距離があるため、エス以外ではリーナとミサキにしか近づいてくる人物が誰なのかまでは判別できなかった。


「だけど、なんでこんなとこに…」


 明らかにこちらに向かって歩いてくるゴルトを見て、ターニャが呟いた。

 警戒し足を止めたエスたちの前へ、ゴルトは虚ろな表情をし酔っ払いのような足取りで近づいてくる。何かをブツブツと呟いているようだが、何を言っているのかまではエスにはわからなかった。アリスリーエルたちにも、ゴルトの表情がわかるほど距離が近づいたところで、エスたちとゴルトを取り囲むように地面から伸びた蔦が絡まりあい壁が出来あがった。


「なるほど、第一の刺客。本当に足止めのつもりというわけだな」

「捨て駒の間違いじゃないの?」


 エスとリーナの言葉で激昂したのか、ゴルトが叫び声をあげる。もはや、人というよりはモンスターに近い叫び声だった。


「グガアァァァァァ!」

「ヒッ!?」


 ミサキが咄嗟にエスの背後に隠れる。叫び声をあげたゴルトの首がボキリと音を立てて体の前へと折れ曲がり、顔はエスたちの方を向いている。明らかに生きている人ができる格好ではない。そして、折れた首を内側から食い破るように大きな蕾が現れた。


「リーナの予想で当たりのようだな」

「…トレニア」


 ゴルトを見ながら何かを言いたそうなミサキに気づいたエスだったが、それに構っている時間はなかった。現れた蕾が開いた瞬間、ゴルトがエス目掛けて走ってきたのだ。咄嗟にエスは横へと飛びのくが、ゴルトはエスだけを狙うように、すぐに方向転換するとエスへと向かって走り出す。


「ほう、狙いは私だけか。それほど恨みを買ったかな?しかし、寄生した花を抜き取ってもこれでは生きていないか…」


 明らかに折れてしまった首をぶら下げながら自分へと迫りくる姿を見て、エスはゴルト自身は死んだのだと判断する。ならば手加減無用と、逃げるのをやめ走ってきたゴルトを殴り飛ばした。殴り飛ばされたゴルトは蔦で出来た壁に激突するが、壁は柔軟性があるのか激突時の衝撃をやわらげるようにゴルトを受け止めると、そっと地面へとおろした。


「フハハハハ、完全にアウェーだな。まあいい、わかっていたことだ。ゴルトよ、おまえに然程恨みなどないのだが…」


 エスは走り出すと、一瞬にしてゴルトの目の前へと移動する。


「ご退場願おう」


 エスは首の上、つまり本来であれば頭がある場所に咲く花目掛け、全力で拳を突き出す。風切り音をあげエスの拳はゴルトに寄生していた花を消し飛ばした。だが、ゴルトの体は倒れることもなくその場に立っている。それに違和感を感じたエスが距離をとるために背後へ飛ぼうとするが、それよりも早くゴルトの体を突き破り現れた蔦に搦め捕られ身動きが取れなくなった。


「しまった」


 その様子を自身の力が及んだ植物、つまりはエスたちを取り囲んだ蔦の壁を利用し監視していたトレニアは、自分の部屋で笑みを浮かべていた。


「捨て駒のつもりだったのだけど、役に立つじゃないの。生きていたのなら褒美をあげてもよかったわね」


 そう呟き片手をあげる。

 エスが捕まったのを見た仲間たちが、エスへと走り出す。だが、その隙を突くようにトレニアが放った次の手が迫っていた。それにいち早く気づいたのはエスだった。


「クッ!」


 体を動かすが異様なほど強い力で締め上げられており動けない。自分では間に合わないと、エスは声をあげる。


「アリス、後ろだ!」

「えっ!?」


 エスの言葉に驚き、アリスリーエルが足を止めてしまう。アリスリーエルの頭上には、すでにトレニアが放った巨大な蔦が伸びてきていた。蔦の先が裂けまるで口のようになると、アリスリーエルを一口で飲み込み蔦の壁の外へと連れて行こうとする。


