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奇術師、爆破実験の手伝いをする

 翌朝、宿で朝食を済ませた後、すぐに塔へと来ていた。街の中は賑わっており、その雰囲気に昨日のような暗さは感じられなかった。さっそく塔へと入り、階段の一段目に足をかけたエスが動きを止める。


「どうかした?」

「なんだよ、登らないのか?」


 そんなエスの行動を不審に思い、すぐ後ろを歩いていたミサキとターニャが声をかける。


「いや、こんな高い塔を一段一段登るというのは、実に面倒だなと思ったのだよ」


 階段上部を見つめながら真剣な表情で告げるエスを見て、声をかけたターニャとミサキだけでなく、他の面々も呆れた表情を浮かべていた。


「確かになぁ。儂もこの高さはこたえるわ」

「ドレルは少々運動した方がよいでしょう?」

「んだと!?」


 ただ一人、エスに同意したドレルをグアルディアが茶化した。だが、グアルディアも同様に思ったのか、エスへと質問する。


「エス様、このままこの国の首都へと向かわれるのですよね?」

「ああ、そのつもりだ」

「でしたら、転移で上層に向かった方が良いかと思います。最悪、ゆっくりと空の旅もできないかもしれません」


 エスもその考えには至っていた。先回りするように現れたペルーダに、偵察するかのように現れたギルガメッシュ。どう考えても、エスたちの行動はトレニア側に筒抜けであると思われた。そのため、飛行船で移動することも、トレニアには予想されていると考えられる。


「襲撃があるかもしれないから体力は温存しておく必要がある、というわけだな?」

「その通りでございます。エス様やミサキ様、リーナ様であれば問題ないかと思いますが、我々は人ですので、流石にこの高さは辛いものがあります」

「まあ、のんびり登り途中途中休んでいくつもりではあったのだが。そうだな、面倒だしさっさと登るとしよう」


 そう言うとエスは全員をポケットから取り出した巨大な布で覆い隠した。

 布が取り払われると、そこは牢が並ぶ通路だった。その通路を見たターニャが声をあげる。


「ここは!?」

「ふむ、ターニャは知っていたな。ここは、捕らえられた者たちがいた階だ。なに、街を離れる前に様子見だけしておこうと思ってな」


 エスはスタスタと歩き、ひとつの牢の前で足を止めた。そんなエスに着いてきた仲間たちが、エスの見ている牢の中へと視線を移すと、見覚えのある男たちが所狭しと押し込められていた。


「出せ!」

「出してくれ!」


 そんな声をあげる男たちを見ながら、エスはふと思ったことをドレルに問いかける。


「超強力と言っていたが、一晩で目が覚めているではないか」

「そりゃなぁ。一発で夢の世界だが、人に害をなすために作ったもんじゃねぇからこんなもんだ」

「ふむ、飛行船の中もうるさ…。いや、やつらに騒ぐ気力はないか。そんな気力があったら大したものだな」


 エスは飛行船の一室に押し込んだ三人も同じように目を覚まし騒いでいるかと思ったが、半ば廃人と化している者たちがそこまでの気力があるかどうかは疑問であった。何より、エスがかけた魔法が未だに続いているはずである。実際に、魔法が発動中であることはかけた本人であるエスには感じ取れていた。

(やつらにかけた魔法はまだ解けていない。飛行船の方で聞こえているのは呻き声くらであろう)

 そんなことを考えるエスの隣へグアルディアが近づいてくる。


「エス様、この者たちはここに放置していくのですか?」

「そのつもりだが?こいつらも悪事の片棒を担いていたのだ。罰を受ける義務があろう?」

「それでも、街の者にはここに奴隷商の関係者がいることだけでも伝えた方が良いかと思います。このままでは全員、衰弱死してしまう可能性もありますし、何より他の奴隷商がそれを街の住人のせいにする可能性も考えられますので」


 それを聞いていたアリスリーエルもグアルディアと同じ考えだったのか、エスへと声をかける。


「エス様、この者たちに罰を与えるというのは賛成ですが、奴隷として強制されていた者も中にはいるかもしれません。罪状に関してはこの国でも魔法で調べられると思いますので、任せてしまって問題ないかと思います」

「便利な魔法もあるものだ。ん?それは精神に干渉する魔法では…」

「エス様、故に国で管理されるのですよ」


 エスがふと口にした疑問に答えたのはグアルディアだった。その表情は、それ以上の追及は勘弁してほしいと語っている。


「なるほどなるほど、使い方で毒にも薬にもなるというわけか。フハハハハ、綺麗ごとだけではないところは好感が持てるな。では、街の者に伝えるのはグアルディアに任せるとしよう」

「ええ、言いだしたのは私ですし、仕方ありませんね」


 グアルディアが同意したことを確認したエスが指を鳴らすとグアルディアの姿は布に包まれ消えてしまう。布が取り払われたグアルディアの視界には、塔の入口があった。


「便利な力ですね。実に羨ましい。おっと、さっさと用件を済ませてきましょう」


 グアルディアは衛兵がいると思われる場所へと歩き始めた。いくら奴隷商がやりたい放題している国だと言っても、それ以外の犯罪を取り締まる者くらいいるはずだと考え、とりあえず街の出入口にある詰め所へ向かうことにした。

 エスたちは、未だ牢の前にいる。喚き散らす男たちを眺めながら、どうしたものかと考えていた。


「さて、こいつらだが。一つの牢に詰め込んでおくのはさすがに可哀想になってきたな。見た目も実にむさ苦しい」

「今更かよ…。でも、移動させようにもこの人数だ。抵抗されたらめんどくさいぞ」

「そうねぇ、ターニャの言う通り一人二人なら問題ないけど、この人数が一度にとなると怪我しそうよねぇ」

「サリア、あなた昨日、この人数相手に暴れてたわよね?」


 サリアの言葉に呆れた声をだすリーナ。エスはターニャの言うことも理解していたためどうしたものかと考えていた。何かいい案がないかと周囲を見るが、同じような牢が並んでいるだけだ。エスは思いついたとばかりに牢と牢を遮る壁へと近づき声をあげる。


「そうだ、リフォームしてしまおう」

「リフォーム?」

「その通りだミサキよ。お前の力でこの壁を取り払えないか?」

「いや、壁は食べたくないよ。それに、エスの魔法でもどうにかできるよね?」

「やれやれ、面倒ではないか…」

「面倒を押し付けようとするなよ!」

「フハハハハ、面倒は押し付けた方が私が楽できるではないか」


 がっくりと肩を落とすミサキの肩に、苦笑いを浮かべたアリスリーエルが手を置いた。アリスリーエルのその表情を見たミサキも同じように苦笑いを浮かべる。そんな中、エスがいる壁と反対側にある壁を見ていたドレルがエスへと声をかける。


「おいエス、こっちの牢開けられるか?」

「開けられる、というより開いているぞ。実は鍵は持ってなくてな。こいつらの入っている牢の扉は、開かないように魔法で細工したんだ」


 牢の前にいたターニャがふと扉の鍵穴を覗きため息をつく。


「これ、もう開かないんじゃないか?」

「そりゃ、開かないように壊してあるからな。フハハハハ」

「どうやって、街の人たちに任せるつもりだったんだよ!」

「おお、そうだった!いや、面倒になって適当にやってしまったのだ。いやはや、失敗失敗。誰にでも失敗はあるものだ、大目に見てくれたまえ」

「おまえなぁ…」


 エスとターニャがそんなやり取りをしている間、ドレルは隣の牢へと入り壁を調べていた。それに気づいたエスが、ドレルの入った牢に近づき、徐に扉を閉める。その音に気付いたドレルが、驚いて扉の方へと顔を向けた。


「おおい!」

「おや、気づいたか。はあ、やれやれ、つまらん奴だ」

「ため息ついてんじゃねぇ。それより、この壁何とかなるかもしれんぞ」

「ほほう。ならば出してやろう」


 そう言ってエスが扉を開ける。何故か、扉を開ける前にガチャッと鍵が開くような音がしたのを、ドレルは聞き逃さなかった。扉の鍵は魔法で壊したりしたわけでなく【奇術師】の力を利用しかけていたのだった。男たちが入れられた牢の扉は昨夜、面倒くさくなったエスが魔法で破壊していたが、今回はドレルに仕掛けた悪戯だったということもあり丁寧に扱っていたのだった。