「待ちなさい!」

「逃がさないよ!」


 リーナが曲刀を取り出しアリスリーエルを捕らえた蔦目掛け咄嗟に投げるが、蔦は意志を持つかのように動きそれを避ける。それもそのはず、この蔦はトレニアが操っているのだ。ミサキはアリスリーエルがいるであろう口の部分ではなく、蔦の壁に近い部分を狙い【暴食】の力を使うが、波打つように避けられ、僅かな噛み跡をつけるだけしかできなかった。アリスリーエルを捕らえた蔦は壁を越えると、そのまま首都へと滑るように向かっていった。

 街道上、首都へと続く側を塞いでいた蔦の壁を、サリアとターニャが切り裂き首都の姿が見えた。そこには、アリスリーエルを捕らえた蔦の姿はすでになくなっていた。


「ダメ、もういない!」

「逃げられたぞ!エス早くしろよ!」


 サリアとターニャの焦る声を聞き、エスは【奇術師】の力で絡みつく蔦から脱出する。縄抜けとして【奇術師】の力を使ったのだが、明らかにエスの体は蔦をすり抜けていた。いつもであればその様を楽しむエスだが、今はそんな余裕はなかった。


「やってくれる。狙いは私ではなくアリスだったのか」

「エス様、すぐに向かいましょう。罠があるとは思われますが…」

「わかっている。転移するぞ」


 グアルディアの言葉を遮るように、エスは仲間たちを呼び寄せ指を鳴らす。サリアとターニャが切り裂いた壁の隙間から目視できた首都の入口へと転移した。

 転移した先では、すでに衛兵たちが集まっている気配があった。エスが自分たちを包む布を取り払った瞬間、エスの首が宙を舞った。


「エスさん!」

「エス!」


 エスのすぐ後ろにいたサリアとターニャが声をあげる。その視線は地面へと転がったエスの頭を見ていた。次の瞬間、キンッという澄んだ音が響き渡る。


「久し振りですが…。あなた、こんなところで何をしているんですか?」


 そう口にしたのはグアルディアだった。その声に驚き、サリアたちが声のした方へと視線を移すと、白い長髪を後ろに流し束ねた姿の男の刀を腕で受け止めたグアルディアの姿があった。服に触れた刀がチリチリと火花を散らしているが、グアルディアの服を切り裂くことができずにいた。グアルディアの執事服は王族を守るという役目のために防刃、防弾、防魔とあらゆる魔法的処理が施されている。


「ふん。加減してはその服は斬れんらしいな」


 刀を戻し鞘に納めた男はグアルディアと睨みあっている。


「やれやれ、警戒はしていたのだがな」


 そんな二人を無視し、頭だけになったエスがそう呟く。エスの体は頭がないにも関わらず迷うことなく自分の頭を拾い上げると、ボールについた土を払うように、頭についた土を払い首へと乗せた。しっかり繋がったのか確かめるように頭を動かしつつ、エスはグアルディアへと問いかける。


「知り合いか?」

「ええ、そんなところです。エス様、この男の相手は私がしますのでアリスリーエル様のことをお願い致します」

「そうか、わかった」


 グアルディアの言うように、ここで時間を取られるわけにはいかないと考えたエスはひとつ頷くと、グアルディアとにらみ合う男をそのままに、都市の中へと走り出す。その後をサリアたちが追った。


「行かせるか!」

「私を無視するとは、寂しいではないですか」


 エスを止めようと男が刀を抜こうとするが、一瞬で男の傍へと移動したグアルディアが、刀を押さえ鞘から抜けないようにしていた。


「貴様!」

「あなたの相手は私がして差し上げますよ。昔のように」

「まあいい、貴様を抑えておけば奴らの戦力的には半減したようなものだ。お前たち奴らを追って捕らえよ!」


 男の命令で周囲にいた衛兵たちが一斉にエスたちを追う。衛兵が追ってきているのを見たドレルが足を止める。それに釣られエスたちも足を止めた。


「ドレル、何をしている?さっさと行くぞ」

「ああ、テメェらだけで行ってくれ。儂があいつらを足止めしといてやる」

「できるのか?」


 エスはドレルの魔道具制作の技術に関しては知っているし信頼しているが、戦闘能力に関しては知らなかった。ドレルはエスの言葉に答えるように、鞄から銃のようなものを取り出し構えて見せる。