「テメェ、鍵かけてたな?どうやったんだ…」

「良い耳をお持ちで。歳で耳が遠くなってるかと思ってたのだが」

「やかましいわ!それより、ちぃと実験がてら壁を爆破して広げてやる」

「ほほう、爆破か。それは派手でいいが、こいつら死なないか?」


 エスが指さすのは、牢に閉じ込められている男たちだった。牢の中から指さすエスを見てドレルは、少し考え答える。


「ま、大丈夫だろ。一人二人吹っ飛ぶかもしれんがな、ガッハッハッ」

「それは愉快だ。フハハハハ」


 鉄格子越しに話すエスとドレルの物騒な会話を聞いていたのか、牢に閉じ込められた男たちが青い表情で壁から離れていった。その様子を見ていたアリスリーエルが、二人を窘める。


「エス様、ドレル、二人ともこの人たちを丁重に扱ってあげてください。まだ、罪状が確定していないのですよ?」

「十中八九、有罪だと思うんだがなぁ」

「私もドレルと同意見だが、まあ、怪我人が出てはそれはそれで面倒だ。こいつらの保護は私がやっておくから、ドレルは壁を爆破する準備をしておいてくれ」

「あいよ」


 ドレルは壁へと近づくと、鞄から何やら取り出し壁へと貼り付け始めた。その様子を見ていたエスがドレルへと声をかける。


「ドレル、それはプラスチック爆薬か?」

「あん?まあ、素材は違うが可塑性の爆薬ではあるし、プラスチック爆薬って考え方で間違いないだろ」

「え?プラスチック爆薬?それ粘土みたいだけど…」


 エスとドレルの会話を聞き、疑問を口にしたのはミサキだった。


「ミサキ、おまえまさかプラスチック爆薬はプラスチックでできていると思っていないか?」

「え!?違うの?」

「ガッハッハッ、勘違いしても仕方ない名前だしな。ここで言うプラスチックってのは可塑性って意味だぞ」

「えっ?えぇ!?」

「ミサキ、また一つ賢くなったな。ちゃんと覚えておきたまえ、テストに出るぞ。フハハハハ」


 エスが言うようにミサキはプラスチック爆薬はプラスチックでできていると思っていた。だが、ドレルの説明を聞いて自分が勘違いしていたことに気づかされる。様子を見ていたミサキ以外の面々には、そもそもプラスチック爆薬という言葉自体がわかっていなかった。


「でだ、それは何でできている?」

「エス、テメェが儂の研究所爆破しただろ?」

「はて、そんなことあっただろうか?」

「エス様、魔道具作成の際、わたくしが爆発の魔法を込めた魔結晶で爆破してましたよね?」

「ほれ、姫さんも覚えてるじゃねぇか!」

「フハハハハ、もちろん覚えているとも。それで、それとこれが何の関係があるのだ?」

「こいつはな、爆発の魔法を込めた魔結晶を砕いて、それをもろもろの性質を持つものに練り込んで作ってある」

「つまり、私のおかげでできた物品というわけか」

「まあ、そう言えないこともねぇが、認めたくねぇな」


 そんな会話をしながらも、ドレルは淡々と作業を続ける。ドレルは数ヶ所の壁にプラスチック爆薬もどきを張り付け、そこに魔結晶のついたピンを刺していく。すべての作業が終わると、ドレルは牢から出てきた。


「ほれ、エス。テメェに起爆させてやらぁ」

「ほほう、それは実に楽しそうな役だ。喜んでやってやろう」


 プラスチック爆薬もどきの魔道具が生み出されたのは、エスの悪戯が一役買っているのは事実であった。故に、ドレルは新しい物好きなエスに起爆させてやろうと考えたのだった。ドレルから受け取った物は、魔結晶の組み込まれた掌に納まる程度の小さな棒であった。エスが、それを摘み眺めているとドレルが使い方を説明し始める。