「儂だって戦えるわ!さっさと行って姫さん助けてこい!」

「ああ、そうさせてもらおう。ドレル、なんならもう一つくらい死亡フラグを立てるか?」

「うるせぇ!くだらねぇこと言ってないで、さっさと行きやがれ!」


 追い払うように手を振るドレルに促され、エスたちは首都の中心部に見える巨大な建物を目指す。そこからは、こっちにこいと言わんばかりに『色欲』の気配が漂っていた。

 エスたちを見送ったドレルは銃に弾を込めていく。リボルバーのシリンダーと同じ構造をした部分に一つ一つ魔結晶を詰めていく。それぞれ違う色をたたえており、それぞれが違う属性であることを示していた。弾を詰め終わったドレルの眼前には、武器を構えた衛兵たちが集まっていた。


「儂はな、走るのが苦手なんだよ…。さぁて、おっぱじめるとするか!儂はあいつらと違って優しくねぇぞ」


 ドレルは衛兵たちに銃を向け、躊躇いなく引き金を引く。次の瞬間、轟音を立て爆風が辺りに広がった。

 それに気づいたグアルディアは、相対している男の刀を受け流しながら呟く。


「おや、ドレルにしては珍しくやる気になったようですね。一人で一国相手に逃げ回れるほどの実力があるのに、やる気にムラがあって困りものです」

「俺との勝負の最中に余所見とは余裕だな!」


 エスの首を斬り落としたときの速度で振るわれる刀を、グアルディアはしゃがむことで辛うじて回避する。


「流石は剣聖ハリスヴェルト、剣の腕はあの頃よりも洗練されていますね」

「貴様こそ相変わらず飄々と。今日こそ決着をつけてくれるぞ。拳聖グアルディア!」

「あなたの相手などエス様に任せていては、アリスリーエル様を救えそうにありませんからね。いいでしょう、先程も申し上げたように相手をして差し上げますよ。もちろん、全力で」


 ハリスヴェルトと呼ばれた男は刀を鞘に納めると、腰を落とし刀に手をかけた。

 グアルディアはハリスヴェルトの動きを警戒しながらも、ポケットから出した黒い手袋をはめる。それは、かつて英雄と呼ばれたころに愛用していたものであり、物理的な攻撃も魔法による攻撃もその手袋は通しはしない。そんな強度を持つ手袋であるのだから、それをはめた手で殴られればただでは済まない。それが達人の拳によるものであれば尚更である。手袋自体は、神々の力が宿った糸を編み込んだものと言われているが、現在に至ってもその製法や出所は不明であり、所有者であるグアルディア自身も知らない。まさに、正真正銘のアーティファクトであった。ここにエスが残っていれば、大喜びで観察していたであろう。

 そんな手袋を取り出したことを確認したハリスヴェルトは、グアルディアが本気になったことを理解し全力を出すことを決意する。


「お待たせしました。それでは、始めましょうか」

「いざ、勝負!」


 拳聖と剣聖の本気の戦いが始まった頃、エスたちは目的の建物入口へと到着した。全力疾走したため、エス以外の面々は肩で息をしている。ゆっくりと建物内へと侵入すると、内部は神殿のような造りをしており、外観と同様に床や壁、柱や天井にいたるまで蔦が張り巡らされている。周囲には色とりどりの美しい花が咲いていた。


「トレニアは、奥か…」

「エス、お出迎えが来たみたいだぞ」


 周囲を警戒していたターニャが、何かの接近に気づきエスへ注意を促す。エスたちが辺りを警戒していると周囲の壁や天井、床に張り巡らされた蔦の一部が集まり人形を作り始める。それが自立し徐々に数を増やしながら、エスたちを取り囲むように集まり始めていた。


「時間がないというのに…」


 エスはアリスリーエルを奪われた焦りからなのか、元々手加減などするつもりがなかったのか、はたまたその両方なのか、本気である証拠に『強欲』の剣を取り出し構えた。エスに続くように、仲間たちも武器を構えていた。


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