「そいつを握って魔力を流せば、ドカンッだ」

「そいつは簡単でイイな。信管も小さいし特殊部隊のような者たちに持たせるには丁度いいのではないか?」

「元々、そのつもりで設計してたしな。ほれ、早く使ってみろ」


 エスは男たちと爆破予定の壁の間に空間魔法で障壁を一瞬で作り上げる。その魔力に気づいたのはアリスリーエルとリーナだけであった。そして、エスは躊躇うことなく握った小さな起爆用の魔道具に魔力を流した。

 爆音と共に壁が砕ける。計算しつくされたように、牢の中の壁だけが崩れ落ちていた。アリスリーエルに言われたのか、そそくさとターニャが解錠の技術を利用し扉の鍵をかけにいった。ドレルが爆発の結果に満足気に頷いていた。


「よぉし、想定通り。これなら量産しても問題なさそうだ」


 エスは障壁を解くと、爆発に驚き怯える男たちを笑みを浮かべ見つめていた。


「ほら、広くなったから少しは楽であろう?君らを裁いてくれる者は呼びに行っているのでそのうち来るだろう。それまでゆっくり過ごしたまえ。さて、私たちは上に向かうとしよう」

「ま、待て!フェルゼン様はどうした!?」


 転移しようと腕を振り上げたエスに牢の中から声がかけられる。面倒そうに声をかけてきた男を見たエスは、その者の表情からフェルゼンが黙っていないはずだという淡い期待を読み取っていた。


「残念ながら、フェルゼンとやらが君らを助けに来ることはない。なにせ真っ先に逃げようと飛行船に向かったほどだしな」


 エスの言葉を聞き、男たちの表情から微かに浮かんでいた淡い期待すら消えていった。


「それに、やつはもう奴隷商には戻れないだろう」

「どういう…」

「君らに教える筋合いはないな。フハハハハ、では牢での生活を満喫していたまえ」


 動揺する男たちを無視し、エスは指を鳴らすと仲間たちと共に飛行船の発着場へと転移した。

 視界が開けたエスたちの眼前にはゆっくりと揺れる飛行船の姿があった。仲間たちは周囲を見渡し、その絶景に見とれていた。


「たっかぁい!」

「ミサキ、落ちるわよ!」

「リーナも見てみなよ。宿はあっちの方かな?」


 はしゃぐミサキをリーナが忠告する。ミサキはというと、発着場の手すりに登り辺りを見渡していた。他の者たちは手すり越しに街を眺めている。


「絶景ねぇ」


 周囲を見ていたサリアが呟く。他の面々も同じ感想なのか頷きながら街を眺めていた。


「エス、先に飛行船に入ってるぞ」

「ああ、ちゃんと操縦できるか確認しておいてくれ」

「もちろんだ。あんなデカい玩具、ワクワクするじゃねぇか」


 楽し気なドレルは一人先に飛行船へ向かっていった。それを見送っていると、アリスリーエルが声をあげる。


「グアルディア!エス様、グアルディアが下にいます」

「ほう。あいつ、あそこから私たちが確認できているのか…」


 手すりから下を覗くと、笑顔で手を振るグアルディアの姿があった。その傍には鎧を着こんだ衛兵と思われる者たちが数人いるのがわかる。


「グアルディアの迎えをお願いしてもよろしいですか?」

「ふむ、アリスの頼みだ。叶えてやろう」


 エスは手すりに登ると、そのまま下へと飛び降りた。


「ちょっとエス!?」

「おい!」


 驚く仲間たちの声を背に、エスはゆっくりと地面へと降りていく。


「おお、そうだそうだ。回収し忘れていたな」


 エスが塔へと手を伸ばすと、小さく光る物がエスの手へと吸い込まれるように飛んでくる。エスが掴み取ったのは投げたままになっていた魔導投剣であった。魔導投剣の回収を終えふわりと地面へ着地する。その様子をいつものことだとグアルディアは表情を変えずに見ていたが、連れていた衛兵たちは驚き、そして武器を構えていた。


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